▼【歯鏡/探針】

 【歯鏡】2020年1月

絵に描いた餅

 明けましておめでとうございます。
 令和も2年目となり、今後、歯科界はどうのようになっていくのだろうか。
 今年4月には、診療報酬の改定が控えている。
 近年歯科では、施設基準を届出た上で算定できる項目が増加し、さらにそのハードルは改定のたびに引き上げられている。例えば、2018年の改定で、その前の改定時に導入された「かかりつけ歯科医機能強化型診療所(か強診)」は、地域包括ケアシステム推進の中心として、届出項目が増加した。これらの施設基準の届出を行わなければ算定できないということは、届出をしない医療機関にとっては、マイナス改定にもなりうる。
 医科では、以前から多くの施設基準の届出があるようだが、歯科ではまだ馴染が薄い。
 群馬県内の歯科施設基準届出状況は、次のようになっている(2019年10月時点、歯科医療機関数975)。
 
 ◆歯初診 … 919医療機関(94・3%)
 ◆外来環 … 377医療機関 (38・7%)
 ◆か強診 …  97医療機関(10・0%)
 ◆歯援診 …  96医療機関(9・9%)   
  *歯援診1 … 11医療機関(1・1%)
  *歯援診2 … 85医療機関(8・7%)
 
 歯初診以外はいずれも低率である。
 厚労省は、団塊の世代が75歳以上となる2025年を目途に、「重篤な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防生活支援が一体的に提供される地域包括ケアシステムの構築を実現していく」としている。地域包括ケアシステムは、保険者である市町村や都道府県が、地域の自主性や主体性に基づき、地域の特性に応じて作り上げていくことが必要とされている。超高齢社会を迎え、地域包括ケアシステムが推進され、健康寿命の延伸には歯科の役割は重要であり、地域において、かかりつけ歯科医や歯科の在宅診療の需要は増加している。
しかし現在、それらの算定に必要な施設基準の届出を行う医療機関は前述のとおり、非常に少ない。か強診、歯援診の施設基準の届出が低率なのはなぜか。
 まず考えられることは、届出の内容である。個人で開業する一歯科医院に対し、地域のケア会議などへの出席や特定の組織に加入していなければならないといった条件が盛り込まれている。加えて請求方法が煩雑であり、医科の訪問診療と比較した場合、制限が多く、診療報酬が低いこともあるのではないか。
 医科でも、往診、訪問診療の算定は複雑であるが、施設基準を届出した場合の点数を比較すると、倍くらいの差が生じる場合もある。歯科では医療保険の管理料と介護保険の居宅療養管理指導費が同月算定出来ないが、医科では介護保険の方が減算されるも併算定できる。また、歯科の訪問診療料算定には、20分以上の診療という縛りが設けられており、20分未満は減算点数となる。そして3つ目の理由は、医科に比べて低いとはいえ、歯科の一般診療と比較すると高点数となることから、個別指導に選定されることを懸念するという発想もあるかもしれない。
      *
 「か強診」「歯援診」の届出を増やすためには、届出内容の見直しが必須だ。多くの歯科医療機関が取り組める内容へ改定され、地域包括ケアシステムが理念どおりに運営されることが、健康寿命の延伸につながるのではないだろうか。
(小山 敦)

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【探針】2020年1月

 2000年代と2010年代のローマ法王のパレードを比較した写真には、大きな違いがあった。それはスマートフォンの存在だ。2010年代は、目の前に法王がいるにも関わらず、ほとんどの人がスマホ片手に撮影をしている。さすがにミサの最中は、撮影を禁止するお触れが出ているようだ。つい先日、某有名外国人アーティストのライブに行った。私の感覚だと写真や動画の撮影は禁止で、そういう機材はクロークに預けるか、かばんの奥にしまっておくものと思っていた。しかし今は違った。皆、堂々とスマホで撮影していた。目の前にいる憧れのアーティストを肉眼で目に焼き付けないのはいかがなものかと思ったが、これも時代の流れなのだろうか。当然ではあるが、観客のライブへの集中力は、肉眼のみで観ているときよりも低く感じた。スマホの普及により今は、1億総カメラマンの時代と言われ、いついかなる時も誰かが何かを撮影している。「インスタ映え」という言葉が流行し、SNSに写真や動画をアップロードし、他人から「いいね」をたくさんもらうことで、自己承認欲求を満たす。スマホが出たてのころは、これ一つで何でもできると、自由を感じたが、最近では、スマホに依存しすぎて、スマホがないと何もできない不自由な状態に社会全体が変化している。そうなるとデジタルデトックスなる言葉も登場する。時にはスマホやパソコンなどから離れ、デバイスがない環境で過ごす時間を意識して作ることも必要なのではないかと改めて感じている。

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【歯鏡】2019年10月

消費税10%

 10月から消費税が10%に増税された。複雑な軽減税率による混乱はしばらく続くと見られる。
 本来、消費税は、最終的な消費者が負担する仕組みになっている。しかし、私たちが提供する社会保険診療は、社会政策的な配慮から「非課税取引」とされているため、医薬品や医療材料、医療機器等を購入する際に納入業者に支払った消費税は、患者に転嫁することができず、医療機関が負担しているのが現状だ。今回増税した2%分は、わずかな診療報酬の上乗せがあるとはいえ、かなりの額の損税が発生すると思われる。医療機関は、既に乾いた雑巾のような状況にあり、損税の負担が経営悪化に拍車をかける。

 飲食料品の軽減税率では、外食は10%と対象外だ。コンビニでも店内のイートインスペースを利用した場合は10%、持ち帰りは8%と複雑な仕組みとなった。
 そのような中、大手外食チェーン各社の店内飲食(税率10%)と持ち帰り(同8%)の価格対応が明らかとなり、本体(税抜き)価格を引き下げて税込み価格を統一する動きも見えてきた。軽減税率をそのまま運用すると、持ち帰りで注文して、店内で食べ、2%分をごまかす客が出たり、店内飲食者に2%分を請求したことによる客とのトラブルを避けるための方策とも考えられる。しかしこれは企業が増税分を負担することになるため、一部の大企業なら可能であるが、個人商店などでは難しい。また、本体価格をそろえて税込み価格は分けるといった本来の対応をする店も多く、消費者が戸惑う恐れもありそうだ。

 日本の消費税率は、世界的に見て高いのかというのは良くある議論だ。海外34ヵ国(付加価値税のない米国を除く)の消費税率の平均は19・6%と、日本より高い。高福祉・高負担の代表国とされるスウェーデンの消費税率は25%と高い。負担が重い半面、大学までの学費が無料など恩恵は大きい。
 日本はどうか。医療に関しては、窓口負担増の計画などの問題もあるが、国民皆保険制度でフリーアクセスと、欧米の数分の一以下の費用で医療を受けることが出来るため、患者にとっては恵まれた環境ともいえる。年金制度については、年金世代を支える労働人口は減少の一途ををたどっている。今現在、原則65歳からの支給となっているが、受給開始時期を70歳超まで広げる案も出されており、将来どれくらいの支給額となるのかも含め、多くの国民が不安を抱いている。政府は100年安心の制度と言っているが、制度の存続が100年安心なだけで国民の生活が100年安心というわけではないのだ。

 軽減税率にも落とし穴があある。財務省2019年10月のデータによると、消費税25%のスウェーデンは、医薬品はゼロ税率、食料品、宿泊施設の利用、外食等は12%、新聞、、雑誌、書籍、旅客輸送、スポーツ観戦等は6%である。20%のイギリスでは、食料品、水道水(家庭用)、新聞、雑誌、書籍、国内旅客輸送、医薬品、居住用建物の建築(土地を含む)、障がい者用機器等はゼロ税率、家庭用燃料、電力等が5%だ。同じく20%のフランスは、旅客輸送、肥料、宿泊施設の利用、外食等は10%、食料品、書籍、水道水、スポーツ観戦、映画等は5・5%、新聞、雑誌、医薬品等は2・1%だ。
 消費税の高い国の軽減税率は、生活必需品の税率が低く設定されている。日常生活での消費という面から考えると、日本の10%は高い部類になる。

 政府は、消費税増税の目的を安定した社会保障財源の確保としているが、これまでの経緯からすると社会保障への財源補完は微々たるもので、おそらく社会保障費の自然増以上に財源を増やすことはなく、法人税減税の穴埋めや軍事費等に使われてしまうだろう。
 世界に類を見ない少子高齢化社会で生産人口の割合は減り続けている。消費税の増税に増税を重ねた結果が今のマイナス経済成長を継続させているのであれば、今回の増税によりさらに消費が冷え込むことは確実との見方もある。今やるべきことは、消費税を減税して経済を活性化させることではないだろうか。

 医療においては、消費税導入時、国民の生命や健康維持に直接関わるものであり、患者の負担を増やさない政策的な配慮から「社会保険診療報酬は非課税」扱いとなり、医療機関の損税が発生することとなった。当会では、消費税導入以来、一貫して医療への消費税ゼロ税率の要求をしている。ゼロ税率は消費税の中で還付が発生するため、医療費や患者負担に影響しない。保険医療をこれ以上疲弊させないためにも、診療報酬の引き上げとととに、医療へのゼロ税率の適用が重要であると考える。
(亀山 正)

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【探針】2019年10月

 現在、ラグビーワールドカップ日本大会の真っ最中だ。ラグビーの国際協会であるワールドラグビーや国際サッカー連盟(FIFA)などは、近年、試合中に「デジタルブラジャー」を選手が装着することを許可している。これを装着する意義のひとつは選手のケガのリスクを軽減させることだそうだ。この「デジタルブラジャー」は背中の部分にGPSデバイスを固定するポケットが付いている。このGPSにより選手の運動量、運動強度や心拍数などが計測できる。つまり選手の疲労状況などを「見える化」でき、安心安全なチームづくりの一助となることが最大の特徴といえる▼さて、歯科治療中、偶発症はある一定の割合で起こる。そのほとんどが早期に適切な対処をすれば問題のない軽症例である。しかしながら目の前の患者が急変した場合、われわれ歯科医師はパニックに陥り、軽症例であるにも関わらず救急隊のお世話になるような事例も散見される。だが、処置前からのモニタリングによりこの発症を未然に察知し、予防できるとすればこんな画期的なことはない。仮に発症したとしても予兆があるのとないのとでは大違いである。そこで歯科治療時医療管理料(医管)だが、処置の種類は問われるが継続的なモニタリングにより歯科治療時毎に45点/1日が算定できる。本県における医管の届出率を調べると8月の時点で3割に満たないのが現状である。未だ医管の届出を行っていない診療機関はぜひこの「見える化」を導入し、より安全安心な歯科診療にトライしてみてはいかがだろうか。

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【歯鏡】2019年8月

医科・歯科・介護の連携を

 連携を始めるなら今!

 日経ヘルスケア2月号(2019年)に「医科・歯科・介護連携 始めるなら今!」という特集記事が出た。その内容は医科・介護事業所にとって、歯科との連携はいいことずくめだとし、その理由と事例を紹介している。記事のポイントは、①歯科の専門的な口腔ケアにより、入院期間の短縮や肺炎予防が実現できる、②歯科との連携に対する評価が診療報酬・介護報酬改定で拡充しており、それを利用しない手はない、③歯科との連携にあたっては、委託料など気にすることなく、無茶ぶりでもいいので、訪問歯科医に相談してみよう、というものだ。

 病院と歯科の連携

 病院と歯科との連携は、歯科訪問診療の受け入れという点では、ある程度進んでいる。歯科系診療科目を標榜していない病院の80・4%は、外部歯科医師による歯科訪問診療を受け入れている。しかし、入院患者の栄養改善に向けた他職種連携であるNSTに、外部の歯科医師が参加しているのは、6%にとどまっている(「病院における医科・歯科連携に関する調査」日本歯科医師会/平成30年3月)。

 介護施設と歯科の連携

 介護施設と歯科の連携では、口腔ケアに係る介護職員への技術的助言・指導を評価する「口腔衛生管理体制加算」の算定は、施設サービス受給者の54・6%まで広がってきたものの、歯科衛生士による入所者に対する専門的口腔ケアを評価した「口腔衛生管理加算」の算定は施設サービス受給者の6・5%にとどまっている(社保審介護給付費分科会・平成29年6月7日参考資料)。平成30年の介護報酬改定で、口腔衛生管理加算の算定要件は緩和されたが、必ずしも算定が大きく伸びたとは言えない。介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)で8・4%、介護老人保健施設(老人保健施設)で11・8%(介護給付費等実態統計平成31年1月審査分)などという状況である。

 低く抑えられた加算単位数

 口腔衛生管理加算を算定しない理由としては、「口腔ケアを実施する歯科衛生士がいない」が最も多く、44・6%、次いで「算定の割に単位数(医療保険の点数に相当)が少ない」が15%、「口腔衛生管理体制加算だけで十分と考えている」が13・7%などとなっている(*)。
 口腔衛生管理加算の実施に必要な時間は1人1回あたり21・4分(*)、月に2回以上実施して月90単位の報酬が介護施設に支払われる仕組みになっている。つまり42・4分で900円という介護報酬の設定である。群馬県内でさえ、歯科衛生士(パート)の求人の相場が、時給1200円を超えている現状からすると「算定の割に単位数が少ない」のは明らかだ。そのため、介護施設としては積極的に歯科衛生士確保に動きにくく、また、歯科医院に委託するのも難しく、「実施する歯科衛生士がいない」という現状になっている。
 歯科が介入した口腔ケア、口腔機能管理は、病院では在院日数を10%以上削減でき(平成25年第259回中医協資料)、介護施設では、誤嚥性肺炎などの減少により、入所者の入院を抑え、稼働率を向上できている(「日経ビジネスオンライン」2018年12月7日)。いずれも、経営的に大きく貢献しているものと思われる。何よりも、誤嚥性肺炎等による入院患者、入所者の苦しみを軽減できる。
 医科・歯科・介護の連携は、医療、歯科医療、介護の現場の現状を大きく変える可能性があり、大いに進めていきたい課題である。

 (*)平成24年度厚生労働省老人保健健康増進等事業報告書「介護保険施設における効果的な口腔機能維持管理のあり方に関する調査研究事業」

  (半澤 正)

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【探針】2019年8月

 高校野球岩手大会の決勝で大船渡高校の佐々木投手が登板しなかったことが注目を浴びた。「連投による故障を未然に防ぐため」との監督の判断だ。これに対し、あるTV番組で、ご意見番なる人物が「楽をさせてはダメ、痛くても投げなければダメ」と持論を展開した。数十年前の「巨人の星」の時代ならば、「身体を壊しても根性で投げろ!」というような風潮があったが、令和の今、このような考えは時代錯誤としか思えない。「怪我をするのがスポーツ選手の宿命」などの発言は、あまりにも無責任である。投げられなくて一番悔しい思いをしているのは、佐々木投手本人であろうし、投げさせてあげたかった一番近くにいた人物は監督であろう。それでも投げさせないという決断は、大きな勇気が必要だったに違いない。監督は佐々木投手の将来を考え、高校野球が最終目標ではなく、今後の野球人生をどう生きていくかを見据え、批判を覚悟の上での判断だったのではないだろうか▼登山でも天候が怪しい時は、目の前に山頂があっても、撤退を決断しなければならない場合がある。苦渋の選択の場面は、人生で何度も訪れる。物事は、進める決断よりも止める決断の方が何倍も難しい。佐々木投手にとっては、その1回目が決勝戦での出来事だったのかもしれない。高校3年生の甲子園は、一生に一度しかないのは事実である。でも野球人生におけるチャンスはこれからもまだまだある。

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【歯鏡】2018年1月

歯科の役割

 新年、明けましておめでとうございます。
 今年は介護保険と医療保険の同時改定が行われる。超高齢社会に対応した医療、社会福祉費の増加に期待する一方で、難しい情勢でもあるが、医療福祉の質的低下を招かないような改定を望む。
 平成も30年を迎えた。歯科診療体制の流れを振り返ってみると、健康保険制度が始まった昭和の時代は、歯科欠損病名が多く、むし歯の洪水、削っては詰め、抜いては補う治療が中心であったと言えよう。まさに歯科医院は「痛いから行く」ところであり、痛み、症状がなくなれば行かなくなる。そのようなことを繰り返したり、痛くなる前のむし歯を放置することで、歯牙欠損へと移行し、「年を取ったら総入れ歯」が当たり前という時代であった。
 平成になると歯科の概念は大きく変化する。平成元年から「8020運動」が盛んに啓発され、23年の歯科疾患実態調査の結果では、80歳で20本以上の歯がある人の割合は40・2%、28年には推計で51・2%と2人に1人以上となった。小児の仕上げ磨きの啓発や歯周病治療のメインテナンス、SPTなどの概念が保険に導入された。患者の歯科医院への受診目的は「痛いから行く」から「痛くならないようにメインテナンスに行く」というような変化がみられるようになった。
 歯科疾患の病態も健康保険制度が始まったころから様変わりしている。歯科疾患は、命に関係がないという認識であったが、歯周病の増悪、口腔機能低下による心筋梗塞、糖尿病、誤嚥性肺炎など、全身への影響が明らかになってきた。超高齢社会において、健康寿命を延ばすことで、財政を圧迫するとされている医療・介護費用を削減しようとする動きもある。そのための歯科の役割は大きいものと評価され、オーラルフレイル予防の重要性も提唱されている。
 また、地域包括ケアにおいては、他職種と連携し、在宅患者を支援することが推奨されている。初診料等の基本診療料の算定がある医療機関は、約5万9000施設ある。その中で、歯科訪問診療算定医療機関数は1万1250施設(約20%)であり、需要に対して供給が不足している(平成29年)。
 一方、小児においては、口腔機能の発達がままならない現状が訴えられ始めている。乳幼児の成長発達において、口腔機能がしっかり備わらなかった場合、超高齢になる前に機能的な衰えが発症し得ることが危惧される。良好な身体の発育を促すために、0歳からの正しい口腔機能の育成を目指す歯科的アプローチの必要性が言われ始めている。
 小児から高齢者まで、口腔機能の維持を一生涯支えることは、地域住民の真のかかりつけ歯科医としての役目であろう。少子高齢社会において、歯科は何を望まれているかを模索しながら、群馬県保険医協会歯科会として、会員のお役に立てるような行動を起こせたらと考える。
(小山 敦)

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【探針】2018年1月

 昨年の流行語「忖度」。恥ずかしながら半世紀近く生きてきて「忖度」という言葉を初めて聞いた。「他人の気持ちを推し量ること」の意味だという。人の気持ちを思いやって行動することはとてもよいことだ。普通の人の場合、忖度が働いてもせいぜい人間関係が円滑になる程度で大したことは起こらないのだろうが、これが時の権力者が絡むと話は変わってくる。忖度して行動を起こせば、何らかの見返りがあると思う人が大勢いるからだ。金か権力(ポストなど)を得るために、その人が喜ぶような動きをする忖度があっても不思議ではない。俗にいう「便宜を図る」ことよりさらに巧妙なやり口だ。森友学園問題や加計学園問題には、税金から何億、何十億もの金が投入されている。忖度なく、便宜も図っていないというならば、きちんと事実を示し、国民が納得できる説明をするべきだろう。ぜひ国民に向けて忖度して欲しいものだ▼昨年のクリスマス、我が家の子どもたちは、「今年はソンタクロースが来るの? 」と言っていた。忖度を働かせて、もっとよいプレゼントを貰いたいとの意味らしい。本当の意味をわかって使用しているのかは疑問だが、小学生の口から自然に言葉として出てくるということは、子どもなりに社会とはそういうものなんだ! と感じているのかもしれない。こと社会での人間関係や家族関係において忖度は、とても重要である。互いの気持ちを推し量り行動する…… 本来の良い意味での忖度を心がけながらこの一年を過ごしたい。

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【歯鏡】2017年1月

歯科その未来像

 新年を迎え、気持ち新たにより良い1年を願う日本の文化はありがたい。たとえ前年に嫌な思いをしても、ご破算で仕切り直しができる。
 さて今回は、多分に私見を交えながら歯科の明るい将来を模索したい。
 最近の歯学部、歯科大での教育事情はどうなのか、非常に興味がある。歯科医の将来像をどのように示しているのだろうか。
 私の歯学部生時代(1980年代)はといえば、歯の欠損や初期のカリエスを放置することは歯科医としての怠慢、あるいは治療放棄とみなされた。一口腔単位という概念が重視され、口腔全体を一つの治療対象と捉えた。あえて別の言い方を許していただければ、口腔内の問題点を列挙し、それらを全て治療すべき「問題点」として扱った。
 そこにはC0という概念はなかった。そして、一定以上動揺のある歯は、多くの場合抜歯の対象となった。
 当時、東北大では、FMCのマージンは歯肉縁下に設定するよう教育された。縁上に設定すると、そこが2次カリエスの発生部位となるからというのが理由だった。そして、金属と歯との境界を最小限にするため、Crの長いマージンは避けるよう教えられた。ちなみに私は現在、FMCであってもできるだけ縁上形成し、3/4Crや4/5Crでは、結果としてかなり長いマージン設定をしている。
 当時、多くの歯科関係者は、処置をすることが使命であり、それが機能的審美的に口腔の正常な状態を維持、改善することにつながると信じていた。問題の部分を除去、その欠損部を代替材料で充填あるいは置換し、咬合平面から突出した部分はできるだけ削合してそろえ、動揺のある歯はこれまた削合して連結する。それこそが患者の利益になると確信していた。
 御多分に洩れず、20代から30代にかけて、私は治療のためによく歯を切削した。当時、当院のユニットには、それぞれモーター1台とエアタービン4台を装備していた。バーを交換する時間と手間をできる限り省きたかった。そして来院する患者のほとんどにそれら切削器具を使用していた。さらに、起こした作業模型を熟視して形成の状態を確認し、厚顔無恥にも、割と綺麗な形成に良好な予後を確信していたものだった。
 どれほどの歯を削ったろうか。それによって自らの技術レベルを上げさせていただいたのだから、患者には感謝しきれない。歯の切削に勤しんだ結果、30年以上経った今、患者の口腔内はどうなっているか。
 動揺歯の固定を目的に、欠損を含めた13から23までのBrは15~20年ほどは問題なく経過したものの、25年を過ぎた頃から全体の動揺が大きくなり、30年経過したときには、支台歯ごと脱落した。動揺歯と健全歯を支台として連結したBrは、当初患者はなんでも噛めると喜んだものの、突然Crとポンティックの間で破損し、動揺のあった歯は抜けてしまった。
 患者はもちろんだが、処置をしたこちらも頑張った分ショックだった。自覚症状は何かをきっかけに突然現れることが多いが、その後は多くの場合、咬合状態は下り坂を転がるように崩壊の一途をたどる。別の方法を選択したり、あるいは何もしなければここまでの結果にはならなかったのではないだろうか、自問自答する。
 「なんでも噛める」ことは、長い目で見た場合、果たして患者の利益になったのだろうか。最近は、たとえ1歯の欠損であっても、簡単にBrという決断はできなくなった。機能的に問題なければ、あえて何もしないという選択もする。定期的に通院してくれる患者が多くなったからかもしれない。
 歯科の専門誌などで、ほとんどカリエスのない(あるいはごく小さい)歯を、エナメル質がなくなるほど削合してきれいなセラミックCrが装着された写真などを見ると、不快感さえ覚える。一方現在は、歯は削るほどその寿命が短くなるというのが歯科的なコンセンサスとなっている。
 もちろん歯科診療の現場では、歯を切削するというデメリットより、切削してもQOLが高まるというメリットが重視される場合も多いし、そういったアプローチも必要であろう。それでも、10年後20年後の予後を考えると、そういった医療行為が歯科診療の中心であってはならないのではと思う。
 健康への気づきは、辛い、あるいは痛い経験から生まれるのが一般的である。「一病息災」とはよく言ったものである。文字通りの意味は、一つくらい持病があるほうが、かえって体を大事にして結果健康でいられるという例えである。健康への気づきという観点からはこれを、一度病気で嫌な思いをしたことがその後の健康観にプラスに生かされる、という解釈はできないだろうか。予防(厳密には、現在の保険制度では予防は給付の対象外である)や管理のための来院を一般化することが、歯科ができるより大きな社会的貢献になるように思う。コ・デンタルスタッフの役割が一層大きくなる。
 それを推進、定着させる鍵としては、
 *通院や処置自体が苦痛でない。
 *通院が健康にプラスになっていると、患者(通院者)自身が実感できる。
 *医院が患者(通院者)のデータを持っている(管理している)。
 *患者(通院者)の口腔の状態、経過が数値化(グラフ化)できる。
といったポイントが挙げられそうである。さらに、歯科の成人検診等の充実も望まれるところである。

