【論壇】2019年を振り返って

【2019. 12月 15日】

1 厚労省統計不正問題

 厚労省が公表する「毎月勤労統計」で、ルールに反する抽出調査は2004年から15年間も続き、景気動向や経済政策の指標となる重要な統計が歪められていた。今回の不正の根幹部分は、本来、全数調査すべきところをサンプル調査にして、それを補正せずに放置したことである。サンプル調査は一般的に行われる手法であり、数字がおかしくなったのは、補正作業を忘れていたからである。1000件分の数字が必要なところが、200件分しかなかったということなので、出てきた賃金の数字は実際よりも低くなってしまった。
 だが、問題はこれだけにとどまらない。一連のミスが発覚したあと、厚労省は、04年まで遡って全てのデータを補正するのではなく、18年以降のデータだけを訂正するという意味不明の対応を行った。このため、18年からは急激に賃金が上昇したように見えてしまった。この訂正作業は、麻生太郎財務大臣による統計批判がきっかけだったとも言われており、これが政権に対する「忖度」であると批判される原因になっている。

2 韓国徴用工問題

 昨年11月、韓国最高裁が元徴用工訴訟で日本企業に賠償を命じた確定判決から1年が経った。現在の冷え切った日韓関係の起点であり、両国の関係は悪化の一途をたどった。その後も韓国軍による自衛隊機へのレーダー照射などが起こり、日本が輸出規制の厳格化を打ち出すと、韓国は軍事情報包括保護協定(GSOMIA)破棄を通告した。これらの問題をめぐり、韓国では日本製品や日本への旅行をボイコットする運動などが起きている。
 現代における両国の確執は、1910年の韓国併合から始まった。第2次世界大戦では、アジア各地の数万人とも20万人ともいわれる女性が、日本軍向けの売春婦として連行された。また日韓併合の後、多くの朝鮮人男性が日本軍に強制的に徴用された。
 第2次世界大戦に敗北し、朝鮮半島の統治に終止符が打たれてから20年後の1965年、韓国は数億ドルもの補償金や融資と引き換えに、日韓関係を正常化させる日韓基本条約に合意した。日本は、この時に支払った8億ドル以上の「経済協力金」によって戦時の補償は終わっていると主張している。しかし、「慰安婦」は繊細な問題として残り、2015年には、慰安婦問題について謝罪を行い、被害者を支援する基金に、韓国が求めていた10億円を拠出することで合意したが、韓国の活動家は相談を受けていないとしてこの合意を拒否。2017年に就任した文在寅(ムン・ジェイン)大統領も、合意の改定を示唆している。歴史的な確執はなお続いており、両国とも折れる気配はない。

3 高齢者の車暴走、上級国民

 4月、池袋で自動車の暴走死亡事故を引き起こした88歳の男性が、逮捕もされず、肩書きも旧通産省工業技術院元院長とされ、上級国民として問題になった。フレンチレストランの予約に遅れると暴走し、自分のミスで事故を起こしたのに、車のせいにしたりするのは、高級官僚を長く務め、責任をとらない姿勢が染みついてしまったか。この辺は、森友・加計書類を改ざんしたり、隠したり、廃棄して恥じない官僚と通じるものがある。

4 令和へ天皇代替わり

 4月30日、84歳の明仁天皇が退位し、5月1日、徳仁天皇が即位。元号は平成から令和に変わった。
 昭和の裕仁天皇は戦争責任を問われたが、明仁天皇はその反省から象徴天皇として行動したことになり、子の徳仁新天皇もそれを受け継ぐとのこと。
 令和に変わった元号は東アジアで用いられる紀年法で、その改元理由には、代始改元、祥瑞改元、災異改元などがあるという。ただ、明治から始まった一世一元は、日本古来の伝統というわけでもなく、年齢計算にも不便な表記で、西暦表示の方が使いやすい。

5 香港デモ

 6月、香港で犯罪容疑者の中国本土引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改定案に反対するデモが始まった。香港は、1997年にイギリスから中国に返還されたが、その後50年は一国二制度により自治権をもつとされている。この逃亡犯条例をだした行政長官は中国寄りで、香港の有権者から直接選ばれているわけではない。10月に条例は撤回されたが、デモの原動力は、暴力的な香港警察への怒りと、民意を無視した香港政府のシステムへの反発、さらに若者層の反中国感情の表出などが主たるものになっている。
 香港に住む人の大半は、民族的には中国人だが、自分たちを中国人とは思っていない。政府批判や天安門事件の話もできない中国共産党の独裁体制の批判ということになる。

6 台風による暴風、大雨被害

 9月の台風15号は、最大風速57mの強風により千葉県を中心に送電線の寸断など、大きな被害をもたらし、10月の大型台風19号は、東日本に記録的大雨による被害をもたらした。一昨年の北九州豪雨、昨年の西日本豪雨などと同様、海水温上昇による豪雨が続いている。夏の40度を超える猛暑と合わせて考えると、地球温暖化の影響はすでに出ているともいえ、温暖化対策は待ったなしだ。また、従来の強風対策、大雨対策では防げなかった被害に対しての対策も必要となる。

7 消費税10%

 10月には消費税が10%に増税された。財務省の引き上げの理由づけは、少子高齢化による社会保障財源を現役世代だけでなく、高齢者も含めた国民全体で負担するためとしている。これは、現役世代対高齢者という対比で説明しているが、低所得者の増税と高所得者の減税という実態を隠している。
 過去の消費税増税分は、所得税、法人税の減税分を消費税増税でまかなっているに過ぎない。また、今消費税を増税すると貧困と格差は増大し、消費が減り、経済成長率も低下させる。食料品と新聞に軽減税率が導入されたが、すでに導入しているヨーロッパの国は、低所得者対策ではなく、物品税などの既得権との妥協の産物であり、徴税コストが増え、線引きが難しく、高所得者の方が得をするシステムなどの問題点があり、デンマークは採用していない。ハンバーガーの持ち帰り8%、店内飲食10%など、どう考えてもおかしい。

8 ラグビーワールドカップ

 9月~11月、ラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会が開かれ、ラグビーのにわかファンが増えた。予選の4試合は、試合ごとにテレビの視聴率も上がり、準々決勝・日本-南アフリカの平均視聴率は41・6%と、今年放送された全番組で1位となった。日本が躍進し、単に勝つだけでなく劇的なシーンの連続で、ルールや選手を知らない人でも盛り上がれる魅力的な試合だったことと、日本代表選手の振る舞いに共感を得る人が多かったのだろう。得点をあげた選手自身が個人の活躍には言及せず、「選手やスタッフだけでなく、応援してくれる人々も含めたONE TEAM」というコメントを欠かさなかったことも人々の心に響いた。高校から現在もラグビーを続けている友人に良く聞いた「ONE FOR ALL ALL FOR ONE」(1人はみんなのために みんなは1人のために)の合い言葉は、スポーツだけでなく、医療や社会保障などにも通じるいい言葉と思う。

9 関西電力金品受領問題

 関西電力の役員らが高浜原発の立地する福井県高浜町の元助役(故人)から2017年までの7年間に3億円以上の金品を受け取っていたことがわかった。
関西電力は原発への依存度が最も高く、原発事故などで起こった反原発運動を抑えるための地元対策を元助役に頼っていた面がある。元助役は1987年に退職してからも関西電力子会社の顧問として迎えられ、別会社の副社長にも就任するなど、原発行政に深く関与した。電気料金は、経費が反映される総括原価方式で決められる。工事費は高額になっても困らない構造になっているため、反対運動を抑える元助役と関西電力の関係は持ちつ持たれつだったともいえる。元助役からの金品は、福井県職員にも渡されており、原発での裏金の構図がうかがえる。

10 ノーベル化学賞 リチウムイオン電池の発明

 リチウム電池は、日本のソニーで製品化され、携帯電話やパソコンなどに使われ始めたが、電気自動車の普及とともに、CO2削減という地球温暖化防止に役立つ面が増えてきた。ノーベル賞はその時々の関心事に関連のある事柄が選ばれる面があり、欧州では環境問題が重要視され、リチウムイオン電池の発明に貢献したとして、旭化成名誉フェローの吉野彰氏にノーベル化学賞が贈られた。リチウム電池は、その原理の発明、製品化に日本の研究者、企業が先行していたが、現在の生産量は中国、韓国に次いで3番目となっていて、日本の製造業の相対的低下が見て取れる。

11 桜を見る会の私物化

 桜を見る会は、新宿御苑で開かれ、皇族や外国の大使、国会議員のほか、文化・芸能、スポーツなど各界の功労者が招かれるとされるが、安倍首相になってから、招待者数が増え、今年は1万8000人で、開催経費は5500万円だった。野党は、首相の後援会関係者などが首相枠で多数招待されていることを問題視し、税金で賄われる桜を見る会の招待は、公職選挙法が禁じる買収・供応に当たる可能性を指摘する声もある。安倍事務所が地元で桜を見る会の希望者を募り、そのツアーには前夜のホテルニューオータニで開いた夕食会も含まれていた。会費制だが、後援会の政治資金収支報告書には記載がなく、野党は、政治資金規正法違反の疑いも指摘している。
 この会の招待者名簿は、5月に野党議員から開示請求された日に、裁断廃棄されたことが明らかになった。ここでも不都合な資料隠しがされている。〝森友〟で妻の疑惑、〝加計〟で友人の疑惑、〝桜の会〟で本人の疑惑となり、税金の私物化、公文書の隠蔽が大手を振っている。

(副会長 長沼誠一)

■群馬保険医新聞2019年12月号

【論壇】2020年女性人口問題

【2019. 10月 15日】

 日本の総人口は2008年の1億2808万人を境に減少に転じ、2019年9月の総人口は、概算値で1億2615万人となっている(総務省統計局「人口推計」)。
 日本は未曽有の超少子高齢化時代を迎えており、2020年に起こると予想される問題の多くは、この人口減少と年齢別人口のアンバランスさが大きく関わっている。人手不足、IT問題、不動産等、さまざまな分野で起こることが懸念されている。また、2020年、女性の人口においては、50歳以上がそれ以下を追い抜くとされている。すなわち妊娠、出産できる人口が減ってきているのである。

 一人の女性が一生のうちに生む子どもの数の平均を示す「合計特殊出生率」という指標がある。「合計特殊出生率」は「15~49歳までの女性の年齢別出生率を合計したもの」で、次の2つの種類がある。
 A「期間」合計特殊出生率
 ある期間(1年間)の出生状況に着目したもので、その年における各年齢(15~49歳)の女性の出生率を合計したもの。女性人口の年齢構成の違いを除いた「その年の出生率」であり、年次比較、国際比較、地域比較に用いられている。
 B「コーホート」合計特殊出生率
 ある世代の出生状況に着目したもので、同一世代生まれ(コーホート)の女性の各年齢(15~49歳)の出生率を過去から積み上げたもの。「その世代の出生率」である。
 実際に「一人の女性が一生の間に生む子どもの数」はBのコーホート合計特殊出生率であるが、この値はその世代が50歳に到達するまで得られないため、それに相当するものとしてAの期間合計特殊出生率が一般に用いられている。なお、各年齢別の出生率が世代(コーホート)によらず同じであれば、この二つの「合計特殊出生率」は同じ値になる。ただし、晩婚化・晩産化が進行している状況等、各世代の結婚や出産の行動に違いがあり、各年齢の出生率が世代により異なる場合には、別々の世代の年齢別出生率の合計であるAの期間合計特殊出生率は、同一世代のBのコーホート合計特殊出生率の値と異なることに注意が必要である。

 2016年、安倍政権は一億総活躍プランの中で、「国民希望出生率1・8」の構想を打ち出した。国民希望出生率とは、若い世代の結婚・出産希望が叶った場合に推計される合計特殊出生率である。
 1・8とは、2015年に行われた第15回出生動向基本調査を用いて出された数値だが、それを達成することは非常に困難である。人口が減らないためには合計特殊出生率が2・07である必要があるとされており、1・8では人口減少を止めることはできない。2018年の合計特殊出生率は1・42であり、過去最低の2005年より回復しているものの、年間出生数で見ると18年の方が少ない
 今年6月、厚労省が発表した人口動態統計によると、2018年の平均初婚年齢は、夫31・1歳、妻29・4歳で、夫妻ともに前年と同年齢となったが、結婚年齢が高くなる晩婚化は進行している。1980年には、夫が27・8歳、妻が25・2歳であったので、約40年で、夫は3・3歳、妻は4・2歳、平均初婚年齢が上昇している。これにより初産年齢も高齢化し、第1子が30・7歳、第2子が32・6歳、第3子が33・6歳となり、上昇傾向が続いている(内閣府「少子化社会対策白書」2016年版)。
 初産の平均年齢が上昇している原因として、次のようなものが挙げられる。
 1)女性の社会進出
 男女平等化に伴い女性の社会進出が増加し、同時に男性と同じような働き方(長時間残業や出張、転勤など)を求められている。
 これは、働きたい女性がなかなか結婚に踏み出せない原因のひとつである。仕事に対する責任の増加により晩婚化が進み、出産年齢も上がってきている。また、出産後も保育園の待機児童問題などのために、仕事からいったん離れると同じように復帰することは困難と考え、ますます結婚、出産から遠ざかってしまう。
 2)子育て・教育費用の増加
 子育て・教育費用の増加も問題の一つに挙げられる。
 子育てにかかるお金だけでなく、子育ての大変さを考慮して、子どもを持つことをためらったり、先送りにしてしまったりする夫婦もいる。核家族化が進み、夫婦だけで子どもを育てなくてはならないため、育児に対する漠然とした不安が夫婦にのしかかるのである。 
  
 最近の群馬県の出生数も激減してきている。
 2017年の出生数は1万3279人であり、合計特殊出生率は1・47であった。働き方改革の後には若い人が安心して結婚、妊娠、出産ができる社会構築が急務である。

  (副会長・小澤聖史)

■群馬保険医新聞2019年10月号

【論壇】フォーミュラリーについて

【2019. 9月 15日】

 後発医薬品の数量シェアは、ここ数年で急速に浸透している。日本ジェネリック製薬協会の分析結果によると、平成25年度では52・3%だったが、平成30年度では74・7%にまで上昇し、政府が目指す2020年9月までに「使用割合80%」の実現に迫る勢いである。ただ、金額ベースでみると、高額薬剤の登場などで後発品の割合は全体の14%にとどまっている。一方で長期収載品が金額ベースで30%と高水準を維持しており、政府の思い通りにマーケットシフトが実現していない。
 そこで俄然注目され始めたのが「フォーミュラリー」の導入である。フォーミュラリーとは、「医療機関における患者に対して最も有効で経済的な医薬品使用における指針」のことである。財務省や厚労省が薬剤費の削減に効果的であるとしてフォーミュラリーに注目しているが、経済性だけに基づく選択や使用制限ではない。有効性や安全性、費用対効果などを踏まえ、関係する医師や薬剤師らで構成される委員会で協議し、継続的にアップデートする使用指針(フォーミュラリー)を定めることにより、質、安全性および経済性の高い薬物治療を行いやすくなる。客観的な指標をもとに作成されることで、医療の発展には欠かせない薬剤費抑制を含んだ医薬品の適正使用、在庫管理、エビデンスの創出をうながすことが出来ると期待されている。専門分野以外でも適切な薬物療法を効率的に行えるように支援するのが、フォーミュラリーである。
 フォーミュラリーは、「院内フォーミュラリー」と「地域フォーミュラリー」に分けられる。「院内フォーミュラリー」は、病院全体の採用薬を薬剤部が取り仕切って情報収集および情報発信することにより、薬物治療をより安全に、経済的にするというものである。
 生活習慣病薬でも新薬や配合剤が増え、後発医薬品使用割合が70%を超えた今、医師それぞれが好きな薬剤やメーカーを選ぶことは非効率かつ非経済的であるため、フォーミュラリーが考慮され始めた。
 日本でフォーミュラリーをいち早く導入したのは聖マリアンナ医科大学である。同大学病院では、原則として後発医薬品を中心に2剤までを採用、有効性や安全性に差が認められなければ新薬の採用は認めていない。2014年に一部の薬効群で運用を開始し、その後数年間で9薬効群まで拡大。年間3700万円の医療費を削減したと言われている。中央社会保険医療協議会が実施した調査によるとDPC対象病院・準備病院のうち約7%がフォーミュラリーを定めており、11%弱が今後定める予定があると回答している。病院全体で見ると、定めているのは3・4%、今後定める予定があるのが7・5%であり、徐々に広がりを見せている。
 一方「地域フォーミュラリー」については、協会健保の支部単位や自治体、顔が見える範囲の医師や薬剤師のコミュニティ、中核病院を中心とした地域単位といったさまざまな単位が存在している。病院やクリニックで主に使用する医薬品を地域共通で採用し、薬局がそれらを購入し、それ以外の処方薬は別途対応する、というものである。院内フォーミュラリーのメリットに加え、入退院があっても同じ薬剤が使われるため、フォローがしやすいというメリットがあり、経済効果は地域フォーミュラリーの方が大きい。
 健保組合側からは、「フォーミュラリーの推進で後発医薬品の普及につながり、生活習慣病の対象薬剤だけで数千億円単位で薬剤の適正化につながる」という経済的メリットを強調する意見がでているが、医師側からは「患者ファーストの観点で、どの薬剤を使用するのが良いかを考え、さらに無駄のないような投薬をすることが副次的に収支の改善に寄与する」といった声もある。
 いずれにしろフォーミュラリー導入は、国レベルにおいても医療費削減という課題に対して大きな影響を持つものであることは間違いなく、今後ますます議論が活発になっていくことが予想される。
  
