【診察室】総合診療医とは

【2014. 8月 15日】

総合診療医とは

前橋協立診療所 高柳亮 

 ●多死時代到来
 

 国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」によると、2015年には「ベビーブーム世代」が前期高齢者(65~74 歳)に到達し、その10年後(2025年)には高齢者人口は約3500万人に達すると推計されています。必然的に年間死亡者数は急増し、2015年には約140万人(うち65歳以上約120万人)、2025年には約160万人(うち65歳以上約140万人)に達すると見込まれています。

 ●高齢者医療
 

 高齢者は多くの疾患を抱えていることが多く、以下に示す様な事例は珍しくありません。

 COPD、心房細動、糖尿病、高血圧、脂質異常、糖尿病性腎症、坐骨神経痛、糖尿病性網膜症、白内障のため総合病院に通院していた73歳男性。過去ヘビースモーカー。3か月前に脳梗塞のため右不全麻痺と構音障害が出現した。脳神経外科で急性期治療、回復期病棟でリハビリテーションを行い、食事、更衣、排泄はほぼ自立となったが、入浴や家事は見守りを要する状態となった。入院中は抑うつ、頻尿に対して内服薬が追加された。長期作用性抗コリン薬、長期作用性β刺激薬とステロイドを吸入し在宅酸素療法中、インスリン自己注射、血糖自己測定を行い、ワーファリン、ACE阻害薬、Caブロッカー、スタチン、NSAIDS、漢方薬、ベンゾジアゼピン、SSRI、αブロッカーを内服中。退院後に備えて介護申請を行い、要介護1と認定された。退院を機に転居し、娘さんと同居を開始。「眼科以外の診療全般を主治医として担当してほしい」との診療情報提供書を携えて娘さんと来院した。本人からは、「娘に迷惑ばかりかけて、こんなことなら早く死んでしまいたい」との訴えあり。娘さんからは、「退院後、転倒を繰り返しており、認知症の症状も目立ってきた」と涙ながらに相談を受けた。

 ●「かかりつけ医」の奮闘
 

 この事例の方が専門医にかかるとしたら、いったいいくつの科に通わねばならないでしょうか。呼吸器内科、循環器内科、代謝内科、腎臓内科、整形外科、眼科、精神科、泌尿器科、リハビリ科……。月に1回としても3日に1回は医者通いとなり、現実的ではありません。主治医が様々な病気の管理を引き受けて、優先順位を考えて治療を行うことが求められます。ポリファーマシ―への介入(薬の整理)も必要となるでしょう。多職種と連携して、介護やリハビリテーションをいかに行っていくか考えるのも主治医の役目です。さらにこの方の場合、脳梗塞再発や虚血性心疾患、COPD急性増悪などで、急に病状が悪化する可能性も高く、急性期の対応に精通しておくことはもちろん、延命治療や胃瘻など、人工栄養をどうするのかを予め相談しておくこと(アドバンスケアプランニング)も重要となります。そのためにはこの方の価値観や歩んできた人生、ご家族との関係性など多くのことを把握しておかねばなりません。
 今まで、このような医療活動を地域で支えてきたのが、「かかりつけ医」の先生方でした。自身の専門分野以外についても生涯学習を積み重ね、国民のニーズに応えてきました。「総合診療医」を目指す若手医師が、「かかりつけ医」の先生方の姿勢から学ぶべきことは少なくありません。しかし、超高齢化・多死時代に立ち向かっていくためには、地域のみならず、病棟、救急、在宅など様々なフィールドにおいて、幅広い知識と問題解決能力を持った医師を体系的に育て、増やしていくことが必要となってきています。

