<保険医新聞> 【診察室】スポーツ頭部外傷と適切な対応

【2015. 2月 15日】

前橋赤十字病院 脳神経外科  朝倉 健

 先日、フィギュアスケートの羽生結弦選手が中国大会における他の選手との衝突というアクシデントを乗り越えて、グランプリファイナルで鮮やかな4回転ジャンプを2本決めて連覇しました。羽生選手のさわやかな笑顔と底知れぬ才能と精神力に感動した方も多いと思います。その快挙を賞賛する声が多い中、けがをした時は本当に出場して大丈夫なのか心配しましたね。
 平成24年度、成人の週1回以上のスポーツ実施率は47.5%まで上昇しており、医療従事者がスポーツ外傷の現場に出くわすことは稀ではなく、専門家でなくてもスポーツ頭部外傷で何が重要でどのような対応を取るべきか、知っておいて損はありません。それでは脳振盪と急性硬膜下血腫に焦点を絞って解説いたします。

●脳振盪の症状
 近年、スポーツ頭部外傷における脳振盪への対応が重要視されています。
 脳振盪の症状は、一過性意識障害や健忘だけでなく、頭痛や気分不良などの幅広い症状を含んでいます。頭痛やめまい、耳鳴り、気分不良、ぼーっとするなどの自覚症状に加え、一時的な脳機能障害としての精神・認知機能障害、情動障害、平衡感覚障害、失見当識、反応時間の低下、易刺激性、睡眠障害など様々な他覚的症状のこともあります。最も多い症状は頭痛、次にdizziness(ぼーっとする)で、意識消失の頻度は10%程でさほど高くありません。認知障害は外傷から数時間遅れて生じることがあり、注意を要します。また、頭痛、dizziness、嘔気、倦怠感、眠気などの症状は次の脳振盪率を高める危険性が高い症状とも言われています。

●脳振盪の発生機序と危険因子
 脳振盪は回転加速度損傷で脳が揺さぶられることで生じます。脳の神経機能や反応速度が低下しますが、幼弱な脳ほど感受性が高く、反復損傷が起こるとさらに回復が遅くなり、脳振盪後には完全な休養と競技休止期間が必要です。
 まだ症状が残存している時期に復帰した際、2度目の軽い頭部外傷を受けた後に致死的な脳腫脹をきたすことがあり、セカンド・インパクト症候群と呼ばれています。発生機序として脳血管自動調節能の障害による急性脳腫脹が考えられていますが、急性硬膜下血腫である可能性もあり、その本体はなお明らかではありません。ただし致死的なスポーツ外傷を予防するという観点からは、最初の脳振盪症状が残存している時期での競技復帰は軽い外傷でも重症化する危険があり、頭痛などの症状が持続する場合にはCTやMRIで硬膜下血腫を除外しておくことが重要です。

●脳振盪の評価
 脳振盪に対して各スポーツ団体のガイドラインが作成され、脳振盪評価スケール(Sports Concussion Assessment Tool: SCAT)として発表されていますので提示いたします=表1。

●競技復帰基準
 脳振盪と診断したら、もちろん同日の復帰は不可です。十分な身体的・精神的休息をとり、脳振盪の症状が完全に消失するまで、競技への復帰は望ましくありません。症状が消失したら通常6段階のプログラムで徐々に負荷を加えていきます。この段階的プログラムは、1.活動なし、2.軽い有酸素運動、3.スポーツに関連した運動、4.接触プレーのない運動・訓練、5.接触プレーを含む運動、6.競技復帰、からなり、各段階を24時間ごとに進むので、最短でも競技復帰には1週間程度必要となります。19歳以下の若年、女性は、成人、男性と比較して回復が遅いことが指摘されています。
 羽生選手の場合、下顎の裂傷があり、しばらく起き上がれない状態でしたので、脳振盪と判断し、直ちに競技を止めなくてはいけません。フィギュアスケートは転倒による頭部打撲の危険も多く、まして架橋静脈という脳と静脈洞をつなぐ静脈の破綻があった場合、スピンすることにより急性硬膜下血腫の危険があります。現場の医師が許可した様ですが、アドレナリンの出ている競技者の出場意欲を抑える役割を果たしていません。今回は結果オーライであり、最悪競技人生を棒に振った可能性もあります。

●急性硬膜下血腫
 重症スポーツ頭部外傷として急性硬膜下血腫はその多くを占めます。柔道、ボクシング、ラグビー、アメリカンフットボール、スキー、スノーボードなどで多く、患者のほとんどが高校生以下の若年者です。当院でもラグビーによる急性硬膜下血腫で手術を行いましたが亡くなられた高校生のケースがあります。
 2012年から中学校の保健体育の授業で武道が必修化されましたが、死亡率の高い柔道に関する事故の報告が多く見られます。死亡・重度障害の原因のほとんどが急性硬膜下血腫で、特に中学1年生、高校1年生の初心者にピークがあり、実力差や体力差がある者との練習中に発生しています。発生の状況としては大外刈りによる後頭部打撲時が最も多く、十分な受け身を取れずに床に打撲した結果です。30年間で118名の子どもたちが学校柔道事故で犠牲になっている異常性を認識するべきです。

●おわりに
 スポーツは人間の成長や健康維持に必要なことであり、アスリートの姿に感動し憧れを抱くものですが、小児期に限らずスポーツによる死亡事故は絶対に避けなければなりません。現場の指導者など関係各位に徹底した医学的啓蒙活動が行われることを期待します。

*表1ポケット版脳振盪評価手引

■群馬保険医新聞2015年2月号