 2018年には、医療保険と介護保険の同時改定が行われる。在宅や周術期医療の分野で、歯科のアプローチが必要とされつつある今、さらに一般診療でも評価を高められるような歯科の将来像を提示していきたいものである。
(清水信雄)

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【探針】2017年1月

 福島第1原発事故から早6年が経過しようとしている。廃炉計画は立てられているが、そのメドは立っていない。それはそうだ! チェルノブイリ事故から30年。事故を起こした4号機を覆うコンクリート製の石棺は老朽化し傷みが激しく、新しいシェルターを移設中で、石棺ごと4号機を覆うという。耐久年数は100年。封印して周囲へ放射性物質が拡散することを食い止めることしかできないのだ。福島原発はどうか。メルトスルーした放射性物質の量、場所ともに不明という状態だ。実際には、本体部分への進捗はほとんどないということであろう。事故処理には今後何年かかるかわからないし、永遠に終わりがないのかもしれない。昨年12月には、原発事故に伴う廃炉、賠償などの費用の総額が21・5兆円に上るとの試算が公表された。これまでの見積り額11兆円から倍増している。さらに経産省は当初、廃炉費用を新電力会社に転嫁する案を検討していたが、世論や有識者の反発などから断念した。安易な転嫁は筋が違うと言わざるを得ない。たった1回の事故で国家予算の20%が吹き飛ぶような原発を再稼動するという政府には、開いた口が塞がらない。福島の事故で、原発は最も高くて危ない発電方法だということに国民は気づかされたはずだ。ところが6年が経とうとする今、東北地方以外の地域では何事もなかったかのように、日々を過ごしている。忘れる、スルーする、都合のいいように解釈する能力は、今の総理を筆頭に日本人の気質なのか。今年こそは良い1年になるよう願っている。

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【歯鏡】2016年1月

歯科におけるリハビリ

 厚生労働省の調査では、2014年の日本人の平均寿命は女性86・83歳、男性80・50歳で、ともに過去最高を更新した。女性は3年連続世界一、男性は前年の4位から3位になり、世界有数の長寿国であることを示した。
 一方で、日常生活に制限のない期間を健康寿命と呼ぶが、平均寿命と健康寿命との間には、男性で約9年、女性で約13年の隔たりがある。
 人生の最後まで健康でいきいきとした生活を送りたい―― 誰もが願うことである。平均寿命を延ばすことも大事だが、人間が最後まで人間らしく生きるには、健康寿命を延ばし、平均寿命との隔たりを少しでも小さくすることが肝要である。
 さて、歯科の保険診療では、2014年度の改定から診療報酬に歯科口腔リハビリテーション料という項目が加わった。これまでの義歯調整管理料に代わって設けられた項目であり、実際には義歯の新製や修理の際に、患者の口腔に適合するように調整したり指導をする行為の評価である。それがなぜ、リハビリという名称に変更になったのだろうか。
 医療の現場では、これまでこの医療行為を行えば月に複数回請求できたものが、多少点数は上がったものの、1回しか請求できなくなったとの不満も聞かれる。たしかに、診療報酬は実際のコスト計算でなく、医療費の総額から割り振られているものが多く、理不尽な包括や朝三暮四的な評価が目につく。こうした厚労省の操作は絶妙であり、実に狡猾である。この話題はここでは割愛させていただき、今後歯科が担うであろうリハビリという概念について考えてみたい。
         *
 そもそもリハビリテーションとは、ハビリテーションから派生した言葉である。ハビリテーションはラテン語のhabilis=適した、(人間に)ふさわしいという言葉が語源となっている。つまりハビリテーションとは、人間が生活するのに適した、あるいは人間らしい状態になるように能力を獲得することを意味している。それにre=再びをつけたのがリハビリテーションである。
 人間が何らかの原因で人間にふさわしくない(望ましくない)状態に陥った時に、そこから救い出して、再びふさわしい状態に復帰させる、という意味を持っている。つまり、厳密にはリハビリテーションは後天的障害に使われ、ハビリテーションは先天的障害に使われる。
 しかし、両者とも障害のある人に対して残された能力を最大限に回復させ、あるいは新たな能力を開発し、自立性を向上させ、QOLの回復を目的とするものである。したがって、一般的には両者を総称してリハビリテーションと呼んでいる。
 これまで歯科では、歯の一部や歯自体の欠損が治療の対象の大きな部分を占めていた。この欠損の原因となったのがう蝕、歯周病のいわゆる歯科の2大疾患であり、形は変えながらもこのこと自体は今後も続くであろう。
 医療においてQOLがクローズアップされてきた今日、これら以外の治療対象として、口腔の不快症状や欠損を伴わない機能障害といったものが注目されるようになってきた。欠損に対しては、保存や補綴といった対症療法が主体となる。もちろん初期のう蝕や歯周病では、最近では原因療法も確実にその対象範囲を広めつつあることも事実である。
 歯科では、予防つまり生活習慣の改善が奏功する場合が多く、原因療法とともに一般的に受け入れられるようになってきた。ただ、これらのチェックは定期的に行われないと、予防や原因療法で対処できるレベルを超えてしまう恐れがある。
 歯科では今後、口腔の健康や機能回復等の改善した状態を維持することが主流になると考えられる。したがって、これらの医療行為を包括して口腔のリハビリテーションと考えることが必要ではないだろうか。
 そうなると、歯や歯周組織、口腔粘膜、顎関節といったパーツに分けてとらえることは、患者にとってかえって弊害の方が多くなるように思われる。
 歯科治療では、もちろん主訴の解決は優先されなくてはならない。しかし患者を「生活する人」ととらえた場合、その障害をもたらした原因は何か、それを取り除くには何が必要か、そして障害が解決したらその状態をどう維持したらいいか、これらはすべて最終的にはリハビリテーションへと繋がるはずである。
 医療機関とは、これまで長い間、疾病や障害を抱えてから門をたたく所であった。今後、特に歯科では健康管理やリハビリが通院の主たる目的になるに違いない。そして、それは患者にとっての利益のみならず、医療機関の経営にも貢献できるはずである。
         *
 財務省は、次期診療報酬改定を引き続きマイナス改定とすべく、あの手この手を使い、医療財源を圧縮しようとしている。厚労省も指導や監査の強化に躍起となっている。モグラ叩きのような医療費抑制策は既に限界ではなかろうか。  
 医療費の有効活用のために、実質的な疾病保険である我が国の健康保険も、そのあり方を見直さなくてはならないのかもしれない。
(清水信雄)

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【探針】2016年1月

 昨年末、2015年の世相を漢字ひと文字で表す「今年の漢字」が発表され、「安」が選ばれた。選定した日本漢字能力検定協会は、安倍政権のもとで安全保障関連法案の採否をめぐり国論を2分したこと、世界で続発したテロや異常気象、マンションの杭打ちデータ流用などで暮らしの安全が揺らいだことなどを理由として挙げている▼今年4月の診療報酬改定は、全体でマイナスとなる見通しだ。安いの「安」だけはご免だ。さらに17年4月には、消費税10%への引き上げが控えている。このままでは医療機関は損税により窮地に立たされるだろう。軽減税率をめぐる与党協議は、酒類や外食を除く食品全般と定期購読を契約した週2回以上発行する新聞を8%に据え置くことでようやく決着した。一方で軽減税率導入により生じる減収の財源は確保できていないというのだから、現在示されている対象範囲ですら、いずれ狭められたり、外されたりするのではとの不安は拭えない。そもそも消費税増税による社会保障費の拡充という話はどこへいってしまったのか。子育て世代の負担軽減策として支給されている「子育て世帯臨時特別給付金」についても16年度から廃止する方針という。14年4月の消費税増税に伴い導入されたものだが、10%への増税を前に廃止され、さらに家計は苦しくなるだろう▼原発の再稼働や放射性物質への対応などを見ていても、この国の未来に暗い影を落とすものばかりが目につく。2016年、今年こそは、次世代を担う子どもたちが明るい未来を描けるような社会となることを強く願う。

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【歯鏡】2015年1月

歯科の未来は明るい

 医療技術の中でもとりわけ歯科治療は、これまで多くの技術、術式、材料の開発とともに進歩してきた。しかし一方で、歯科治療には自然治癒が期待できないものが多く、少なからずその後の生体に無理を強いるものであることも事実である。その点では、リハビリテーションの意味合いが強いともいえる。
 例を挙げてみよう。
 充填、修復処置は、歯とは膨張率も比熱も異なる材料を歯に接着(合着)させる処置である。温度差の大きな口腔という環境のもとでは、臨界において当然歪みやずれを生じる。
 補綴はどうか。ブリッジは、動揺度、動揺の方向の異なる歯を連結し、欠損部分にかかる力を分散させながら残存歯にこれまで以上の負担を強いることになる。部分床義歯では、一定以上の咬合力は、粘膜負担分の大部分を支台歯に負担させることになる。またインプラントの場合、残存歯への負担は増えないものの、緩衝機能のない上部構造が歯と共存し、骨という内胚葉由来の組織がインプラントを介して口腔と交通するという、いわば新たな創傷を口腔内に作ることになる。
 つまりこれらの処置は、口腔の機能的審美的な回復を目的として止むを得ず施す処置であるものの、それ自体がトラブルの連鎖の原因を内包しているのである。これを続ける限り、疾病を減らして医療費を抑制するという方向には転換しにくい。そこに、無理やり財政面から医療費を抑制しようとするから、医療の現場にも歪みやずれが生じる。

 ● 「健康な受診」の比率を高める

 日本の医療保険は原則疾病保険である。歯科医療では、口腔の痛みや機能的なトラブル等があって初めて医療保険の適用が認められる。
 財政面から「歯科医師過剰」といわれる時代にあっては、出来高払い制の下、ややもすると過剰介入の傾向が生じやすくなる。これはトラブルの連鎖を早める医原病である。我々は、倫理面、歯科医学的見地から、その処置は本当に必要だったのか、常に自問自答していかねばならない。
 少子高齢化が加速度的に進行する中、こういった疾病保険のあり方自体を見直さなくては、早晩医療保険自体が立ちゆかなくなるのは、火を見るより明らかである。当然国もそのことを承知している。血圧測定を定着させたり、タバコの価格を上げたり、いわゆるメタボ健診等で患者予備軍を減らそうとしている。
 歯科が今後、国民の健康増進や医療費抑制に貢献するには、「健康な受診」の比率を高めることと、口腔環境の管理により全身疾患の改善につなげることが重要なポイントとなりそうである。
 身体に何もトラブルがないのに内科を受診するということは、成人検診や予防接種等、ごく特別な場合以外はほとんどない。歯科ではどうか。たとえば歯周疾患のチェックのために受診することは日常茶飯事である。なぜか。
・国民の多くが、程度の差こそあれ、口腔に疾患やその前兆を有している。
・予防の大切さを認識している(慢性疾患のために、歯周疾患が進行した場合、元の状態に戻すことが難しい)。
・かつて歯周疾患のために、辛い経験をしたことがある。
・チェックにより、注意すべき部位、ポイントを把握しやすく、それを生かしたセルフコントロールがしやすい(歯周疾患が進行した部位は、プロフェッショナルコントロールが必要)。
 これらのことに気づいている患者は、我々歯科医が思っているより、ずっと多いはずである。あるいは、たとえトラブルを抱えての受診であっても、その受診がきっかけでこのことに気づいてくれる可能性はかなり高いと思われる。
 キュアーからケアーへ…… まさにこのシフトのきっかけを作るのが歯科医院である。患者の多くは、そのことに価値を見出してきている。もしそう実感できないのであれば、それは医療人としての歯科医の治療方針が時代のニーズに合致しているか、再検討すべきであろう。歯科医院は、「口腔のチェックから生活指導まで」という、健康に関する情報発信の場に十分なりうるのである。実際、それを実践している医療機関もある。

  ● 口腔衛生の改善と全身の健康

 2014年度診療報酬改定で、周術期口腔機能管理という概念が導入された。口腔機能の維持、改善、あるいは口腔の衛生状態の改善が、全身の健康状態の改善に大きく貢献できるという事実が、厚労省はもとより、医科の医療スタッフにも共通認識として定着されつつある。
 医療の範疇にはあるものの、これまでえてして歯科は医科とは別個に扱われる傾向にあった。「体は丈夫なのに歯だけ弱い」といったように。それが、患者を中心とした医療の中で、歯科のスタッフも同じ医療スタッフの一員として認められつつある。
 我々は、実践によりこの動きをさらに推進しなくてはならない。幸い、歯科は職種が少ないためスタッフ間の連携が取りやすい。そして、同じ医療現場で患者を診ているため、認識を共有しやすい(この意味では、現場への歯科技工士の関わり方もさらに深める必要があろう)。さらに、長期にわたり患者家族の口腔のみならず生活環境も把握できるため、個々の患者に即した対応が可能となる。
 今後の課題としては、我々を始め歯科のスタッフは、咀嚼、嚥下のスペシャリストとしての力量を身につけることではないだろうか。勉強すべきことはたくさんある。
 私事だが、現在私の医院では患者の8割以上はメインテナンスのために来院する。開業した30年前、現在のような診療スタイルになるとはとても想像できなかった。これは先にも触れたように、患者の価値観が治療からチェックや指導に変化したためである。
 10年後、20年後、歯科の診療スタイルは、これまでとはドラスティックに変化するかもしれない。そのとき、患者にとっての歯科のあり方が、自身の生活、健康により密接に、そして日常的に関わっているであろうことを願ってやまない。
 歯科の未来は明るい。
       
        (清水信雄)

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【探針】2015年1月

 昨年12月、日本漢字能力検定協会が発表した2014年を表す漢字は「税」―。庶民の生活は、消費増税にはじまり、さまざまな増税により、収入が増えずに負担ばかりが増している。現在の日本の収支を一般家庭に置き換えると、月収40万円の家庭が毎月77万円支出し、累積の借金が6千万円以上ある状態だという。これでは、返せる見通しが立たない。銀行だって貸してはくれないだろう。増税により月収を数万円上げる努力よりも、支出を減らす方が先ではないか。政府は景気回復をアピールしているが、庶民には全く恩恵が感じられない。実際には円安による物価上昇が生活を直撃している▼2009年に始まったエコカー減税。国民から集めた税金、数千億円を特定の業種へ複数年継続して投入している。そもそもエコカーは本当にエコなのか。車を作る時、廃車にする時に生じるCO2の排出量だけを考えても、一概にエコとはいえないのではないか。1台でも多く新車(エコカー)を売るためのエコカー減税は今後も継続されるという▼議員定数と議員報酬の削減は、一向に採決されない。それどころか消費増税した途端に公務員と議員の報酬が増額された。一方で4月には、介護報酬が改定に伴い、引き下げられることが予想される。国は介護職員の待遇改善を促しながら報酬を下げる、この矛盾をどう理解すればいいのか。2015年は明るい未来が見える年にしてほしいと切に願う。

 ■保険医新聞2015年1月号 歯科版

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【歯鏡】2014年10月

「指導・監査制度の改善に関する意見書」をどう捉えるか

  保険医に対する指導や監査について、日本弁護士連合会(日弁連)が改善を求める意見書を公表した。群馬保険医新聞や全国保険医新聞等でも報じたので、既にご存知だろうが、改めてこのことについて考えてみたい。
 なお、群馬弁護士会は、日弁連よりも4ヵ月ほど早い、今年4月に、関東甲信越厚生局長に対し、申入書を送付している(詳細は、本紙1面、樋口弁護士の記事を参照)。
     *
 日弁連がこうした提言をするのは珍しいことではなく、歯科の先生方なら2011年1月21日に出された「集団フッ素洗口・塗布の中止を求める意見書」が記憶に新しいのではないだろうか。その他にも環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉に関する意見、リニア中央新幹線計画につき慎重な再検討を求める意見書など、年に100ほどの意見書や要望書が出ている。今回の「健康保険法等に基づく指導・監査制度の改善に関する意見書」は、8月25日に厚生労働大臣及び各都道府県知事に提出された。厚労省に懇談依頼を要請中とのことだが、まだ追加情報は入ってきていない。
 意見書では、以下の7項目について、改善、配慮及び検討を求めている。
1 個別指導に選定された理由を明らかにすべきである。
2 個別指導の対象となる診療録の指定は、一定期間前までに連絡し、被指導者が個別指導対応準備に時間的余裕を得られるよう改善すべきである。
3 個別指導への弁護士の立会権を認めるべきである。
4 指導・監査の場において、録画・録画が認められるべきである。
5 患者調査は被指導者の信用棄損に配慮し、事実を的確に把握できる調査法でなされるべきであり、調査結果は開示すべきである。
6 個別指導の中断は安易になされるべきでなく、中断期間が長期化することは慎むべきである。
7 指導と監査の担当機関を分離するとともに、指導・監査に対する苦情申立手続を導入すべきである。
    *
 今回の意見書では、主に「保険医等の人権擁護」と「弁護権の侵害」の2点について述べられている。このような当たり前の権利が、なぜ今まで侵害され、放置されていたのか。
 原因はやはり健康保険法にある。群馬協会では以前からそのことを問題視してきた。今年7月に行われた定期総会では、医師と弁護士の免許を持つ浜松医科大学の大磯義一郎教授に「個別指導で慌てないために知っておくべき法知識」と題して講演をいただき、その問題を扱った。
 日本では憲法により「人権」が保障されている。法律は、憲法のルールに従って作られるものである。しかし1922(大正11)年に制定された「健康保険法」には「人権」という概念がない。これまでに部分的な改正はあったものの、改善しているとは言えず、根本的な改革が必要なのだ。
 とはいえ法律の改正はそう簡単なものではない。保険医協会や弁護士、指導・監査・処分改善のために活動する「健康保険法改正研究会」、その他各団体が連携を強め、さらに患者にも不利益を生じるということを説明し、一体となって運動を続けていく必要があるのではないだろうか。
       (遠藤 毅)
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【探針】2014年10月
 一昨年12月、松江市教育委員会は、漫画「はだしのゲン」を、小中学校の図書館で誰もが手にとって見られる開架式の図書から、閉架式へ移すよう要請した。戦中・戦後の広島を舞台に、原爆被害を描いた漫画だが、それにとどまらず、戦争とは何かを問う作品だ。この件は昨年8月、松江市教委が閲覧制限を撤回することで一応の決着をみた。だが「はだしのゲン」を禁書にしようという動きはなくなってはいない。この騒動の影響で、「はだしのゲン」の出荷は3倍、電子書籍は12倍もの売上げを記録したとの報道もあった。「はだしのゲン」(全10巻)を通読すると、「ピカのせいで…… 」等、原爆被害、被曝の悲惨さの記述も多いが、戦争とは何か、そして昭和天皇の戦争責任を問う内容が繰り返し出てくる。これらを子どもたちに見せたくないというのが閲覧制限の動きの本質なのだろう。
 9月9日、「昭和天皇実録」が宮内庁から公開された。昭和天皇の一生の出来事を年代順に記した記録集で、61巻、1万2137ページに及ぶ。大手新聞などでは、特集を組んで報じているが、戦争遂行にどうかかわり、その責任をどう記述しているのか興味深い。
 アメリカを中心としたイスラム国への空爆強化が始まっているが、「はだしのゲン」の主人公、中岡元なら何と言うだろうか。診療所の待合室の漫画本のコーナーに「はだしのゲン」を仲間入りさせて、解釈改憲による集団的自衛権容認の時代に、戦争とは何かを共に考えてみたい。

 ■保険医新聞2014年10月号 歯科版

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【歯鏡】2014年8月

「同一建物」の診療報酬引き下げを巡って

 同一建物での診療報酬
 大幅な引き下げ

 4月1日の診療報酬改定では、歯科、医科ともに「同一建物」への訪問診療の報酬が大幅に引き下げられた。歯科での受け止めは、医科ほどには深刻ではないが、380点であった歯科訪問診療2が、280点(消費税分の上乗せ分を含めて283点)というのは、大幅引き下げであることに間違いない。

 不適切事例への対応

 これまで歯科訪問診療は、同一建物で1人だけ診療した場合は歯科訪問診療1を算定し、2人以上を診療した場合は歯科訪問診療2を算定することになっていた。今回の大幅な点数引き下げは、患者紹介ビジネスや施設への過度な訪問診療を不適切とし、これらを抑制する目的で実施されたとみられる。中医協は、歯科訪問診療2の割合が高い診療所で、1診療所あたり1ヵ月最大延べ2700人の訪問診療があることを不適切としている。また、1歯科診療所当たりの1ヵ月の訪問診療患者数は、延べ500人を限界としている。1患者あたりの歯科訪問診療時間を20分(歯科訪問診療2の算定は20分以上の診療が必要)、1歯科医師当たり1日6時間の訪問診療、月20日、1診療所の歯科医師数1・4人などとして、6時間÷20分×20日×1.4人=約500人という計算だ。すなわち、1歯科診療所で歯科訪問診療2を1ヵ月に延べ2400人以上に行っている在宅療養支援歯科診療所が1.1%以上あることを問題視し、「月延べ2400人の歯科訪問診療のためには1歯科医師当たり、1日120人の歯科訪問診療が必要」としている。しかし、集計されているのは歯科医師1人当たりではなく、1歯科診療所当たりで2400人なので、10人の歯科訪問診療担当歯科医師がいれば、6時間÷20分×20日×10人=3600人となり、延べ2400人ではなく、もっと多くなる可能性はある。資料では不適切とする事例の実態は明らかにされていない。

 同一建物の訪問診療冷遇

 2012年改定では、歯科訪問診療1を引き上げ(830点から850点)、歯科訪問診療2は据えおき、急性対応加算と新設の歯科衛生士帯同加算で歯科訪問診療1を優遇した。
 2014年改定では歯科訪問診療2を引き下げ、さらに点数の低い歯科訪問診療3(143点)を新設した。また、自宅への歯科訪問診療1に「在宅かかりつけ診療所加算」(施設基準あり)を新設し、消費税分の増点は、歯科訪問診療1に厚く配分した。さらに、歯科訪問診療2の算定要件に同一建物で9人以下であることを追加し、10人以上の場合は時間にかかわらず、1人目からすべて歯科訪問診療3を算定することになった。歯科訪問診療料はそもそもなにを評価しているかという議論はないようだ。

 同一建物への訪問診療
 冷遇の背景

 冷遇の背景には歯科訪問診療2の増加がある。2011年の医療施設調査によれば、1歯科医院あたりの歯科訪問診療1は微増、歯科訪問診療2は大幅な増加となった。1歯科医院1ヵ月あたりの歯科訪問診療1は2008年に7・9件、2011年には8・4件に対し、同じ期間に歯科訪問診療2は16・2件から26・2件となった。この原因が同一建物(施設)への〝過度の訪問診療〟にあるかは明確ではない。他の要因も考えられる。
 例えば、私の勤務する歯科ではひと月に延べ90人程度の歯科訪問診療を行っている。最近、急増しているのが、サービス付き高齢者住宅(サ高住)だ。サ高住への訪問診療は2011年までは0件。2013年度は訪問診療を行う延べ患者数の約4%。2014年度は15%を超えそうだ。サ高住は政府が目指す「在宅」の柱の一つであり、政府の在宅政策が歯科訪問診療1を減らし、歯科訪問診療2を増加させているのだ。