 ●専門医のあり方検討会

 厚生労働省が平成23年度に設置した「専門医の在り方に関する検討会」において、専門医制度改革についての議論が重ねられ、本年4月に最終的な報告書が発表されました。その大きな柱の一つとして、総合診療専門医が位置づけられることが明記されました。報告書では、総合診療専門医の専門性について、「領域別専門医が『深さ』が特徴であるのに対し、『扱う問題の広さと多様性』が特徴」としています。総合診療専門医の役割としては、「日常的に頻度が高く、幅広い領域の疾病と傷害等について、わが国の医療提供体制の中で、適切な初期対応と必要に応じた継続医療を全人的に提供する」ことが求められており、また、「地域によって異なるニーズに的確に対応できる『地域を診る医師』としての視点も重要であり、他の領域別専門医や他職種と連携して、多様な医療サービスを包括的かつ柔軟に提供することが期待される」と記載されています。
 総合診療専門医の専門性については、表現が抽象的でイメージしにくい、他の専門医との違いがわかりにくいとの声が聞かれます。昨年、日本プライマリ・ケア連合学会が提示した「総合診療専門医が備えるべき臨床能力の例示」を以下に示します。
 それぞれの診療場面自体の難易度は、当該診療科にとってそれほど高いわけではないのですが、例示したすべての場面に対応できる能力を修得するには、やはり体系的なトレーニングが必要と思われます。

総合診療専門医が備えるべき臨床能力の例示
(1人の専門医が、以下のすべての項目を実践できること)

◇外来で
・健診で初めて高血圧を指摘された患者について、疾患の説明、二次性高血圧の除外、食事運動指導、自宅血圧管理指導、禁煙指導ができる。
・不眠と頭痛で受診した患者について、うつ病を的確に診断し、自殺念慮を確認して精神科に適切にコンサルトできる。
・動悸、全身倦怠で受診した患者について、適切な鑑別診断を行ってバセドウ病と診断し、抗甲状腺薬による治療を開始できる。
・女性の月経前症候群や更年期障害の診断と治療を行い、必要に応じて専門科にコンサルテーションできる。
・小児の予防接種について、母親に正確に説明し、適切に実施できる。
◇救急当直で
・気管支喘息中発作で受診した小児患者にガイドラインに準拠した治療を行って、翌日の小児科外来受診を指示できる。
・テニスのプレー中に転倒して足首痛を訴える患者について、適切な初期評価・治療、および必要に応じて固定まで行い、整形外科受診を指示できる。
・胸背部痛で受診した患者について、大動脈解離と診断して循環器外科医に適切にコンサルトできる。
・鼻出血で受診した患者について、止血処置を含めた適切な初期対応ができる。
・食欲不振、ADL低下で受診した高齢患者について、肺炎と診断して入院の判断ができる。
◇病棟で
・脳梗塞後遺症、認知症、糖尿病があり、誤嚥性肺炎で入院した高齢患者の全体のマネジメントができる。
・様々な症状緩和や倫理面の配慮を含めた癌・非癌患者の緩和医療ができる。
・熱中症で入院した独居老人について、脱水の補正を行い、 全身状態の改善を図るとともに、退院後のケアプランの調整ができる。
・不明熱で入院した患者について全身精査を行い、悪性リンパ腫を疑って血液内科専門医にコンサルトできる。
・外科の依頼を受けて、糖尿病患者の周術期の血糖コントロールができる。
◇地域で
・寝たきりで褥瘡を作った患者の訪問診療を行い、褥瘡の治療を行うとともに、ケアマネージャーや介護職と相談して、ケアプランを見直すことができる。
・COPD で在宅酸素療法を受けている患者の医学的管理を行うとともに、訪問看護師、理学療法士と協力して、ADLの維持に努めることができる。
・学校医として、小学生の健康管理と学校への適切な助言ができる。
・地域住民を対象として、禁煙教室を開催できる。
・地方自治体の担当者と協力して、子宮頚癌ワクチンの導入に関する協議に参画できる。

 ●おわりに

 「総合診療医」は、「かかりつけ医」の先生方の背中を見てリスペクトしながら、日々精進していくことが求められます。そして「かかりつけ医」の先生方とタッグを組んで、高齢化が進む日本の医療を担っていかねばなりません。高度に専門分化した医療を、国民ひとりひとりに、真に役立つ形でお届けしていくために。

■群馬保険医新聞2014年8月号