  (広報部・太田美つ子)

■群馬保険医新聞2019年9月号

【論壇】マイナンバーと医療情報

【2019. 7月 15日】

●マイナンバーの当初の目的
 2016年1月から始まったマイナンバー制度は、社会保障、税、災害対策の3分野で、複数機関に存在する個人の情報を同一人と確認するために活用され、「便利な暮らし、より良い社会」を目指しているとの事だが、実際はそうでもない。
 税の確定申告時には、マイナンバーの記載と本人確認書類の写しの添付が必要となり、手間は省けない。2016年4月の熊本地震の際、被災者の確認にも全く役立たず、今後も活用できる体制はない。行政実務の現場で苦労するのは、同一の世帯かどうかの判断で、個人に番号を振っても、世帯ごとの把握はできない。税務面では、不適切な案件があぶり出せる利点があるとしても、お金の出入りを照合するシステムではないので、大幅な税収増にはつながらない。
 マイナンバーの効果は、大したことがない反面、そのシステム構築には莫大な費用がかかり、サイバー攻撃などからの防御も完全にはできない。

●マイナンバーカードと健康保険証
 2019年2月、政府は健康保険法等の一部を改正する法律案を閣議決定した。健康保険の加入者情報をオンラインで確認できる規定が設けられ、マイナンバーカードを健康保険証として使えるようにする。システムを導入した医療機関では、患者はカードがあれば保険証を見せる必要がなくなり、医療機関側は事務作業の負担が軽減し、医師は患者の同意があれば過去の受診歴や薬の処方歴の確認ができるという。

●マイナンバーと医療情報の紐づけ
 日本医師会は2019年2月、マイナンバーカードに保険証の機能を搭載するとした政府の方針について、「マイナンバーと医療情報とが紐づけされるということはない」と強調し、そうした誤解が生じることへの懸念を示した。先述の改正案では、2021年3月から、マイナンバーカードのICチップを専用の機械で読み込むことで、保険証の有効性確認などのオンライン資格照会を可能にするとし、医療情報のオンライン照会については協力的な姿勢を示した一方で、「マイナンバーそのもので保険証の代用ができるという誤解が一部で広がっているが、あくまでもマイナンバーカードのICチップに搭載された情報で保険証の確認をするということ」とした上で、「今後もマイナンバー自体に医療情報が関連付けられることはない」との見解を示した。

●医療情報への番号制度(医療等ID)
 2015年5月、政府はカルテや診療報酬明細等の医療情報に番号制度を導入する方針を決定し、マイナンバーのシステムと医療関連のシステムを連動させる予定である。主な目的は、二重の投薬や検査の回避と診療結果や処方薬の情報共有である。しかし、マイナンバーを医療現場で使用することに反対してきた日本医師会の意向(医師に個人番号の取り扱いをさせたくない、漏えいした場合の影響範囲が個人の人生そのものに影響を及ぼす可能性が高い等)に配慮した形で、医療等IDの導入が決定した。医療情報学連合大会においては、マイナンバーを医療分野で用いない、マイナンバーに替えて医療等IDを創設する、現行の保険証を活用して医療等IDを保険証に記載する、マイナンバーカードをオプションとしてオンライン保険資格確認にのみ利用するという4項目が明示された。

●マイナンバーカードなしで資格確認は可能 
 政府はマイナンバーカードを健康保険証にする準備を進めているが、マイナンバーカードがなければ資格確認ができないわけではない。厚労省は、被保険者番号(現行の世帯単位から個人単位にする予定)でも、医療機関の窓口での資格確認を可能にすると説明している。また、これまでの健康保険証が廃止されることもないので、窓口にはマイナンバーカードを出す者と保険証を出す者が混在することになり、窓口対応がより複雑になる。健保組合や医療機関などには、システム構築や維持管理、セキュリティ確保などの新たな負担が生じることになる。
 政府は、マイナンバーは安易に見せてはならない番号だと説明しているが、マイナンバーカードを保険証とすれば日常的に持ち歩くことになる。カードの紛失や盗難によるマイナンバー流出の可能性が著しく増大するため、マイナンバーカードで受診する者は多くはないだろう。マイナンバーカードでの資格確認に使用されるのは、カードのICチップに記録されている公的個人認証の電子証明書であり、被保険者番号が記された健康保険証であれば、この過程は必要なく、マイナンバーカードは無駄となる。

●被保険者番号の医療等ID化 プライバシー侵害を強く懸念
 マイナンバーカードを用いて資格確認をしただけでは、マイナンバーと医療情報が紐付けられることにはならないが、マイナンバーと被保険者番号は結びつけられており、レセプト情報ともつながっている被保険者番号と、医療等IDとの関係がどうなるかが問題となる。
 医療等IDは医療情報とつながることが想定されているが、政府は効率性などを理由に医療等IDに、個人単位化された被保険者番号を使うことを検討している。しかし、被保険者番号は見える番号、見せる番号であり秘匿扱いはされておらず、これを医療等IDとすればプライバシーの漏洩、侵害を引き起こす可能性は極めて高い。また、被保険者番号が医療等IDになれば、マイナンバーと医療等IDは当然のように結びつくことになる。

●名寄せ個人情報で医療給付の制限も
 マイナンバー制度の目的は、行政機関等が保有する個人情報を効率的に名寄せすることであり、カードが普及しなくても名寄せの実現には支障はなく、マイナンバーと紐付けられる個人情報(例えば戸籍や資産情報など)が今後も増えていくのは間違いない。
 経済界がマイナンバーの開放を強く求めており、民間企業等が保有する個人情報と結びつけられたりプライバシー侵害などを引き起こす可能性を高める。個人情報を集めれば集めるほど、生活実態がより詳しくわかり、個人にカスタマイズされた形で社会保障や医療の制限を行いやすくなる。既に特定健診の結果をマイナンバーと結びつけることは法的に可能となっており、政府の産業競争力会議などでは、個人の責に帰するリスクに応じて保険料を増減できないかといった議論が行われている。
 マイナンバーと紐付けられる個人情報、特に医療情報は、漏洩だけでなく、その利用の仕方を注意深くみていく必要がある。
   
   (副会長 長沼誠一)

■群馬保険医新聞2019年7月号

【論壇】2018年を振り返って

【2018. 12月 15日】

1 平昌オリンピック

冬のオリンピックが、韓国北東部のピョンチャンで開かれた。南北朝鮮は統一チームを作り参加し、北朝鮮は核実験等で国連に制裁決議されているが、五輪期間中は例外として、文化交流人員の入国も許可された。
スピードスケート女子500mでは、小平奈緒選手が五輪新記録で金メダルを獲得したが、五輪3連覇を逃し、銀メダルとなった韓国の李相花選手のもとに、レース後近寄り、互いに健闘を称えあう姿が話題になった。

2 森友文書改ざん
学校法人「森友学園」(大阪市)への国有地取引に関する決裁文書の改ざん問題で、告発された佐川宣寿前国税庁長官が、大阪地検特捜部に不起訴とされた。
佐川元理財局長の元で、国有地取引に関する14の決裁文書の書き換えがあり、価格の事前交渉や安倍晋三首相夫人を巡る記述が削除された。さらに、公文書の改ざんを指示され、犯罪的作業を実行したとされる財務省近畿財務局職員が自殺していたこともわかった。佐川前長官は、国会の証人喚問で刑事訴追のおそれを理由にして質問には答えず、地検特捜部は好都合な隠れ蓑となった。

3 米朝首脳会談

アメリカと北朝鮮の首脳が会談し、合意文書に署名し、トランプ大統領が北朝鮮に体制保証を約束する一方、金正恩氏は朝鮮半島の完全な非核化にむけて取り組むことを確認した。
「狂った老いぼれ」「ロケットマン」と互いにののしり合っていた仲だが、今回の会談で、個人的な関係がうまく働き、「炎と激怒」状態に戻ってしまう事態は防げるかもしれないが、同盟国の米国と韓国との情報共有の不備も露呈された。

4 国内最高気温41.1度

2018年の夏の最高気温は、埼玉県熊谷市で41.1℃を観測して、5年ぶりに最高記録を更新した。
今年の夏は、これまでにない猛暑が世界中を襲い、日本でも猛暑日が続き、熱中症情報は必須になり、全国で多数の死者が出た。
半世紀前の夏の最高気温は30度前後で、30度を超えると小学校では午後授業は休みになった思い出があるが、40度ではエアコンなしでは過ごせない。そんな時期に開催する東京オリンピックも心配だ。

5 東京医大不正入試

東京医大に文部科学省幹部の子息を入学させる見返りに、大学支援事業の選定で便宜を図るという汚職事件が発覚したが、その事件の捜査中に、別の医学部でも不正入試が行われていたことがわかった。
第三者委員会の調査では、2浪までの男性に20点、3浪男性に10点加点し、女性や4浪以上には加点しないという不正操作により、女性や多浪生が不合格となっていた。女性が増えると大学病院の働き手が減り、多浪生は伸びが少ないといった関係者の考えがあったようだが、女性比率の少ない他大学でも同様な操作が見られた。
女性は出産、子育てなどで仕事量が減る時期もあるが、それに応じた体制をとらず、医療の現場では未だ男性社会が根強く残っている。

6 ノーベル生理学賞本庶氏に

京都大の本庶佑特別教授が、免疫をがんの治療に生かす手がかりを見つけたとしてノーベル医学生理学賞を受賞した。
本庶さんのグループが見つけたのはPD‐1という分子で、これをつくれないマウスの体内ではがんの増殖が抑えられることを確認し、この分子の働きを妨げる抗体をマウスに注射し、がんを治療する効果があることを2002年に報告した。
PD‐1の働きを抑える薬はオプジーボと名付けられ、2014年、世界に先駆けて日本で悪性黒色腫の治療薬として承認されたが、数百人規模の患者を想定した原価計算方式で超高額な薬価がつき、数万人の他のがんにも適応拡大するという高薬価問題が生じた。
大阪大教授時代の本庶さんの生化学講義を聴いたことがあるが、当時もクラススイッチ理論でノーベル賞候補といわれ、1987年の利根川進・米マサチューセッツ工科大教授と同時受賞でもおかしくないと思ったが、別の研究での受賞はすばらしい。

7 日産ゴーン会長逮捕

経営危機にあった日産の経営を立て直し、コストカッターとして有名なカルロス・ゴーン会長が、東京地検特捜部に金融商品取引法違反容疑で逮捕された。
その容疑は、5年間の役員報酬100億円の半分、50億円しか有価証券報告書に記載してないというものである。
日産の内部情報を司法取引して得たようで、特捜部に都合の良い情報のみ発表されるが、空港で逮捕されたまま起訴されることもなく長期勾留が続き、弁護士の同席もなく取り調べを受ける人質司法の運用は、問題が多い。
ゴーン会長の日産の報酬は年間約10億円と、日本では常にトップクラスで、ルノーおよび三菱自動車の会長も兼ねており、フランスの国有会社ルノーの会長報酬9億円は高額すぎると、マクロン大統領から言われ続けていたようだ。日産の報酬10億円は、日産元社員から見れば法外な額で、それが20億円ともなれば、グローバル企業の経営者でも、日本だけでなく、フランスの世間の目、常識を意識し、表に出しにくいと感じたのだろうか。コストカッターとして、社員などの首は切るが、自分のコストには甘いようだ。20億円で、どんな幸せがあるのだろうか。

(副会長 長沼誠一)

■群馬保険医新聞2018年12月15日

【論壇】健康寿命を支える高齢者の「リ・ハビリテーション」

【2018. 11月 15日】

2017年版「超高齢社会白書」によると、総人口における65歳以上の高齢者の割合は、27・3%に達し、世界でも類をみないほどの超高齢社会に突入した。2025年には30・3%、2055年には39・4%となる見通しだ。
超高齢社会を支える15~64歳の現役世代の数は減少し続けている。2015年、高齢者一人に対する現役世代の数は2・3人であったが、2065年には、1・3人で高齢者一人を支えなければならないとの厳しい予測もある。少子高齢化がもたらす大きな問題だ。

超高齢化が進行する中、平均寿命と健康寿命をいかに近づけるかが、私たちに与えられた大きな課題である。
フレイル(年齢に伴った筋力や心身の活力が低下した状態)を早期に発見し、適切に介入することで、生活機能の維持、向上を図ることができる。フレイルに陥る前段階として、口の機能の衰え「オーラルフレイル」という言葉も定着しつつある。
昭和の時代、歯科治療は、う蝕、歯周病の治療が中心であり、歯の保存や欠損部の補綴といった医療で歯科の医療保険の構造は成り立っていた。平成も終わりを告げようとする現在、人生100年とも言われる時代になり、80歳になっても自分の歯が20本以上ある8020(はちまるにいまる)を達成した人の割合は、50%を超えた(2017年厚労省)。ところが「歯があっても食べられない、飲み込めない」といった現象が起きている。
高齢になると、四肢の筋肉機能が衰えてくることは知られているが、食べる筋肉、飲み込む筋肉等の衰えも同じように起こることが注目されてきている。
高齢者は、唾液の分泌量が減少し、舌、口腔周囲筋肉の機能の衰えから、歯があっても食べられない、飲み込めない状態に陥りやすい。今回の点数改定では、65歳以上でこれらの症状が該当する場合に、「口腔機能低下症」の診断名が新設され、口腔機能のリハビリに対応できるようになった。オーラルフレイル予防に積極的に介入する動きである。
次の7項目のうち3項目以上が認められれば「口腔機能低下症」と診断される。
①口腔衛生状態不良、②口腔乾燥、③咬合力低下、④舌口唇運動機能低下、⑤低舌圧、⑥咀嚼機能低下、⑦嚥下機能低下。
セルフチェック方法としては、次の8項目のうち、1項目でも該当すれば、口腔機能低下症を疑う。
①硬い物が食べにくくなった、②汁物を飲むときに時々むせるようになった、③口の中が乾くようになった、④薬を飲み込みにくくなった、⑤滑舌が悪くなった、⑥食事をするのに時間がかかるようになった、⑦食べこぼしをするようになった、⑧食後に口の中に食べ物が残るようになった。

一方、将来高齢者を支える子どもたちの口腔の発達の問題も指摘されている。
成人が備えている正常な口腔機能が加齢により衰え、獲得した機能が衰えた場合、元の機能に回復させることが、リ・ハビリテーションである。小児期においては、この口腔の機能が発達・獲得(ハビリテーション)する過程にあり、各成長のステージにおいて正常な状態が変化する中、機能の発達が遅れていたり誤った機能の獲得があればその修正・回復を早い段階で行うことが求められている。近年、こうした口腔機能の発達・獲得が不十分なまま成長することが問題視されており、今回の点数改定では、15歳以下における「口腔機能発達不全症」の診断名が新設された。
小児における口腔発達不全症を見極めるには、食べる機能、話す機能など、年代に応じた発達が獲得できているかを調べる必要がある。
食べる機能において、「歯の萌出に遅れがあるか」「歯並びやかみ合わせはどうか」「むし歯が多くあるか」「強くかみしめることができるか」「咀嚼時間が長すぎる、あるいは短すぎないか」、話す機能においては、「構音に障害があるか」「口唇を閉鎖できているか」「舌小帯に異常があるか」、その他には、口呼吸や口蓋扁桃の肥大、睡眠時のいびきの有無などを調べる。日常生活の中では、口がいつもポカンと開いている、食べるときにクチャクチャ音がする、硬いものを嫌がる、いつまでも口の中に食べものがあり飲み込みに時間がかかる、発音がはっきり出来ない、舌を「べー」っと出したときにハート型になる等がみられれば、口腔機能発達不全症が疑われる。

口腔機能をしっかり獲得していない現代の子どもたちが高齢となり、口腔機能が低下した時、現行のリハビリが通用しないことも考えられる。
超高齢社会において健康寿命を延ばすには、高齢者の口腔機能回復とともに、小児期の健全な成長・発達にも目を向けていくことが重要である。

(副会長 小山 敦)