 かかりつけ加算の意味

 歯科訪問診療1の割合が80%以上で、月に延べ平均5人以上の歯科訪問診療の実績があれば、歯科訪問診療1に加算できる点数、在宅かかりつけ診療所加算(100点)が新設された。
 自宅へ訪問診療をしていた患者が介護施設などへ入所。治療の継続のためにそれらの施設へ訪問診療をしなければ、〝かかりつけ〟を全うできない。このことが評価されず、歯科訪問診療1の比率が低いということで、かかりつけ医にもかかわらず、かかりつけ加算を算定できない。昼休みなどを利用して、少しだけ訪問診療をするというスタイルだとこの加算が算定しやすいのかもしれない。
      *
 そもそも同一建物だという理由で、これほどまでに低い評価で良いはずはなく、不適切事例への対応を、診療報酬で行って良いはずもない。今回の改定でも、歯科訪問診療1はそれ以外に比べて低い伸びになると私は予想する。冷遇されても同一建物への訪問診療は増加する。各種統計が出るのを注目したい。
       (半澤 正)
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【探針】2014年8月
 「何といっても、健康なのが一番ですね」「そうそう、健康が何よりですよ」こんな会話を交わす経験が、どなたもきっとあるだろう。また最近は、健康ブームといわれ、「身体にいい」といわれるものが大人気だ。テレビで「健康にいい」とか「〇〇に効く」と紹介されると、それが品切れになってしまうようなこともよくあるようだ。
 なぜ、そんなに健康でありたい、と願うのだろうか。このような健康指向をもつようになった背景には、むしろ、老いることや病に倒れることへの強い不安感や恐れがあるからだと思われる。
 昔に比べて、私たちは健康についても病気についても、非常にたくさんの情報を入手できるようになった。何かの病気になったとしても、その予防策といわれる方法を知ることができる。それを逃してしまったら治る病気も手遅れになるかもしれない、という不安から、さらにいろいろな情報に踊らされ、飛びついてしまうのではないだろうか。
 誰もが病気になることや年をとって身体が思うように動かなくなることは怖い。不安だからこそ、そうならないようにしたい。そう考えるのはごく自然なことだ。健康を大切なことだと捉え、関心をもつこと自体は悪いことではない。
 でも、どんなにがんばったところで、人はみな老いてゆく。その現実から目を背けず、あらかじめ、自分はどのように老いを迎えるかを考えておくことが大切だと思う。そうした心の準備ができていれば、老いてゆくことを不安に思う気持ちは少しばかりやわらぐのではないだろうか。

 ■保険医新聞2014年8月号 歯科版

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【歯鏡】2014年4月

歯科医師医過剰問題を検証する

 平成26年度実施の医師、歯科医師国家試験の結果が発表された。
 第108回医師国家試験は、出願者数8849人、受験者数8632人、合格者数7820人、合格率は90.6%で、前年の89.8%より0.8ポイント増加。このうち、新卒者の合格者数は7275人、合格率は93.9%で、前年の93.1%より0.8ポイント増加した。一方、第107回歯科医師国家試験は、出願者数3644人、受験者数3200人、合格者数2025人、合格率は63.3%で、前年の71.2%より7.9ポイント減少。このうち、新卒者の合格者数は1642人、合格率は73.3%で、前年の80.4%より7.1ポイント減少した。
 医師合格率は9割以上という高確率に対し、歯科医師合格率は7割を大幅に下回っている。2011年から2013年までの合格率が約7割であり、今回の合格率の低下の原因は、単に学生の質の低下と流してしまっていいものか。大学のカリキュラムや今回削除問題が多かったことから、国家試験の出題側に問題はなかったか、はたまた2010年より歯科医師過剰問題に対応するために出口を狭めた結果なのか等、疑問が残った。
      *
 今回の国家試験で、医科の合格者は約7800人、歯科は単科で約2000人である。国全体の医療費が増加する中、歯科医療費はほとんど横ばいということは周知のとおりだ。この医療費を、増加する歯科医師の人数で単純に割り振れば、歯科医師過剰と言わざるをえない。
 歯科医師の数は、保険診療を主体とし、高収入が得られるという条件下では、人口10万人に対して50人が妥当とされている。2012年、厚生労働省の医療施設調査によれば、全国の歯科診療所は6万8474軒で、人口10万人あたり53.7軒となった。歯科診療所の数は、コンビニより多いと言われ、全国のコンビニ店舗数は4万6991軒で、歯科診療所は、約1・4倍の数となる。しかし、過去にコンビニより少なかったことはないのである。
 歯科医師過剰問題をインターネットで検索していると、厚生労働省の医療施設調査のデータ等をもとに、都道府県別に人口10万人あたりの診療所数を順位づけしたデータを見つけた。そのデータをもとに、それぞれの県の可住地面積(総面積から林野面積と主要湖沼面積を引いたもの)における1㎢あたりの歯科診療所軒数を計算し、比較検討した=左表。
 可住地は平地(平野や盆地)の面積ではない。平地に林野が広がる北海道、山がちな土地にも住宅地が広がる長崎県など、地域の事情によって開発されている地形は異なる。また、山林の開発(宅地化)や道路の建設などで林野面積が減れば可住地面積が増えるので、値は毎年変化する。可住地面積の意味は、言葉が示す通り、農地や道路も含め、居住地に転用可能な既に開発された面積の総計である。
 断トツの1位は東京都で、診療所総数1万620軒、人口10万人あたり80.27軒、可住地1㎢あたり7.6軒、可住地比率63.8%。2位は大阪府で、診療所総数5482軒、人口10万人あたり61.9軒、可住地1㎢あたり4・2軒、可住地比率69.4%となっている。
 東京の7.6軒/㎢とは、ビル内開業診療所の密集もあるだろう。人口10万人あたり56.58軒の和歌山県は、第4位。しかし、診療所総数は559軒と上位3都市とは比較にならないが、人口が少ない都市であることがわかり、可住地比率23.2%から、都市部に集中していることがうかがえる。
 全国47都道府県の診療所総数は6万8474軒、人口10万人あたり53.7軒、可住地1㎢あたり0.7軒、可住地比率32.1%であり、人口10万人あたりでみると上位8都市が、可住地1㎢あたりの軒数では11都市が、その値を超えている。歯科医師過剰と言われるが、都道府県の可住地面積1㎢あたりの診療所軒数で比較してみると、やはり地域性が強く、それを見据えた診療、開業が重要であると考察した。
 かつて歯科診療所が不足していたころは、開業すれば、患者が来る時代だったと聞く。現在は、患者が歯科診療所を選ぶ時代になった。新築か、設備が整っているか等も選択肢の一つであるが、それぞれの地域の特色を考慮しながら、医院としてのポリシーをはっきりと打ち出し、何より患者とのコミュニケーションを基本とした診療を行うことが重要なのではないかと考える。
  (小山 敦)

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【探針】2014年4月
 なぜ今安倍政権は、憲法解釈を変更し、集団的自衛権の拡大解釈を、戦後日本が平和国家として歩んできた安保政策の大転換を、大方の国民が納得できないまま、与野党協議や閣議決定だけで強引に進めようとするのか。
 安倍首相は、戦後レジームの脱却をかかげ、特定秘密保護法の強行成立と同じ時期に武器輸出三原則の見直しや原発推進、大企業減税、消費増税等の政策を次々と打ち出した。安倍政権が本質を露呈したものと思える展開だ。
 安倍首相の思想は、国民より国家を優先する、国家的傾向が強い。「世界で最も企業が活動しやすい国にしていきたい」と公言し、市場原理中心の新自由主義的な考えを標榜している。昨年の参院選では、ブラック企業と批判される会社の元会長を自民党公認で当選させた。劣悪な労働条件を糊塗する方便は、新自由主義的に「頑張った人が報われる社会」と強調することだ。政権の進む方向と同じである。派遣労働の規制緩和もブラック企業の奨励策とも受け取れる。次の3年間は同じ政治状況が続くのだろう。
 しかし、デモのない国と言われた日本もデモが起きるようになった。金儲けだけが目的ではない生き方を目指す若者も増えている。私が期待し、応援したいのはこの流れだ。社会が変われば政治も変わることを願って。

 ■保険医新聞2014年4月号 歯科版

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【歯鏡】2014年1月

歯科医療のプライドを守るために

 2014年度は、2年毎の診療報酬改定の年度に当たる。
 昨年10月1日には、8%への消費税増税が決定した。政府の説明によると、この増税は、社会保障の充実が目的の経済政策だという。
 ところが同月21日、財務相の諮問機関、財政制度等審議会財政制度分科会では、「診療報酬の増額は不要」との見解が示された。診療報酬の「増額」を求める厚生労働省や日本医師会に対し、財務省は真っ向から否定した形だ。もしこれが事実であれば、財務省は増税分が社会保障のどの部分に使われるのかをきちんと説明しなければ、税負担が増える国民や医療をはじめとする社会福祉に携わる者は到底納得すまい。
 ところで同月十七日、財務省主計官が、混合診療全面解禁に反対との見解を示したことは、注目に値する。解禁により保険診療の単価引き上げへのプレッシャーが働き、公費負担が膨らむ可能性がある点と、治療効果を確認できていない技術の拡大を、結果的に公費で助長しかねない点を理由として挙げている。医療関係者とは異なる理由で反対していることが興味深いが、財務省の立場からすれば優れた見識といえよう。
 この主計官は、現時点での医療関係者の人件費等は、保険診療の診療報酬という「公定価格」で既に圧縮されているという事実を認めているのである。つまり、診療報酬の増額は不要であるが、それ自体が低評価でもあるという矛盾した見解を、結果的に示したことになる。
 
 閑話休題。

 そもそも、社会保障に増税分を充てるという場合、社会保障に携わる人材の評価を上げるという面と、社会保障の対象者へのサービスを上げるという二面性がある。もちろん、両者は二律背反ではなく、深く関係し合っている。
 久しく、歯科の経営は、医科のそれと比べ厳しいといわれており、その状況は現在も好転していない。経営が厳しいのは確かだが、ここではあえて反論を承知で思い切った提案をしてみたい。
 まず、診療報酬を上げない代わりに患者負担(率)を減らすよう政府に働きかけるというのはいかがだろうか。
 もちろん歯科関係者にとって報酬を上げて欲しいのは山山である。しかし、仮に診療報酬が上がれば、負担割合が変わらない限り、患者の窓口負担は当然増える。もし我々が辛酸をなめても、保険診療の本来の目的である患者の利益を最重視するなら、国民、患者からは少なからず評価されるはずである。同時に受診率の低下を防ぐことは我々にとっても好ましいことである。しかもそれにより疾病の重症化を防ぐ一助となれば、国の長期的な財政面からみても決してマイナスにはなるまい。
 逆に、単に診療報酬を上げろという主張は、対外的には負担側の患者と利害が対立する主張として映る危惧がある(実際には、増収による診療体制への投資は受診者にとってもメリットとなるのだが)。
 次に、一部予防行為を保険給付の対象に取り入れるよう、政府に働きかけを行うことを提案したい。
 医科分野に比べ、特に予防の実践が容易でかつその効果が高い歯科分野では、疾病予防と重症化の食い止めは、多くの面で福音となり、また歯科の評価も上がるはずである。
 歯科ではかつて、診療報酬の評価がない状況下でもTBI(歯みがき指導)を実践してきた。私は、これは歯科の崇高にして大いなる誇りと確信している。
 実際にいわゆる節目検診では、多くの場合、検診料は無料となっている。これを定期的な検診にまで拡大するという施策も検討できよう。また、定期検診を受診している人への保険料の減額という措置も考えられる。
 医科では、高度先進医療を順次保険に導入してきた経緯があるが、歯科ではそういったケースは極めて少ない。この傾向は、おそらく今後も大きく変わらないであろう。そのために自費診療が存在し、それが歯科医院の経営的な補填の役割をしているのも残念ながら現実である。
 適用を誤った無謀な自費診療や無理な自費診療への誘導等が常にマスコミによる批判の的となっている現実は、患者にとっても歯科医にとっても不幸である。患者は歯科医を不信の目で見、歯科医は患者を〝モンスターペーシェント〟と呼ぶ。これはもう医療の体を成していない。

 歯科から治療がなくなるということはあり得ない。しかし、予防やメインテナンスが歯科医院に通院する目的の多くを占めるという状況が一般化すれば、患者も我々も、もっと笑顔で接することができるはずである。ここでは緊張は不要となる。コミュニケーションがもっと増え、コミュニケーションのウェイトが上がり、患者はそれを期待して来院する。
 20世紀は物の、21世紀は心の時代と表現される。物ではなく、心の満足を得るための歯科医療を目指そうではないか。
          (清水信雄)
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【探針】2014年1月
 今年四月の診療報酬改定では、歯科診療における消費税増税に伴う損税補てん分として、0.87%を上乗せし、合計で0.99%増となる模様だ。前回のプラス0.004%も目を疑ったが、今回は、消費税対応分を除くと、実質0.12%増でしかない。消費税は、2015年には10%まで引き上げられる予定であり、損税の問題は深刻さを増している。現在の消費税五%の段階で、歯科の個人立診療所の損税は、一件につき、年39.7万円と試算される(第16回医療経済実態調査より)。医療機関は、既に業者に支払った5%の仕入れ税額を、控除対象外消費税として、差し引くことができない。損税は税制上の欠陥なのである。保険医協会では、損税を合理的に解決する方法として、医療の公益性と社会保障の観点から医療にかかる消費税を免除する「ゼロ税率」を求め、運動を進めてきた。医療機関が仕入等で支払った消費税を税務署に申告し、還付を受けるという仕組みだ。患者負担が生じず、医療機関も還付により損税が解消される。患者、医療機関双方に適切な解決策である。
 現在予定されている診療報酬への上乗せ額では解消できない損税の問題について、いよいよ本腰を入れて取り組まなければならない。会員のみなさんの協力を得ながら、改善に向けて歩んでいきたい。

 ■保険医新聞2014年1月号 歯科版

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【歯鏡】2013年10月

ドラマ「半沢直樹」に見る保険医の個別指導

 日曜日の夜に放送されていた人気ドラマ「半沢直樹」を毎週楽しみに見ていた人も多いだろう。
 TBSの公式サイトによると、原作は、直木賞作家の池井戸潤の人気小説「オレたちバブル入行組」「オレたち花のバブル組」。日本経済が熱狂していたバブル期に東京中央銀行に入行した主人公・半沢直樹が、銀行の内外に現れる「敵」と戦い、組織と格闘する様子を描いたドラマだ。
 これまで銀行の裏舞台を描いたドラマはあまりなかったことと、「倍返しだ」と言って、悪を切って捨てる半沢の姿が昔の時代劇のようでスカッとしておもしろかったので、人気を集めたのだろう。
 半沢は、金融庁検査や裁量臨店という内部監査など、数々の検査を受ける。これを見て、保険医の指導を思い出したのは、私だけではないだろう。一般の人には半沢が追い詰められていく姿が、さぞかし大変に映ったようだが、私はあの姿を見て、「準備する期間も十分あるし余裕じゃないか…… 」と思った。
 確かに私たちは半沢のように書類を抜かれたり罠にかけられたりすることはない。しかし、保険医の個別指導は、新規なのか、高点数や情報提供によるものなのか理由がわからないまま呼び出しの通知が届き、準備期間は3日、用意するカルテは前日に指定されるものもある。指導から監査に移る恐怖は常に付きまとい、指導であっても自主返還という返還金まである。保険医の個別指導をドラマにしたほうがよっぽど面白いと思ったが、「倍返し」できないので話にならないだろう。
 指導の場で、私たちは基本一人だ。立会人はいるが、あくまで中立の立場として代わりに発言するだけで、被指導者の弁明のためにいるわけではない。準備期間も短く、孤立無援の個別指導に対し、保険医協会では、会員の助けになるための取り組みとして、録音や弁護士帯同を推奨してきた。群馬協会でも個別指導への弁護士帯同はここ4年で6件の実績を重ねた。
   *
 そもそも私たちは、健康保険法に則って保険診療を行っている。しかしその健康保険法は、大日本帝国憲法(明治憲法)下の大正11年に制定され、現日本国憲法になってからも、医療費適正化のための高齢者医療制度改革や診療報酬の改定は行われてきたが、根幹的な部分に関しては全く手をつけられていない。つまり、国民皆保険制度を支える基本的人権である生存権(日本国憲法第25条第一項「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」)の理念が健康保険法には抜け落ちてしまっているのだ。このため、健康保険法は保険診療制度を維持するための法律になり下がり、指導の場においても被指導者の人権が軽んじられる原因となっているのではないだろうか。医療費削減を目的とした診療報酬の改定が行われれば、保険医は十分な診療が行えなくなり、国民の健康的生存権が脅かされる。国民の健康を守るためにも健康保険法の改正は緊急の課題なのだ。
      *
 7月の参院選では、健康保険法の改正を公約に掲げた石井みどり氏が、自民党の比例4位で当選を果たした。「改正に向け、政治家として全力を尽くす」と強い意欲を示している。弁護士帯同のノウハウを持った保険医協会と、協力していただいている経験豊かな弁護士の先生方が大いに力を発揮できるチャンスではないだろうか。
       (遠藤 毅)
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【探針】2013年10月
 なだいなださんが亡くなった。終生、バランス感覚のよいリベラリストだった。氏は、自民党のスローガン「強い国」ということを嫌い、それに対抗できるのは「賢い国」と言っていた。
 なださんは、この前の総選挙で、このスローガンを野党に使ってほしい、野党の共同のスローガンにして戦ってほしいと思っていたと聞く。
 そうはならなかったが、どうしてそうはならないのか。全野党でなくてもよいのに。原発問題や改憲問題で同じ考えをもつ野党が「賢い国」を共通スローガンにして選挙を戦うことは、本当にできないのだろうか。そんなことはできないと決めてかかっているからできないんじゃないだろうか。
 安倍さんは総理に就任してまもなく、フランス大統領との共同声明で、原発技術の共同開発を進めるとか、原発の輸出や武器づくりにも協力してあたるとか、威勢のいい発言をしていた。原発も武器も「強い国」には必要なものばかりだ。
 「強い国」になるには、最先端の武器をそろえるお金がいる。そのためには強固な経済成長が必要であり、原発の再稼働が欠かせないというのが、強い国の宰相の考えなのだろう。
 それに比べたら「賢い国」になるためには、とくにお金はいらない。知恵と品性があれば充分だ。そんなことを今の政党に求めても無理に決まっているじゃないかと、決めつけたくはない。
 「賢い国民は賢い政党を選ぶ」というのは、いつの世でも理想論で、現実からはかけ離れたことなのだろうか。

■群馬保険医新聞2013年10月号 歯科版

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【歯鏡】2013年8月

歯科訪問診療の現状と課題
第242回 中医協総会の報告より

 5月29日、中央社会保険医療協議会の第242回総会にて、在宅歯科医療について多くの報告がなされた。同総会で示された歯科訪問診療に係るデータを紹介するとともに、みえてくる課題をまとめた。

 ◎高齢者への訪問歯科診療の効果
 
 高齢者の現在歯数は各年齢層で経年的に増加している。20歯以上を有する者の割合も増加傾向であり、平成23年のデータでは、75~79歳で47.6%、80~84歳で28.9%と「健康日本21」の2010年の目標値を達成している。また、残存歯数が少なくなるに従い、要介護のリスクが高くなる傾向があり、残存歯数と介護のリスクの密接な関係が明らかとなった。
 歯科訪問診療での診療内容は、主に義歯の製作や調整、管理である。歯科医師が施設を訪問し、義歯の調整や製作など、歯科医療の介入を含めた口腔機能管理を継続的に行った場合、行っていない者よりも、義歯が継続的に使用できている。介護者による毎食後の口腔清掃と週1~2回の歯科医師、歯科衛生士による専門的、機器的な口腔清掃を行った場合、行っていない者よりも継続した発熱の回数が少なく、肺炎発症率も低くなることが示されている。

 ◎歯科訪問診療を実施している医療機関数と訪問診療件数

 このように高齢者の健康管理に大きな効果がある歯科訪問診療だが、実施している歯科診療所は居宅対応が13.6%、施設対応が12.7%と決して多くない。
 要介護度3~5の患者において、歯科診療が必要な患者は143.5万人、その中で歯科訪問診療を希望する患者は89.4万人とされているが、実際には30.6万人にしか対応できていない。特に居宅の患者に対しての提供数は極めて少なく、必要数と供給量との差が著しい。
 一歯科医院あたりの月の歯科訪問診療実施件数をみても、平成20年度は、居宅7.9件、施設16.2件、平成23年度は、居宅8.4件、施設26.2件と、施設での顕著な増加に比べ、居宅での件数は微増だ。

 ◎歯科訪問診療を行う上での課題

 歯科訪問診療を始める上で、どのような点が課題となるだろうか。
 すでに実施している医療機関への調査では、「装置・器具の購入コストがかかる」が47.1%、「装置・器具の準備、片付けに時間がかかる」が44.7%、「歯科訪問診療を行う時間の確保が難しい」が44.9%と、コストと時間の確保を課題とする回答が多くみられた。一方で、歯科訪問診療を実施していない医療機関の理由は、「歯科訪問診療の要請がない」が54.5%であった他、「時間の確保が困難」が51.3%、「装置・器具の購入にコストがかかる」が46.1%と、こちらもコストと時間の確保が大きな課題となっていることがわかる。

 ◎歯科訪問診療に係る算定点数

 平成20年度より、地域の在宅医療を担う歯科診療所に対し、在宅療養支援歯科診療所(歯援診)の施設基準が創設された。しかし届出を行っているのは全歯科診療所の約七%(群馬では5.6%)にとどまる。
 医療機関間の連携等に係る項目としては、「退院時共同指導料1(歯援診600点)(歯援診以外300点)」「退院時共同指導料2(300点)」「在宅患者連携指導料(900点)」が設定されたが、平成23、24年の2年間の算定実績はゼロであった。理由として、「該当するケースがなかった」が65%以上と最も多く、その他の具体的な内容として、「保険医療機関との連携が難しい」との回答も目立った。

 ◎現場から推測される問題点

 国が在宅医療を推進しているにもかかわらず、歯科訪問診療を行う医療機関数が伸び悩む本当の原因は何なのか。実際に歯科訪問診療に取り組むと、歯科訪問診療の保険請求における算定制限や縛りの多さ、労働に対する適正な評価がされていない等の問題がみえてくる。
 具体的には、以下の点を改善する必要があると考える。
 1 「診療時間を20分以上」とするルールを撤廃する。
 居宅、施設への訪問診療において、訪問するという労働の対価、患者の症状が一人ひとり異なるという状況を考えても、20分という時間を区切りに算定条件が変わることは理解できない。

 2 「同一建物内の複数の患者に診療した場合」における減算の削除と、同一建物に複数の患者を訪問する際に減算される「同一建物居住者」のルールを撤廃する。
 歯科訪問診療料を算定するにあたり、同一建物内で一人だけを診察した場合の850点に対し、2人を診察すると380点×2人で760点と大きく減少する。これも労働対価という面から考えると疑問が残る。小規模多機能型居宅介護施設やグループホーム等においては、世帯が違っても同じ建物内であれば、複数に診療を行った場合は、歯科訪問診療料2(380点)を算定することになる。これではたまたま一人のみの診療となった場合と複数人の診療を行った場合で、同じ診療内容であっても負担金の増減が生じ、患者に治療費に対する不安を与えることにもなりかねない。

 3 算定実績のない高点数の項目を削除し、他の項目への点数の振替を検討する。
 医科・歯科連携は推進すべきであるが、「退院時共同指導料1(歯援診600点)(歯援診以外300点)」「退院時共同指導料(300点)」「在宅患者連携指導料(900点)」といった医療機関間の連携等に係る算定が全国で皆無であった現実を、どう評価するのか。算定できない点数であればその部分を削除し、算定できる項目への加算を検討すべきではないか。いくら高点数の項目を設けても実情が伴わなければ意味がない。

 4 医療保険と介護保険について、それぞれに要件が多く、複雑な請求を簡素化し、算定しやすい診療報酬体系を確立する。

 ◎歯科訪問診療への要望にこたえるために

 今回紹介した中医協資料の中に、歯科訪問診療を受診した90%以上の患者が「歯科訪問診療に満足しており、必要な際には歯科訪問診療を受けたい」とするデータが示されていた。
 高齢化社会を迎え、歯科医師には今後も地域貢献を含め、かかりつけ医として、訪問診療の需要に対応していくことが望まれるだろう。国は、歯科訪問診療に対する労働の評価として、適正な診療報酬を策定することが必要なのである。
        (小山 敦)

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【探針】2013年8月

 参議院選は予想どおり自民党の圧勝に終わった。比例代表の結果をみると、自民と公明の全国の得票数は約2600万票。得票率では50%近いが、有権者総数1億400万人に対する比率だと25%となる。わずか4分の1の支持を民意として今後の国民生活、安全平和のかじ取りが決められていく。TPP参加、消費増税、原発再稼働、憲法改正、社会保障費削減等に関する法案の策定が、ねじれ解消の与党で次々に進められようとしている。「こんなはずでは…… 」ということになっても後の祭りだ。今回の自民圧勝は、安倍政権の公約の支持を意味するものではない。民主党への不信感が現れた結果だ。これで日本のリベラル政党は消滅してしまうのだろうか▼歯科医療を取り巻く問題は言われて久しい。歯科医師の適正数は、人口10万人に対し50人とされているが、現在は80人、診療所の数もコンビニより多とされ、いずれも過剰なのだという。さらに、むし歯の数の減少、20年にわたる歯科医療費の横ばい等が保険収入を下落させ、診療所の経営を悪化させている。保険診療だけではやっていけない歯科医師たちは、自由診療を拡大し、患者獲得競争を激化させている。歯科医を目指す学生は減少し、歯学部の定員割れが続いている。このままでは現在過剰とされる供給数も、2021年以降、減少に転ずるとの試算もある。将来の歯科医師の質の確保への懸念もあり、歯科医療の危機は深刻さを増している。国民に良質な歯科医療の提供を保障する施策が求められる。

