【診察室】診断に迷った心筋梗塞の症例

【2012. 11月 15日】

高崎市・高瀬クリニック 高瀬真一/遠藤 彰 

 急性心筋梗塞は、冠動脈血流の途絶により心筋組織の不可逆的壊死を生じる病態で、多くの心筋梗塞は冠動脈のプラーク破綻から血栓を生じることにより発症する。発症から冠動脈血流の再開までの時間が予後に影響するため、早期の的確な診断と、それに続く再潅流療法が重要といえる。
 循環器救急現場で心筋梗塞の初期診断を行う上で、最も迅速かつ簡便におこなわれる検査は12誘導心電図である。図1に典型的なST上昇型急性心筋梗塞の心電図および冠動脈造影検査所見を示す。
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 図1のような典型的なST上昇型の心筋梗塞は、診断に迷うことは少ない。しかし実臨床では心電図検査のみでは診断に迷う心筋梗塞症例も多々ある。非典型例の診断のためには12誘導心電図、胸部X線写真、心エコー検査に加え、血液生化学検査が重要な役割を演じている。心筋梗塞の診断基準は表のように公開されており(図2 Universal Definition of Myocardial Infarction)、確定診断には心筋虚血に基づく心筋壊死の根拠を明らかにすることが必須とされている。
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 血液マーカーとしては、クレアチニンキナーゼ(CK)CK-MB、トロポニンIおよびT、ミオグロビン、H-FABP、ミオシン軽鎖などがあるが、中でも心筋トロポニンの上昇は心筋壊死を鋭敏に反映し、診断ツールとして特に有用と考えられている。トロポニンは心筋特異度と検出感度が高く、前述したUniversal Definition of Myocardial Infarctionでも心筋壊死を判断するのに望ましいマーカーとして推奨されている。心筋梗塞発症後3~4時間で上昇し、3~7日間でピーク値となり、7~14日まで有意な上昇を認めるため、数日経過した症例にも有用と考えられている。近年、循環器救急現場でトロポニンT迅速測定キットが広く活用されており、心筋梗塞の診断に大きく貢献している。 
 今回トロポニン陰性のために診断に迷った症例を経験したので、紹介する。

・症 例:64歳男性
・主 訴:胸背部痛
・既往歴・家族歴:生来健康で特記事項なし、喫煙歴なし
・現病歴:入院日の午前6時ごろ畑仕事中に突然の胸背部痛を初めて自覚、安静にして経過を見ていたが、改善しないため午前8時、当院救急外来受診した。
・入院時現症:身長165cm、体重60kg、血圧120/72mmHg、脈拍70/分整、頸静脈怒脹なし、呼吸音・心音正常、腹部下肢に異常所見なし
・入院後経過:受診時、冷や汗を伴う胸背部痛は持続し、心電図にてⅠ、aVL誘導にてごく軽度のST上昇、Ⅲ、aVf誘導にてST低下を認めた。発症2時間の時点でおこなった血液検査では、心筋逸脱酵素の上昇はなく、白血球数7200/μLと正常で、トロポニン迅速検査は陰性であった。心臓超音波検査では壁運動異常は明らかでなく、その他の異常も認めなかった。胸部レントゲン検査、胸腹部CT検査にて動脈解離を含め異常は認めなかった。来院から約1時間半後、胸背部痛出現から約3時間半の時点で再度血液検査を行ったが、やはり心筋逸脱酵素の上昇はなく、白血球数7500/μLと正常で、トロポニン迅速検査も陰性であった。トロポニン迅速検査が発症3~4時間の時点で陰性だったこと、心電図変化が明らかでなかったことから冠動脈造影に踏み切るかどうか迷ったが、確定診断の為にも緊急冠動脈造影検査を行った。

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・冠動脈造影検査所見及び治療経過:図3に示すように、左冠動脈対角枝が起始部より閉塞していた。その他に有意狭窄は認めなかった。対角枝閉塞が原因の急性心筋梗塞と判明したため、引き続き経皮的冠動脈形成術(PCI)を行い、再潅流に成功した。CPKのピークは発症約15時間後で1368IU/Lであった。特に合併症は認めず、リハビリを行い1週間後に退院された。
発症から4時間弱であったことからトロポニン検査陰性となったため、急性心筋梗塞の診断に迷った症例を経験した。救急現場では一つの検査結果にとらわれることなく診断・治療していくことが重要と思われた。

■群馬保険医新聞2012年11月号