■群馬保険医新聞2018年11月15日

【論壇】本庶佑氏らのノーベル賞受賞にあたって―がん患者と医師としての立場から

【2018. 10月 15日】

本庶佑氏(京都大特別教授)とジェームズ・アリソン氏(米・テキサス大教授)らのがん免疫療法の進歩に対する研究に、今年度のノーベル医学生理学賞が与えられた。私自身、がん患者の一人として、この受賞がとても身近に感じられ、今後の治療成績の向上に大きな期待を寄せたい。
リンパ球の働きについての詳細な知見も、私が学生だった半世紀近く前に比べて隔世の感がある。そして、免疫を高める、というテーマは、栄養や運動を専門とする職種の方々も含めて、多くの人々の関心事になっている。今回、免疫療法が、医学的にもがん治療の重要な選択肢として社会から注目された意義は大きい。
抗がん剤の点滴を受けながら、隣で治療を受けている肺がん患者と看護師の雑談が耳に飛び込んできた。「諦めていたけど、この薬で肺の影が消えたんだよ。もう治ったと思うよ」と、患者としての喜びを語っていたが、この薬というのが、今回ノーベル賞を受賞したニボルマブである。まだまだ限定的な効果であり、副作用がないわけではなく、今後さらに有効性を追求しなければならないが、これまでがんを治療するという大義名分で、体へのダメージの大きい治療しか選択肢のなかった分野で、生体の持つ免疫を活性化させて、非自己であるがん細胞に対処できるようになれば画期的であり、ノーベル賞受賞にも合点がいく。
そして、いつものことであるが、学術活動でもスポーツでも、国際的評価を受けると、にわかに国内中で騒ぎが始まる。同胞の喜びを共有することが悪いとは思わないが、せっかくの偉業から何かを学ぼうという姿勢が欲しい。
受賞後の記者会見で本庶氏は、これまでの研究を振り返り「失敗もあったが、挫折感はない。既成の考えを無批判に信じず、諦めずにきた」とコメントした。また、研究者の道に進む子どもたちに伝えたいことを問われ、「教科書に書いてあることを信じないこと、不思議だなと思う心を大切にすること」と重要なメッセージを送ったが、NHKのニュースではその部分は放送されなかった。一方で、拙速な研究成果を求め、成果を出した大学に補助金を増加するといった政府の成果至上主義への懸念も示している。日経新聞のインタビューでは、「政府は応用ばかり考えて、研究費が応用に流れすぎている」と問題を指摘したが、同紙最終版では、その部分は削られていた。
保険医として、今後の運用について心配なことは、ニボルマブの高薬価だ。当初100㎎73万円の薬価が付けられた。米国、英国等の価格との極端な差が指摘され、段階的に引き下げられたが、保険制度の継続という面からみれば、専門医の慎重な診断と実地臨床の場での乱用を避ける制度作りが必要だ。その時に高額な医療費が支払えない人が排除されることのないよう配慮するのは当然である。
(副会長・深澤尚伊)

■群馬保険医新聞2018年10月15日

【論壇】医学部入試―合格率の男女差と女性医師支援

【2018. 9月 15日】

文部科学省の私立大学支援事業をめぐる汚職事件で、東京医科大学が不正入試の事実を認めた中で、女子であるというだけで一律減点され、大学の女子合格者がおおむね3割に抑えられるなど、不当に差別されていたことが明らかになった。「女性医師は結婚、出産等で離職し、復職しないケースが多い。男子医師の数を揃えてマンパワーを確保したかった」などと、その理由を挙げている。
この問題を受け、文部科学省は、8月に医学部医学科を置く81校を対象に緊急調査を実施し、今年度から2013年度まで6年分の入試での受験者数、合格者数のほか、特定の受験者への加点や性別、年齢による合否判定での差異の有無を尋ねた。9月4日に公表された速報結果によると、過去6年間の入試では、全国の国公私立大医学部の約8割に当たる63大学で、男子の合格率が女子より高かった。一方、東京医大以外で女子受験生の得点操作などの不正を行っていたと回答した大学はなかったという。

歯科では、歯科医師過剰と数の総量規制が命題となっている。こうした中、結婚、出産、育児等を機に離職する可能性がある女性歯科医師は男子歯科医師に比べ、過剰の対象から割り引かれ、歯学部では女子学生はむしろ歓迎される傾向にある。
医療施設に従事する歯科医師数は、平成28年度の段階で60歳未満の全ての年齢層で前年を割り込んでいる。総数でみても、男性の歯科医師数は7万8160人(前年比370人、0・5%減)、女性は2万3391人(956人、4・3%増)と、男性は減少し、増えているのは女性歯科医師だ。その結果、若年層では女性の構成比が年々増大し、30~39歳では34・9%が、30歳未満では、44・6%が女性だ。特に矯正歯科と小児歯科は、女性歯科医師数の伸びが顕著だが、出産、育児により専門医の更新を諦める例も多い。

働き方改革においては、病院勤務の医師が最も過酷な状況に置かれている。医療従事者の過労死や自殺が依然として後を絶たない。また医療機関の労働環境は、最低限の働き方を定める労働基準法さえ遵守できていない現状が明らかになってきている。全国の病院の中には、医師の違法残業、残業代未払いなどの理由で労働基準監督署の是正勧告を受けているところもある。また労働基準法の時間外労働の上限規制は、医師については医師法の応召義務等の特殊性から現行法の適用除外となっている。

女性医師は、産前産後の休暇が取得しにくいとされている。キャリア形成、専門医、認定医の資格もとりづらい。子育て支援も十分でない。短時間勤務や当直の免除等を柔軟に認めるなど、環境を整備することが先決だ。その努力を怠り、大学病院などで男性医師の方が使いやすいなどといった理由で医学部入試の得点が操作されていたとしたら、それは女性の活躍の場を奪うものであり、許されることではないだろう。
(広報部・深井尚武)

■群馬保険医新聞2019年9月15日

【論壇】2017年を振り返って

【2017. 12月 15日】

2017年の出来事を思いつくまま、振り返ってみた。

1 米国トランプ大統領就任
1月、トランプ大統領は就任直後に、選挙公約にしていた医療保険制度オバマケア廃止を見据えた大統領令に署名したが、3月のオバマケア代替法案の議会提出は、多くの無保険者を生むとして与党共和党の中から反対者が出て撤回された。7月のオバマケア廃止法案も否決されたが、それは共和党との公約である、低価格の選択枝の多い医療保険案を出せなかったためで、10月にオバマケアの規制を一部緩和し、簡素な保険を選べるという大統領令を出したが、米国病院協会等も否定的な見解を出した。
オバマケアはオバマ前大統領が推進した医療保険制度改革法の通称で、最低限必要な民間医療保険加入を原則として義務化し、新たに2000万人超の低所得者が加入したが、健康状態が良くない加入者が増え、医療保険会社の収支が悪化し、自力で医療保険に入っていた中間層の保険料が上昇する問題も起きた。世界一の医療技術を持ちながら、国民が十分にその恩恵を受けられないアメリカの医療や保険には根深い問題がある。
1月の大統領令では、環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱を表明、日本が加入予定のTPPは実効なきものとなった。また、メキシコ国境沿いの「壁」の建設、イスラム圏7ヵ国からの入国制限などを巡り、立て続けに大統領令を出したが、オバマのやっていたことを否定するのが主眼で、その代替案も不十分で、実現したものは多くない。
6月には、「地球温暖化はでっちあげ」として、パリ協定からの離脱を表明し、国内の石炭産業などからの支持に応えた。
12月にはイスラエルの首都をエルサレムと認めるとしたが、これは選挙時のロシア疑惑隠しとも考えられ、自分に不都合な事が生じれば、目をそらすために、北朝鮮攻撃でもしないかと心配になる。

2 森友・加計学園問題
2月に大阪府豊中市の国有地が、森友学園に8億円値引きされて売却されていた事が明らかになり、その交渉経過の資料について、財務省は、1年も経っていないのに「全て廃棄した」と答え、11月に会計検査院から値引き根拠について不十分と指摘された。
この森友学園の小学校「名誉校長」には安倍首相夫人がついていて、首相付の政府職員からの財務省への問い合わせも行われ、財務省が首相の意向を推し量って値引きしたようで、「忖度」という言葉が流行った。
5月には、加計学園が獣医学部を今治市に新設することを国が認めた手続きをめぐり、加計学園理事長の友人である安倍首相、あるいは首相側近による不適切な関与があったのではとする疑惑が浮上した。加計学園は、国の国家戦略特区に獣医学部の新設を申請し、昨年11月に認められたが、審査のスケジュールをめぐって、内閣府が「官邸の最高レベルが言っている」「総理のご意向」などと開設を急がせたことをうかがわせる文書が報道され、当時の前川文科省事務次官が本物とみとめ、「極めて薄弱な根拠の下で規制緩和が行われた」と述べた。
安倍首相は、6月の国会閉会後、野党の特別国会の召集要請は無視し、7月の衆院閉会中審査では、加計学園の獣医学部新設計画を知った時期を「今年1月20日」と明らかに不自然な答弁をした。9月の国会は、この問題の追及をおそれたか、質議もせず冒頭開散し、野党の分裂に救われて10月の衆院選は大勝した。
11月の特別国会では、実質審議は1週間のみで、野党の質問時間も削り、与党のゴマすり質問で終わった。しかし、首相官邸の関与はあったのか、行政は歪められたのか、規制緩和に根拠はあるのかについて、解明は不十分であり、首相の取り巻きたちは優遇されるということは、その他でも多々ありそうだ。

3 東芝の大赤字
8月に電機大手の東芝の赤字が1兆円となることがわかった。原因は、2006年に買収したアメリカの原子力会社の2011年以降の赤字と、2015年に買収した原発工事会社の赤字7000億円だという。2006年には、半導体と原子力の2つの事業を本丸に据えたが、2011年の福島原発事故以降、国内および世界の原発需要は一気に冷え込み、原発の受注はゼロになり、その時点で契約していた原発も工期が延び、建設費用が増加するなどしたが、赤字は隠されていた。
今、世界の原発ビジネスはリスクという壁に直面し、フランス、ドイツ、アメリカも原発事業は赤字だったり、撤退したりしている。日本ではまだ国策として原発を推進しているが、安全規制の強化による建設コストの拡大という世界的な流れのなかで、安全性だけでなく、コスト面でも将来性はない。毎年コストの下がる太陽光などの自然電力に対し、原発は事故などが起こるたびにコストが上がり続けている。東芝の大赤字は原発からの撤退をうまくできない企業の行く末を示した。

4 共謀罪法案
3月に政府は、犯罪の計画段階で処罰する「テロ等準備罪」を新設する法案(組織犯罪処罰法改正案)を閣議決定し、6月に成立させた。
この法案の目的を、国連における国際組織犯罪防止条約(TOC条約)批准のためとか、東京五輪に向けた「テロ等の組織犯罪への対策強化」と強調しているが、その内容は、国民の思想・内心・対話などを処罰の対象にする極めて危険な法律であることが浮き彫りとなった。「共謀罪」は、犯罪行為を処罰する大原則(既遂)を覆して「合意」や「準備行為」という計画の段階で処罰するものであり、憲法第19条で保障された「思想・良心の自由」を著しく侵害するものである。取り締まり対象が、一般市民に向いていて、このままでは国民の日常的な会話や通信を監視するための盗聴・盗撮・内偵など、人権侵害性の高い捜査が横行し、逮捕・拘留等の警察権が格段に強化されることになる。「共謀罪」の本質は現代版「治安維持法」であり、特定秘密保護法や安保法制との流れの中にあり、目的不明の共謀罪が成立したということで、任意捜査の名の下に警察による監視活動が広がることは明らかである。
TOC条約を批准している国でテロが起きていて、共謀罪発祥の地とも言われるイギリスでもテロが続いている。政府が本当の目的を言わないときは危険であり、気づいたら「時すでに遅し」は、過去の歴史が示している。共謀罪とは、政府、司法が「共謀」して、為政者にたてつく不逞の輩を弾圧するための新たな道具を用意した事になる。

5 北朝鮮の核開発、ミサイル
2月、金正男氏がマレーシアで北朝鮮の工作員によって暗殺された。このことで北朝鮮という国家の体質が再確認された。9月には6回目の核実験を行い、水素爆弾の実験成功と発表した。8、9月には中距離弾道ミサイルの発射実験を行い、日本上空を通過し、太平洋に着水した。日本では全国瞬時警報システム(Jアラート)からの弾道ミサイル警報音で国民を不安にさせ、防空演習を行った所もあったようで、緊迫する北朝鮮情勢の国難突破を口実に解散にでた安倍首相を援護した。
11月には長距離弾道ミサイル実験を行い、その飛距離能力から、射程が5500キロ以上の大陸間弾道ミサイルICBM級とみられ、北朝鮮は水爆とICBMを装備したと誇示した。
このようなな北朝鮮の行動は、「イラクやリビアは、原爆がなかったためにアメリカに攻撃された」との考えからと思われる。金正恩体制を守ることが最優先で、太平洋戦争前の日本が国体を守ると言っていたのと同じ理屈であり、石油禁輸などの経済制裁圧力をかければ引き下がるとも思えない。
11月に日本で会談した安倍首相とトランプ大統領は、対話ではなく、圧力で北朝鮮政策を変えていくとしているが、戦争被害への配慮はない。ミサイルは水爆でなくても、韓国、日本の原発に落とせば、被害は原爆級となりうる。
ミサイル防衛に備えるというイージス艦は、コンテナ船やタンカーも避けられない事がわかっており、不意打ちの攻撃に有効とも思えない。そんな無駄なイージスを、トランプの口車にのり地上配備のイージスアショアまで購入すると約束したが、世界が危険なのは、金正恩だけでなく、トランプや安倍などの指導者がいるという事にもある。

6 ノーベル平和賞・文学賞
10月、核兵器の廃絶を目指して活動し「核兵器禁止条約」が採択されるのに貢献した国際NGO核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)にノーベル平和賞が授与された。これは、金正恩、トランプなどと反対で、うれしい動きだ。
文学賞は、長崎生まれの日系イギリス人、カズオ・イシグロ氏が受賞した。5歳で両親と渡英し、大学院で創作を学んだ。1982年に書いた最初の長編「遠い山なみの光」は、戦後の長崎と現代のイギリスを舞台とした作品で、89年の「日の名残り」はイギリスの大邸宅の執事の物語。それぞれの作品で日本人性、英国人性という自身の根っこを確認した。それらを経て、95年の「充たされざる者」以降は、毎回新しいものに挑戦している。日本と縁のあることで、いいことはうれしい。
(副会長 長沼誠一)

■群馬保険医新聞2017年12月号

【論壇】衆議院選挙

【2017. 11月 15日】

衆議院解散総選挙が終わった。大義なき解散といわれ、その結果は自公が3分の2超の議席を獲得して大勝した。
選挙前までは、日本の政治は内政、外交ともに驚くべき退嬰と閉塞感に埋没していた。森友・加計問題で政治が歪んだメカニズムで意思決定されていることが明らかになっても、日本の民主主義が「共謀罪法」によって窒息させられる可能性があっても、「株価さえ上がれば結構だ」という判断で、アベノミクス支持は動かないのである。
その株価は、日銀が株式市場から直接株を買い、国民が積み上げてきた年金基金を運用するGPIFが、「株価変動のリスクを取った運用」へとルールを変更してまで、基金の4分の1を国内株式市場で運用するという「健全な資本主義」とはいえぬ異様な構造で成り立っている。公的資金を投入して株式市場を支えているわけで、この53兆円の公的資金が市場からすれば、現在の2万円を超える日経平均は間違いなく大幅に下がる、官製相場に支えられた歪んだ資本主義にしてしまったのである。この自堕落な構造に強い疑問を抱き、マネーゲームに幻惑された経済社会ではなく、公生で健全な経済にこだわらねばならないはずだ。
戦後民主主義を経験した人々は、簡単に国権主義、国家主義に共鳴するのではなく、民主主義の光と影を咀嚼したうえで、国民の意志を大切にすることが求められている。
現在の日本は、近隣との緊張を背景に、自衛隊と警察権力を強化する方向に回帰し始めている。「安保法制」から「共謀罪法」に至る流れは、国家権力による統合を志向しており、根底には「国民の自由な意思表示、行動を信じない」という思考が横たわっている。政治は権力であり、権力の統合が社会を安定させると考えているのである。また日本人の生活観は、多くの人々が漠然とした閉塞状況に覆われている。世帯の資産は1極集中で格差が広がっており、金融資産を持たない世帯が増加し、高額の資産を持つ層が増えている。
生活保護世帯は1998年の60万世帯から2016年には163万世帯に増加し、奨学金貸与者数は1998年の50万人から2013年には144万人と3倍近く増加している。
そういった情勢の中での衆議院選挙であったが、与野党の勢力は変わらなかった。比例代表の得票数を見ると、希望の党は約967万票で、前回の衆議院選(2014年)の民主党の977万票と同程度だ。共産党と日本維新の会が大幅に減らす中、立憲民主党が約1108万票を得た。希望と立憲民主を合わせれば、自民(約1855万票)を上回る。国民は政権交代可能な勢力を欲している。それも保守二大政党ではない。
安倍政権の政策は、要約すれば、大きいもの、強いもの、富めるものをより大きく、強く、富ませる。大企業が儲かれば、その利益が中小企業や庶民に滴り落ちる「トリクルダウン」を目指した。これに対して野党の結集軸になりうるのは小さいもの、弱い者、貧しい者にスポットライトを当てる政治であるはずだが、野党の結集はなかった。野党第一党の民主党が3分割したことで、与党の大勝を許した。
一強多弱の政治が続くのだろう。その先は……?