■群馬保険医新聞2013年8月号 歯科版

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【歯鏡】2013年4月

超高齢化社会と歯科

 ◎歯科口腔保健条例の成立

 群馬県でも今年三月に歯科口腔保健条例が制定された。平成23年に歯科口腔保健法ができ、昨年末までに全国28道府県で同様の条例が成立していた。新聞報道によれば、フッ化物について、議論があったが、原案通りフッ化物の活用を明記して成立した。これを機に群馬県でも生涯を通じた歯科保健施策がより一層進むことを期待する。

 ◎8020は38%

 さて、歯科疾患実態調査(平成23年実施)によれば、80歳になっても自分の歯を20本以上保つ、8020を達成した人の割合は38.3%、八十歳の平均現在歯数も13.9本となった。平成五年の同調査では、それぞれ10.9%、5.9本であり、大きく変化した。かつて高齢者は、総入れ歯が当たり前だったが、今は歯があるのが当たり前になった。これに伴い、歯科の受診動向も変化している。

 ◎高齢患者の急増
 
 厚生労働省の患者調査によれば、70歳以上の歯科受診は増大している。人口の高齢化を差し引いてもこの伸びは大きく、歯があることが、受診につながっている。昭和五九年には全国で70歳以上の歯科受診は1日当たり約七万人であったが、平成23年には35万人と約5倍になっている。

 ◎3割負担と1割負担

 高齢者の歯科受診に伴う課題はさまざまあるが、その中で経済的な問題と通院の問題を考えてみたい。
 昨年5月12日の朝日新聞は、高齢者医療の窓口負担の軽減が、健康状態の改善に効果があるという東京大学大学院などの共同研究チームの研究成果を報じている。それによると、69歳までの3割負担が70歳以降1割に軽減されることにより、健康状態が精神面でかなり改善し、身体的にも改善する可能性が高いことが明らかになったというのだ。自民党・公明党政権は、平成20年度から70~74歳の窓口負担を二割へ引き上げることを決めたが、選挙目当てに1割負担を継続してきた。その後、民主党政権も同様の選択をした。そして、昨年末、政権に返り咲いた自民党・公明党は、当初2割を明言したが、参議院選挙目当てに1割継続の1年延長を決めた。研究チームの東大大学院・橋本英樹教授は、社会保障削減ありきの財政的理由による引き上げについて、「健康への影響を全く考えていない」と指摘する。
 診療現場では、初診患者や中断していた患者が70歳になるのを待っていたかのように通院してくる例も少なくない。また、70~74歳の窓口負担二割という報道があると、3月末までに治療を終わらせてほしいと申し出る患者が必ず出てくる。窓口負担は高齢者にとって歯科受診の大きなハードルなのだ。

 ◎通院の手段の確保

 高齢者にとっては通院手段の問題も大きい。これまで診療の待ち時間・診療時間の長さに寛容だった患者が、ある日を境に「あと何回で終わりますか」「こんなに時間がかかると思わなかった」という苦情を言うようになった。よく事情を聞いてみると、80歳になり家族のすすめもあって、運転免許を自主返納したのだという。家族に送迎してもらうようになったが、通院のたびに家族の顔色を伺わなければならず、苦労が多いようだ。
 群馬は公共交通機関が十分とはいえない。バスは路線も便数も少なく、タクシーに乗れば負担が大きくなる。家族が頼りだが、いつでも頼めるわけではないし、頼める家族がいない人もいるだろう。
 病院では、駅などから病院まで、患者を集団あるいは個別で送迎する通院支援をしているところもある。開業歯科医院でも始めるところが出てきた。送迎自体は、医療法人等が無償で自己所有の車両で行う分には、本来の業務、医療の提供の付随業務として認められている。有償であっても所定の手続き、認可を受ければ、法的な問題はない。しかし、歯科医院がこれに取り組むには経営的な負担が大きすぎる。
 群馬県は運転免許の保有率が全国トップクラスで、車での通院を前提としている場合が多い。高齢で運転困難な患者が増加する中、通院の足を如何に確保するかは、大きな課題だ。
     *
 8020時代を迎えつつある今、口腔機能を維持するための歯科受診は必要不可欠だ。口腔内の残存歯数が増加すればするほど、高齢者の歯科医療ニーズも増大する。
 高齢者の歯を守り、一生自分の歯で食べて、笑って、話ができる時代にするために、窓口負担の問題や通院手段の確保の課題を自助・共助に委ねることなく、解決する手段を模索する時期ではないだろうか。
     (半澤 正)

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【探針】2013年4月
 3月12日、経済産業省資源エネルギー庁は、愛知、三重県の沖合の海底にある天然ガスの一種、メタンハイドレートを分解し、メタンガスの試験生産に成功したと発表した。海洋でのメタンハイドレートの産出に成功したのは世界初だという。当初、約2週間行われる予定だった試験生産は、機械の不調により1週間ほどで終わってしまったようだが、これまで資源が無いと言われていた日本の次世代エネルギー源として、期待が高まっている。
 過去の調査では、今回産出実験をした愛知、三重県沖には、日本の天然ガス消費量の約11年分に相当するメタンハイドレートの埋蔵が推定されている。経産省の試算では、日本近海(太平洋側)で、約100年分の天然ガスが存在するとされ、ある研究者によれば、日本海側では無尽蔵との見方もある。
 国は2018年度を目途に、商業生産に向けた技術の整備を目指しているが、安定的に取り出す技術や高い生産コスト等課題も多いという。とはいえ、今回のように基礎となる技術があれば、日本はあっという間に採算ベースに乗せてしまうのではないかという期待もある。海底資源の採掘技術が向上すれば、レアアース、石油等、他の鉱物資源産出の可能性も出てくる。燃料の心配が無くなれば、脱原発も一気に現実味をおびてくる。さらにメタンハイドレートはCO2の排出も少ない。
 日本は技術と資源で黄金の国ジパングになれるか。そしてその豊富な資金で、教育・医療福祉の向上を! そううまく事は運ばないだろうが、希望的観測を抱きつつ、事態を見守りたい。

■群馬保険医新聞2013年4月号 歯科版

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【歯鏡】2013年1月

醫とコーチ

 ◎コーチと選手の関係に学ぶ―同じ目線で
 私は自称「語源研究家」である。否、特段そういった肩書きがあるわけではないので、正確には語源を調べるのが好きという程度のものである。だからというわけでもないが、最近「なるほど! 」と思う記事に出会った。
 日本歯科新聞社の発刊する月刊誌「アポロニア」の昨年11月号の連載「からだの気持ち」の中で、執筆者の氏家賢明氏は、「コーチ」という言葉をとりあげ、以下のようにコメントしていた(私の要約故に、正確でないことをご容赦願いたい)。
 「先のロンドンオリンピックで日本人選手が活躍できたのは、指導者が『監督』から『コーチ』に変化したことが考えられる。『監督』は上から選手を指導、管理、指示するのに対し、『コーチ』は上下より人と人の横の関係で選手を彼らの望む方向へ導く援助をする。これが、選手たちが力を発揮する結果となったのではないか。医師と患者の関係もこのコーチと選手の関係であるべきだと思う」。
 「コーチ」の語源について私が調べたところ、そもそも「コーチ」という名は、ハンガリーの小さな町“Kocs”(コチ)に由来するそうである。この町でサスペンション付きの四輪馬車が世界で初めて製造され、その乗り心地のよさがヨーロッパ中に知れわたったことから馬車のことを「コーチ」と呼ぶようになったそうである(COACHというかばんメーカーのロゴにも馬車が描かれている)。つまり、馬車が人を目的地に運ぶところから、「大切な人をその人が望むところまで送り届ける」という意味が派生したようだ。なかなか深いトリビアだ。
 さて、話は変わるが、最近の四十歳代より若い世代では、「醫」の字を読めない方も多いのではないだろうか。現在の「医」の旧字であるが、現在の「医」の字はこの旧字の左上の部分だけを残したものである。
 旧字は見ての通り、「医」「殳」「酉」から成っている。現在残っている「医」は、主として医療技術を、右上の「殳」は、奉仕の精神を表現している。行人偏をつけると「役」という字になることから理解できよう。そして下の「酉」は、癒しの心を指している。さんずいをつけると「酒」になるが、酒は気付けに使われたし、痛みを和らげる効果もあった。
 余談だが、キリスト教の世界でも修道院でワインやビールが造られていた。最後の晩餐でキリストが言った「ワインは私の血であり、パンは私の肉体である」という言葉に由来するらしい。ワインやパンを作ることは、神の子キリストの血や肉を造ること、麦から造るビールも液体のパンと考えたようである。やや我田引水にも聞こえるが、実際にこれらは、修道院にとって貴重な収入源だったようである。さらにウィスキーは、「命の水」を意味するアイルランド語のuisce beatha(イシュケ・バーハ)に由来するが、奇しくもこれも15世紀、修道士によって造られていたという。

 閑話休題 ――。
 要は、医療とは治療技術のみならず、奉仕と癒しの心が伴わないと成り立たないという貴重な教訓を、この「醫」の字は示しているのである。ものごとが混迷を深めたときは、原点に立ち返ってみることが必要であり、それは、忘れかけていた大事なものを再認識するという大事な作業であるということを教えてくれているように思えてならない。
 先に触れた「コーチ」の精神は、我々が患者に向かうとき、「醫」の語源同様に常に具備すべき心得ではないかと気づかされる。
 専門職としての見地をもちながら、患者が彼らの求める方向へ歩む手助けをする、別の言い方をすれば、患者の目線で彼らに寄り添いながら専門職としての技能を駆使して健康へと向かう手助けをする…… これが医療の原点ではなかろうか。治療法に選択肢の多い歯科では、とりわけこのことは重要である。
 まず、患者は何を望んでいるのかを的確に把握しなければならない。次に、それを実現することが可能か否かを専門的知識と経験により冷静に判断する。仮に可能であるとして、そうすることが真に患者のためになるのかどうか、ならないとすればそれをどう納得してもらうかを考える。
 一方、実現不可能である場合には、どこまで患者の望みに近づけるのか、あるいは精神的にその問題を克服するためにどんなアドバイスができるのか、さらに、どこまで予後に責任が持てるのか……
パターナリズムではどうにもならない医療の現実がここにある。だからこそ「醫」の精神、「コーチ」の精神が必要なのであり、いわゆる医療メディエーションの原点もここにあるはずである。
 10年後、20年後、日本の高齢化はさらにすすみ、確実に医療費を押し上げていくだろう。医療の価値が費用対効果で語られ、大事なものが置き去りにされようとしているとき、「醫」や「コーチ」の精神をもう一度思い起こす必要があろう。
      *
 衆院選の結果、3年余りの民主党政権にピリオドが打たれた。少なからずの国民に期待された民主党政権だったが、震災への対応の不手際やTPP加盟、消費税増税など、民意とのずれが致命傷となった感がある。「政権が変われば」という期待を裏切った民主党の責任は重い。
 我々医療に携わる者は、「醫」「コーチ」の精神を忘れず、患者を心身ともによりよい方向へ運ぶ、信頼を裏切らない伴走者たるよう、努力したいものである。
    
      (清水信雄)

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 【探針】2013年1月
 皆さんがこの原稿を読んでいるということは、まだ人類は滅亡していないのでしょう。原稿締切の翌日が、マヤ文明歴での人類滅亡の日と言われていて、聖地とあがめられる場所やゆかりの地には、世界中から多くの人が集まっているとの報道を目にした。この機会に、家族と人類滅亡について話してみた。自分たちだけ生き残っても仕方がないので、その瞬間まで家族仲良く一緒に過ごして、天に召されようとの結論だった。
 先の衆議院選挙では、自民党が圧勝し、原発村の周辺はにわかに活気づいているようだ。今後何らかの理由をつけ、再び原発推進へ逆戻りすることだろう。大昔に恐竜が滅亡したときのような天変地異なら人類滅亡も諦めがつく。しかし東日本大震災に端を発した福島原発事故のような人災で故郷を失うことや、再稼働、推進により人類が滅亡へ向かうとしたら、耐え難い話である。また、新政府は、日本経済の再生を名目に、公共事業費を大幅に増額する方針を示している。国民の負担が増えることは間違いないだろう。人類滅亡より先にわが家の家計が滅亡してしまうのではないだろうか。
 悲しいことやうれしいこと、どんなことがあっても人は生きていかなくてはならない。たとえ滅亡の日が明日訪れようとも、後悔しないように懸命に生きていく心の持ちようが重要である。年の終わりには、日々の仕事に押し流されて何となく過ごしてしまった一年を振り返り、反省する。明けて二〇一三年。今年こそは、と毎年心に誓うのであるが、それを実行するのは、なかなか難しい。

■群馬保険医新聞2013年1月号 歯科版

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【歯鏡】2012年10月

健康保険  制度内容の周知徹底を

 毎日必ず行う業務に、保険証の確認がある。受付では1日に数回「今日保険証を忘れたけど大丈夫? 」「持って来なかったけど番号が変わっていないから…… 」「この間も確認した」「他でかかっているところではそんなうるさいこと言わない! 」等の患者とのやりとりがある。
 「毎月1回、保険証の資格があるかどうか確認して初めて保険診療が認められるのです」と説明しても、このような申し出がなくなることはない。
 あるサービスを受ける条件として、その資格を証明するものがない時、通常の感覚であればサービスをあきらめるか、資格を証明するものを探すだろう。例えば、DVDのレンタル店では、会員証がなければ借りられないし、空港でパスポートがなければ海外へは行けない。同様に、診療を受けるためには、保険証が必要なのだ。
 ところが医療機関では、保険証を持たない人でもサービスを受けられることが、当たり前のような風潮がある。
 確かに医療では待ったなしの緊急事態で、保険証の確認どころではないというケースもある。しかし普通の診察でもそのようなことが起こるのは何が原因なのか。
 まず、1カ月に1回保険証を確認しないと保険診療ができないということを患者自身が知らないということがあるだろう。中には知っていても面倒なので認めないという患者も見え隠れする。
 患者に健康保険制度の内容や保険証の使い方を周知させることは、果たして医療機関の仕事なのか。保険者もしくは行政の仕事ではないだろうか。医療機関が提供するのは治療というサービスであり、利用者である患者は、保険診療のルールをある程度理解している必要がある。自動車保険でも生命保険でも、保険会社から内容の説明を受け、納得した上で、保険に加入し、サービスを受ける。健康保険証でいえば、保険者は患者といわば契約関係にあるのだから、その内容を周知させる義務があるのではないか。
 また、退職した会社の失効した保険証で受診する人もいる。退職時に保険証の回収を怠る会社もあり、医療機関ではルールに則って保険証を確認しているのに、保険者の変更等による資格喪失ということで、返戻されるケースが月に何件かある。医療機関のミスではないのに、返戻されてくることに、どうも納得がいかない。
 日本は国民皆保険制度により、国民すべてが何らかの医療保険制度に加入することになっている。ところが、退職や転職等により変更があった場合、保険証発行までのタイムラグが生じることがある。本来なら保険の資格があるはずなのに、必要な手続きをしてから実際に発行されるまでに数週間かかるケースもある。その場合ほとんどの保険者は、申請中だという証明書を発行してくれるのだが、中には発行されないこともあるようだ。そうなると割を食うのは患者と医療機関だ。
 他にも、他人の保険証を持って受診するなど、保険証の確認では、さまざまな問題がある。パスポートのように、保険証にも顔写真をつけたり、保険証を提示してから診療を受けるということが、当たり前のこととして認識されれば、この問題は確実に解決するのではないだろうか。
 日々の診療の中で、保険証の確認に労力を費やす時間は、本当に無駄である。受付や医療事務の仕事だと言われればそれまでだが、今の状態では、あまりにも医療機関側への負担が大きく、少なからず診療にも影響を及ぼす。この問題を解決すべく、保険者、行政等には、何らかの策を講じてほしい。診療行為に集中したいというのが私の願いである。
     
  (亀山 正)

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【探針】2012年10月
 「黒の女教師」なる連続ドラマがあった。昼間は普通の教師だが、学校内に蔓延る問題を「課外授業」と称してお金を受け取り、解決していく。問題解決のためには、法をも犯し、手段を選ばない。
 印象に残るドラマには、決めゼリフがあることが多い。
水戸黄門なら「この印籠が目に入らぬか! 」、遠山の金さんなら「この桜吹雪、見忘れたとは言わせねぇ~! 」、今回の「黒の女教師」の中では、美人の女教師が、最後に悪人に対して回し蹴りを決め「愚か者! 学校で先生に教わらなかった?! 」と発するのである。ハチャメチャではあるが、正義を感じられる、痛快なフィクションドラマだった。
 テレビと言えば、国会中継。国会は、国権の最高機関であり、唯一の立法機関である。TPP、消費税増税等、ここで討議され決定したことは、ダイレクトに私たちの生活に反映されるという意味で、国会中継は、とても興味深いノンフィクション番組だ。中継を見て感じることは「ヤジ」である。国会の運営には、一日億単位の費用がかかるとも言われる中で、あの「ヤジ」は見苦しい。有権者に選ばれた国会議員は、国民の代表として、紳士的に討議をすすめてほしいものだ。小学校で、意見のある人は手を挙げて、議長に許可を得てから発言するように教わった記憶がある。次回、国会中継を見ながら醜い「ヤジ」が飛んできたら、画面に向かって「愚か者! 学校で先生に教わらなかった?! 」と叫んでみたい。しかし、これも醜い「ヤジ」の部類か。

■群馬保険医新聞2012年10月号 歯科版

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【歯鏡】2012年8月
 
口腔機能維持管理加算算定の試み 

 近年、高齢化社会を迎え、高齢者の口腔機能の衰えが問題視されている。口から食べられなければ、生命維持に重大な影響を及ぼす。
 厚生労働省が六月に発表した、2011年の人口動態統計で、日本人の死因は、1位悪性新生物、2位心疾患、3位肺炎となった。これまで三大死因のひとつとされた脳血管疾患を抜いて、肺炎が上昇し、順位が入れ替わった。
 中でも高齢者の誤嚥性肺炎が増加している。要介護高齢者に専門的口腔ケアを継続することで、肺炎の発症率が約四割減少したとの報告もあることから、高齢者の口腔機能維持の重要性が認識され始めている。
      *
 2009年4月の介護保険改定において、口腔機能維持管理加算が新設された。厚生労働大臣が定める基準に適合する指定介護老人福祉施設において、歯科医師または、歯科医師の指示を受けた歯科衛生士が、介護職員に対する口腔ケアに係る助言および指導を月に1回以上行っている場合、30単位(約300円)を利用者の総数に乗じて算定できるというものだ。歯科医院側が算定するものでなく施設側が算定する。
 今年4月の介護保険改定で、口腔機能維持管理加算は、口腔機能維持管理体制加算に名称を変更、さらに口腔機能維持加算110単位が新設されたことから、口腔機能維持管理が評価されたものと考えていた。だが、算定においてのハードルは、高いものであった。
      *
 新設された口腔機能維持管理加算の算定基準は、歯科医師の指示を受けた歯科衛生士が、利用者に対して口腔ケアを月四回以上行った場合に、一カ月につき110単位を加算出来るというものである。
 一人ひとりに指示を出すには、対象利用者の全身状態と口腔内を把握するためにアセスメントを作成し、個々に口腔ケアの計画を作成することが求められるため、多大な時間が浪費される。そして、これに基づき歯科医師が歯科衛生士に指示をし、口腔ケアを月四回以上実施、継続していくことになる。
 利用者とのコミュニケーションを大切にし、介護士、看護師、栄養士等との連携を密にすることで、利用者のQOLは改善するだろう。問題は、口腔機能維持管理加算を算定するにあたり、歯科医師、歯科衛生士の労働対価が適切に評価されているとは思えないことである。
 施設側に歯科医師、歯科衛生士が就業しているケースであればまだしも、一般的には施設に協力歯科医師が関与しているケースがほとんどである。利用者一人につき、月4回歯科衛生士を派遣するのが現状だ。施設側が請求できるのは110単位(約1100円)で、1回あたりの口腔ケアの評価は、約275円ということになる。10人で1100単位(約1万1000円)、20人で2200単位(約2万2000円)……。 月に3回口腔ケアに出向いても、4回目に入院や死亡に至る場合は、月の口腔機能維持管理加算の算定はできない。
 このような状況では、施設側が協力歯科医師、歯科衛生士に対し、労働に見合った報酬を支払うことは困難である。介護保険も医療保険も、項目算定にあたり、歯科医師、歯科衛生士の職業を冒涜しているようにも思える。
      *
 口腔機能維持管理加算の算定にあたり、歯科医院の持ち出しは多大となった。反面、施設関係者からの評価、利用者のQOLは、確実に向上している。費用に見合わないから取り組まないというのも一つの選択かもしれない。だが、歯科医師、歯科衛生士の可能性を活かせる場が広がったと考えれば、報酬という形ではないが、職業意識や使命感の向上は、評価できることでもある。
 今後、歯科医師、歯科衛生士の労働対価を考慮した改定が行われることを望む。
       (小山 敦)

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【探針】2012年8月

 消費税増税法案と社会保障制度改革推進法案が民主、自民、公明の三党合意によって衆議院を通過した。またしても消費税増税と社会保障がセットにされた。消費税導入以来、消費税額とほぼ同額の法人税減税が行われ、社会保障は充実してこなかった。しかも今回は、社会保障の充実維持には消費税しかないと宣伝しつつ、社会保障解体を一気に進めようとしている。国は、今後の社会保障制度のあり方について「自助、共助、公助の適切な組み合わせによって形づくられるべき」とし、中でも「自助」を基本とするとして、「公助」を縮減する意図を明確にしている。自助とは、厚労省によれば、「自ら働き、自らの生活を支え、自らの健康は自ら維持する」ことだという。おそらく多くの人が、できるならそうしたいと願うことだろう。
 無料低額診療(*)での事例を紹介する。収入は生活保護基準を大きく下回る一人暮らしの男性。糖尿病を患うも一部負担金が払えず、治療中断。歯科疾患も放置し、噛めなくなり、無料低額診療を希望して来院した。もう少しで終了というところで、わずかな貯蓄を国保料で差し押さえられ、家賃滞納で住居を失い、歯科治療も中断。それでも生活保護申請には踏み切れない。
 生活保護バッシング報道が繰り返され、社会保障の悪用が国の財政を圧迫しているかのような論調もある。だが、食うや食わずで耐えている現実は少なくない。公助が削られ、健康で文化的な生活をする権利は、瀬戸際にある。
 *無料低額診療…社会福祉法に基づき、生計困難者に無料または低料金で行う診療。

■群馬保険医新聞2012年8月号 歯科版

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【歯鏡】2012年4月

わずかなプラス改定も、厳しい情勢は変わらず
 
 3月21日(水)、前橋市の県生涯学習センター、25日(日)、太田市の市休泊行政センターで、「保険医協会2012年歯科新点数検討会」を開催した。複雑化する診療報酬体系を理解しようと集まった会員は、前橋会場で150人、太田会場で50人と、両会場で満席となった。
 今回新たな試みとして、映像を使用しながら改定内容の説明を行なった。終了後のアンケート(回収率約40%)では、参加者の八割が「わかり易かった」と回答し、評判は上々だった。映像の中には「後程、報告します」等のコメントがあった。これらについては、今後、全国保険医新聞紙上に掲載される情報を確認してほしい。
      *
 昨年11月に中医協が公表した、医療経済実態調査の調査結果報告では、歯科医療機関の損益差額の「平均値」が100万円を下回った。2008年の調査以降、公表されなくなった「最頻値」は、60万円台と推測され、経営危機に歯止めはかかっていないことがわかる。この調査結果は、診療報酬改定の基礎データとして活用されている。にもかかわらず、最も多い医療機関の収支である「最頻値」が公表されなくなったのは、問題である。中医協に対し、こうした情報の開示を要求し、次回改定が、より実態に則して行われるよう運動をすすめていきたい。

 ◎改定のポイント

 今回の改定は、レセプトオンライン化のため、区分のはっきりしていなかったものを整理したと思われる変更が多い。この傾向は、今後もしばらく続くだろう。
 まず保存補綴処置・歯周病治療・義歯などから、頻度の高い治療行為の基本技術料が全体的に引き上げられている。これまでは、技術料が上がった分だけ他の部分が包括、減点されたり、点数の付け替えのようだった。ところが今回は、目立って包括されたと言えるものはなかった。次回改定では、過去に包括されたものの再評価や復活を目指したい。
 障害者歯科や周術期における病院との連携では、新たな取り組みがみられた他、インプラント義歯が「広範囲顎骨支持型装置埋入手術」として新設された。しかし、施設基準に「病院であること」とあり、一般開業医では実施できない。さらに点数的にも十分ではなく、先進技術を最低限の治療とされている保険医療で行う理由が見当たらない。とはいえ、今まで自費でしか使用できなかった材料が条件付ではあるが使えるようになったのは大きい。症例が増え、保険での問題点を積極的にあげていけば、改良・適応の範囲拡大を目指していけるのではないだろうか。
 医学管理において、歯科疾患管理料の算定が若干変わっている。まず最初の月に主訴の管理計画をし、2回目以降からPなどの疾患を含めた管理を行う場合、新たにP検査や計画変更を含む継続管理計画書を提供することで、改めて管理を始められることが明記された。これは、審査に地域差があるために、明記されたとみられる。ただし初診月にP処置のみの場合、歯科疾患管理料は算定できないのは変わっていない。また、2回目以降の算定について、これまでは3カ月に1回、文書提供をしていたが、今回から4カ月に1回に変更された。SPTなどで4カ月以上空ける場合は、来院時に文書提供すれば良い。
 初診時の歯科外来診療環境体制加算が30点から28点に減点になった。一方で、再診時歯科外来診療環境体制加算が新設され、再診時に2点算定できるようになった。群馬県保険医協会では、早くから歯科外来診療環境体制加算の算定に必要な医療安全の講習会を、定期的に開催している。施設基準の中にある医科との連携についても、医師・歯科医師一体の保険医協会だからこそ、相談できるという利点がある。外来環の算定を見送っていた医院も多いと思うが、これを機に導入してはどうだろうか。
 咬合調整は、同一初診内で、「1歯以上10歯未満」または、「10歯以上」に分けられ、いずれか一回のみの算定となった。 う蝕処置で算定していた残根削合が独立し、抜歯禁忌症で義歯作成上やむをえず残根削合する場合、歯数に応じて算定できるようになった。
 外科手術では、歯根端切除術・歯の再植、移植術を行った場合、カルテ記載が手術内容の要点のみになり、移植術の際、行われた根管処置も別に算定できるようになった。
 画像診断では、前回より導入されていたものの歯科の点数として項目が無かった「歯科用三次元エックス線断層撮影」が歯科点数として独立評価された。しかしこれにより、パノラマエックス線写真をCTと同時に撮った場合、電子画像管理加算が片方しか算定できなくなってしまった。以前は医科に区分されていたため、どちらも算定できたが、四月からは、主たるもののみの算定となるので注意が必要だ。
 いずれも詳細については、各会員に配布したテキスト「2012年改定の要点と解説」に掲載されている。丁寧にわかりやすく解説されているので、ぜひお役立ていただきたい。また、四月下旬には、今改定に対応した「歯科保険診療の研究」が発刊される。そちらも参照されたい。
     *
 今改定で歯科は、プラス1.70%と、前回に引き続き、2回連続のプラス改定となった。医科を含む、診療報酬本体部分の引き上げと、長期収載医薬品の引き下げを合せた全体としては、0.004四%のプラス改定となった。チーム医療の推進や在宅医療の充実等、生活の質に配慮した歯科医療の適切な評価とされている。しかし、今後、消費税の段階的な増税など、医療を取り巻く情勢は、ますます厳しくなっていくであろう。私たちは保険で良い歯科治療を提供するために、歯科医療機関の経営改善を求め、更なる努力をしていきたい。
(審査指導対策部・遠藤毅)

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【探針】2012年4月

 3.11から1年が経った。いまだ34万人以上の人々が流浪の民と化している。日本は変わったか。東電は、まっとうな被害者対策を打たないまま、電気料金の17%値上げを表明し、その体質が全く変わっていないことを露呈した。政治の体たらくには眼を覆いたくなる。震災対策そっちのけで、野党は政権に返り咲くことが全て、与党は政権にしがみつくことが全てで、いずれも震災対応というレトリックを延命のために使っている。与野党が今、最優先にすべきことは、政治という究極のサービス業に求められていることが何であり、その使命を果たすための在り方はいかなるものかを考えることである。昨年12月、野田総理は「原発の冷温停止、事故収束」という国民の誰もが信じない宣言をし、事故前に「原発は安全だ」と言い続けたことに対する反省を全くしていないことが、全国民の知るところとなった。大手新聞各社は、この総理の発言をまるで大本営発表のように揃って一面トップで報じ、自らも原発安全神話の片棒を担いできたことに対する反省のなさを明らかにした。テレビや新聞といった大メディアは、東電や保安院、政府による不都合を隠し、事態の深刻さをごまかした発表を鵜呑みにし、そのまま伝えるばかりか、時にはそれを守り、加勢した。国内のあちこちで起こった反原発の動きも、ある時期まで一切報道しなかった。この国のメディアはいつから体制べったりになってしまったのか。またいつ起こるか知れない大震災に備えるために、国は脱原発に方向転換すべきだ。

■群馬保険医新聞2012年4月号 歯科版

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【歯鏡】2012年1月

 歯科の市民権

◎診療報酬改定―患者、国民のためにも
 昨年は、現在に生きる日本人にとって未曾有の震災を経験した一年だった。そして原発事故による放射能汚染の解決はいまだ先が見えない。
 さて、来年度は2年ごとの診療報酬改定が行われる。震災直後、日医、日歯のみならず、保団連までもが厚労省に対し、改定を見送るよう訴えた。改定による診療報酬引き下げを恐れての対応であろうが、被災地も含め、よりよい医療を目指す業界の対応として疑問が残る。
 我々の利益を主張するだけの要求なら、それを引っ込めることもあろう。しかし点数の増減ばかりが改定ではないはずだ。患者、国民の権利を守るための主張なら、むしろ積極的に制度の改善を要求すべきではなかっただろうか。

◎高齢化社会と国民皆保険制度
さて、我が国の健康保険は現物給付制であり、患者にとっては手続きが簡素でアクセスしやすい制度であるが、一方で、国際的な比較においては高い窓口負担となっている。
 昨年秋以降、政府が提案した、高額療養費制度拡充のための財源確保を目的とした「受診時定額負担」は、患者へのさらなる負担を強いるものである。政府は受診抑制が目的ではないと説明しているが、結果的にそうなることは火を見るより明らかだ。70〜74歳の窓口負担の引き上げも含め、結局この導入案は与党議員からの反発も大きく、廃案となったが、政府は次に高額療養費制度の対象者の絞り込みを検討している。
 高齢化社会が今後さらに進行する中、医療技術の進歩や新薬の開発によるいわゆる「医療費の自然増」は避けられない。これを財政的に抑え込もうとすれば、
・診療報酬の引き下げ
・保険適応項目の絞り込み(例・混合診療)
・患者負担率の引き上げ
等の措置が必要となる。
 しかしこれらの施策は、当然、患者自身や医療機関の痛みを伴う。その痛みは、将来必ずや国民皆保険制度に、形骸化という深刻な後遺症をもたらすであろう。
 最近、こんなジョークを聞いた。「日本人は、銃は持っていないが保険証を持っている」米国社会に対する痛烈な皮肉である。
 海外も注目する我が国の国民皆保険制度を存続発展させるためには、医療費の節約は本来、疾病自体の減少によって行われるべきものである。この当たり前のことがなぜこれまで積極的に行われてこなかったのか。要因の一つに、我が国の政治体制の問題がある。担当大臣等が短期間で交代するようでは、成果=功績を確認しにくいという面があるのではないだろうか。
 しかし逼迫した状況の中、そんなことは言っていられない。迅速に成果を出すべき施策ももちろんあるが、それは同時に中長期的な視野に立った施策が根底にあってはじめて奏効するものではないだろうか。
 国際的にみても低い我が国の診療報酬をさらに引き下げ、さらに物や処置に偏りすぎた評価のままの体制を続ければ、診療における過剰介入(過剰な切削、抜歯、投薬等)が誘導されやすくなるであろうことは、これまでも何度か触れてきた。患者を守る医療の現場で、その患者自身が被害者となる…… これは絶対にあってはならないことである。
 この意味で、昨年成立した歯科口腔保健法は注目に値する。

◎歯科口腔保健法―予防管理の評価高まる
 同法に関する説明は以下の通りである。
 ―歯科口腔保健の推進に関する施策を総合的に推進するための法律であり、施策に関する基本理念、国・地方公共団体等の責務などが定められ、歯科疾患の予防や口腔の保健に関する調査研究をはじめ、国民が定期的に歯科検診を受けること等の勧奨や、障害者・介護を必要とする高齢者が定期的に歯科検診を受けることまたは歯科医療を受けることができるようにする―等の内容となっている。「2011年(平成23年)8月10日に公布・施行」
 余談になるが、同法の名称は単に口腔保健法でいいのではないかと思うが、実は、当初は口腔保健法としたものを、その後、歯科医師会と医師会の調整で改名し、この名称になったそうである。
 それはともかく、厚労省が本気で医療費を減らそうと考え、かつ口腔の健康増進が医療費を節約するというエビデンスを認めたことは確かなようである。換言すれば、口腔の健康状態の悪化が、全身状態の悪化に明らかに影響があるという事実が認められたと考えられる。したがって、歯科においては今後、予防管理の評価が高まる可能性が大となるであろう。
 我々は、口腔の健康が全身の健康に寄与することを期待している国民の、その期待に応えることが必要となる。制度としては、処置等による出来高払いとは別に、管理の評価が整備される必要がある。
 さて、日常診療では、医科と歯科で少なからぬ違いがある。歯科の特徴として、
・投薬を続けるケースは少ない
・精密さが要求される処置が多い
・代替材料で置換するケースが多い
・いわゆる二大歯科疾患は、予防管理が比較的容易で、かつ重要
といったことが挙げられる。
 これらを鑑みて、中長期的な見地に立ち、口腔の健康の維持増進による国民のQOLの向上、その結果として医療費の真の節約を目指すべきであろう。そして、高い精度を要求される細密な歯科の処置を減らし、それらに集中できる体制作りを進めるべきではないだろうか。
     *
 30年近く歯科診療に携わってみると、虚無感と同時にやりがいを感じる。
 たとえば、いかに精魂込めて補綴物を装着しようと、経年的には装着当時の状態とは明らかに違ってきたり、装着による新たな問題が生じてくることも多い。しかしその一方で、装着物を自身の身体の一部としてしっかり管理したり、またその装着が契機となり口腔の健康維持に熱心になるというケースもある。さらに、予防管理を目的とした来院が多くなったことも明るい前途を予感させる。
「病気になったら受診する」という医科の急性的な受診動機から脱却し、健康の維持増進を目的とした受診が中心となることにより、歯科は真の市民権を手に入れられると信じている。そしてこの成果は10年以上のスパンで評価していく必要があろう。
  (清水信雄)

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【探針】2012年1月

 東京都杉並区の小学校で、校庭に敷いていた芝生の養成シートから1キロ当たり9万600ベクレルの放射性セシウムが検出された。国が焼却灰の埋め立て基準として定める値の10倍以上である。しかし、区が環境省に問い合わせると、他の廃棄物を混ぜれば希釈され、基準を下回ることは可能とした。毒を10倍に薄めて10倍飲むような行為である。役所が何を考えているのか到底理解できない。この理論なら福島原発の汚染水も希釈して海に流すことが可能ということになる。
 来年度の診療報酬改定率について、野田政権は、診療報酬0.004%という、ガス抜き程度のプラス改定を決めた。急性医療への重点配分や入院・施設入所から在宅への促進が基本方針にあげられ、一般診療所への配分は実質マイナスになる可能性がある。一方で、2013年には消費増税8%が検討されている。これまでも増税により恒常的に税収が上がったことはなく、ますます景気は落ち込むことが予想される。医療機関では、材料、医療機器などの設備投資時に消費増税分が直撃するため、さらなる医療崩壊が進むであろう。
 日本のTPP参加により参加国との標準化が図られる中で、海外への日本人医師の流出が懸念される。日本より待遇がよく、語学が習得できるなら、日本脱出も選択肢のひとつに考える時代になるのかもしれない。
 昨年は、東日本大震災、タイの洪水、金総書記の死去等、時代のターニングポイントとなるような出来事が多い一年であった。今年こそはよい年になるよう切に願う。

■群馬保険医新聞2012年1月号 歯科版

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【歯鏡】2011年10月
リスク

 「先生、今日は上がりました」「あ~、この前買っておけばよかったな~」。
 この会話を患者が聞けば、診療中に株や為替をしていると誤解されるだろう。
 しかし、実際は、保険診療補綴部分の根幹である金銀パラジウム合金の金額の話題だ。
 釈迦に説法ではあるが、金銀パラジウム合金は、金の代替金属としてパラジウムを混ぜ、コストを抑えたものであるが、現在ではパラジウム、金の高騰によりコスト削減には全く寄与していない。
 9月19日現在、金銀パラジウム合金30g、3万300円(当医院調べ)。1gあたり1010円だ。対する歯科鋳造用金銀パラジウム合金(金12%以上JIS適合品)は、1gあたり878円、10月の改定後は、1028円に引き上げられた。それでも保険点数が仕入れ金額を超え、逆ざや状態が続いている。
 投機の対象となっている金属購入のリスクを、個人経営の医療機関である歯科医院が単独で負う必然性は、どこにもない。リスクの押しつけは、行政サイドの都合である。例えば、国で金銀パラジウム合金を管理して医療機関へ卸すようなシステム作りを切に願う。
   *
 システムといえば、それが破たんした大きな出来事として、東日本大震災があげられる。
 想定外と言われた大地震により、多くの命が奪われた。現在も不自由な生活を強いられている人が、相当数に上ることは周知の事実である。特に、リスクを無視した政策によって引き起こされた福島第一原発事故に関しては、その理不尽な状況に怒りがおさまらない。
 原発による発電は、発電時のコストこそ、火力発電を下回るものの、原発施設の建設費、使用済み燃料の処理費(再利用、廃棄)、当該地区への補助金等などを考慮すると、決して安いものではない。
 そもそも数十億年前の地球誕生時に封じ込められた放射性物質からエネルギーを取り出すという所業は、現在の人類、いや未来の人類でさえコントロールできないパンドラの箱を開けるようなものだったのだ。地球規模での汚染がこれから長い時間、人類を苦しめるだろう。
 しかし野田首相をはじめ、日本政府は、脱原発に舵を切りそうにない。原子力発電には、リスクに見合う発電以外のうま味があるのかと勘ぐってしまう。
 群馬県は海がないため、大量の冷却水が必要な原子力発電所が存在せず、東京にも近いため、100㎞圏内に原子力発電所は見当たらない。だからといって決して対岸の火事ではない。未だ収束の目途が立たない、原発周辺地域の人々のことを考えると、これからも復興支援を継続しなければならないと強く感じる。
     *
 東日本大震災以降、日本人の意識や価値観は大きく変化した。その変化が医療にどのような影響を与えるのか、全く予想ができない。
 社会保障費増大の中で削減され続ける歯科保険診療報酬。
 歯科医院経営の厳しさは、歯科大学入学者の遷移をみても明らかであろう。歯科医療はなくてはならない医療の一つで、健康な生活を送るうえで必要不可欠である。明るい未来が描けるような歯科界の発展を切に願う。
    (理事・亀山 正)

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【探針】2011年10月
 この国は、66年前、二つの原子爆弾でひどい目に遭う。それが、日本が無条件降伏をする引き金になった。
 某社の「いい国つくろう、何度でも」というテレビ広告は、日本敗戦の衝撃を映し出す。アメリカの飛行機から、パイプをくわえて日本に降り立つマッカーサーは、護衛もつけず、武器も持っていない丸腰だった。
 昭和ヒトケタ世代にとって、マッカーサーのその姿は、アメリカのパワーの広告であると同時に、平和のイメージの広告でもあったという。今見ても、すごくいい写真だと思える。
 その日から、一面の焼け野原の上に「いい国つくろう」という動きが始まったようだ。憲法九条という最大級の宝物を得て、軍事大国から経済大国へ、この国は大変身をとげる。その成長を支える陰の力として、原発が日本中につくられるようになった。
 ところが、その原発が、今度はこの国をめちゃくちゃにした。今もこの国のエライ政治家や元首相などは、「情勢によっては日本も核兵器をつくることができるように、原発は維持していく必要がある」なんて懲りないことを言っている。
 先述の、テレビの広告をどう見るかは、人それぞれだろう。戦後、みんなで必死につくってきた国は、どこまで「いい国」だったのか。その辺をしっかりと見定めてかからないと、敗北や失敗が生かされないまま終わってしまう。
 さあ、「いい国つくろう、今度こそ」……。それにしても「いい国」ってどんな国なのだろう。 

■群馬保険医新聞2011年10月号 歯科版

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【探針】2011年8月

 震災から5ヵ月。福島第一原発の事故の収束は、未だに見通せず、震災の復興もこれからだ。そんな中、自らの政権延命のため、条件付とは言え、退陣を表明した首相が、長く政治の中枢に居座る構造は、震災、原発事故以上に、何か重たい気分にさせられる。
 節電の夏。震災直後の計画停電では、夏の電力不足のための対策に悩んだ。自家発電装置の設置、蓄電池の活用、勤務時間の変更、診療日の変更等、検討してみた。15%の節電が呼びかけられ、東京電力管内は、法的な規制まで実施している。ところが、東京電力の新社長は、西への電力融通の余力を明らかにした。電力不足は、やはり原発運転のためのポーズだったのか。目下「節電診療中」だが、この夏、電力不足による停電はないと確信できる発言に、ホッとするより、だまされた、そんな思いがした。
 居座る首相は、税と社会保障の一体改革案をまとめた。消費税10%への引き上げについて、当初案では、2015年度までにとしていたが、成案では2010年代半ばまでにとぼかした。社会保障の財源確保のためにというが、社会保障に使うのは、消費税の1%分だけだ。自公路線からの転換を期待された民主党は、その継承者となり、それどころか、自公政権にもできなかった社会保障の縮小を実行しようとしている。
 来春は、医療保険、介護保険のダブル改定。震災により要求自粛の動きもあるが、しっかり要求することで、医療・介護を充実させる運動につなげたい。

■群馬保険医新聞2011年8月号 歯科版

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【歯鏡】2011年4月
各協会が連携し弁護士帯同・録音を常識に
関東信越指導監査対策担当者会議

 3月6日(日)、マロウドイン大宮(埼玉県)で、関東信越指導監査対策担当者会議が開かれた。保団連関東ブロックの九協会と長野、新潟の協会から担当役員、事務局、弁護士ら約60人が集まった。
      *
 指導監査への弁護士帯同を年間約20件行っている埼玉協会顧問弁護士の梶山敏雄氏が、「個別指導における弁護士帯同の意義と教訓」をテーマに講演。1994年から県保険課や県議会に働きかけ、指導時の弁護士帯同、録音を認める回答を引き出した経緯を報告した。2007年には、保団連の要請に対し、厚労省も「国民の権利を守る弁護士帯同はやむをえない、録音も拒否しない」と認めている。「それぞれの協会で実績を重ねていけば、弁護士帯同は必ず勝ち取れる課題」と述べた。 
実際に弁護士を帯同した医師、歯科医師からは「弁護士がいるだけで安心し、落ち着く」「医学的な疑問や意見、事務的に不明な点は、積極的に議論してよいという弁護士からのアドバイスが、心理的な自信を与える」等の感想が聞かれる。
 弁護士の帯同で、指導側の態度は改善され、本来の親切、丁寧な指導が行われるようになり、帯同しないケースにも良い影響を与えているようだ。       
 また、参加した他の弁護士からは、立会人について、「第三者と位置づけられているが、実際は厚労省が行う指導を追認する役割をさせられている。指導を受ける側は、自ら選任した医師、歯科医師を立会人として同席させることができるよう改善する必要がある」、自主返還について、「行政側に行政手続法を順守する意識が欠けている」等の意見が出た。

 ●各協会の取り組み
 各協会の代表者から指導時の録音、弁護士帯同の現状と取り組みが報告された。各協会の事前アンケートの結果をみると、録音はスタンダードになりつつあるようだ。
 群馬協会は、昨年5月の帯同事例について、指導する側、される側の双方が録音をし、紳士的な指導が行われたことを報告した。
 会場内では、各都県の弁護士が情報交換をし、結束を固めることができたようだ。今後は協会同士のつながりを有効活用し、情報を共有しながら帯同が「常識」となるよう、継続的な活動をしていきたい。
    *
 録音・弁護士帯同を了承してくださった、四家技官と厚生局群馬事務所の方々にこの場をお借りしてお礼を申し上げたい。
      (遠藤 毅) 

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【探針】2011年4月 
 東日本大震災は、想像を絶する甚大な被害をもたらした。2万人を超える死者、行方不明者を出し、20万人以上の人々が避難所生活を余儀なくされている。まじめに働き、暮らしてきた人々の命、家、財産、仕事を奪った。現地の歯科医院も被災し、震災犠牲者の身元確認のためのカルテまで紛失しているという。
 巨大地震に大津波、原発事故が重なり、日本史上最大級の危機をもたらしている。2週間たった現在も、被害の規模は把握しきれていない。
 福島第一原発の事故はいつ終息するのか、見通しが立たない。200キロ以上離れた群馬にも通常の10倍近くの放射線が降り注ぎ、水道水や野菜、土壌を汚染している。一番被害を受けるのは、放射線感受性の強い乳幼児だ。
 計画停電の影響で、約一割か二割の診療を休まなくてはならない。歯科医療は電気がなくては成り立たない。ガソリン不足で受診抑制も起きている。
 2009年に自民党から政権の座を奪った民主党は、震災直前、すでに統括能力を失っていた。政権の行き詰まりとは関係なく、菅政権は今こそ指導力を発揮し、総力を挙げてこの国難を乗り切ってほしい。
 日本は、敗戦から立ち直った歴史を持つ。避難所で苦難の生活を送る被災者たちは、復興に向けて頑張っている。これに応えるには……。節電や義援金等、今私たちができることを真剣に考え、実行したい。

■群馬保険医新聞2011年4月号 歯科版

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【歯鏡】2011年1月

   国民のQOL向上に寄与する医療を

  2010年の診療報酬改定で、額面上歯科は久々のプラス改定となった。しかし高点数をチェックの対象とし、「改善」がなければ個別指導へと移行する指導大綱が見直されない限り、対象者は実質的萎縮診療を強いられ、保険医療機関の経営改善はまさに「絵に描いた餅」であるというのが本音ではなかろうか。

 昨今の歯科大、歯学部の偏差値の低下や定員割れの事実をみても、歯科医療界が氷河期といわれる程厳しい時代であることは事実であろう。これは単に歯科医という職種の収入が減少したからという理由だけではなく、歯科医が「国民のQOLを高める」ことに寄与しにくい制度に縛られていることが大きな要因だとは考えられないだろうか。「国民のQOLを高める」ことに関われることは、職業として肌でやりがいを感じることができる。そのことを誇りに思うなら、自ずと表情や行動に反映されるはずである。

 日常的に経営を守ることばかりに神経を使って言動を行なってはいないだろうか。あるいは、不採算といわれる保険診療を他の方法で補うことの後ろめたさを心のどこかで感じながら診療してはいないだろうか。最善の治療より、経営のための治療にシフトしていないだろうか。

 ダイレクトメールやセミナー等では「増患」という言葉が飛び交う。健康に寄与すべき職種として決して使ってはいけない言葉である。また、根拠に乏しい事例を挙げ、患者、国民の健康に対する不安をいたずらに助長するようなケースも見受けられる。これら社会への貢献から乖離した歯科医の姿は、国民にとって決して魅力的には映らない。制度の不備を理由に、我々の職業の崇高さを捨てるような言動に走ることはあってはならない。

  歯科医療の崇高さを国民に認めてもらうには、我々が行う広義の診療行為が患者、国民のQOL向上に寄与することである。受診により口腔の機能や形態がより快適で健康になること、正しい健康観をもち、人としてより健やかな生活をおくれるようになることを患者や国民が実感できるかにかかっている。そのためには目の前の患者と将来にわたってどういう関係を築きたいかを常に考えながら医療を実践することだ。5年後、10年後に患者にどうあって欲しいかというビジョンを描き、起こりうるトラブルへの対策や処置の選択肢を用意する。

  例えば、歯周病の初診で歯に前後左右の動揺が見られる状態でも、抜歯と決めるには早計な場合が多々ある。たとえ動揺があっても歯周病に対する適切な処置を行い、経過をみながら患者とともに治療計画を立てても決して遅くはない。点ではなく、線や面で患者と関わっていくことがとりもなおさず患者の利益につながり、また医院経営の面からも決してマイナスにはならないはずである。そしてそこから患者との強い信頼関係も生まれる。

  歯科医療に対する国民の価値観は、補綴物の装着といった「モノ」中心から、管理やメインテナンスといった「サービス」へ変わりつつある。処置すること=侵襲を加えるより、処置しないことに意味を感じている。これは、歯科医療が真の医療に一歩近づいたと考えられないだろうか。歯科医は、この動きをさらに進めるべく、診療や運動を位置づけていくべきであり、採算面でもマイナスにならない経営形態を目指すべきであろう。

 今の日本政府は、政権交代が早く、責任の所在が曖昧で中長期展望が描けない。主張に一貫性がなく、国際的にも信用がない。今後日本が福祉先進国となるには、治療に対する環境整備もさることながら、予防や管理により医療機関が採算のとれる医療制度の構築が是非とも必要であろう。それにより、中長期的に国民の健康の増進や医療費の抑制が証明されれば、国の産業や経済面からみても、十分なメリットになるはずである。少なくとも疾病の重篤化を食い止めたり遅延させることができれば、十分に価値のあるアプローチであることは確かである。

  歯科保険診療体系改善の運動は、我々歯科医師の生活のためであってはならない。歯科の保険診療が真に患者、国民のQOLに寄与するためにはどういう方向に向かうべきかを考えた運動に取り組み、そして具現化すべく医療を実践しなければならない。(清水信雄)

■群馬保険医新聞 2011年1月号 歯科版

 

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  【歯鏡】2010年10月

   実態にそぐわない訪問診療料「20分ルール」の廃止を!