(広報部 深井尚武)

【論壇】子宮頸がんワクチンの近況

【2017. 10月 15日】

 子宮頸がんとヒトパピローマウイルス(HPV)

子宮頸がんは、ヒトパピローマウイルス(以下HPV)による感染症であることが近年わかってきた。
HPVは100以上の種類があり、子宮頸がんに大いに 関与する高リスク群と、関与 しない低リスク群があること がわかってきた。そのうち16、18型のHPVは、咽頭がんの70%、HPV陽性口腔咽頭がん、子宮頸がんの70%、肛門がんの80%の原因ウイルスであり、HPVの持続的感染が子宮頸がんの原因である。
HPVの感染は、ほとんどのものが6ヵ月以内に排除され、性器型HPVも2年以内に排除されると言われているが、潜伏感染があるという意見も見られる。

 日本における子宮頸がんワクチン

2009年4月、世界保健機関(WHO)は、公式見解(ポジションペーパー)において、発展途上国を含めた世界全体でのHPVワクチンの使用を推奨し、ワクチン接種プログラムに導入すること、およびその財政的基盤を作ることの重要性を強調している。またWHOは、各国の政策立案者に向けたHPVワクチン導入のためのガイドラインを示した。
2014年までに世界中で4000万回のHPVワクチン接種が実施され、オーストラリア、スコットランド、ルワンダでは、ワクチンの接種率は80%を超えている。そこで日本でも、HPV感染の予防として、2009年10月に2価ワクチンが承認され、12月より販売開始、続いて4価ワクチンが2011年7月に承認、8月より販売開始された。
対象は、中学1年生から高校3年生相当の女子とされたが、HPVに既に感染した既往がある人でも、その後の新たなHPVの感染を防ぐメリットや、別の部位の感染を予防する効果があるのでワクチンを打つ年齢に制限は設けられなかった。2013年3月31日までは、事業の対象者(おおむね中学1年生から高校3年生相当の女子)は無料もしくは低額で接種を受けられた。2013年4月1日以降は予防接種法に基づく定期接種としての接種が続けられている。

 子宮頸がんワクチンの有害事象

2013年6月14日の専門家会議では、接種のあと原因不明の体中の痛みを訴えるケースが30例以上報告され、回復していない例もあるとして、厚生労働省は定期接種としての公費接種は継続するものの、全国の自治体に対して積極的な接種の呼びかけを中止するよう求めた。現在もこの子宮頸がん予防ワクチンは積極的な接種勧奨の差し控えられたワクチンとされている。
今年に入り日本産科婦人科学会は、HPVワクチン接種勧奨の早期再開を求める声明を出した。
これは、労働省研究班による『青少年における疼痛又は運動障害を中心とする多様な症状の受療状況に関する全国疫学調査』の結果報告で、ワクチン接種歴のない12〜18歳の女子においては、人口10万人当たり20・4人の頻度で症状を示し、また年齢構成など多くのバイアスが存在するため直接比較することはできないが、接種歴のある女子においては人口10万人当たり27・8人の頻度で症状を示すと推計されたことによる。
つまりHPVワクチンの接種歴の有無にかかわらず、思春期の女性に、このような多様な症状を呈する人が一定数存在することが示されたことになる。元々このワクチンの有効性と安全性は以前よりコンセンサスが確立されており、英医学誌「ランセット・オンコロジー」でも、2012年に製薬会社が実施した治験のフォローアップの報告を掲載している。
一方、今年に入り、子宮頸がんの発症を抑えるためのHPVワクチンの予防接種による副作用を訴える女性たちが、国と製薬企業を相手取って、損害賠償を請求する集団訴訟を起こした。

 今後の課題

今後の課題として、副作用と言われる有害事象を起こした被害者の救済が、一番大事と思われる。
救済は、産科医療制度でも取り入れられている、無過失補償を、国の主導で早急に行うのがいいと私は考えている。そしてHPVの予防接種に関する情報の共有を、医師、ワクチンを受ける子どもたちとその親、その他すべての人でする必要があると思われる。
私が医師になった約30年前、子宮頸がんは、手遅れになってから見つかる人も多かったが、子宮頸がん検診の普及でだいぶ早期発見ができるようになった。子宮頸がんは、早期発見、早期治療で死ななくていい病気になりつつある。そこに予防のワクチンが使えるなら、それに越したことはない。なぜなら子宮頸がんは、欧米ではマザーキラーと呼ばれ、多くの患者が小さな子どもを残して亡くなってしまう病気だからである。
国、製薬会社、医師は、その安全性だけでなく、有害事象も含め、患者に丁寧に説明し、有害事象が起きたときにどうしたらいいか、有害事象が起きた患者の立場で考え、今後の子宮頸がんワクチンの接種に対して医療サイドだけでなく、患者サイド、みんなで考えていく必要があると考える。
今年の日本産婦人科学会では、ワクチンの接種歴とHPV16、18感染率や子宮頸がん細胞診ASC-US以上の病変率等に差があり、早期再開を強く要望する声明が出された。

(副会長 小澤聖史)

■群馬保険医新聞2017年10月号

【論壇】これでいいのか介護認定

【2017. 9月 15日】

「改善していないのに介護度が下がってしまった」との声を多く耳にするようになった。実際、介護認定を決定する介護認定審査会に関わっていると、最近、一次判定に異変が起きていると感じる。1回の介護認定審査会では、25~30件ほどの審査を行うが、3分の1前後、多い時は半数にあたる審査事例で介護度が下がっている。もちろん、前回審査時には、脳卒中や骨折などの重大なイベントがあったが、退院した直後であったり、リハビリの結果、実際に改善がみられていることもある。しかし、多くの場合、状態が大きく改善したとは読み取れない。
介護審査会での審査までに、どのような経過で一時判定が出るのか。本人・家族からの申請があり、調査員が訪問し、主治医が意見書を作成し、調査員のマニュアルに沿ったチェック項目をコンピューターが一次判定して、直近の審査会にかけられる。私が審査員になった数年前は、介護度が下がるのは5件を超える事は稀であったのだが、何が起こっているのだろうか。コンピューターの介護認定ソフトが改変されているのでは、との疑念を持ってしまう。もし、ソフトが変更されていないとすれば、チェックを入れる調査員への指導内容に変更があったのか、実情を知りたいところだ。
介護サービスの充実により、半数近くの人が自立の方向で、身体状況の改善や認知症が軽快しているなら、喜ばしいことであり、介護システムの成果として関係者や国民・市民に公表し、アピールできる価値があるだろう。
判定のルールの一つに、「現状での判断をすべし」というものがある。日常診療の中で、介護サービスの充実により軽快している人が増えていると感じることもあるが、デイサービスに通い、社会参加していることが、身体機能の改善のみでなく、精神面へ良い影響を与えている場合も多い。家族の負担の軽減にもなっており喜ぶべき変化だ。しかしこれらは、デイサービスなど、現状のサービスを受けているからこその現状であり、改善して、次の介護認定でサービスの量の低下が余儀なくされるとしたら、それは、このシステムの目指す方向に逆行しないか。
認定審査会において、「現状での判断」を単に申請当事者の身体状況・認知状況の狭い範囲でとらえず、サービスを利用しているからこその現状、と広義にとらえてよいということになれば、一次判定ではそれらが反映されなかった場合でも、介護度の変更が可能となり、審査会の存在価値も高まるだろう。
ところが、新しい取り組みとして「審査会のスリム化」が始まった。審査会への出席は医師だけではないが、平日の午後に行われるため、業務の中断をやむなくされる。現在、介護審査の1グループ(合議体という)の医師は2名体制となっているが、医師会からの人選が困難になってきているという理由で、1名体制にしたいという意向が自治体から示された。さすがに、今年度はすでに選出されたあとなので、不安の声もあり、多くの合議体でこれまで通りの2名体制で運営している。コンピューターで読み切れない部分を、現場の視点で、関係者が合議する場は貴重だと思うのだが、ここにもスリム化の波が押し寄せている。
実際に私が関わった審査会の議論の中で学んだことがある。パーキンソン病の診断の付いている患者について、調査時点での状態が良く、調査員のチェックが入らなかったため、一次判定で介護度が大幅に下げられていたが、神経内科を専門とする医師から疾患の特徴を説明され、これまで通りの介護度に戻すということがあった。認知症のある患者の調査でも一度の面接では読み切れないこともある。「人の世話にはなりたくない」との思いが強く、調査時に、最大限の力を振り絞って無理をする人もいるからだ。
「地域包括ケア」と声高に叫ばれ、病院のベッドも減らされ、地域の中で生活できるような仕組みを構築しようという今だからこそ、しっかりとした介護サービスを提供し、自立した生活ができるようにするのが、介護保険制度の趣旨ではないだろうか。
予算がないと言われるが、一方では毎年増加している分野もある。財布は一つだ。使い方をどうするかも考えながら、私たち医療人は、その立場での主張をしていきたい。

(副会長・深澤尚伊)

■群馬保険医新聞2017年9月号

【論壇】医師・歯科医師の団体としてTPPの問題点を発信し続けよう

【2016. 11月 15日】

 一時は、医師会・看護協会・薬剤師会が一緒になって反対集会まで開催したTPPだが、もうあきらめてしまって良いものなのか。そもそも、私たちは、なぜTPPに反対したのか 。

●皆保険制度の危機

実際の医療にどう影響するか。曲がりなりにも確立された治療法を保険適応にして、より少ない負担で治療が受けられる今の日本の保険制度は、戦後日本が作り上げた、世界からも評価の高いものだ。日本では、自動車であっても少し傷がついただけですぐに修理するのと同じように、病気や怪我も、軽いうちに医療とつながり、重症化を防ぐのが当たり前となっている。早期に対応する方が、結局のところ医療費も低額に抑えることができる。ところが最近では経済格差が広がり、3割負担であっても高額なため、支払い困難となり、いつの間にか治療中断になってしまう。
TPPに参加するしないに関わらず、保険制度をどう運用していくかは、私たち医療提供者も悩ましいところであったが、今後も時代に合わせて皆保険制度を維持していこう、というのが共通認識だろう。

 ここに、利潤追求の株式会社が参入してきたら、どうなるか。TPPを話題にする場合、日本の保険制度に介入してくるのは、主にアメリカの産業である。この時に、ISD(国家と投資家間の紛争解決)条項が、破壊力を発揮する。多国籍企業や投資家が「損害を受けた」として、投資先の国を訴えることができるのだ。
 これまで、日本で政策を決める最高決定機関は国会であり、違法かどうかの判断は、法律に基づいて最高裁判所を頂点とする司法の場で行われていた。これを、米ワシントンを本拠地とする世界銀行傘下の国際投資紛争解決センターに持ち込むことができ、裁判は米国で行われ、判断を下すのも米国人だ。これまで、北アメリカ自由貿易協定(NAFTA)で、発動された例を一つ紹介する。
 アメリカ企業がメキシコに産業廃棄物施設の建設を申し出たが、環境保護のため、地元の自治体が建設を不許可とした。これがNAFTAに違反すると、アメリカ企業がISDを使い訴訟を起こすと、メキシコが協定違反ということになり、日本円にして12億の賠償をすることとなった。

多国籍企業が損害を受ける可能性はあるか。日本の皆保険制度が充実することは、そのまま民間保険の市場が狭くなることに通じる。公的保険では十分にカバーできないから民間保険に加入するわけだが、公的保険が充実すれば、民間保険の出番は少なくなる。薬価についても同じである。現在、日本では医療財政上の問題と個人の医療費負担を考慮し、薬物選択に可能な限り後発医薬品を使用することが定着している。高薬価の薬剤使用を強制されたら……、問題はいくらでもあげられる。
遺伝子組み換え作物は、今のところ人間に有害であるというエビデンスはない、と言われる。しかし、国民の中にある不安は、すぐに取り去れるものではない。グレーゾーンにあるものを黒と証明する責任が、規制したい国に求められるとすれば、不安は増すばかりである。多国籍企業からの「遺伝子組み換えでない」という表示をするな、という要求を拒否すれば「損害を受けた」と、提訴される可能性が出てくる。「国産」の表示は、農薬や防カビ剤などの使用を消費者が購入時に判断する材料であるが、知らせることで販売量が減ることになれば、これも「損害」とみなされるだろう。

そもそも、司法主権・国家主権の侵害であり、憲法違反の内容を多く含む協定となる。医療以外の分野での影響も多々あろう。国民の健康と暮らしを守ろうとする私たち医師は、この協定の違憲性と危険性を広く市民に伝える責務があると考える。
   (副会長 深澤尚伊)

■群馬保険医新聞2016年11月号

【論壇】医療消費税問題

【2016. 10月 15日】

 国民皆保険に基づく公的医療保険による医療費は、1989年の消費税導入当初から非課税であるが、医療機器や医薬品、医療材料などにかかる消費税は医療機関が負担するシステムになっており、「控除対象外消費税問題」「損税問題」と呼ばれる。
 実際に、全国の医療機関が負担している消費税はいくらになるのか。
 2007年度の調査(日本医師会)によると、医療機関の保険収入の2・2%相当額が、負担消費税となっている。消費税5%の時点で、全国で9000億円は超えるとみられ、8%となった現在、単純に1・6倍すると3・5%、1兆4000億円を超える計算になる。厚生労働省は、消費税導入当初から、診療報酬に医療機関の負担軽減分を上乗せする形で、1989年(消費税導入)0・76%、1997年(5%に引き上げ)0・77%、2014年(8%に引き上げ)1・36%と、消費税負担分を補填してきた経緯がある。
 しかし、近年大きな問題となっているのは、1989年と1997年分の合計は1・53%、保険診療における消費税負担は2・2%で、差の0・67%(2700億円)が控除対象外消費税における医療機関の負担、実質的な「損」となり、補填されていないことだ。
 「診療報酬による補填」は、一見合理性のある方法にも見えるが、次の問題点が挙げられる。①医療機関ごとの支出の違いに対応できずに、補填不足となる医療機関が発生する。②「非課税」前提の保険診療の医療費について、不透明な形で、患者や保険者から徴収している。
 全国保険医団体連合会(保団連)の調査によると、2014年度の消費税対応分の保険収入は、平均でプラス0・73%、消費税対応分を除いた実質改定率についても、プラス0・16%であったが、「在宅訪問診療料2」を算定する医療機関では、実質改定率が平均でマイナス4・40%となり、最大で10・0%の診療所もあったとの報告がある。調査に伴い、消費税10%引き上げ時の医療機関の負担の試算も実施されており、5%時の4300億円から10%時には1700億円増の6000億円。薬剤費などを通じて、患者や保険者が負担する消費税は、5%時の5000億円から、10%時は7600億円増の1兆2600億円になるとみている。
 医療界では、消費税による負担増を、診療報酬に上乗せして補填する方法は、限界に来ているとの考えは一致している。保団連では、根本的な解決に向け、社会保険診療に対する消費税を課税転換し、課税ゼロ税率を求めている。 日本医師会は、この問題に対して、これまで、各種資料などで4つの案を示してきた。
 公的保険の医療費に対して、(1)課税転換、軽減率適用、負担分を控除(免税制度への転換も実質的に同じ)、(2)課税転換し、ゼロ税率適用し負担分を控除、(3)非課税のまま、全額還付、(4)非課税のまま、一部還付である。
 ところが今年3月に開催された日医の臨時代議員会で、今村副会長は、医療機関の控除対象外消費税問題について、医業税制検討委員会が答申した解消策をもとに、「2017年度税制改正大綱に結論を記載することを目指す」と表明し、「現行の非課税制度を維持したまま、診療報酬で仕入税額相当額として上乗せされている、2・89%相当額を上回る負担をしている場合に、超過額を税額控除(還付)する新たな仕組み」を提言した。これまでの「非課税制度を課税制度に転換して、軽減税率を導入する方法」といった課税方式への転換は、診療所へのマイナスの影響が懸念されるなど、課題が多いとし、さらに、4つの問題点があると指摘した。
 1つ目は、過去の上乗せ分の「引きはがし」(マイナス改定)が実施される懸念があり、全国の医療機関がそれを理解し受け止めるのは困難だということ。2つ目は、診療報酬の所得計算の特例(いわゆる四段階制)が廃止となる可能性が高く、この制度が廃止になれば、地域の高齢医師は新たに増える事務負担に対応できず、診療施設の閉鎖に追い込まれ、地域医療の崩壊を招きかねないこと。3つ目は、現行で課税対象となっている予防接種や健診等の自由診療で、患者から預かる納税実務に関し、小規模医療機関は免税事業者あるいは簡易課税事業者になっているが、社会保険診療を課税転換すると、免税事業者から簡易課税事業者に、あるいは簡易課税事業者から一般課税事業者に立場が変わるため、事務負担と税負担が問題になる。4つ目として、課税転換で、事業税非課税措置について廃止の議論が急速に進む懸念があることを挙げた。
 加えて、軽減税率での大前提は、社会保険診療を課税取引に転換するため、国民の理解を得るのは難しいと指摘した。
 一方、日本歯科医師会は、以前から「非課税で還付」を要望している。歯科の場合、過去の消費税補填分がほぼそのまま残っているとされ、控除対象外消費税の問題が存在していない可能性が高く、「引きはがし」への抵抗感が強い。
 医療界では医療消費税について、不合理な負担の抜本的な解決を求めていくことでは一致しているが、社会保険診療に対する消費税を課税転換し、ゼロ税率を含めた軽減税率とするのか、もしくは非課税のままで還付する制度を導入するのがいいのかなど、具体的な手法に関しては、依然として一本化されていない。
 問題解決には、日本医師会、日本歯科医師会、日本薬剤師会、四病協(日本病院会、全日本病院協会、日本精神科病院協会、医療法人会)などとの連携をとりながら、医療界が一丸となることが必要であり、政府税制調査会でも課税のあり方を検討、議論を開始してもらいたい。