 今年4月の診療報酬改定で、訪問診療料に「20分以上」の算定要件が入った。 
 これまでも訪問診療料の算定に関する時間要件はあった。施設では、複数以上の患者に訪問診療を行った場合、1人目については、診療時間にかかわらず、訪問診療料Ⅱ(380点)、2人目以降は30分を超えて行った場合にのみ算定する。在宅の場合、時間要件はなかったが、1人目は訪問診療料Ⅰ(830点)を算定し、2人目以降は、訪問診療料の算定はなく、初・再診料の算定を行うというものだった。

 ◎実情踏まえ、分かりやすい診療報酬」のはず

 今改定での厚生労働省の歯科訪問診療に関わる基本方針は「在宅歯科医療の推進」であり、基本的な考え方の一番目に「実情を踏まえ、より分かりやすい体系」をあげている。在宅と施設の区分を撤廃して20分という時間で区切ったのは、分かりやすいかもしれないが、肝心な実情は全く踏まえていない。分かりやすければ何でもいいということではないはずだ。

 ◎「20分要件」は問題あり…65%

 保団連が各協会などを通して行ったアンケートでは、64.7%が「20分以上の要件は問題あり」と回答した(全国保険医新聞9月5日)。診療実態にそぐわない事例があり、「実情をふまえていない」ということだ。そもそも全身状態が悪い患者を、20分も治療することは困難だ。少しずつ、回数多く訪問して、治療しなければならない。しかし、そういった事例では、訪問診療料が算定できないということになる。
 他にもこんな事例がある。唯一残存している歯牙で、口唇に潰瘍を形成した患者から訪問診療の依頼を受けた。初回の訪問日に抜歯。ワーファリンなどを服用している患者であり、縫合し、止血を確認した。ここまですれば、20分を越えるので、訪問診療料の算定がある。患者、家族にも安心してもらい、患者宅をあとにした。しかし、片道30分弱かかる帰り道、ちょっと憂鬱になったのだそうだ。抜糸に訪問する時は、「再診料(42点)だけか…」と。

 ◎時間要件は不適切 
  
 平成14年の診療報酬改定に関連した、桜井充参議院議員の質問趣意書に対する答弁書(内閣総理大臣・小泉純一郎)では、『歯科訪問診療料は、歯科医師が通院困難な患者の求めに応じて居宅又は特別養護老人ホーム等に赴いて行う診療を特に評価するためのもの』とある。
 訪問診療料は、通院困難な患者のもとに訪問したことを評価するものであり、その際の診療時間の長さとは、関係がなかったはずなのだ。

 ◎患者に不利益な対応も

 診療報酬改定の度に、保険医は新しい診療報酬を学習し、問題点は問題点としながらも、新しい診療報酬への対応をしている。今回の20分要件についてもいろいろと工夫していることと思う。
 私自身、3月までと4月からで、明らかに診療スタイルが変わった。訪問診療の時間(1人1回あたりの診療時間の長さ)は、3月までは15分から20分の間が多く、30分を超える場合も少なくなかった。しかし、4月からは、20分から25分に集中するようになった。その結果、訪問診療の延べ患者数は減ったが、収入は少し増加した。3月までは、訪問診療で総義歯を装着した場合、2、3日のうちに再訪問して調整していたが、4月からは、特に施設に入所している方の場合、同じ施設で他の患者を診る予定の日まで、調整を待ってもらうようになってしまった。診療報酬に左右され、患者に不利益な対応をするのは、心苦しくもあるが、『現実的対応』と居直らざるを得ない。
      *
 同じ処置ならば、「痛くなく、短時間で」というのが患者の願いである。それに応えるために、創意工夫と技術研鑽をした結果、診療時間が20分未満になると、訪問診療料の算定がないというペナルティがある仕組みは、納得しがたい。
 前回の改定で新設された医科の5分ルールは、批判が集中し、今回の改定で撤廃された。訪問診療料の20分ルールも次回改定までには退場願えるよう、運動が必要である。(理事・半沢 正)

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【探針】2010年10月 

 世も末だ。乳幼児虐待、親の子殺し、子の親殺し、高齢者を食い物にした各種詐欺事件。かくして、このたびは、世の悪を懲らす最高機関のエリート検察官が、あろうことか証拠改ざん、湮滅の疑いで逮捕のニュース。とうとうここまで来てしまったのかと暗澹たる思いである。
 わけても、テレビでも新聞でもつらかったのは、児童虐待である。あまりの悲惨、あまりの哀れさ……この子たちがどれほど苦しかったことであろうかと思うと、胸の張り裂ける思いである。
 これらの事件を特殊なものとすることはできない。戦後の義務教育において、絶対的な死生観や生命観をほとんど教えてこなかったことに原因があるように思われる。
 戦後教育の柱は、個人主義の涵養にあった。しかし、自律的にして自律的な個人主義者を生むことはできず、個人主義者とは似て非なる利己主義者を生み出すばかりだったように思えてならない。加えて、祖先を崇敬するという人間の有り様と抑止力を教えてこなかったため、抑止力のない個人主義教育は、ただの利己主義者を生み出すだけとなった。そういう利己主義者が頼るのは金銭だけである。祖先や祖先以来の生命の連続の大切さ、厳粛さもわからない。ひたすら求めるのは日本国憲法の「婚姻は両者の合意のみに基づく」夫婦の幸せだけであり、子を虐待し“殺人”して恥じぬ人間の屑が生まれてきてしまった。誠に情けない。
 「清く正しく美しく」という美徳を身上としてきた日本人の心魂を、取りもどせるものなら取りもどしたいものである。 

 

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【歯鏡】2010年8月

指導強化の波 

    どう対応するか

 今年度の診療報酬改定における厚生局群馬事務所の集団指導(点数改定説明会)では、今までより指導を厳しくする旨の話があった。具体的には、自主返還をきっちりさせるということである。
 個別指導は、平準化の名の下に、全国で統一される流れがある。先日保団連が開催した関東信越指導監査対策担当者会議の資料より指導要綱を抜粋すると、「新規個別指導では、1ヵ月前から3週間前に実施通知が送付され、1週間から前日までに10名程の対象患者が指定される。高点数によって集団的個別指導を受け、翌年も改善が見られない場合、個別指導の通知が三週間前に届き、対象患者は前日までに15名程指定される」となっている。
 指導による返還金額は、1998年以降、概ね30億円前後で推移してきたが、今回の改定後は、60億円を目標に行われるとのことである。まさしくこれは、今後の指導強化に繋がるものであり、返還金に目標が設定されるのもおかしなことである。

 ◎個別指導に弁護士帯同

 指導、監査問題における医師、歯科医師の人権擁護を課題に運動してきた群馬協会では、今年5月、歯科の個別指導で弁護士帯同を実現した。事前に弁護士を通じて厚生局群馬事務所にいくつかの質問をした。
 ①選定の理由 
 ②開設者以外の歯科医師の同行の必要性 
 ③対象患者のカルテ選定を前日ではなく1週間前にできないか 
 ④指導時の録音の許可について
 返答は、選定理由は開示され、開設者以外の歯科医師の同行は任意、対象患者のカルテ選定は前日で変わらず、当日の弁護士帯同と録音は承諾された。
 他の職種でも行政指導の経験がある弁護士にとって、指導対象患者の選定が指導前日だというのは、信じられない事なのだそうだ。
 弁護士帯同で個別指導を受けた会員からは「指導医療官の対応は終始紳士的で、高圧的ではなく、安心して指導を受けることができた」との報告を受けた。

 ◎ルールに従うには説明が必要

 保険医が保険の勉強をする公的な機会は、今のところ改定直前に行われる集団指導のみである。しかし改定後に疑義解釈が出され、厚労省のHP等で確認させることで周知徹底させるような仕組みになっている。群馬協会が行ったアンケートで「保険改定時にインターネットで確認したか」の問いに、「した」と答えたのは16.3%だけだった。改定の文書は、解釈の違いが生じるような表現で書かれ、現場の経過から措置が考えられ、疑義解釈が出される。複雑な保険ルールの解釈に誤りが生じるのは当然のことだ。返戻を以って周知徹底を図るような構図には、問題がある。保険というルールに従うことができるように事前の説明が欲しいものだ。解決策の一つとして、毎月発行されている「ぐんま国保連情報」や「群馬基金通信」に基本的なことから間違いやすい解釈などを掲載するのはどうだろうか。

 ◎歯周基本検査(P基本検査)で返戻

 今回の診療報酬改定で、混合歯列期歯周組織検査(P混検)が導入された。それまでは混合歯列期であっても、歯周疾患対象が永久歯であれば、P基本検査で算定可能だった。改定により、算定条件が理解しにくくなり、現場は混乱した。
 そして6月に国保の返戻が届いた。「混合歯列期におけるP基本検査をP混検にご再調下さい」という内容である。返戻枚数十件、合計点数約1万点。金額にすると10万円に相当する。混合歯列期におけるP基本検査の算定が不可とは改定の文書のどこにも書いていない。にもかかわらず、疑義解釈などで後から厚労省が決めたことならば返戻する前に文書で通達するのが順序ではないだろうか。また、返戻を直して提出したものが通ったかどうかはまるでわからない。患者に対する明細書発行を義務付けるくらいなら、行政側も診療報酬の振込みに対し、詳細のわかる振込通知書を送付するべきだ。

 ◎サービス推進課の発足に期待
 
 一方、社会保険診療報酬支払基金は、保険者・医療機関などからの意見や相談、苦情に迅速に対応するために「サービス推進課」「審査に対する苦情等相談窓口」をそれぞれ4月と6月に設置した。業務内容については、平成22年度6月1日発行の「群馬基金通信」第50巻第6号に、「支払基金の審査に対する疑問、業務対応への苦情、事業運営についてのご意見、医療保険制度や診療報酬の算定に係る相談など、聞きたいこと、話したいこと、伝えたいことがあるときは、いつでもサービス推進課に電話ください」とある。これは画期的なことである。保険内容について、現場の声を直接届けることができるのだからすばらしい。算定方法が難解だったり、解釈の矛盾を感じることがあったら、問い合わせをすることをお勧めしたい。そしてこれが歯科界の明るい未来につながることを願うばかりである。
 群馬協会では今後、指導医療官の講習会開催も交渉していく予定である。

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【探針】2010年8月

 参院選で民主党が大敗した。昨年の8月、衆院選での民主党の圧勝で55年体制が完全に崩壊し、歴史的大転換が起こった。ところが今回は、民主党には風が吹かず、みんなの党に吹いた。国民は民主党に衆参過半数を取らせず、安定政権の誕生を阻んだ。
 自民党時代、新自由主義の構造改革路線で派遣社員、不平等社会が広がり、貧困率は先進国で最悪になった。社会が分断される中で、コンクリートから人への民主党を選んだのに、最大のシンクタンク官僚を排し、普天間問題、郵政民営化の政権運営でつまずき、鳩山内閣は細川内閣と同じ8ヵ月で崩壊した。
 自民党時代の〝政治と金の申し子〟2人を切り、本来の民主党主流の政権として始まった菅内閣は、消費税10%の影響もあっての敗北だった。しかし、その分自民党が回復したわけではない。40都道府県以上の知事が自民党系の中で、足腰の弱い民主党は1人区では勝てない。
 菅政権はイギリスのブレア元首相の政治路線「第三の道」に影響を受け、アメリカ・アングロサクソン型の競争社会よりも北欧型国家、共生、分かち合い社会を目指しているように見える。
 初の本格的な予算編成を開始した民主党政権だが、強い社会保障をいかに貫けるかが見ものだ。社会保障の自然増には手をつけない方針のようだ。
 医療崩壊が止まるのか、歯科医療はよくなるのか。4月の点数改定で、歯科は初の2.09%アップ、一律の医療費削減も消えた。民主党政権を見守るしかない。

■群馬保険医新聞 歯科版 2010年8月号 

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【歯鏡】2010年4月 

●診療報酬改定

 

 医師との格差ひろがる
       ―訪問診療に「20分以上」の要件

 

100328

↑太田で開いた新点数検討会(2010.3.28)

 

 2010年度の群馬県保険医協会新点数検討会は、3月25日(木)前橋市の県生涯学習センターで113医療機関201人、28日(日)太田市の休泊行政センターで31医療機関47人と、前回を遙かに上回る参加があった。
 「前橋会場では遠すぎる、都合がつかない場合もあるので、開催日を増やして欲しい」等の意見があり、群馬協会では初の試みとなる2会場で開催したことが、参加人数増加の一因とも言える。初めての開催となった太田会場は、前橋に比べ少人数であったものの、アットホームな雰囲気で質問等も活発であった。次回に向けて、2会場の参加人数の均衡化、更なる内容の充実を図るべく努力していく所存である。
      *
 まず、清水副会長が2010年度診療報酬改定の要点を、次に小山、石原両理事が各改定の点数の説明、改定事例を挙げて解説した。(後日厚労省HPに疑義解釈が掲載された。ここでは検討会で触れた部分について述べたい。)

 【歯科訪問診療について】
 同一敷地内又は隣接地に棟の異なる建物が集まったマンション群や公団住宅等はそれぞれの建物を別の建物と扱うと考えてよい。また外観上明らかに別建物であるが、渡り廊下のみで繋がっている場合も別建物として扱うものと考えてよい。
 訪問診療は、医科も歯科も今回最も変わった部分であるが、「20分以上」という医科にはない一定の算定要件が持ち込まれた。04年改定の時を思い出す根拠の無い医科と歯科の差別。前回は指導や紙出しであったが、今回は診療の根幹に関わる問題であり、より深刻ではないだろうか。04年改定から我々がいくら声を上げて運動をしても、また平気で同じことが繰り返される。本当に指導が必要なのはどちらなのか。これからの時代は、医療者・保険者・患者が厚労省を評価するようなことも必要ではないだろうか。

 【混合歯列期歯周組織検査について】
 混合歯列期歯周組織検査における乳歯列期の患者の取扱いについては、混合歯列期の患者に準じて取り扱う。混合歯列期の患者について、患者の口腔内の状態により、プロービング時の出血の有無及び歯周ポケット測定のいずれの検査も行わず、プラークの付着状況の検査等を行った場合において、歯周組織検査を算定することは出来ない。
 最も質問の多かった項目だ。
 この検査は何のために新設されたのか。混合歯列期の患者はまだしも、乳歯列期の患者にもプラークの付着状況の検査やプロービング時に起こる出血の有無、歯周ポケット測定が必要なのか。親が子供を歯科医院に連れてくる時間は、15時~17時が一番多く、ほとんどが兄弟一緒に受診する。それだけで診療には倍の時間を要する。親は夕食の準備や子供の習いごとの送り迎えなどもあり、時間的に余裕がない。これまで以上に歯科治療に時間を要することが、受診抑制につながる恐れもある。早急に条件の緩和を求めていきたい。

 【歯周基本治療処置(P基処)と歯周疾患処置(P処)について】
 質問ではあまり上がらなかったが、今回新しく新設された「P基処」。似たような名称で同じ10点であり、説明を聞いてもよく違いがわからない人も多いかもしれないが、こちらは歯周基本治療を行った同日から算定していくものなので注意したい。
 疑義解釈では歯周基本治療処置(P基処)と歯周疾患処置(P処)は、同一月内には算定できない取扱いであるが、同一月内において、歯周基本治療処置を算定した後、歯周疾患の急性症状が発現し、症状の緩解を目的として歯周ポケット内へ薬剤注入を行った場合においては、歯周基本治療処置を算定し、歯周疾患処置については、特定薬剤に係る費用のみの算定となる。請求は、先に行った処置を優先し、後で行った歯周疾患処置はペリオクリンなどの特定薬剤の費用のみ請求する。実態に沿った請求をしていただきたい。

 【明細書無償発行の義務化】
 明細書発行体制加算などが包括化され、実態に沿った処置がレセプトに反映されていないなどの問題が未解決の中、レセプトの電子請求が義務付けられている医療機関に対し、明細書の無料発行が義務付けられた。レセプト並の明細書を発行するという目的だけのために本来の意味を見失っている。元々レセプトの電算化・オンライン化の目的がどこにあったのか考えて欲しい。一部の委員の考えを優先させる事が医療の明確化につながるとはとうてい思えない。
 今回の改定は診療報酬2.09%引き上げが隠れているが、ゼロ改定といわれながら厳しい算定要件を課された04年以上の悪しき改定になりかねない。群馬協会は、緊急に再改定等の運動を進めていきたいと考える。
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【探針】 2010年4月

 民主党政権の発足から半年が経った。まだ半年という人がいれば、半年経っても何も変わっていないという人もいる。評価は人それぞれだが、その間、人々は生活し、世界は日々動いている。
 もともと少子化対策の子ども手当は、親が外国人でも日本に在住すれば母国の子にも支給され、子が日本人でも親が海外赴任している場合は支給対象にならない。これで日本の少子化対策と言えるのか、疑問である。
 外国人医師でも一定以上の技量が認定されれば日本で医療行為が認められる法案が現在出されている。果たして日本語という世界的にも難しい言葉の壁を越え、わざわざ労働条件の悪いところへ来る医師がいるだろうか? もし私が英語の話せる外国人なら、迷わずアメリカなど日本以外の国を選択するだろう。
 昨年からの新型インフルエンザワクチン政策には医療機関、国民とも右往左往した。流行が一段落する中、政府が買い付けた一一二六億円分の輸入ワクチンが行き場を失い、一部の在庫は三月末に有効期限を迎えた。誰にでも失敗はある。問題は、ワクチンの購入を含め、新型インフルエンザ対策について国が採るべき方針を答申してきた専門家諮問委員会が、議事録や記録をほとんど残していなかったことだ。失敗を糧にしないという政府の体制が明らかになった。
 二人の船長が別々の方向を指して航海し、収入の倍ほどの支出がある家計簿をやりくりしている…これが日本の現状だ。

■群馬保険医新聞 歯科版 2010年4月号 
                                                                                                                                                                                                                                                                                                         

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【歯鏡】2010年1月

      歯科医療の再生をめざして

 ◆新政権のこれまで
 自民から民主に政権党が交代し、4か月あまりが過ぎた。 
 総選挙に臨み、民主党はマニフェストの中で、「医療、介護の再生」を謳っていた。小泉改革以来、疲弊しきったこの分野の再生には、国民として、そして医療に携わる者として大いに期待している。
 当初、長妻厚労相は「診療報酬を引き上げると、患者負担、保険料の増加につながる」、野田財務副大臣は、「診療報酬の全体的な底上げでは、医師不足で悩んでいる診療科に医師が集まる動きにはならないのではないか。報酬の配分の大胆な見直しを行うことが大前提だ」と発言した。前者は、先のマニフェストを掲げた新政府の医療担当者として、はなはだ見識を欠いた発言といわざるをえず、なぜ自己負担率の見直しに言及しないのか、理解に苦しむ。後者は、ある科の診療報酬をさらに引き下げることでマイナスのインセンティブを作り、不足している科へ医師の流れを作ろうという発想であり、看過できない。これらの発言には、医療福祉を国力、国民生活再生の礎と位置づける発想が欠落している。
 ただ「事業仕分け」等、手法は未整備なものの、情報公開と現場からの意見の吸い上げを行う姿勢は感じられる。レセプトオンライン義務化の法令のように、誰がどういうプロセスで、何のために推進しようとしているのか、ブラックボックス状態であったことからすれば、かなりの進歩である。

 ◆歯科医療の厳しい現実
 歯科医療では、相変わらず経営的に厳しい状態が続いている。政府を動かし、この状況を改善するために、我々歯科医はあらゆる手段を講じ、国民的コンセンサスを形成することが不可欠である。国民にとって、窓口負担は少ないに越したことはない。診療報酬の適正な評価を正当化することは、この国民感情と一部矛盾するため、それ相当の根拠を示さなくてはならない。 
 診療報酬の適正化が国民にとっての利益につながらなくては、我々の要求は決して支持されることはない。国民の支持を得ずに政治力に頼ろうとすれば、これまでの歯科界の手法と変わりなく、かえって国民からの批判の対象となるだろう。
 逆に、不当に低い歯科診療報酬が、なぜ国民の利益に反するか整理してみたい。
 *評価が低すぎれば、数をこなして経営を守ろうとするため、単位時間あたりに能力以上の患者を診療し、質の低下につながる。
 *本来経過観察すべき対象に対し、必ずしも必要でない切削や抜歯等の過剰診療=過剰介入が行われる。不可逆的である分、医科での薬剤の過剰投与より深刻だ。
 *保存できる可能性のある歯を抜歯して、十分な経験もないまま歯槽骨のない部分へ強引なインプラント治療を施すなど、無理、無謀な自費診療が行われる。
 さらに深刻なのは、厳しい経営状況のために、大切な歯科衛生士、歯科技工士などのコ・デンタルスタッフの賃金、労働条件が悪化し、これらの職種の転職、廃業が加速することだ。優秀な技術をもつ歯科技工士が日本から消えてしまうというとんでもない状況も現実味を帯びてくる。

 ◆混合診療・自由診療の問題
 こういった厳しい状況に対し、一部に混合診療を推進しようという動きがみられる。現に「保険診療の不採算部分を自費で賄う」という構図がいつの間にか定着してしまった。エビデンスに基づいた最新技術を、保険に導入しようとしてきた医科と違い、多くの処置の評価があまりにも低く抑えられてきた歯科では、最新技術を保険に導入しようという努力があまりにも不足していた。混合診療や自費で保険診療の不採算分を補填しようという考え方には、患者の利益にも反する多くの問題点がある。
 * 自費が常識的範囲を超えるような高額になる。
 * 自費への患者誘導が起こりやすい。
 * 予後や価格を巡って患者とのトラブルを生じやすい。
 * 保険診療の質が低下しやすい。
 * 保険診療の評価の改善が起こりにくい。
 * 自費に関わる機材の価格が高めに設定されやすい。
 * 景気の悪化により、さらなる経営的悪化が起こりやすい(歯科は需要の所得弾力性が大きい)。
 つまり、歯科保険診療の低評価や混合診療の導入は、歯科医が患者を前にして、自院の経営を考えながら治療方針を出すような環境を作りやすく、これは患者にとっても、医療側にとっても不幸なことである。患者のための最善の医療より、医院経営にとって最善の医療が実践される可能性がさらに高くなる。 