  (広報部 太田美つ子)

■群馬保険医新聞2016年10月号

【論壇】超高齢社会

【2016. 9月 15日】

 総人口に対して65歳以上の高齢者人口が占める割合を高齢化率という。世界保健機構(WHO)や国連の定義によると、高齢化率が7%を超えた社会を「高齢化社会」、14%を超えた社会を「高齢社会」、21%を超えた社会を「超高齢社会」といい、日本は、2007年に「超高齢社会」に突入した。
 高齢化率が進んだ原因は、低い水準で推移している出生率と、日本の医療技術の進歩による死亡率の低下にある。他国ではまだ経験のない超高齢社会をいち早く迎えた日本の取り組みは、世界中から注目を集めている。
 一方で、平均寿命と健康寿命(健康に問題がなく、日常の生活で介護を必要とせずに生活ができる生存期間)を比べると、男性は9年、女性は12年の差が見られ、健康寿命を延ばすことが課題であると考えられる。
 現在、年間約10兆円かかっている介護保険給付費であるが、2025年には約20兆円と、2倍に膨らむことが推計され、財源確保は、極めて困難である。
 健康寿命の割合が高いほど、寿命の質が高いと評価され、結果として医療費や介護費の削減に結び付く。
 介護予防のキーワードとして、年齢とともに筋力が落ちる「サルコペニア」、運動機能が低下した状態になる「ロコモティブシンドローム」、内蔵脂肪が蓄積して生活習慣病のリスクが高まる「メタボリックシンドローム」などが知られているが、ここでは、「フレイル(虚弱)」について述べたい。
 フレイルとは、「(年齢に伴って)筋力や心身の活力が低下した状態」のことで、筋力低下、体重減少など、身体的なものだけでなく、精神的な活力も大きく影響し、精神的活力低下によりフレイルに陥るとされている。
 
 【フレイルの診断基準】
 ① 体重減少 (1年で4・5㎏以上、自然に減少)
 ② 疲労感
 ③ 筋力の低下
 ④ 歩行スピードが遅い
 ⑤ 身体活動が低い
 以上5項目のうち、3つ以上があてはまると、フレイルと診断される。
 フレイルはしかるべき介入により再び健常な状態に戻るという可逆性が包含されている。健康寿命を延ばすためには、フレイルに陥った高齢者を早期に発見し、適切な介入をすることにより、生活機能の維持、向上を図ることが不可欠だ。

 ●歯科からのアプローチ オーラルフレイル

 歯周病は、糖尿病、肺炎、脳梗塞、心臓血管疾患、消化器系疾患、認知症、低体重児出産などという「全身の健康」に影響することが研究により明らかになっている。さらに、口腔機能の低下は全身の衰えに大きく関わることもわかってきている。
 例えば、歯の欠損を気にして、人前に出にくくなり、社会的行動範囲が狭められると筋肉量低下に繋がる。歯周病の治療をせず、進行することで噛みにくい環境になり、食が偏り、体重減少に繋がる。結果として要介護になることも予想される。
 一般歯科診療所でみられる咀嚼障害の原因は、歯の欠損によるものが大半であり、補綴し、咬合の回復を図れば機能も回復する。しかし、高齢期における咀嚼障害の場合、咬合回復や歯があるだけでは、食べたり、飲み込んだりすることはできない。唾液分泌量の減少や舌、口腔周囲筋肉の機能低下が起きているからである。逆に歯がなくても、唾液分泌量や舌、口腔周囲筋肉の機能がしっかりしていれば、食形態を対応させることで栄養供給が出来る。
 地域における歯科診療所の役割として、滑舌の衰え、食べこぼし、わずかなむせ、噛めない食品が増える等、ささいな歯・口の機能の虚弱(オーラルフレイル)に気づき、それを患者に気づかせ、口腔機能低下に対して機能訓練等で介入することが重要だ。
 2016年の診療報酬改定では、かかりつけ歯科医機能が強化された。医科・歯科、他職種で連携し、地域において、フレイル予防を推進することが期待されている。医科・歯科一体で活動する保険医協会の特性を活かし、積極的に取り組んでいきたい。
   
   (副会長・小山 敦)

■群馬保険医新聞2016年9月号

【論壇】知る権利

【2016. 7月 15日】

 7月に参院選挙が行われる。この原稿が紙面に載っている頃にはすでに結果が出ているはずである。
 さて、5月のサミットで安倍首相は、「リーマンショック」「経済危機」という言葉をしきりに使い、参加各国の代表に現在の経済状態の深刻さをアピールした。それに対する各国の評価は冷ややかで、発言の意味を疑うものまであった。私見ではあるが、首相はアベノミクスの失敗を「先進国共通の経済危機」に責任転嫁したかったのではなかろうか。
 
 安倍首相はある意味行動派で、政権成立後いろいろな動きを起こした。中でも現政権下で特筆すべきは、これまでになく「国民の知る権利」が蹂躙されようとしていることではないだろうか。
 昨年来、現政権は改憲への動き、それとともに情報統制強化の動きを強めている。
 今年5月3日の憲法記念日に合わせて、朝日新聞が改憲に関する全国世論調査を行った。これによると、「改憲不要」が55%(昨年の調査では48%)と、「必要」の37%を上回った。また、大災害時に政府の権限を強める「緊急事態条項」を憲法に加えることについては、「賛成」は33%で「反対」が52%と、賛成を上回った。「国民の間で、改憲の是非についての議論が深まっていない」という回答は、「あまり」と「まったく」を合わせると82%に達した。さらに、安倍政権のもとで憲法改正を実現することについては、「賛成」の25%に対し、「反対」は58%だった。
 これらは、「放送倫理・番組向上機構」(以下BPO)への政府関与の検討(政府による放送法の恣意的解釈)、昨年立て続けに成立させた安全保障関連法、特定秘密保護法、そして近隣諸国への強硬な対応等への国民の危機感の表れではないだろうか。

 そもそも放送法は、国家が放送に干渉した戦前の反省に立って、放送の自由をうたったものだ。問題の中心はその4条である。
 第4条 放送事業者は、国内放送及び内外放送の放送番組の編集に当たっては、次の各号の定めるところによらなければならない。
 一 公安及び善良な風俗を害しないこと。
 二 政治的に公平であること。
 三 報道は事実をまげないですること。
 四 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。
 政府や自民党がよりどころとするのは、放送法4条が規定している「政治的に公平」や「事実をまげない報道」である。
 この4条は努力義務であり、条文違反を理由にした処分は表現の自由を保障している憲法に違反するというのが、法曹会の通説である。
 BPOの川端委員長は、政府による放送法の解釈の間違いを次のように指摘する。  「放送法は放送局の側が自主的・自律的に放送倫理を向上させていくことを求めている。BPOは純然たる任意団体。政府権力に放送倫理はこうなのだからこうしろと言わせないための仕組みだ。その仕組みに行政官や政治家が入ってきたら全然意味がない」。
 放送法を番組内容の規制に利用することは断じて許されない。行政処分やNHK予算の否認をちらつかせるかのような行為は、まさに「権力のおごり」である。
 だが、谷垣禎一幹事長は政府批判の放送について、「今後問題があれば来てもらって実情を聴くことはある」と述べた。安倍首相は一昨年11月、アベノミクスに批判的な「街の声」を選んでいるとテレビ局を批判した。昨年6月には、自民党の勉強会で議員が「マスコミを懲らしめるには広告収入をなくせばいい」と発言している。
 言動の根底には、現政権に表現の自由を軽んじる体質があると考えられる。言論封殺につながるような動きは、民主主義の根幹を揺るがすものである。これら一連の政府の動きに対する危機感は、国内にとどまらない。
 4月19日、国連の特別報告者デビッド・ケイ氏は訪日記者会見で、「日本で強まる報道規制と表現の自由の危機」についてコメントし、日本政府に対し、メディアの独立性保護と国民の知る権利の促進のために対策を講じるよう要請した。中国や北朝鮮でなく、わが国に対して、である。氏は、日本国憲法下で、報道の自由は明確に保護されているにもかかわらず、報道の独立性は重大な脅威に直面している、と指摘している。

 改めて憲法とは何か、再度確認しておきたい。
 憲法は国家の基礎となる法、つまり国家のあり方を決めたルールである。国家とは、そこに生活する国民が、強制力を持った権力によって統治された社会のことをいう。
 歴史的教訓から、国家権力は、放置すると暴走する危険があるため、その歯止めをするのが憲法である。つまり憲法とは、国家権力を制限し、人権を保障するものである。
この憲法をもとに法律が作られるが、法律はどちらかというと国家権力が国民の権利を制限するためのものである。
そのため、憲法が国家権力を監視し、国家権力に好き勝手な法律を作らせない仕組みになっている。
 多くの国民の目には、昨年からの政府の動きは、この憲法の役割を低下させ、政府に都合のよい法解釈をさせる危険な動きに映っているのではないだろうか。

 真実を知りたい、伝えたい―― 国民は、ある出来事が起こった時、その正確な事実、原因、今後社会や国民生活に与える影響等について、多面的に知りたいと思っている。ある一面的な情報しか与えられないとすれば、かつての太平洋戦争への突入時と同じ轍を踏むことになる。放送をはじめ、国民への情報提供に権力が不当に介入することは、決してあってはならない。

 権力への箍(たが)を緩める一方で国民の言論をコントロールする―― この先に何が見えるだろうか。今こそ、将来の日本のあり方を左右する大事なときである。現政権の動き、目論見に対し、国民自らが正しい判断力を持って審判を下さなくてはならない。
   
   (副会長 清水信雄)

■群馬保険医新聞2016年7月号

【議会制民主主義の原点に立ち返って思う】

【2016. 6月 15日】

 ●投票率

 今年7月10日に迫った参議院選挙。衆議院も含めて、これまでは政党が政策を訴え、国民の投票行動を通じて、国民の代表としての国会議員を選出してきた。1889年の大日本帝国憲法のもとで行われた選挙では、衆議院と貴族院の2院があり、後者は、高額納税者などの任期制の議員と皇族などの終身任期の議員で構成されていた。1925年に普通選挙制となり、納税額に関わらず、25歳以上のすべての男子に選挙権が与えらた。女子も含めた現在の制度は、1946年に公布された日本国憲法の基本理念に基づいたものである。
 日本の場合、乱立を抑制するための供託金が高額なため、豊富な資金がないと立候補できない面もあるが、政策を共有する者同士が政党を作り、国民からの支持の割合で議員を配分する方法がとられてきた。しかし、国民の意思を表明する選挙への参加は、低下傾向にある。総務省の報告では、前回の参議院選挙の投票率は全体として53%、60歳台では最大の68%の投票行動を示しているが、20歳台では33%と、3人に2人は選挙での意思表示をしていない。
 
 ●政党・団体主導から市民個人の訴えが政党に影響をあたえる選挙

 王政・封建制から、民主的な政治社会への変化を進歩、発展と考えるならば、国民の多くが意思表示をし、それに基づいた社会の方向を目指すには、選挙で多くの国民の意向が示されないのは由々しき状態だと思う。原因を考察するのは、別の場に委ねるとして、意思表示をしなくても、国民の生活はそこそこで、特に困ることはなかったか、我慢、許容の範囲だったのかもしれない。そう思うのは、この1年の国内の若者や子育て世代の、社会に向けてのメッセージを受け取るのが日常になってきたからである。
 国民のデモがマスコミで報道されることは、めったになかった。若い協会会員は、記憶にないであろう「安保条約」関連の節目に、国会周辺が騒然とした、「あの時」以来といっても言い過ぎではないかもしれない。当時のデモ会場は労働組合などの団体旗で埋まり、上部の支持で「動員」されて参加したものが大半だったのではないだろうか。私自身は、予備校生として東京に住んでいたので、ラジオから流れる国会周辺のニュースを聞いて、自主的に参加したものだが、そんなのはかなりの少数派だろう。
 今では、国会周辺のみでなく群馬のような地方でも、さらに言えば前橋・高崎に止まらなく、小規模ではあるが示威行為が見られるようになった。民主主義の意識が高揚してきたというのではなく、生活困難や戦争参加への危機意識が、現実のものとして捉えられるようになったのだと思う。今のままでは、自分たちだけでなく、子どもたちの将来に責任が持てないという、いたたまれない気持ちが、特に子育て世代の思いなのだろう。
 どのような思いを持って、日本がどのような国になって欲しいのか、デモに参加する人の数が、国民の意思を表しているのではないという意見もあるし、それを数字的な裏付けを持って反論するのも困難であろう。どのような意見を持っているにせよ、現在の日本で国民に求められているのは、選挙で意思表示をすることであり、投票率が半数にも満たないようなことはあってはならない。
 選挙制度のために、議席数は、国民の意向と必ずしも一致しない部分もあるが、とにかく意思表示をして、それに基づく政策決定がされることを求める。
   
   (副会長 深澤尚伊)

■群馬保険医新聞2016年5月号

<保険医新聞>【論壇】公的医療保険の大きな格差

【2016. 5月 15日】

 私は内科開業医で、職員も含めて、群馬県医師国保に加入しており、その保険料がこの4月より値上げになると通知があった。
 我が国の公的医療保険は、職域、地域、年齢などによりいくつかの種類があり、国民皆保険制度なので、そのいずれかに加入することになる。75歳以上は後期高齢者医療制度となるが、それ以下の年齢では、公務員は共済組合、その他は、健康保険(健保)または国民健康保険(国保)に加入する。国保の中でも、住所地の市町村国保と、職能団体などが互助会的に運営している国保組合があり、医師国保も国保組合の一つである。

 国保は、保険給付費に対して国庫補助があり、2007年では市町村国保が55%、国保組合全体では40%となり、国保組合の中でも差があり、建設関係国保45%、一般業種国保36%、歯科医師国保30%、医師国保27%である。健保でも、中小企業職員の多い協会健保には16%の国庫補助があるが、大企業職員の組合健保にはない。
 しかし、2013年に成立した社会保障制度改革プログラム法により、国保組合ではその平均所得により、国庫補助率が医療給付費の32%から13%の11段階に振り分けられ、2016年度より実施されている。
 医師国保は医師およびその家族、職員が加入するが、その平均所得が高いとのことで、国庫補助率が最低の13%に減額されるため、この4月からの保険料の値上げとなったが、群馬県歯科医師国保の保険料の改定も、同様の事情と思われる。
 国保組合の保険料は、互助会的な性格もあり、年齢、職能、家族などによりほぼ定額であるのが特徴である。群馬県医師国保の月額保険料は、医師である組合員は3万2400円、家族および職員は1万5400円、職員家族は1
万1100円で、40から64歳では介護納付金4800円が加わる。この保険料は所得に関係ないので、ある程度以上の所得で市町村国保や協会健保に加入した場合と比べるとかなり安い。しかし、医師国保では自院での診療は保険請求しないという決まりがあり、医師国保加入者の医療費が少なくなる仕組みも関係している。

 それに対して、退職、失業、独立等で加入する事になる住所地の市町村国保の保険料は安いとはいえず、その事もあり徴収率も低い。国保保険料の支払い義務感を増して徴収率をあげるために、国民健康保険税と呼び、地方税の一つとしている市町村もある。
 年収200万円(所得ではない)の単身者の国保保険料を人口20万人以上の都市について2014年度で試算すると、1位は広島市で、32・5万円となり、年収の16%にもなる。群馬県の前橋、太田、高崎、伊勢崎市は22・8から20・3万円で平均程度だが、年収の10%以上である。これに20歳からの国民年金保険料を払い、40歳以上で介護保険料が加わると、さらに生活は厳しい。

 伊勢崎市の市町村国保の保険料は、下表の様に、医療分、後期高齢者支援金分、介護納付金分の合計で、それぞれに、所得割、資産割、均等割、平等割があるが、単身者では、1世帯につき定額の平等割の負担も大きくなる。
 給与水準の高い公務員の共済組合や大企業の健保組合、中小企業の協会健保の場合、保険料は事業主と被保険者で折半している。また、傷病手当金や出産手当金などの手厚い保障も得られるが、国保にはその保障はない。
 保険料については、国保組合では、定額で比較的安いが、市町村国保は比較的高く、自治体により大差があり、生活が成り立たないほど高額な所がある。
 市町村国保は、加入者が退職者、無職、低収入者が多くなるため、保険料免除の割合が大きく、保険料の徴収も難しい面があり、高所得者からの保険料も期待しにくく、保険料収入が少ない財政上の構造的な問題がある。
 プログラム法で定められたとおり2018年度から市町村国保の運営を都道府県に移管することが決まっているが、それで全てうまくいくわけではない。保険料の徴収の仕組みや給付の様な身近な問題は市町村が行い、都道府県は財政などで関与することになるのか。しかし、財政にもっとも大きな影響を与えるのは国庫補助と思われ、社会保障の一環として、増額が必要だ。
 失業した場合などでも、安心して払える国保保険料となるような施策が望まれる。

isesakikokuho
  
   (副会長 長沼誠一)

■群馬保険医新聞2016年5月号

<保険医新聞>【論壇】格差社会の広がり改善策進まぬまま

【2016. 4月 15日】

 4月から診療報酬改定がなされた。2年ごとにおおむねマイナス改定が繰り返されてきた。家計負担増による患者の減少と診療報酬マイナス改定によりダブルパンチにみまわれている。包括医療費支払い、7対1入院基本料等、入院患者の平均在院日数を短縮し、在宅等に復帰させるインセンティブが設けられ、意図的、政策的に医療需要を抑え、患者を入院から在宅へ施設から地域に押しだそうとする施策が続いてきた。その結果、医療難民、下流老人、介護離職など、さまざまな問題が噴出している。
 今から10年ほど前、所得・資産の再分配の不平等や格差社会のことが大いに論じられた。格差について、当時は経済学、行政、マスコミなどの世界でずいぶん議論されたが、いつの間にか世間の関心は遠のいてしまった。
 なぜ格差論は興味をを失われ、無視されるようになったのか。マスコミなどのように一時期の興奮が冷めてしまったか、あるいは所得の高い人のように、所得格差が拡大したことを公に認めようとしないか、または密かに認めていても所得の高さが槍玉に挙げられて高い税金をとられるかもしれないと恐れたか。高所得者たちは、格差社会論を無視し、改府の所得再分配政策に反対する立場にいる。経済学の分野でも、格差是正の政策が導入されると、経済成長にとってマイナスになると考え、経済効率を重視する立場から、格差は無視した方がよいと考える人がいる。企業経営者は、賃金格差を是正すると、有能で意識の高い労働者の賃金が低くなり、労働意欲が阻害され、生産性が悪くなりかねないと考える。
 所得格差は、お金持ち、貧富の格差、貧乏人の3つの論点がある。フランスの経済学者トマ・ピケティは、著書「21世紀の資本」の中で、資本主義の宿命として、高所得者、高資産保有者はますます富裕化するということを、理論と実証で明らかにしている。
 現在の日本において、餓死はそれほど発生しない。だが、それに近い貧困層、憲法で定める最低限の文化的な生括を送れていない人はかなりいる。その証拠として、主要先進国の中で、日本の貧困率はアメリカに次いで2位、16%の高さである。
 日本の格差の現実は、子どもや高齢者の貧困、男女間格差、正規労働者と非正規労働者の貸金格差、非正規労働者の増加、安すぎる最低賃金などがある。中でも特に最近では、高齢者の貧困、健康格差が大きな問題となっている。これらは高齢者になって突然出現するのではない。幼年期、少年期、青年期、中年期と、それぞれの時期をどう生きてきたかの積み重ねが原因となっている。高齢者の格差を是正するには、若いころの格差を是正しておかなければならない。国もようやく、保育園入園待機児童、非正規労働者の賃金格差問題に対応しはじめた。  
   (広報部 深井尚武)

■群馬保険医新聞2016年4月号

<保険医新聞>【論壇】ネット販売による医薬品、健康食品の購入

【2016. 2月 15日】

 2014年の薬事法の改正以降、インターネットを利用した薬剤購入が一気に身近なものになった。一方で、合法を装うサイトを介した個人輸入も盛んに行われている。ネット販売の利用者は利便性を手にするとともに、適正使用に関わるリスクや偽造医薬品などによるトラブルの危険性も抱えることになった。
 日本国内で正規に流通している医薬品、化粧品、医療機器などは、薬事法に基づいて品質、有効性及び安全性の確認がなされているが、個人輸入の医薬品はその対象外である。つまり薬剤としては本物でも、品質などは担保されていない。厚生労働省は個人輸入に関するパンフレットを公表し、(1)不衛生な場所や方法で製造された(2)正規のメーカー品を偽った偽造品(3)含有量が基準を満たしていない可能性、等を挙げ、危険性を伴うとして、注意を呼びかけている。
 金沢大学の木村和子教授によると、個人輸入では、未承認薬や既に承認を取り消された薬剤に加え、どの国も承認していない無評価薬すらなんのチェックも受けずに入手出来るという。その上、これらの薬剤は劣悪な環境下での保管、不衛生な状況での詰め替えなど、不適切な扱いを受けた可能性が高い。ロット番号や有効期限の記載のないものは、期限切れの可能性もある、と個人輸入薬の実態を述べ、その危険性を強調した。
 医薬品の個人輸入は、輸入業者個人が使用する範囲であれば(処方箋薬なら1カ月分以内)通関手続きのみで可能である。手続きを含め輸入を請け負うのが個人輸入代行サイトだが、ほとんどは薬事法や特定商取引法に従っていないという。不正な医薬品販売サイトを監視するレジットスクリプト社は、2013年の調査で、処方薬名及び「個人輸入」「通販」などの日本語検索で得た2345サイトのうち、厚生労働省の規則に従っていたのはたった1つのサイト(0・1%)のみだったと報告している。
 医薬品の個人輸入における第1の問題は、健康被害である。2009年には利尿薬(フロセミド)が含まれた痩せ薬を服用した女性、2011年にはED治療薬の偽造品を入手した男性が死亡したと報告された。偽造医薬品の流通量の増加とともに、健康被害も拡大している。
 2006~07年、パナマで100人以上の死者を出した咳止めシロップには、グリセリンの代わりに中国から輸入された不凍液などに用いられるジエチレングリコールが使用されている。日本では、強壮作用をうたう健康食品の利用者から低血糖の訴えがあり、複数の製品から糖尿病治療薬グリベンクラミドが検出された。
 偽造医薬品には、有効成分無添加や少量添加したもの、逆に効果を高めるために本来の成分以外の薬剤を加えたもの、さらには製薬の過程で毒性の高い薬品を使用したものなど、さまざまなタイプが存在する。昭和大学藤が丘病院泌尿器科の佐々木春明教授による調査では、ネット上で流通しているED治療薬の55・4%が偽造品であり、調査国別でみると、タイのサイトで67・8%、日本のサイトでも43・6%が偽造品であったという。偽造ED薬には、有効成分が含まれていないどころか、殺鼠剤、抗炎症薬、血糖降下薬など何が混入しているかわからないという実態がある。
 花粉症治療に用いられる抗アレルギー薬は、ネット販売でも人気がある薬剤であり、個人輸入も活発である。効果を求め、倍量を服用するなどの自己調節も安易に行われており、2011年には副作用と考えられる劇症肝炎による死亡例も報告されている。
 医薬品の個人輸入における第2の問題は、製造物責任法(PL法)が適用されないことである。販売した薬剤が購入者にどのような不利益を与えても、輸入者(販売者)の責任は問われない。偽造薬が蔓延する理由がここにある。真正品であっても、未承認薬や適応外薬には注意を要する。前者は海外で承認されているが、日本では未承認の薬剤である。後者は日本で承認されてはいるものの、購入者が目的とする症状に適応のない薬剤を意味する。これらの薬剤は海外での評価が高くても、体格や薬物血中濃度などが異なる日本人での審査はされておらず、有効性、安全性ともに不明である。
 このように個人輸入では薬剤自体に信頼性がなく、被害を受けても保証はされない。手軽さというベネフィットと、それに伴うリスクをよく検討し、医薬品入手を安易に考えないよう患者を啓発することが必要である。

  (広報部 太田美つ子)

■群馬保険医新聞2016年2月号

<保険医新聞>【論壇】2015年を振り返って

【2015. 12月 15日】

今年起こった出来事で、特に医療や国民生活に関係するものを取り上げてみた。毎年のことであるが、独断と偏見との誹りは甘受したい。

 ❐兵庫県南部地震から20年
 1月17日で阪神淡路大震災から20年が経過した。震災当時、テレビに映し出された大都市神戸の変わり果てた姿に唖然とした記憶が蘇る。また、3月11日で東日本大震災から4年が経った。復興が着々と進んでいる地域もあるが、遅々として歩みが止まったままの地域も多い。一方で3月21日、石巻線が全線再開したという明るいニュースも報じられた。被災地の復興と活性化の追い風になることを祈りたい。

 ❐ISによる邦人殺害
 1月から2月にかけ、イスラム過激派組織イスラム国(IS)により日本人2人が拘束後、殺害された。罪のない人々の殺害現場を動画で公開するという残虐な行為に憤りを禁じ得ない。11月にもフランスで同時多発テロが起き、多くの犠牲者が出た。テロ組織の構成員は、自らの命を顧みない自爆テロで、不特定多数の殺害を実行する。それに対し、武力で制圧を図っても事は解決しないばかりか、かえってテロを助長するだろう。武装組織を生んだ格差、矛盾の解決への取り組みが必要ではなかろうか。

 ❐改正公職選挙法公布
 6月18日、選挙権の年齢を20歳以上から18歳以上へと引き下げる改正公職選挙法が公布され、2016年6月から施行される。同法により有権者は240万人増加する。若者の政治参加意識の向上が期待されているというが、ならば被選挙権の年齢の検討も必要ではなかったか。いずれにしても課題山積の中、なぜこの時期の「改正」なのか、いまひとつわかりにくい。

 ❐原爆投下から70年
 8月、広島、長崎に原爆が投下されてから70年を迎えた。年々、被爆体験者が減少する中、広島の平和記念式典には、国内の被爆者と遺族ら約5万5千人が、海外からは、過去最高100カ国の代表が参列した。
 一方、福島第一原発の事故の処理もまだこれからという中、8月11日、九州電力の川内原発が再稼働し、四国電力の伊方原発も再稼働に向かっている。原発事故への恐怖心はたった4年で風化してしまうのだろうか。

 ❐日航機墜落事故から30年
 1985年8月12日、日本航空123便が群馬県上野村の御巣鷹山に墜落。あれから30年が過ぎた。当時県内の多くの医師、歯科医師が犠牲者の身元確認に携わった。NTSB(米国家運輸安全委員会)の調査によれば、航空機に乗って事故に遭遇する確率は0・0009%だが、事故に遭遇したときの死亡率は96%以上と極めて高い。
 このところ、LCC等、格安を謳いながら、パイロットの年齢制限や航空機整備の緩和等、安全管理に不安を感じる事例も見られる。コストの問題もあろうが、安全に関しては手抜きをしないで欲しいものだ。

 ❐安保法可決成立
 9月19日未明、多くの国民の反対、憲法学者の「違憲」判断を押し切って、安倍政権は安全保障関連法を成立させた。国民は、この政権の横暴を決して忘れないだろう。それとともに、与党議員の中から反対の声が全く聞こえないことに、空恐ろしささえ感じる。安全保障は、「抑止」と「安心供与」の二つから成り立つといわれる。前者は攻撃力とその意思表示であり、後者はそれを滅多なことでは行使しないという姿勢である。現政府は、前者に傾きすぎてはいないだろうか。同法の実施にはまだいくつかのハードルがあり、また法自体を廃止することも可能だ。国民の安全に関わる重要な問題である。時間をかけ、民意を反映してこそ民主主義国家といえる。

 ❐マイナンバー法施行
 10月5日より、国民一人ひとりに12桁の番号を割り振るマイナンバー(社会保障・税番号)法が施行された。制度のメリットとして、個人情報の一元管理による事務手続きの簡素化、事務コストの削減、所得の過少申告・扶養控除・生活保護の適正化などが挙げられている。一方デメリットとしては、個人情報の流出、転用の恐れ等が危惧される。6月には、日本年金機構が外部からの不正アクセス受信により、年金受給者と加入者の個人情報約125万件を外部に流出させた。国民全てに関係する組織からの情報流出は、マイナンバー制度に対する不安に直結する。当面、利用範囲は限定されているとはいうものの、今後範囲が拡大した場合、リスクも当然大きくなるだろう。

 ❐ノーベル医学生理学賞受賞
 今年は2人の日本人がノーベル賞を受賞した。特に、ノーベル医学生理学賞を北里大特別栄誉教授の大村智氏が受賞したことは、医療に携わるものにとって意義深い。 
 寄生虫治療薬「イベルメクチン」を開発し、アフリカおよび中南米などで1億人が感染の危機にさらされているといわれ、重症化すると失明を引き起こす河川盲目症(オンコセルカ症)に劇的な効果を発揮した。大村氏は、「イベルメクチン」開発の特許権を放棄し、その結果、WHO(世界保健機関)を通じてアフリカや中南米などに住む約10億人以上の患者に無償で提供され、失明の危機から救った。 
 「医は仁術」、改めてこの言葉を思い出した。

 ❐日歯連
 日本歯科医師連盟が不祥事を起こしてしまった。「またしても…… 」という声が聞こえてきそうである。2004年に、汚職・闇献金などで当時の会長をはじめ連盟の役員が逮捕されている。今回は、連盟推薦議員の後援会に対して、寄付金の上限額を回避するための迂回献金が行われたことがその罪状だ。そもそも政治団体間の寄付金に上限を設けたのは、11年前の日歯連事件が発端とされている。体質が改善されていないという問題とともに、今回の事態を招いたことで、歯科医師という職種が社会から浴びせられる視線はさらに厳しいものになるだろう。信用を得るには時間を要するが、それを失うのは一瞬である。

 ❐TPP交渉妥結
 環太平洋経済連携協定(TPP)交渉に参加する12カ国は10月5日、交渉が大筋合意に達したとする声明を発表した。野党時代、民主党のTPP推進に反対していた自民党は、政権政党になるや否や、手のひらを返したようにTPP交渉に邁進した。この豹変ぶりに関して、何ら説明責任を果たしていない。
 最大の懸念は、食の安全であろう。政府は、「指摘された多くの懸念は当たらない」と強調するが、安保法同様、とても丁寧な説明とはいえない。公的保険においても、海外の保険会社の圧力により、健康保険から除外されるサービスが出てくるかもしれない。国庫負担を減らしたい財務省としては渡りに船といったところか。 
       (副会長・清水信雄)

■群馬保険医新聞2015年12月号

<保険医新聞>【論壇】マイナンバー法の問題点

【2015. 11月 15日】

 ●個人を識別するための番号
 
 2013年5月に自民党政府で成立した「マイナンバー法」は、2015年10月から個人への番号通知が始まった。「マイナンバー法」とは、政府が募集した愛称であり、正式には「行政手続きにおける特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」という個人識別番号法である。
 2012年に民主党政府で提案された「社会保障・税番号制度」では、税の公平さを高め、社会保障を充実するのに役立つことが目的とされていた。それを改定した現在のマイナンバー法でも、その利用範囲例は社会保障や税などの官の分野に限定のようにも見えるが、民間への利用拡大が既定路線であり、そこからさまざまな問題点が生じる。

 ●国民に対する番号制過去にも
  
 グリーンカード法…1980年、非課税であったマル優貯蓄が、仮名預金などで不正利用されていたのをあぶり出す目的で、少額貯蓄利用者カード(グリーンカード)法案が成立した。ところが、法案成立後、仮名口座に預けられた預貯金が引き出され、無記名の債権や金などに大量流出し、金融機関等の反対で廃案となった。
 住基ネット…2002年に稼働し始めた、住民基本台帳ネットワーク・システム(住基ネット)は、行政機関が扱う全ての個人情報を同一の番号(住民票コード)で管理しようという制度である。行政側にとっては個人情報を利用しやすくなるが、住民にとっては住民票がとりやすくなるくらいの利点しかなく、導入後10年経っても、住基カードを持つ人は国民の5%程度と、普及しなかった。
 そして、2013年のマイナンバー法では、国民一人ひとりに生涯不変の番号をつけ、その番号により、個人に関わる情報が集約され、検索される。住基ネットでは、番号利用は行政機関内だけで、秘密の番号を用い、住民はいつでも住民票コードの変更を請求できたが、マイナンバー法では、番号利用は行政内だけでなく民間利用もあり、番号は利用により公開され、生涯不変と正反対である。

 ●ホームレスには届かない
 
 個人に付される番号は、住民票コードを変換した11桁の番号に1桁の検査用数字を加えた12桁の番号となっていて、その対象者は、住民票のある日本国民と在留外国人160万人、特別永住者40万人である。住民票を元にして付番するので、住民票のないホームレスには付番できず、住民票の住所に住んでいない人にはマイナンバーは届かず、全国民への通知の徹底は困難というより不可能である。

 ●外国の番号制度

 アメリカでは、1936年に社会保険給付を行うために、9桁の社会保障番号(SSN)ができ、公私に広く利用され、事実上の国民識別番号になっている。しかし、便利である反面、なりすまし犯罪が起こりやすく、他人のクレジットカードを作ったり、税金の不正還付を受けたりといった悪用が問題となり、国防総省では別の本人確認番号を利用している程だ。
 ドイツは、ナチス時代に番号で国民管理をした反省から、2003年に導入された納税者番号制は税目的に限定されている。
 韓国では、1960年代の軍事独裁政権の時に、北朝鮮のスパイをあぶり出す目的もあり、住民登録番号(PIN)ができた。2011年までに20回以上の改正を経て、広く使われているが、プライバシーへの配慮はなく、なりすまし犯罪が多い。