 ◆過剰な設備投資
 最近のデンタルショーでは、歯科用CT、マイクロスコープ、CAD/CAM、クラスBオートクレーブ等、現在の歯科保険点数の実態からあまりにもかけ離れた価格帯のものが目立ち、メーカーは売り込みに躍起になっている。厳しい経営状況の渦中にいる歯科医は、藁をもすがる気持ちで「○○があれば」それだけで自分の技術レベルが上がり、他との差別化ができるという錯覚に陥りやすい。しかし返済能力を超えた過剰な投資は、歯科医自身の診療に対するポリシーやスタイルまで歪曲しかねない。
 厚労省にしてみれば、歯科医療機関の「自発的な過剰投資」は、医療費の国庫負担を抑えるには非常に好都合である。わざわざ点数評価しなくても現場で勝手に投資してくれるという、まさに漁夫の利にあずかれる。少なすぎる歯科医療費に対し、歯科医療機関数が飽和状態になっている現在、過当競争が日常化している。この状況下では、設備や患者接遇面で、医療機関から持ち出しの投資が行われやすい。政権が交代した今こそ、本来の歯科保険診療の充実を目指し、運動を進めていくべきではなかろうか。
 ◆改善は一歩ずつ
 新年早々、厳しいことばかり話題にしたが、ここでうれしい出来事にも触れたい。
 昨年保険医協会で作製した、BP製剤服用者への注意を促すポスターを見て、「BPを飲まなくてもいいか、内科の主治医に聞いてみます」という患者が数名いた。国民の生活の中で、歯科のロイヤルティは確実に高まっていることを実感した。また、長年歯周病の管理で通院している多くの患者から、処置後診療室を出る際に、「がんばります」という言葉をいただいた。これは、歯科医療に対する患者の主体性を素直に表した一言といえまいか。さらに、民主党の議員の中から、日本は諸外国に比べ医療費の対DGP比が低水準であるとして、「適切な医療費を考える民主党議員連盟」が発足し、政府に意見をあげている、というのも頼もしい限りである。
 歯科医療の崩壊とは、単に歯科医院の経営難を指すのではない。健康の維持・増進を目指すはずの医療が、健康被害や医療訴訟を生むこともある。それを自覚し、行動することが、保険医を名乗る我々歯科医の責任であろう。(清水信雄)

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 【探針】2010年1月
 政権交代から、はや4か月、まだ4か月? 沖縄米軍基地問題の迷走、来年度予算編成がニュースをにぎわした▼自公政権時に民主党も中心的役割を果たして、参議院で廃止法案を可決した後期高齢者医療制度の廃止公約はとっくに反故にされた。今春は制度発足から2年。初めての保険料改定が行われる。昨年10月下旬、保険料の試算が示された。厚労省によると約10.4%アップ。その約10日後、長妻厚労大臣は約12%アップ。そしてさらに約10日後、厚労省は13.8%、8556円アップと言い換えた。いったいどうなっているのか。年金生活者に重い負担増。この事態の回避を期待して一票を投じた高齢者も少なくないはずだ▼診療報酬改定の春がやってくる。財務省はマイナス改定を示唆し、一方、長妻厚労大臣は引き上げると発言。勤務医と開業医、診療所と病院という対立関係を作り、分断を図っているように見える。歯科はその中で埋没しそうだ。構造不況業種と自嘲している時ではない▼外に目を向ければ、プラハで核廃絶宣言をしたオバマ大統領は、ノーベル平和賞の受賞演説で、イラク・アフガン戦争を正当化。核廃絶と戦争遂行というダブルスタンダードではなく、核削減は戦費調達のための方便のようにも見えてきた▼デフレスパイラルが進行する中、激安インプラントに走るのではなく、保険で良い歯科医療を追求し、正当な評価を求める運動を拡げて行きたい。 
                                                

  ■群馬保険医新聞2010年1月号 歯科版 

                                                                                                                                                                                                                                                                                                          

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 【歯鏡】 2009年10月 

●レセプトオンライン化は本当に必要か

 2011年、レセプトオンライン義務化へ向けて、医療機関は大きな問題に直面している。
政府はレセプトオンライン化が医療の効率化、医療費抑制(削減)につながり、社会福祉費の増大を軽減する手立てのひとつになるとしている。

 レセプトオンライン化は本当に医療費(国民健康保険)を抑制できるのか。オンライン化で削減が見込まれるのは、紙への印刷費用、その輸送費用、各審査委員会でのレセプト審査費用(人件費含む)、保険者への紙レセプトから電子化への費用などが挙げられている。これらの削減した費用が直接医療費へ転化されれば、確かにオンライン化の意味はあるだろう。またオンライン化による患者情報の共有は、遠隔地での画像診断や病歴を把握するのに有効であることも否定しない。
 
*脆弱なセキュリティー
 しかし、レントゲン画像などをオンライン化することによるメリットと事務処理のメリットを混同してはならない。住基ネットでもおわかりのように、データを扱う側のモラルの問題がある。オンライン化された患者の個人情報を悪用すれば、病歴などによる差別、保険者からのアクセス制限・給付制限、負担の増大などマイナス面が大きくなる。セキュリティー対策も十分ではない。レセプトオンライン化のソフト程度では、プロのハッカーであれば簡単に侵入することができ、情報の流出を防ぐことは非常に困難である。クレジットカード会社などオンライン化している業界に習い、セキュリティーシステムを構築することが必須である。情報流出時の責任は審査機関ではなく、医療機関が負うことになる。
 
*費用負担と地域医療の崩壊
 オンライン化するための費用も大きな問題だ。PCなどのハード、ソフトウェア、オンライン化に対応した事務員の雇用など、設備や人材に対する投資の全てが医療機関の持ち出しになる。IT化加算は一初診につき3点(30円)という途方もない金額で、オンライン化の費用捻出には到底及ばない。特に高齢の医師が営む小規模の開業医にとっては死活問題で、現在の診療報酬ではとても乗り越えられないという声が、あちこちから聞こえてくる。そんな開業医こそが、地域医療の大きな支えであることは住民にとっても周知の事実であろう。
 
*99%が導入する韓国
 レセプトオンライン化の開始から十二年が経過した韓国を見ると、義務化されていないにも関わらず、99%もの医療機関が導入している。早期の診療報酬支払いや参加当初3~6か月は無審査、入院の請求が週単位、1年間無査定医療機関への2年間無審査など大きなインセンティブが功を奏している。インセンティブありの経済論ならば当たり前の反応である。一方インセンティブはほとんどなく、義務化だけを押し付けられた日本では、誰も見向
きもしないということだ。

*IT化のメリットは…    
 一般の企業であればIT化により効率化され、浮いたコストで事業収益を改善することも可能であるが、わが国の健康保険制度は先進諸国でも稀な低価格統制があり、IT化によるメリットは少ない。そもそも人材集約型の産業である医療業界はIT化によるコストメリットが現れにくい職種なのだ。患者にとってもメリットが少なく、本来削減されるべき保険者のコストは、オンライン化で医療機関が負担する金額に比べ、微々たるものである。経費削減の義務も審査側からは何も出ていない。

 現在の紙請求によるレセプトでも歯科ではカルテの入力、打ち出しなどかなりの割合で電子化されている。CD‐Rに情報を書き込み、審査機関へ郵送するだけで十分で、コストをかけ、あえてオンライン化するメリットは見当たらない。オンライン化したレセプトを送信しても、結局はデータを一度紙に打ち出して審査するなんていう笑い話もあるくらいだ。
 
*政権交代=義務化のゆくえ
 それを推し進めているのが先の政権担当であった自民党である。今回の総選挙で民主党へ政権が変わったが、レセプトオンライン義務化は解消されるのであろうか。依然として今後を見守る必要があり、地域医療の存続もこの問題の動向に大きく左右されるであろう。現場で診療に携わる者の意見を取り入れた、医療機関が疲弊しないような舵取を現政府に望む。  (理事・亀山 正)

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 【探針】2009年10月

 医療崩壊が声高にいわれているが、歯科医療の崩壊はさらに深刻だ。病院から歯科がずいぶんと消えた。歯科のある一般病院は、1993年には1500余あったが、2007年には1100余と2割以上も減少している。また歯科の国民医療費は、ここ10年で7.6%まで低下してしまった。なかでも高齢者(75歳以上)の医療費は、全医療費の4分の1を超える9兆円近くを占めているが、歯科のそれは約5000億円と全体の5.6%にすぎず、まったく伸びていない。
 その理由の一つは、歯科が医科のように新技術の保険導入に積極的ではなかったことがあるようだ。また、通院が困難な高齢者は受診が制限され、80歳以上では、必要な人の2割しか歯科を受診していないというデータもある。このように、歯科医療の環境が貧困にあっても、我々保険医は日々真摯に診療に努めなければならない。
 そこで、これからの歯科医療の目標をかかげる。第一に歯周病対策であろう。歯周病治療とメタボ対策によって動脈硬化による心筋梗塞や脳卒中を少なくすることができる。第二は高齢者の歯をどうするかという問題であるが、ぜひ医科の中に歯科を組み込んで議論をしてほしい。そうすることで、別建ての教育システムによる互いの不足を補いあい、より高齢社会にふさわしい歯科医療システムが構築できると思うのだが。
 今後も長寿社会は続いていく。おいしいものを、身近な親しい人と食べることができるという幸福(口福)を、より多くの人に共感してもらえる社会の実現を切望する。

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歯鏡】 2009年8月 

 ●ビスホスホネート系薬剤について

    骨も守る、顎も守る  厚労省の対応マニュアルを読む―
        
 
 平成21年5月、厚生労働省から「重篤副作用疾患別対応マニュアルが公表され(http://www.mhlw.go.jp/topics/2006/11/dl/tp1122-1l01.pdf)、『ビスホスホネート薬剤による顎骨壊死』が重篤副作用と明記されました。
 従来の安全対策は、個々の医薬品に着目し、医薬品ごとに発生した副作用を収集・評価し、添付文書の改訂等により臨床現場に注意を喚起する「警報発信型」や「事後対応型」が中心でした。
 副作用は、原疾患とは異なる臓器で発現することがあり得ることや、重篤な副作用は一般発生頻度が低く、臨床現場において医療関係者が遭遇する機会が少ないものもあることなどから 、場合によっては副作用の発見が遅れ重篤化することがありました。
 厚生労働省は従来の安全対策に加え、医薬品の使用により発生する副作用疾患に着目した対策整備を行うとともに、副作用発生機序解明研究等を推進することにより、「予測・予防型」の安全対策への転換を図ることを目的として、平成十七年度から「重篤副作用総合対策事業」をスタートしました。
 その事業の第一段階「早期発見・早期対応の整備」として、重篤度等から判断して必要性が高いと考えられる副作用について、患者及び臨床現場の医師、薬剤師等が活用する治療法、判別法等を包括的にまとめたものがこのマニュアルです。
 マニュアルは患者向けと医療関係者向けに分かれています。患者向けには患者や患者の家族に知っておいてほしい副作用の概要、初期症状、早期発見・早期対応のポイントがわかりやすい言葉で記載されています。
 医療関係者向けには、早期発見と早期対応のポイント、副作用の概要、副作用の鑑別基準、鑑別が必要な疾患と鑑別方法、治療法、典型的症例、引用文献・参考資料と要点を押さえて記載されています。

  増え続ける内服薬
 ビスホスホネート(BP)系薬剤には、注射薬と内服薬があります。注射薬は主に悪性腫瘍の骨転移や悪性腫瘍による高カルシウム血症、内服薬は骨粗鬆症に対する治療に用いられています。
 注射薬に比べて骨粗鬆症で服用される内服薬は、発現頻度は低いようですが、同様の難治性の顎骨壊死を起こしますから決して安心は出来ません。
 高齢の女性を中心に骨粗鬆症患者は約1000万人と推定され、100万人以上がビスホスホネート系薬剤を服用しているようです。服用者数が爆発的な増加傾向にありますので、早急に対策をとる必要があるでしょう。

 BP系薬剤投与前の予防
○本病態に対して、十分なエビデンスが得られている治療法はなく、経験に基づいた治療がなされているのが現状。
○治癒は極めて困難である。
○一度発症すると完全に治癒するのは困難。従って、日頃の予防が極めて大切。
○ビスホスホネート系薬剤の投与前には、歯科医による綿密な口腔内の診査を行い、保存不可能な歯の抜歯を含め、侵襲的な歯科治療は全て終わらせておく。また、投与前、投与中、投与後の継続的な口腔ケアが重要である。
…厚生労働省から出た対応マニュアルにはさまざまなフレーズが踊ります。
 今後、骨粗鬆症で医師がBP系薬剤を処方する場合、必要に応じて歯科医・歯科口腔外科医と連携をとり、歯科処置の要不要を確認するとともに、患者には口腔内を清潔に保つように指導することが大切になってくると思われます。
    *
 骨も守る、顎も守る。そして副作用も少なくする。患者さんのことを第一に考えていく…それが医療人としての正しい道。これまでも医科・歯科一体で行動してきた保険医協会が、率先して問題を解決していければと考えます。(理事・大国 仁)

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 【探針】2009年8月

 昨秋の米国の金融危機以降世界同時不況が起こるなど、時代が大きく変わろうとしている。情報化、消費化社会の王者とされたGMの破綻は、一つの時代の終わりを示す象徴的な出来事であった。レーガン、サッチャー以来30年続いた新自由主義経済の終焉である。
 米国はオバマ大統領がグリーンニューディールを掲げ、国家プロジェクトを推進している。日本では不人気の麻生政権が安心・安全の14兆円ばらまき補正予算を実施したが、景気回復には至らなかった。米国の新自由主義に追従した小泉構造改革路線で社会保障費は毎年カットされ、セーフティーネットも分断された。格差社会が到来し、医療崩壊、雇用崩壊、教育崩壊、地方格差、社会不安の増大へと負の連鎖がつながっていく。秋葉原連続殺人事件のような無差別殺傷や親殺し、子殺しなど、凶悪犯罪が連日社会面をにぎわす。一体この国はどうなってしまったのか。
 歯科界もご多分にもれず経営環境がますます悪化し、歯科医のワーキングプアがマスコミに報道されている。将来性のない歯科界は、受験生にも見放され、この春多くの私立歯科大学で定員割れを起こした。国家試験の合格率も70%を切った。優秀な歯科医が育たなければ歯科界の未来はない。低点数の保険診療、ますます少なくなる患者、技工士や衛生士の減少…悪材料を挙げればきりがない。自己努力にも限界がある。
 そんな中、8月に政権選択の衆議院選挙が行われる。その結果が日本の将来、歯科界の将来に希望をもたらすものとなるか、重要な選挙だ。

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【歯鏡】-2009年4月-
  国民皆保険制度という幸せ

 日本国民の皆さん、あなた方は恵まれている。歯が痛ければ、保険証一枚で、全国どこでも自由に歯科医院に掛かれ、低額な負担金で、ほぼすべての治療が受けられる。
 日本の歯科医の皆さん、あなた方も恵まれている。正規の歯科医師免許があれば、申請だけで保険医になる事ができ、全国どこでも開業できる。
 これは日本の常識、世界の非常識。
   *
 ここに、世界の歯科事情と日本の歯科事情を比べた平健人氏の論文がある。
 この論文は、歯科医療制度をAndersonの財源による分類に沿って、
①国営サービス型
②社会保険型
③民間保険型
に分け、各々の例として①イギリス・スウェーデン、②ドイツ、③アメリカの実例を示し、分析している点で優れている。日本の制度は、社会保険型であり、この分類②に入ると思われる。そこで、同制度を採用しているドイツの現状が参考になる。

  ドイツの社会保険 

 ◎高額所得者は加入免除 
日本と異なるのは、皆保険制度ではなく、所得により公的医療保険加入が義務付けられていることだろう。日本円にして年収約五三〇万円以下の被用者は公的医療保険加入の義務があり、それ以上の所得がある者は加入義務を免除され、民間保険だけで良いとされている。このため、国民の約八八%が公的保険に加入し、九%が民間保険となっている。
 
 ◎補綴重視から予防に 
 歯科医療給付に関しては、二〇〇〇年に公的医療保障改革法が施行され、補綴分野に重点が置かれた給付から、予防・初期治療に配分がシフトされた。
 二〇〇五年に作成された新たな歯科診療報酬体系では、五二群の診断群が定められ、補綴治療については、基本的な疾患保険の対象から外され、義歯付加保険との新たな制度に移行した。この制度では、保険給付は五〇%の定額制となり、ユニークなのは、保険給付以外の材料を用いても保険給付分が補助金として支給される点と、予防への動機づけを促進する為に、ボーナス給付として、年一回の歯科診療所での検診を五年間継続すると給付率が二〇%アップ、一〇年継続では三〇%アップされる点である。
 今後の主な改革案として、民間保険との統一により皆保険制度にする事、医師一、二名の小規模診療所を医療供給センターとして集約化する事が上げられている。
 
 ◎歯科医療費比較 
OECDによると、ドイツの総歯科医療費は約二一九億二五〇〇万ドル、日本は一八九億八七〇〇万ドルであり、対DGP比でもドイツ〇・八%に対して〇・六%(二〇〇五年)、DGPが一兆億ドルも多い日本の歯科医療費の少なさが際立つ。
 国民一人当たりの歯科医療費でも、ドイツ二六六ドル、日本一四六ドルと、ドイツが上回っている。
 かように歯科医療に対して日本より手厚いドイツの制度が優れているように思えるが、六五歳以上の無歯顎者の割合は、ドイツ二四・八%に比べ日本は二一・三%であり、その補綴治療に関しては、基本的な給付率も五〇%に抑制されている。
 主な歯科治療費原価の比較でも、二〇〇七年時点で、歯周治療=日本二万七五四〇円、ドイツ一一万二七四六円、前歯根管治療=四六八〇円、三万一九〇〇円、臼歯部クラウン=一万二四五〇円、六万五九〇〇円、ブリッジ=三万七六九〇円、一二万八〇〇〇円~一八万一〇〇〇円と、日本の数倍掛かる。
 では、ドイツの保険歯科医療技術と日本の歯科医療技術に、各医療費ほどの差があるかと言えば、そうは思わない。更に、自己管理という要因だけで済まされない歯の喪失に対して、補綴治療を疾病保険から外す制度は、それを多く必要とする高齢者の生活の質に影響が無いのか、疑問である。
 
 ◎保険医の集約化 
 また、保険医の小規模自由開業を抑制し、医療供給センターに集約する方針だが、これにより、地域に暮らす高齢者や障害者のアクセスがどうなるのか、気になるところだ。

スウェーデンの歯科医療

 次に分類①の国営サービス型として、スウェーデンを見てみよう。
 二〇歳未満の児童・青年は無料の公的歯科診療が提供されるが、満二〇歳以上の成人は、疾病保険により現物給付が行われている。
 成人に関しては一九九九年一月に制度改革が行われ、保険枠内で無料だった歯科医療について、一年間に九〇〇SEK(約九六〇〇円)を上限に自己負担金が設定された。予防・初期治療への保険給付が増え、補綴治療は抑制されている。また、改革以前の歯科診療所総量規制は撤廃され、自由開業制となった。
 歯科医療費の対DGP比では〇・七%、総歯科医療費は約一五億ドル、国民一人当たりでは、二四九ドルであり、DGP比では〇・二ポイト日本より高いが、DGPは約四五二九億ドルと日本の十分の一に過ぎない。
 個々の歯科医療費原価も総じて日本よりも高く設定されていて、補綴に関しては五倍以上と、先に比較したドイツより更に高い。
 高い社会保障で人気のあるスウェーデンであるが、重い税金を負担する成人への歯科医療サービスに、年間一万円未満とはいえ自己負担が課せられる事に対して、国民の不満はないのだろうか。北欧諸国に共通する、高い予防意識にもかかわらず、六五歳以上の無歯顎は一五・七%と二桁であり、補綴治療の給付制限も不可解である。
 
 ◎日本の皆保険制度 
 このように、本論文から諸外国の事情を見てみると、日本の保険歯科医療は、少ない負担で高い質を維持している、正に社会保障制度の優等生である。
    *
 日本の国民よ、この国の歯科保険医療をないがしろにするな。
 日本の歯科保険医よ、やたらに自由診療に走るな。
 憲法九条に勝るとも劣らない歯科皆保険制度を、互いに支えあおう。  (武井謙司)

    
 〈参考〉「日本と世界の歯科医療」―国際比較から見た日本の歯科医療の姿―

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探針】-2009年4月- 

三月下旬から高速道路の割引が始まった。大都市圏以外の地方道路では土日祝日は上限一〇〇〇円と大判ぶるまい。ただしETC車両に限られる。
なぜETC車両のみなのか。ETCセットアップ料やカード発行料等、道路システム高度化推進機構に流れるカネは莫大だ。〇七年度の事業収入は一一五億五五三九万円。ETCがある限りこれが永遠に続くという。
 同じ構造になる可能性があるのがレセプトオンライン化だ。本来なら、オンライン化で審査段階での人件費や通信費、用紙代など削減されるはずだが、おそらく経費削減には寄与しないと思われる。審査側のコスト削減なしに医療費のみ削減し、医療機関、患者側とも全くオンライン化の恩恵を受けないという政府主導型の構造がここにも…。
 定額給付金の支給が開始された。小額だが、臨時収入はうれしい。しかし、その事務コスト、振込み手数料等で何千億円もかかるという。また、税金を払ってない人に支給されるのは「不平等」かと思う。定額減税にすればコストもかからず不平等も解消する。
 最近テレビで歯科関連の報道を目にするようになった。例えば、臼歯部のインレー修復はレジン充填に比べ予後が悪い、やるべきではないという趣旨であった。確かに審美性では劣るかもしれないが、強度やコストなどの面では決して削除すべき治療法ではない。もし、報道の通りなら、保険から臼歯部のインレー修復を削除し、その分レジン修復点数を加算すべきだろう。歯科の情報を報道してくれるのはありがたいが、報道には事実の検証が不可欠だ。(亀山 正)

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【歯鏡】-2009年1月-
   先の見えない時代に

 ◎トップの感覚
 一昨年に始まったアメリカのサブプライムローン問題が金融市場を揺さぶり、その影響で昨年秋のリーマンブラザーズが破綻、これを引き金に金融危機が津波のように世界経済を襲った。
 一方で昨年11月、経営危機に直面するビッグ3の会長たちが、250億ドルの緊急融資を求め議会公聴会出席する際、そろって会社の自家用ジェット機でワシントン入りしたことが非難の的となった。ここまで3社を追い込んだ原因は不景気だけにあるのではなく、浮世離れしたトップの感覚によるところも大きいのではあるまいか。そうはいうものの、ビッグ3がアメリカの産業全体に及ぼす影響は計り知れない。緊急かつ効果的な支援が必要なことも事実だ。
 昨年12月、イラクで演説中の米大統領にイラク人記者の1人から靴が投げつけられた。行儀のよい行為とはお世辞にもいえないが、家族を失ったイラク国民にすれば、また戦死した米兵士の家族にとっても、あれほどの犠牲者を出したことの反省が全く見られない大統領に対し、心の中で靴を投げつけていた人々は少なくなかろう。
 そして今年1月、アメリカではオバマ政権が発足する。実績や経験のあるマケイン氏ではなく、未知数のオバマ氏に将来を託すアメリカ国民の心情は、のっぴきならない現状からの、ともかくの変革願望であり、「賭け」でもあろう。いずれにしても、「強いアメリカ」ではなく「対話」を強調した新大統領の手腕に期待したいところだ。

 ◎未来への保障
 一方日本はどうか。
 国民生活援助の名目で行なわれる政府の二兆円規模の給付金(還付金?)政策も、総選挙をにらんだ「アメ」という意味合いの、付け焼き刃の政策といわれても仕方あるまい。これが、持続的な国民の生活向上や景気対策につながるとはとても思えない。
 そしてそのつけは、近い将来消費税増税という「ムチ」で跳ね返ってくる。こちらのほうがはるかに国民生活へのマイナス効果が大きいはずだ。 
 常識的に考えれば、毎年2200億円削減されている社会保障費に充当するほうが先ではないだろうか。社会保障は、未来への保障でもあるはずだ。
 