 ●マイナンバーの管理と情報漏えいの危険性

 政府は、マイナンバー制度の導入で、世帯単位の収入等が把握しやすくなり、「総合合算制度」(医療、介護、障害福祉、子育ての4制度の自己負担、利用料の総額の上限を世帯ごとに設定し、上限に達した以降は受診・利用時の負担は不要となる制度)などの手厚い給付が可能になるとしているが、期待はできない。行政機関の申請主義は変わることはなく、生活保護などの必要な人が役所の窓口ではねつけられる現状では、行政側から手厚い給付をするとは思えない。
 それどころか、マイナンバーは、なりすまし犯罪の温床になる恐れが大きい。生涯不変の番号は、行政内だけでなく民間での利用も想定されていることから、漏洩を防ぐことは不可能である。現在のインターネット社会では、年金情報のように、政府の情報がハッカーに破られ流出する事態は必ず起こる。
 漏れたマイナンバーからあらゆる個人情報を集めるのは難しくない。それを防ぐために政府は情報漏洩に罰則をつけたり、監視委員会があるから問題ないというが、マイナンバー担当の厚労省の職員がつい最近逮捕され、役人の不正はあるということが再確認された。
 情報漏洩を前提に、個人情報を集中させない分散管理が重要であるが、マイナンバーは集中管理で正反対である。
 マイナンバーは、複数の行政機関にある同一人物の情報をひもづけして利用することも目的としている。個人情報である特定健診のデータもマイナンバーで管理されるという。将来的には、銀行口座にマイナンバーをつけ、所得の捕捉率や税収の増加などを可能にするとしているが、そうなれば、グリーンカード法の失敗と同じで、銀行預金は他の金融商品やタンス預金に移り、せいぜいチェックが入りやすくなる牽制効果で、所得の正確性がやや向上するくらいである。
 マイナンバーにより、政府は、国民の情報の入手が容易になる。特に、特定秘密保護法と合わせて出てきたことからすると、政府に都合の悪い情報は秘密にして、国民の情報は生涯不変の番号で検索、収集され、国家による一元管理が可能となり、独裁国家に近づくおそれがある。
 さらにマイナンバーを管理出来ない人の問題もある。認知症の高齢者などは、マイナンバーの意味を理解できず、通知が届いても管理できない。マイナンバーを覚えていなければ、社会保険や税とも結びつかない。施設入居している認知症高齢者は、その管理を施設でするか、家族でするか、身寄りがないときはどうするかなども決まっていない。そんな認知症高齢者に対し、マイナンバーカードを偽造して、なりすまし詐欺をすることはたやすいことのようにも思える。

 ●医療機関での対応は

 医療機関でまず関係するのは、2016年からの所得の源泉徴収票や社会保険の届け出時に、職員およびその扶養家族のマイナンバーの記載が求められるため、事業主はその聴取が必要となる。5万円以上の原稿料や講演料等の源泉徴収票にもマイナンバーの記載を求められる。しかし、全国保険医団体連合会(保団連)の見解では、これらの行政手続は、マイナンバーの記載がなくても処理できる旨を伝え、記載せずに提出することも可能である。
      *
 マイナンバー法の利用目的が社会保障や税などに限定されず、民間利用が拡大すると、個人情報の漏洩、名寄せ、個人番号の不正利用、国家による一元管理のおそれがあることがわかった。マイナンバーの記載には限界があり、マイナンバーの広がりで、世の中が良くなることはなさそうで、マイナンバーをあえて記載しないというサボタージュも一法である。
   (副会長・長沼誠一)

■群馬保険医新聞2015年11月号

<保険医新聞>【論壇】医科と歯科を比較して算定要件の違い

【2015. 10月 15日】

平成25年度の保険医療機関等の指導・監査等の実施における返還金額の合計は、146億1千167万円であった(指導による返還分=34億1千903万円 、適時調査による返還分=61億7千508万円 、 監査による返還分=50億1千756万円)。

架空請求、二重請求等はあってはならないことであるが 個別指導において算定要件を満たさないと、自主返還の対象になり得る。

一般歯科の診療において、多く算定される「歯科疾患管理料」は、表に示したとおり、これだけの要件を満たし、患者に文書提供をして、月に1回110点。「歯科衛生実地指導料」では、歯科衛生士が、患者に対し、15分以上の実地時指導を行った上で文書提供をし、月に1回に限り80点が算定可能となる。

生活習慣病としても位置付けられている歯科の2大疾患であるむし歯や歯周疾患の医学管理料の算定において、これらの要件が大きな縛りと感じている歯科医は多いのではないだろうか。

また、「歯科訪問診療料」(同一建物内、1日につき)の算定では、患者1人のみを20分以上診療した場合に866点、20分未満では143点に減額、複数の患者(9人まで)を診療した場合は、20分以上で283点、20分未満と10人以上では143点となる。

ちなみに歯科では、「往診」と「訪問診療」に厳密な区分けは存在しない。

医科の場合には、例えば、「特定疾患療養管理料」がある。生活習慣病等の厚生労働大臣が定める疾患(糖尿病、高血圧性疾患、胃炎及び十二指腸炎等、多くの慢性疾患)に対して、服薬、運動、栄養等の療養上必要な指導管理を行った場合に、225点(月2回程度)を算定する。患者への文書提供の必要はなく、管理内容の要点をカルテに記載することとされている。

通院困難な患者に対して、計画的な訪問診療を行った場合に算定する「在宅患者訪問診療料」(1日につき)は、同一建物居住者以外の場合833点、同一建物居住者の場合103~203点(週3回限度、例外あり)となっている。再診料は包括されるが、疾患による制限、時間要件はない。

このように、医科と歯科では、点数、要件の違いが歴然であり、歯科の点数評価はかなり低く抑えられていることがわかる。極めつけは、深夜・早朝加算である。土曜日の午後の診療について、医科と薬局関係では、患者毎に50点の加算算定が可能となっている。土曜日の午後は、診療時間を標榜していても算定可能だという。

これらの算定要件違いは、保険医協会が、医科・歯科一体の組織であるがゆえに、気づけたことでもある。

7月に公表された中央社会保険医療協議会総会(第301回)の資料によると、歯科医療を取り巻く現状等について、次のようにまとめられている。

〇「歯科診療医療費」は約2・7兆円(平成24年度)であり、国民医療費に占める歯科医療費の割合は年々減少し、約7%となっている。

〇医科診療医療費を傷病分類別医療費にみると、「循環器系の疾患」(約5・8兆円)が最も多く、次いで 「新生物」(約3・8兆円)、「筋骨格系及び結合組織の疾患」(約2・1兆円)となっている。

〇この1年間に病院や診療所を受診したことがある者は81・0%、受診していない者は17・2%であり、医療機関を受診した者について、受診した際の傷病名をきいたところ、「歯の病気(むし歯を含む)」が最も高く41・0%であった。

〇歯科診療所受診患者の年齢構成をみると、年々、若年者が減少し、高齢者の割合が増加している。平成2年までは半数以上が44歳以下であったのに対し、平成23年においては歯科診療所受診患者の 3人に1人以上が65歳以上となっている。

〇平成20年と26年のレセプト1件あたり各診療行為の構成割合を比較すると、各年齢層において「歯冠修復及び欠損補綴」が減少し、「処置」が増加している。

〇75歳以上の後期高齢者においては、「在宅医療」の伸びが顕著である。

この資料からも、歯科では8020運動が推進され、一定の成果が得られていることが読み取れる。平成元年から臨床に携わった経験から、かつての「痛いから行くのが歯医者」「年を取ったら総入れ歯」という時代から、「痛くならないように行く歯医者」「80歳で20本が目標」となり、セルフケアの徹底と歯周病治療の理解度が向上した。少子化の影響もあり、子どもに手を掛け、「歯みがきの仕上げはお母さん」が広まり、小児のむし歯は激減している。高齢者においては、受診困難な状態が増え、在宅医療にシフトされるが、認知症は口腔機能維持にも影響を及ぼしてくる。

医療費のトップは「循環器系の疾患」であるが、歯周病と全身疾患の関係が解明されつつある昨今、誤嚥性肺炎の予防も含め、今後の歯科のアプローチは、医療費削減や抑制のためにも重要視される診療科の一つとなり得る期待が持てるであろう。

(副会長・小山敦)

■群馬保険医新聞2015年10月号

<保険医新聞>【論壇】戦争下における医師・医療の在り様

【2015. 9月 15日】

―歴史を学び評価するのは、どのような未来を作るか考えるため―

 「戦争」とか「平和」を論じることは、これまでの日本社会であれば、学校の授業や酒を飲んだ時の議論など、よほど特殊な状況のもとでしかなかったと思われる。普段から真摯に考えてきた方々にとっては失礼な言い方かもしれないが、多くの医師たちにとって、日常的なテーマではなかっただろう。
 今、法律家ばかりでなく、多くの分野で活動している人々や主婦、小学生から大学生までもが、戦争放棄の憲法のもと、70年近く戦争の当事国にならないできた日本が、戦争のできる国にさせられようとしていることに危機感を抱き「戦争はダメ」と声を上げている。
 これまで、海外のデモの様子は、ニュースなどでも扱われたが、日本国内のデモ(今はパレードというらしいが)は、何万人集まろうと取り上げられることはなかった。それがこの夏、全国各地の「戦争反対」をテーマにした集まりや、政府の方針を支持する集まりが伝えられるようになった。多くの国民の関心事になっていることは確かだ。

 ―私たち医師は、このような時代に黙っていてよいのであろうか―

 日本の医師は、開業医制を軸にしながら、地域住民のために献身的な努力を積み上げ、大きな社会的信頼を得ていた。日本に併合された朝鮮半島や中国東北部(満州)に従軍した医師たちも少なくなかったが、戦時体制のもとで、意に反した行為を求められた場面が多く指摘され、「医の倫理」から見ても大きな問題が残された。
 その代表的なものが、731部隊などの軍事医学の研究機関や占領地域の陸軍病院であった。満州医科大学や九州帝国大学などには、何万人ともいわれる人々を、実験の材料や手術の練習台にして殺害したという事実の証拠、関わった当事者の告白などが残されている。
 若干の例をあげる。もっとも有効な生物兵器として開発したものにペスト蚤がある。「蚤の繁殖法と、ネズミを通じて蚤を感染させる方法について」は、膨大な数の研究が行われた。当時少年隊員だった篠塚良雄氏はこの実験に関わり、自身が5名を殺害したと述べている。また、炭疽菌の感染経路と死亡までの日数の研究では、皮下注射で7日、経口・経口撒布・経鼻で2~4日という結果を得ている。水だけ飲ませる耐久実験では、普通の水では45日、蒸留水では33日間生存した等の詳細な記録が学術論文として残っている。抵抗した医学者も知られている。生理学者・横山正松氏は、上官から腹部に銃弾を受けた際の治療薬開発を命じられ、中国人捕虜に対して銃による腹部貫通実験の指示を受けるが、即座に拒否すると、銃弾飛び交う最前線に派遣された。
 これらは、一連の研究のほんの一部であるが、彼らが戦犯とされないためには、実験データをすべて米国に渡すことが交換条件であったようだ。731部隊員の調査にあたったエドウィン・ヒルの報告文には次のように記されている。「調査の結果集められた証拠の情報は、われわれの細菌戦開発にとって貴重なものである。(略)このような情報は人体実験につきまとう良心の呵責にさいなまれて我々の実験室では得られないものである。このデータを入手するためにかかった費用は25万円であり、実際の研究コストに比べればほんのわずかの額にすぎない、貴重な資料。」 
 
 ナチ党支配下のドイツでは、「安楽死法」計画が実施され、医師の手によって、精神や身体に障害を持った人々を「生きる価値のない存在」とする大量殺戮や強制的な断種が行われた。そのことについて、ドイツでは2010年、精神医学精神療法神経学会の総会において、会長が謝罪表明を行い、談話「ナチ時代の精神医学―回想と責任」を発表している。
 日本国内では、1942年、日本医師会に対し、「国民医療法」が施行され、組織の目的を「国民体力ノ向上ニ関スル国策ニ協力スル」目的の団体と規定されるようになった。1949年には、世界医師会に加入するため、医師会長協議会で「戦争中の残虐行為を非難・糾弾する」との文書を決定したが、世界医師会でどのような議論がされているかの紹介は日本醫師會雑誌では報告されず、その後もこの件の解明には消極的と思われる。

 「“侵略”の評価は将来の歴史家の議論に委ねる」という国会での安倍首相の答弁があるが、歴史に学び今何をなすべきかを考えることが、政策決定者には強く求められる。多くの国民がこのテーマに関心を持っている今こそ、国のあり方を議論するチャンスであろう。

【参考文献・図書】
 ▽「戦争と医学」西山勝夫著(文理閣)
 ▽「戦争と医の倫理」―同題パネル展示と国際シンポジウム資料集
 ▽15年戦争と日本の医学医療研究会会誌
 ▽「死の工場」シェルダン・ハリス著、近藤昭二訳(柏書房)
   
   (副会長・深沢尚伊)

■群馬保険医新聞2015年9月号

<保険医新聞>【論壇】女性医師支援の現状

【2015. 3月 15日】

 2006年8月号の本紙で、当会前会長の柳川洋子先生が「女性医師支援の課題と現状」をテーマに論説された。その後、厚生労働省をはじめ、医療機関や都道府県、学会などの関係団体は、どのような「女性医師支援」に取り組んできたのか。いくつかの資料をもとに、考察してみたい。
 
 女性医師の割合
 出産・育児を機に低下

 
 全医師数に占める女性医師の割合は増加傾向にあり、2012年には19・7%となり、年齢層別に見ると29歳以下の女性医師は35・5%を占め、最も多い。しかし30歳を機に女性医師の割合は低下の一途をたどり、医師としての就業率は、卒後11年(平均年齢36歳)で76%と最低となった後、再び回復するMカーブを呈している。これは、他の職業女性と同様で、出産・育児が影響していると指摘されている。

 男女平等を目ざす
 2つの法律

 
 男女共同参画基本法は1999年に公布・施行され、推進が図られた。そして、2007年4月に改正された男女雇用機会均等法では、性別による差別禁止の拡大、妊娠・出産を理由とする不利益扱いの禁止、妊娠中の女性の時差出勤・休憩回数の増加、妊産婦の勤務時間の短縮などの措置を講ずることが義務化された。女性が働きやすい環境を整える必要性をとなえて、医療現場のワークバランスを守るために、いち早く職場環境改善に取り組んだ大阪病院(旧大阪厚生年金病院)は、子育て支援で有名となった。

 国による女性医師支援の
 懇談会

 
 2014年8月、厚労省は「女性医師のさらなる活躍を応援する懇談会」を開き、女性医師のライフステージに応じて医療現場で活躍できる環境整備を課題として、発展的な議論をかわし、報告案がまとめられた。
 医療機関等における環境整備としては、①職場の理解、②相談窓口、③勤務体制(短時間正規雇用、交代勤務制、当直や時間外勤務への配慮等)、④診療体制(チーム医療推進、地域医療における連携)、⑤保育環境(24時間保育、病児保育等)、⑥復職支援(医学知識や診療技術の提供)などが挙げられた。その他に、支援を受ける医師に対し、「自ら利用可能な社会資源について情報収集、あるいはキャリア形成を主体的に考えていくことが重要」「支援を受けた医師は自らの経験を生かして、将来の後輩に対する支援に回ることが重要」と支援を一方的に受けるだけにならない内容も含まれた。

 群馬での取り組み

 厚労省が2006年にまとめた「医師の需給に関する検討会報告書」では、出産や育児等を機に離職した、いわゆる「潜在的な就労可能の女性医師数」は4500人と推計されたことから、医師不足解消策の一環として、行政による女性医師の復職支援の取り組みが進められてきた。都道府県の相談窓口や日本医師会の受託事業として、女性医師支援センターの設置が行われている。
 群馬県では、「群馬大学医学部附属病院女性医師支援プログラム」、県医師会の「保育サポーターバンク」等によるサービスが始まり、利用されている。

 支援事業定着への課題

 
 2015年1月、総務省は25都道府県、25都道府県医師会、日本医師会等における女性医師等就労支援事業の実施状況等を調査した結果を公表した。
 調査した25都道府県のうち、2012年度に相談窓口を設置しているのは、12カ所で、1年間の相談件数が10件以下の都道府県の割合は25%であり、2012年度から2014年度までの復職のための病院研修の受講者数は、6~8人にとどまった。調査した都道府県の中には、同支援事業の実績が低調なため、事業が中止されたケースもあるという。女性医師に限らず、医師は退職すると連絡が取れないため、復職支援以前の問題との意見もあった。
 女性医師バンクの登録状況の推移から、新規求職登録者数は、ピークを記録した2007年度の207人から2012年度には26人と大幅に減少し、新規求人数も同期間で1659人から742人に半減。就業成立1件当たりのコストは177万円から453万円と大幅に上昇していた。総務省は「女性医師バンクでは求職者の希望にあった医療機関の紹介が十分にできておらず、コスト面からも事業の効率的かつ効果的な実施が必要」と指摘している。
      *
 女性医師支援が実施されて、いくつかの問題点も明らかになったが、今後女性医師の離職防止・復職支援をより効果的に推進していくためには、離職の実態や復職に係るニーズを適時かつ的確に把握する必要があると考えられる。社会的損失を加速させないため、女性医師支援をより充実したものにし、働く意欲のある女性医師が第一線で活躍できる体制を築いていかなければならない。
  (広報部 太田美つ子)