 ◎最後の選択
 大企業も世界同時不況と円高の影響をまともに受けた。トヨタで6000人、ソニーは正社員も含め1万6000人の人員削減を予定している。
予測以上の状況変化とはいえ、経営陣の責任が問われるのは当然だ。
 個人であれば、不況に直面してから「なぜか」を考えればいいかもしれない。しかし、多数の被雇用者を抱える企業は、彼らを守る責務がある。被雇用者は、「安心」があってこそ企業に尽力する士気、モチベーションが生まれる。よほどのことがない限り、解雇は最後の選択と考えるべきである。
 しかしバブル崩壊後、企業経営者は経営改善策の第一選択として、被雇用者を解雇するようになった。これでは働く者たちの士気は低下し、ひいては企業にもマイナスになる。また雇用が断たれれば、当然税収も減少、生活に貧窮した人々が増えて社会不安や治安も悪化する。
 雇用不安はワークシェアリングである程度対応できるだろうし、オランダなどでは政府、企業、労働組合が協議して労働力のシフト制まで法制化し、非正規雇用者の生活を守っている。またこんなときこそ、内部留保の有効利用を考えるべきではないだろうか。

 ◎診療室の中で
 我々医療人も、社会の一員として、また医療に携わる者としてこの逆境を深刻にとらえる必要がある。
 生活苦による健康保険からの離脱、つまり国民皆保険制の形骸化とともに、受診抑制による疾病の重症化が懸念されている。
 昨年、「歯科医のワーキングプア」がマスコミで取り上げられた。歯科医院の経営は引き続き厳しい状況にある。これは医科の経営状況と比較しても明らかである。
 ただ、世間が不況の真っ只中にある現在、医療の中で所得弾力性が比較的大きいといわれる歯科医療であっても、保険の強みを改めて実感している人が多いのではないだろうか(このことは、ややもすると浮世離れした感覚に陥る危険性もはらんでいるが)。一方で、歯科の中でもこれまで経営的に潤沢と思われていた自費主体の診療形態は、不景気のあおりをまともに受ける可能性が大きい。
 いずれにしても、歯科医療が国民生活の中で重要な地位を築いているかが問われる時代である。歯科医療の受診や口腔の健康維持は決して贅沢ではなく、心身の健康維持のための不可欠な要因であることが認知されなければならない。
 先の見えない暗い時代だからこそ、目の前の患者に信頼される、安心できる歯科医療を提供したい。そのためにも人間を磨き、技術を磨きたいものである。(清水信雄)
■群馬保険医新聞2009年1月号
 

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探針】-2009年1月-

 「解雇された派遣労働者がホームレスに転落」…こんなニュースが毎日のように続いている。寒さがなんとも身に凍みる年明けとなった。
 世界大不況による混乱が収束するには数年かかると言われている。日本はグローバル資本主義の波にもまれ、伝統的なよき部分が変質した。かつて日本人の間に存在していた相互信頼は失われ、格差拡大は無視できないところまできている。一億総中流と言われた「平等社会」は崩れ、先進諸国の中ではアメリカに次いで世界第二位の貧困大国ニッポン。
 この経済不況の中で一番弱い派遣労働者斬りが断行されている。この不況を脱出するには、格差社会を軌道修正する政策がぜひとも必要だ。それに気づかなければ日本に未来はない。
 新自由主義経済のもと、昨年は医療崩壊が大きな社会問題として世間の耳目を集めた。救急医療、周産期医療、小児医療のお寒い現状が次々と明らかにされた結果、やっと政府も重い腰をあげた。医師養成の増員が決められ、年二二〇〇億円の削減計画も事実上崩壊した。小泉改革の「骨太の方針」そのものが見直されようとしている。社会保障国民会議が「社会保障の機能強化」を前面に出し、「小さな政府」からの転換、「中負担中福祉」を目指すという。
 とはいえ、医療の建て直しには時間がかる。それに伴う長期的な財源も必要だ。歯科医療も診療報酬の改善、歯科医師需給問題、レセプトオンライン請求の完全義務化等々、問題山積の新しい年がやってきた。(深井 尚武)

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 【歯鏡】-2008年10月-

     ニーズ高まる歯科訪問診療

群馬県保険医協会は医科歯科一体の会である。ある時理事会で「往診」が話題になった。私は在宅歯科医療に携わっているが、医科では往診と訪問診療が区別されていることをその時初めて知った。
往診は、患者の求めに応じて患家に出向き診察することであり、訪問診療は往診の結果、継続的・計画的な診療が必要な場合を指す。歯科では点数表のどこを見ても往診算定点数が表示されていない。

今春の点数改定

平成二十年四月、歯科の在宅医療に変化が見られた。往診という文言はなかったが、主だった事柄を列記してみる。

歯科訪問診療1(八三〇点)、歯科訪問診療2(三八〇点)を算定する場合、初再診料(初診一八二点、再診四〇点)と合わせての算定ができなくなった。しかし、切削器具を使わなくても常時携行していれば在宅患者等急性歯科疾患対応加算(一回目二三二点、二回目以降九〇点)を歯科訪問診療と併せて、算定することが可能となった。この加算点数は、初再診料に周辺装置加算の電気エンジンなど(五〇点)を合わせた設定になる。
  ○
歯科訪問診療算定における患者への文書情報提供が不要になり、算定において縛りが緩和された。しかし患者や施設関係者は、それまで毎回提供されていた文書がなくなったことを不信に思っているかもしれない。
  ○
老人訪問口腔指導管理料(四三〇点)は削除され、後期高齢者医療制度に基づき、
後期高齢者在宅療養口腔機能管理料(一八〇点)が新設された。
この算定は施設基準として在宅療養支援歯科診療所の届出を行った医療機関に限られる。届出には歯科訪問診療の実績が問われ、また後期高齢者の口腔機能管理に係る研修受講を義務づけ、受講終了証が必要である。
群馬県保険医協会主催研修会は九月十一日と、十月二日に開催した。
歯科衛生士の勤務状況、歯科訪問診療に対応できる体制があるかどうか、また在宅療養を担っている保険医療機関・保健医療サービスおよび福祉サービス担当者との連携も必要だ。さらに、後方支援歯科診療所との連携も築かなければならない。 
敷居が高い!

在宅関連の算定には、在宅患者連携指導料(九〇〇点)、在宅患者緊急時等カンファレンス料(二〇〇点)などがあるが、解説を読んでも現場でのシチュエーションが見えてこない。

  医科との大きな差

医科における往診と訪問診療について調べてみた。医科では、往診が一回ごとに算定でき(六五〇点)、その結果、計画的な訪問診療が必要になった場合は、在宅患者訪問診療料が月一回八三〇点、月二回以上の定期的な訪問診療を行なえば月一回に限り在宅時医学総合管理料(在医総管)も算定できる。
在医総管は施設基準に適合した在宅療養支援診療所の届出があるかないかで点数が変わり、在宅療養支援診療所なら四二〇〇点、そうでない場合は二二〇〇点になる。
歯科の在宅診療料とは桁違いである。

 講習会参加者の声

今年九月に開いた在宅療養支援歯科診療所対応の研修会では参加者にアンケートをお願いし、つぎのような回答を得た。

〈受講しても届出はしない〉
まず歯科外来診療環境体制加算の届出では、所定の講習を受けていても、「届出をしている」歯科医院は二六・三%と少なく、在宅療養支援歯科診療所の施設基準講習会を受けても「届出しない」と六三・〇%が答えていることに注目したい。これはいったい何を意味しているのだろう。
社会保険庁の組織改革にともない群馬社会保険事務局業務が厚生労働省関東信越厚生局へ移管され、業務強化が危惧されている。したがって、施設基準の届出が受理された後、基準にみたない等の難癖をつけられて、自主変換を求められる恐れが濃厚なことが、届出抑制に拍車をかけていると思われる。
〈ボランティア精神?〉
また、歯科訪問診療を「診療時間内に行うか、休日に行うか」という質問には、四二・九%が休日に行うと回答。しかも、歯科訪問診療を行っても歯科訪問診療料を「算定しない場合がある」と四七・六%が答えている。
医科では、一般診療をしながら休日に訪問診療の計画などは立てないようであるが、診療対価の設定点数が低い歯科では、ある意味で、利益追求なしのボランティアと位置づけているように推測される。
訪問診療は「寝たきりに準じる」が対象だが、月に一度薬をもらいに診療所や病院を受診した記録があれば、歯科訪問診療は成り立たない。これでレセプトを返戻された経験もある。

 ある休日の往診

在宅医療に関しては特に医科と歯科の違い、評価の低さや矛盾を強く感じている。休日、この原稿を書いている最中に在宅医療の依頼が二件入った。
一件は、主訴は下顎前歯Brの破折脱離である。脳梗塞の既往があり左半身麻痺、車椅子対応の寝たきりに準ずる状態。一般診療であれば根管治療や抜歯や義歯作成となるが訪問では治療に限りがある。しかも歯科治療に対する恐怖心が強く、ミラーでの口腔内診査もままならなかった。
もう一件は、義歯が合わないという主訴。医療保険の負担金は免除されており、はじめから費用がかかるなら見合わせたいとの電話で、車代も徴収できなかった。
現在は、歯牙の欠損や嚥下状態によって、胃瘻も含めさまざまな食形態を供給できるようになった。認知症まで発症してくると、治療や介護はより複雑になる。患者のニーズと状態、家族や看護・介護の環境等を考慮した計画立案が必要である。しかし治療ができないという経過観察も治療の一部である。
歯科では、歯科医師が患家や施設に直接出向くことで、家族や看護・介護者が現状を認識し、安心感を持てることが重要だと感じている。

 医科なみの診療報酬を

高齢化社会を迎え、在宅診療を望む患者は多くなっている。しかし対応する歯科医療機関は多くはない。老後の福祉を支える上で、歯科の在宅医療にも「往診」を設け、診療報酬も医科なみに設定するなど、敷居を低くすることが重要だろう。(小山 敦)

■群馬保険医新聞 10月号

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【探針】-2008年10月-

 自民党総裁選は実質的に首相を決める選挙である。その総裁選をマスコミが取り上げるのは当然だが、ほとんど出来レースの様相を示していた今回の総裁選をあれほどまでに騒ぎたてる必要があったのだろうか。
 一政党である自民党の総裁選挙はいわば学級委員を決めるクラス投票のようなものだ。来たる衆議院選に向けて、支持率、知名度アップの手段として総裁選が使われている。それに乗ったマスコミの番組構成は国民をバカにしているようにさえ思える。その間、国会の審議は停滞し、困っている国民は国の政策待ちの状態になる。解散でも何でもいいから、早く国のために働いてほしい。
 安い、早い、美味い! どこかの飲食チェーン店で聞いたことのあるフレーズである。
時代の流れが、どんどん安ければいい、早ければいいという風潮になり、企業はそのための努力を惜しまない。事故米流通事件において末端の零細企業はコストダウン至上主義で健康のことなど考えない一線を越えてしまった。今のところ健康被害はないとの報告であるが、あくまで今のところである。
 安い、早い、上手い! という無理難題を押し付けられ、容赦ないコストダウンを強いられているのは医療福祉業界も同じである。事故米とは知らずに安い米を購入してしまったところもあるだろう。しかし、安いものには訳があり、高いものには理由がある。コストダウンするということは自分の労働対価や価値さえも巡りめぐっては下げていることに気がつかなければならない。(亀山 正)

■群馬保険医新聞 10月号

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【歯鏡】-2008年8月-

      支払基金に明細を求める

平成十八年診療報酬改定において各医療機関に詳細がわかる領収書の発行が義務づけられた。これは中医協における発言、「国民は医療の内容を知る権利があり、それによって医療の適正化、効率化を促す」がもとになっていると記憶している。
ならば医療機関が毎月提出するレセプトがきちんと処理されているかどうかを知ることも、医療費の効率化に必要なことではないだろうか。
しかしながら、毎月医療機関の口座に振り込まれる社保、国保の診療報酬の確認は支払額の合計金額のみであり、明細書が無い。これが現段階では通常の処理とのことである。
返戻や過誤調整があると、医療機関で請求した額から差異が生じる。それが正しく支払われているかどうかは、医療機関側から確認しようがない。
    *
 医療費の効率化を掲げている社会保険庁は、診療報酬の振込みに対し、是非支払基金に「詳細のわかる振込通知書」の送付を義務づけるべきである。医療機関が望むと望まないとに関わらず、全医療機関へ明細書を発行すべきである。
レセプトオンライン化を考慮すれば、たいした労力も必要とせずに可能なことであろう。オンライン化による医療費効率化を図るという方針にも沿っている。(蛇足ではあるが、保険医協会はレセプトオンライン化の「義務化」に反対の立場を取っている。)
    *
中医協(平成十九年発月八日)において、委員である勝村氏はこう言っている。
「…前回改定の方針には、医療費の個別単価などの詳細な内容がわかる明細書を発行すべきだと書いてあったわけです。つまり、それが実現しないと、国民はこの中医協の場で決めている診療報酬点数が、どういう価値観でつけられたのかや、医療を受けるたびにそれぞれの点数を実感として認識することができません。それをせずにして、国民の視点で診療報酬の議論をしていこうと言ったり、公聴会をしよう、パブコメをしようと言っても、もう一つ、結局、専門家の人たちばかりの公聴会とかパブコメになってしまうではないかと、明細書の発行をずっとお願いしてきたわけですが、前回改定前にこの社会保障審議会の中で『基本方針』とされていながらも、やはりまだ実現していなかった点というのは、今回のたたき台にはやはりきちんと入れてほしいという意味で、やり残していることから先にやるような視点なども、今後の議論のたたき台の中にぜひ入れていただきたいと思います」
これをそのまま支払い基金と医療機関に置き換えると、
「診療報酬振込みの個別単価などの詳細な内容がわかる明細書を発行すべきだと主張します。つまり、それが実現しないと、診療機関はこの支払基金の場で支払いを決めている診療報酬金額が、どういう価値観でつけられたのかや、支払いを受けるたびにそれぞれの報酬を実感として認識することができません。それをせずにして―中略―いただきたいと思います」となる。
    *
昨今の杜撰な年金の管理や税金の無駄遣いを目の当たりにすると、支払基金の振込金額にも疑問を抱くことはごく当然で、宙に浮いたレセプトやレセプト不明問題などがあっても不思議ではない。 
医療機関に明細のわかる領収書発行を義務化したのだから、当然支払基金からの診療報酬振込金額も患者、処置内容、振込金額のわかる明細書発行を義務化すべきである。この論拠には何か矛盾があるだろうか。(亀山 正)

■群馬保険医新聞 8月号

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【探針】-2008年8月-

 一九九〇年代初頭、日本は一人あたりGDPで世界第二位だった。経済が成長しても所得格差は縮小し、円高でも輸出は伸び、都市化が進んでも犯罪率は低かった。長寿社会なのに医療費は低く、軍備が弱いにもかかわらず国は平和だった。
 ところが現在はどうか。今年は食品偽装に始まり、食の安全性、食料品の値上げ、食糧自給率三八パーセント、食の崩壊、ワーキングプア、派遣労働、非正規雇用が正規雇用の三分の一、サブプライムローンに始まるアメリカ経済の低迷、金融資金主義の迷走、ガソリンの値上げ、産業の米である石油価格の高騰は産業のあらゆる分野に悪影響を及ぼし、漁業、運輸、電気の値上げによるインフレが進行し、家計を直撃している。
 安全の崩壊、通り魔事件の頻発…ついには女性の通り魔も現れる始末だ。社会保障の崩壊…年金崩壊、医療崩壊、歯科医療の崩壊。歯科大学の国家試験の合格率が五〇パーセントを下回る大学も出てきた。受験者が定員に満たない歯科大学も数校出てきた。若い人にも見放されつつある歯科業界。これも政治の貧困、官僚の無策なのだろうか。

■群馬保険医新聞 8月号

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 【探針】-2008年4月-

 75歳以上の総ての国民が4月1日から後期高齢者医療制度に移行させられた。保険料は年金から天引きされ、いままで負担がなかった扶養高齢者にも保険料の支払い義務が課せられた。支払いが滞れば保険証は取り上げられる。
 何十年も社会のために働き、税金や保険料を払ってきたのに、国から還元されるどころか更なる負担を強いられる。自ら病気の後遺症で苦しむ免疫学者の多田富雄氏は、某紙で老人の生存権を無視した姨捨政策と批判したが、正鵠を射ている。
 後期高齢者だけの問題ではない。総ての組合に、0歳~74歳の被保険者一人ひとりに、高齢者支援金分が割り当てられることになる。0歳児からの負担、ということは、子供が増えれば増えるほど負担が増すということになる。これでは少子化対策どころか、少子化推進施策だ。ちなみに、歯科医師国保組合では1人月額2,300円、家族4人では、9,200円が毎月保険料に上乗せされる。
 法学者渡辺洋三氏は、国家が国民のために存在するものである以上、国1人ひとりの生きる権利を保障する義務は、国の他のいかなる義務にもまさる、としている。今まさに、この崇高な義務がないがしろにされようとしているのに、国会は機能停止状態で、何の役にも立たない。政治家は党利党略に、官僚は天下りで如何に税金を掠めるかに汲汲とし、国民は忘れ去られる。
 どうもこの国は国民の為に存在している訳ではないようだ。姨捨山に捨てられる前に、こんな政策は我々の手で葬り去ろう。

■群馬保険医新聞2008年4月号

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【歯鏡】-2008年1月-

  どうなるのか日本の歯科医療

 ●医は仁術
 国は国民の健康について真剣に考えているのだろうか…私たち医療に携わる者は、このところ診療中にしばしばこのような疑念を抱かざるをえない。
 患者を目の前にし、歯科医として(いや、専門的知識をもったひとりの人間として、と言った方が妥当かもしれない)、こうしたいと思うことがしにくい環境になっているのである。持ち出し覚悟で診療している場合も多い。
 「包括制」の名の下に、手間ひまかかる処置が、現場の歯科医の知らないうちに「再診料や所定の点数に含まれる」という表現で「まるめ」られてしまう。 
 あらかじめ通達があればまだいいほうで、解釈に問題が起こってから、既成事実のように「…となっている」といった表現で通達が下りることさえある。こんな曖昧な療担規則の刹那的解釈が、人間の身体にそのまま関わる診療内容を左右するということは、医療に対する冒とくではないだろうか。
 「医は仁術」とは、為政者にはまことに都合のいい言葉である。思いやりの心がなければ、信頼関係の上に成り立つ医療は行なえない? そんなこと、みんなが知っている。 
 倫理観などと言うものは、国が押しつける筋合いのものではない。また倫理観に大きく依存する制度は、制度として不安定であるとともに、皮肉にもその倫理観を自壊する危険性をも含んでいる。昨年の歯科医療関連の不祥事や保険医の自殺問題が、残念ながらこのことを如実に表している。
 
 ●国民不在
 国は仁術の「押しつけ」を医療費削減の道具に使い、とくに歯科では奏功している。  
 38点の再診料に築造の根幹ともいえるポストの印象まで含まれている事実を、たとえば米国の歯科医が知ったらどう思うであろう。おそらく、それが医療現場で遵守されているということにこそ驚くのではあるまいか。
 医療経済という分野があるように、医療が財政面と無関係に存在することはもちろんありえない。しかし、医療支出が少なくともどのくらい必要かは、利用者である国民の立場からきちんと検討されなくてはならないはずである。でないと、私たちが危惧しているように、経済界の事情で国民の健康が左右され、文字通り国民不在の医療がまかり通ってしまうことになるからである。   
 
 ●イギリスでは
 政府は「ない袖は振れない」というであろう。しかし、本当にないのだろうか。道路特定財源、防衛省予算、そして存在意義のない特殊法人が官僚の天下り先としていまだに「聖域化」されている。
 日本の医療費対GDP比は八%で、OECD30国のなかでは22位(05年)。イギリスはこの時点で19位になり日本を追い抜いていた。医療費の公的支出割合は日本81.7%、イギリス87.1%。ちなみに、政府が「手本」とするアメリカは、GDP比15.3%と突出しているが、公的支出割合は45.1%。平均寿命も低く、高度医療では世界をリードするものの平均的な国民のニーズには応えていない。
 サッチャー政権時代に医療費削減を進めたイギリスでは医療破壊が深刻化、ブレア政権下で1.5倍の医療費の増額が決行されたが、実質的な回復には未だ至っていない。いまもなお、診療報酬が制限されたNHSから脱退する歯科医があとを絶たないという。ひとたび崩壊した医療は、その回復に膨大な時間と経費がかかることをイギリスの事実が示している。
  
 ●診療報酬改定
 昨年末、政府は診療報酬の0.38%引き上げを決定した。八年ぶりの増額改定であるとしているが、薬害肝炎訴訟の解決手法と同様、次期衆院選をにらんだアピールとの見方が強い。国民の健康が選挙の道具になっているとすれば、命もずいぶん軽くなったものである。
 国民には医療費増額と印象づけながら、薬価の引き下げを加味した全体の改定率はマイナス0.82%、実質的には02年度からの4回連続のマイナス改定である。医療従事者側には逆説的な医療費「聖域論」、つまり医療費は増やせないという諦観さえ生まれてきた。
 
 ●消費税
 医療費を下げるか、増税か…これはいつも国が使う常套句である。ところが昨年12月、朝日新聞は社説で、「消費増税なしに安心は買えぬ」と、社会保障充実のために消費税増税は不可避と論じた。
 消費税が導入されるときも、福祉目的税と使途が明記されていたが、いつのまにか公約は闇に消えた。その点、イギリスの1.5倍の医療費増額という勇断は注目に値する。  
 財界からは、景気回復がまだ不十分だから医療費を抑制し、国際競争力をつけなければならないとの声が聞かれる。健康不安がある国民が、はたして十分にその力を発揮し、景気を上げることができるだろうか。
 日本では、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と規定する日本国憲法第25条第1項が生存権の根拠となっている。一生懸命生きて働いてという基盤に、何かあったら安心して医療を受けることができるという保障は不可欠である。
 
 ●医療崩壊
 今、医療崩壊が危惧されている。なかでも過重労働と、医療訴訟等の多い小児救急体制、産科医療が社会問題になっている。しかし、歯科ではこれとは質の異なる医療崩壊が深刻化している。この状況は20年以上も前に野村総研が予測していた。政府の無計画な医療政策が現在の歯科の問題をもたらしたことは明らかである。
 06年度国民医療費において、歯科医療費は前年度に比べ700億円減少した。しかし、「総医療費の7.7%しか占めていない歯科が、なぜ総額1200億円の六割に当たる減額を被ったのか」(石井みどり議員の参議院厚生労働委員会での質問から)という質問に厚労省はいまだ納得のいく説明をしていない。
 朝三暮四の改定はもううんざりだ。10年後、20年後のビジョンをふまえた、国民が信頼できる改定を望む。今この国、そして政府に最も必要なのは、「信じられること」ではないだろうか。(清水信雄)

■群馬保険医新聞 2008年1月号

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 【探針】-2008年1月-

 わが国の医療は崩壊し衰退の兆しを見せ始めている。これは急速な高齢社会の進行にかかわらず、政府が国家財政赤字のもと財政優先の政策を断行し、医療費の削減を続けてきたことに起因している。
 過去三回連続して診療報酬はマイナス改定。歯科では累計マイナス九パーセントになった。その結果、全国の歯科医院は疲弊し、平均年収600万円、年収200万円以下の歯科医が5分の1いるとの報道もある。人的にも機能的にも極限状態で地域医療提供が強いられている。
 先の参議院選挙の自民党大敗は、グローバル経済の小泉改革に対する地方の反乱だった。衆参ねじれ国会で地方の意見を取り入れざるを得ない状況下で、平成20年度の歯科診療報酬改定はマイナスではなくプラス0.42%。一応は評価できるものの、中医協の点数切り貼りで実質マイナス改定になるとの恐れはぬぐえない。いずれにせよコンマ以下のプラス改定で、歯科医療が改善されるとは思えない。
 わが国の経済はここ数年回復しつつあるのに、その恩恵は地方に回らず、なぜ政府は国民にさらなる負担を強いる政策をすすめるのだろうか。国民が安心して医療を受けられる、安全、充実した医療提供体制の確保を求めたい。財源を確保し、地域医療、歯科医療の崩壊をくい止めなければならない。

■群馬保険医新聞 2008年1月号