<保険医新聞> 【論壇】民意が反映される政治を

【2015. 2月 15日】

 先日、朝日新聞の「声」欄に20代の若者の投書が掲載された。「若者がもっと政治に関心を持たなければ日本の将来が心配だ」という意見への反論として「若者は政治に無関心なわけではない」というタイトルであった。
 内容は、憲法解釈で集団的自衛権の行使を認めるという閣議決定や特定秘密保護法の制定があったが、これらは若者の将来に影響力が強いから当然関心はある。しかし何か意思表示のために集会やデモに参加したり、パンフレットをもらったり配ったり等の行動を起こすと、就職活動に不利になるのではないか、という不安があり、意思表示が出来ないのだという。私はこれを読んで唖然とした。もうここまで来ているのか、という思いである。
 現政権に逆らったら変なやつと思われはしないかという雰囲気が世の中にあれば、若者はその匂いを敏感に感じ取るに違いない。多くの人たちは、一部の権力者たちが憲法解釈を閣議決定で勝手に変え、企業の利益を優先した雇用制度の規制緩和を推進する状況をおかしいと感じている。それでも政治には民意が反映されない。若者だけを責められるだろうか。

 昨年末の衆議院選挙では、自民公明が圧勝して政権を守った。だが実際は、自民公明が最大多数ではなく、棄権した有権者が最大多数であった。与党に拮抗する新しい政党なり仕組みなりを作れないのだろうか。民意を反映しない選挙による議院内閣制そのものが良くないとも言えるが、それに変わる良い仕組みがなかなか見つからないのもまた事実である。
 若い新人には資金がなく、養うべき家族もあり、企業と対立する行動をとれば職を失いかねない。先の若者が言ったように、体制に反対の意思表示をすれば、就職に不利になるかもしれない。となれば政権を握るのは旧態然、大企業と関連した富裕層、親やボスから選挙地盤を引き継いだ人たちばかりで、いつまで経っても政治は変わらない。
 それならどうするか。やはり選挙制度は大きな問題の一つだと思う。以前から言われている小選挙区制の改正。しかし国会議員は、自分の不利になるようには変えない。三権分立の司法が、裁判で違法としたのだから、これに従わない場合は議員失格の罰則を科すとか、懲役何年かの刑罰を与えたらどうであろう。それはともかく、実行可能な改正案を示して、迅速に実行してもらいたい。
 
 人は、時代の状況に大きな影響を受ける。戦時中は特にそうだ。「国のために壮絶な最期を遂げる英雄」「国の誉れ」「国への忠誠」「英雄の死を悼む涙」「危機存亡の時」「尊い自己犠牲と忍耐」、これらの感動的な言葉が、実は人を戦争に追いやる。逆に戦争反対派には、「卑怯者」「臆病者」「非国民」「厄介者」「自分勝手」など、いやな言葉が向けられる。このような言葉が学校、職場、町内、そして家庭内に満ちた時、果たして誰が戦争反対の態度を表明できるだろうか。戦争は一度足を踏み入れると、なかなか止められない。戦争へ踏み出してしまう前に、反対の声をあげなければならない。
 
 最後に一つ提案したい。老若男女、子どもも、おばさんも、おじさんも、皆でそれぞれの平和地球憲法草案を書いてみよう。例えば、「世界の戦争をなくすため、武器の製造をしない、買わない、売らない、持たない、どうしても戦うなら素手で戦う、公平な審判者を立てる、テレビ中継をして世界中に実況放映しなければいけない、降参した相手は殺してはいけない、殺してしまった者やルールを守れない者は1年分の食料を持たせて無人島へ島流しとする…… 」など、荒唐無稽ではあるが、まずはそれぞれ自分で考えた憲法草案をしっかりと心の中に持って、政治に目を向けることが重要ではないだろうか。
  
  (前会長 柳川洋子)
■群馬保険医新聞2015年2月号

新年のあいさつ

【2015. 1月 15日】

年頭所感 

 群馬県保険医協会会長 木村 康

 新年のご挨拶を申し上げます。
 昨年の11月23日、勤労感謝の日は、朝から晴天に恵まれ、前橋は気持ちのよい一日でした。この日の午前中に、群馬大学医学部内刀城会館(前橋市昭和町)で「歯科の体験アイデア発表交流会」を行いました。歯科の分野で関わりのある人たちが、日常業務で得た体験やアイデアを持ち寄り、職種間の垣根を取り払って交流を深めようという会です。もちろん歯科医師も例外ではなく、参加者全員で切磋琢磨し、歯科医療の前進を考えようとしている、その力の入れようには眼を見張るものがありました。今回で21回目でしたから、積み上げてきた実績は協会の無形の財産となっています。他県の協会からも高い評価をいただいていますが、熱気にあふれた、そして何かを予感させる素晴らしい会でした。
 その少し前、9月23日、秋分の日には、「子供も大人も100まで元気!」を、会員の医師、歯科医師だけでなく、関わりのある多くの業種やグループの協力で見事にやり遂げることが出来ました。大型ショッピングモール「けやきウォーク」(前橋市文京町)の一室で、買い物に訪れた幅広い年齢層の市民に健康をアピールすることが出来たと思います。市民県民と直接触れ合い、共に健康について考え、より良い医療を目指して実践していくことは、協会の活動の重要な柱となっています。
 一方、春の保険点数改定時には、恒例となっている点数検討会を前橋、太田の2会場で開き、好評のうちに終わらせることが出来ました。これこそ多くの会員にとって、最大関心事の一つだろうと思います。
 振りかえってみると、保険医の権利を守るために、会員同士歩調を合わせ、会員を支えるスタッフと日常診療の工夫を凝らし、市民や患者と同じ目線で医療の前進を考えていくという私たちの活動が、少しずつですが、定着してきていることを実感します。
「消費税増税」「社会保障制度改革」「秘密保護法」さらには「集団的自衛権」等の社会的な問題も、私たち保険医の生活に直結した重要なテーマであることに違いはありません。昨年暮の解散総選挙の結果は、私たちに直接間接問わず、大きな意味を持ってくる筈です。
 これらに鈍感でいることなく対応することはもちろんですが、他方、「歯科の体験アイデア発表交流会」「子供も大人も100まで元気!」「点数検討会」等の活動をより重視し、会員相互で知恵を出し合いながら、さらに内容豊かにしていければ――そんな事を考えながら新年を迎えました。
 本年も群馬県保険医協会をどうぞよろしくお願いいたします。

■群馬保険医新聞2015年1月号

<保険医新聞> 【論壇】個別指導、弁護士会も問題視

【2014. 10月 15日】

 群馬県保険医協会では、毎年、関東信越厚生局に対して行政情報の開示を求め、個別指導、集団的個別指導に関する選定委員会の文書や指導監査実施状況の文書を入手している。
 これは本来、保険診療について懇切丁寧な指導の場であるべき個別指導で、技官などから高圧的な言動があったり、自主返還という名目で、多額の返還金を求められる事が起こりうるため、その対策の一環である。
 しかし、2013年の開示請求では、個別指導の選定件数の内訳(高点数、情報提供、再指導など)が不開示になった。詳細を公にすることにより、不当な行為を容易にし、若しくはその発見が困難になり、指導、監査に係わる業務の遂行に支障を来すおそれがあるからだという。
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 保険医の個別指導は、その選定理由が不明なまま、3週間前に呼び出し通知が届き、用意するカルテは、4日前と前日に指定される(新規個別指導は4日前のみ)。この指導に対して絶対大丈夫という保険医は少なく、どんな点が指摘されるかとの不安は大きくなり、指摘された内容によっては、自主返還という返還金を支払わざるを得ない事もある。
 指導の場では、厚生局の数名の事務官と技官に対して、被指導者は医師一人の場合がほとんどで、医師会などの立会人はいるが、厚生局から求められた時のみ発言するだけで、被指導者の弁明のためではない。個別指導は、準備期間も短く、孤立無援の中で行われ、1993年には、富山県で技官の高圧的な言動による保険医自殺事件が起こり、その後も同様な例が続いている。
このような孤立無援の中での個別指導を防ぐため、保険医協会では、録音や弁護士帯同を推奨してきた。2007年には厚労省も、「国民の権利を守る弁護士の帯同はやむを得ない」との見解を出している。
 群馬県保険医協会でも個別指導への弁護士帯同をすすめ、この4年間に6件の実績を重ねてきた。その中で、2012年の弁護士帯同時に厚生局職員は、弁護士に委任状の提出を求め、録音や発言、代理人になることを認めないとし、果ては「営業妨害、業務妨害だ」とまで言った。
 これに対して、帯同を依頼された樋口弁護士の見解は、次の様であった。
 「個別指導は行政指導の一つである。行政は法律によるものであり、個別指導は法律事務に該当する。法律事務の執行態様は弁護士の裁量に任されているので、帯同は弁護士の職務行為の範囲に入る」。
 この厚生局職員の業務妨害という発言に対して、次の様な動きがあった。
 ◇2012年11月
 本来の弁護士業務を「業務妨害だ」という厚生局職員の言動は、弁護士業務の妨害であるので、樋口弁護士から群馬弁護士会の業務妨害対策委員会に申入書を送った。
 ◇2013年6月
 群馬弁護士会の業務改革委員会から樋口弁護士あてに弁護士の帯同、代理人、録音、発言の法的根拠の調査があり、樋口弁護士が回答した。
 ◇同年8月
 群馬弁護士会から、関東信越厚生局長に対して、個別指導に関する次の様な質問書を送った。
 健康保険法73条に基づく医師に対する個別指導に関し、弁護士による代理人としての1帯同、2発言、3録音の可否。
 ◇同年9月
 関東厚生局長からの質問書の回答は、
1 弁護士帯同は、被指導者からの委任状を提出した場合にのみ認めている。
2 弁護士は保険診療について説明出来ないから、発言は認めていないし、場合によっては退席を求める。
3 録音は被指導者から求めがあり、指導内容の確認が目的の場合のみ認める。
 ◇2014年4月
 群馬弁護士会から会長名で、関東信越厚生局長あてに出された申入書については、樋口弁護士の記事のとおり。
 これと前後して8月には、日本弁護士連合会から、厚生労働大臣および各都道府県知事にあてて、健康保険法等に基づく指導・監査制度の改善に関する意見書が提出された(内容は樋口弁護士の記事のとおり)。
      *
 保険医にとって、個別指導時の人権侵害を、医師個人、医師会、保険医協会という医療人だけで守るには限界がある。厚生局の職員、技官は、御上意識が抜けない面もあり、それに対して、人権を法律で守る弁護士の応援はありがたい。
 群馬での弁護士帯同の事例から、群馬弁護士会が動き、関東信越厚生局長への申し入れをしたのは画期的ともいえる。また、日本全国で同様の例が続いているからこそ、日弁連から厚労省等への意見書が出たものと考えられる。
 群馬県保険医協会では、今後も個別指導等において、保険医の人権を守り、懇切丁寧な指導がなされるような活動を行っていきたい。

   (副会長・長沼誠一)

■群馬保険医新聞2014年10月号

<保険医新聞> 【論壇】〝言論の自由〟を奪うもの

【2014. 9月 15日】

 最近、「言いづらく」なっていないだろうか。
 無意識のうちに、自己抑制をかけるだけでなく、特定の行動を不本意にも強要される感覚を持たされる、というのが「言論の自由」の対局にあるものと考える。
 ものが言えない社会―その到達点は戦争であり、または独裁政治なのであろう。昭和初期の満州事変、太平洋戦争の反省から、私たちの両親、祖父母は新しい憲法のもとで、新しい日本をつくる努力をしてきた。
 多くの大事な思想や行動の中でも、最近脅かされているものの一つに「言論の自由」がある。
 広島の原爆を描いた漫画「はだしのゲン」の図書館での閲覧・貸出禁止を教育委員会やその中心的な立場の人が求めたことは、ニュースになった松江市以外でも全国的に、その圧力が加わっていたようだ。国の在り方、方向を、国内外に明確にしている憲法を守るための学習会や講演会、集会を開くことを目的とした公共施設の借用が、「賛否などの議論が分かれている」との理由で拒否されるという事態も起きた。憲法を守る義務のある公務員が、「憲法を尊重し、それに基づく国づくり」を支持する住民の意思にブレーキをかけるのは、決して本意ではないと信じたいが、特定の地域だけでない事態に「言論の自由」の危機を感じる。
 また、NHKの最高意思決定機関である経営委員会の委員から、政権を批判することを否定する発言がされているのも極めて危険な事態だ。「自由な言論」は、「自由な発想や思想」の発露である。多くの国民の発想や思想の形成に大きな影響を与えるNHKの在り方については、関心を強めねばならない。

 一方で、思想文化の影響は、私たち自身の思想や行動にも表れることを意識しなければならない。私たちを縛るのは、決して法令ばかりではない。先に述べたことが重要だと言いながらも、意見の異なるものを排除しようという思いにかられ、態度を示すこともある。
本紙でも、意見の対立するテーマを扱うことが多い。「従軍慰安婦」問題もその一つであり、異なる意見に耳を傾け、互いに主張できるメディアに成長していけることを願っている。
 また、事実を追求し、住民の健康や生命の維持に貢献すべき医師・歯科医師団体の使命として、HPVワクチン問題や福島第一原発事故に限らず、放射性物質と健康被害の問題も扱っていきたい。
 「言論の自由」を守るためにも、自ら実践しながら訴える必要がある。
   
   (副会長・深沢尚伊)

■群馬保険医新聞2014年9月号

【論壇】集団的自衛権容認

【2014. 7月 15日】

 今、日本は岐路に立たされている。日本は戦争をする国になってしまうのか。
 安部政権が長く続けば続くほど、その可能性は高まると言わざるをえない。

 安部政権は、解釈憲法による集団的自衛権の行使容認を閣議決定した。日本人の平和への決意を表した憲法9条を空文化し、自衛隊が国内外で武力行使できる道筋をつけようとしている。集団的自衛権の行使を認めるということは、現在の憲法がよって立ってきた平和への国民の決意を、武器をとって戦争するという決意に変えるということを意味する。これからの国と国民の運命をも変えかねない憲法上の解釈変更を、閣議決定ひとつで行うとは、まさに驚くべき発想だ。
 戦後の日本が憲法に掲げてきた3つの基本原理である平和主義・国民主権・基本的人権の尊重の「平和主義」に取り返しのつかないインパクトを与える。

 「集団的自衛権の行使ができない」ということは、憲法9条と自衛隊の関係や日本の平和主義をめぐり、これまで政治家が真剣な議論を繰り返す中で定着してきた憲法解釈であり、70年近く続いた日本の戦後を支えてきた基本的な考え方である。

 日本の平和主義は、先の太平洋戦争における300万人を超える国民の、さらに交戦した相手国の膨大な数の人命の犠牲の上に、その反省に基づいて成り立っている。尊いかけがえのない命が、当時の政治の愚かさゆえに失われた。日本人は、沖縄の地上戦、広島と長崎の原爆、東京をはじめとする各地の大空襲などの惨劇を経験し、こうした無残な悲劇を経て、戦争だけは絶対に二度としてはいけないと決意し、平和主義を心に刻み込んできた。
 戦後70年が経とうとする中、平和への国民の決意の重みを知らない政治家が増え、そうした人たちが、戦後の国の形を変えようとしている。70年前に決意した平和主義を、正反対のものに塗り替えようとしている。これほど重要な問題を、平和の党の党是をかなぐり捨てた公明党をとりこみ、わずか19人の閣僚だけで決めていいはずがない。国会で慎重かつ徹底的な議論を行うべきであり、国民一人ひとりの意思を確かめるために、国民投票、衆議院解散して真を問うべきである。

 日本は、敗戦を終戦と言い換えることで敗戦を否認し、戦前の支配層が戦後の統治者として居残った。東西冷戦中、米国の保護下で経済発展を謳歌できたことで、国民の思考は停止し、いくつものタブーを棚上げにしてきた。平和憲法と非核三原則を掲げた唯一の被爆国という建前を守る一方で、米軍による核兵器の持ち込みは見逃した。自衛隊創設からイラク派兵まで、憲法解釈の変更によるつじつま合わせの繰り返しを受け入れてきた。立憲主義に反する解釈変更によるつじつま合わせは、戦後の保守政治の王道だった。自衛権、専守防衛で止めておいたのが、今回の閣議決定でどこまで拡大するのか。戦争のできる国になってしまうのだけは、絶対に避けなければならない。
   
   (広報部 深井尚武)
■群馬保険医新聞2014年7月号