子どもの甲状腺癌とエコー検診について
高崎中央病院 鈴木 隆
■はじめに
福島第一原発の事故は、避難を続けている原発周辺の住民、低線量だが自然放射線よりははるかに高い放射線量汚染地域にとどまって暮らしている人たち、また福島県外でも放射線被ばくによる子どもへの影響を心配するたくさんの家族に、大きな不安と生活の負担、困難をもたらしています。私は放射線医学の専門家ではありませんがこの問題に関心を持ち、それなりに学習し、またわずかですが子どもの調査や検診にも関わってきたので、知っている範囲で書かせてもらいました。
■癌の発生は?
今回の原発事故での地域住民への健康障害で問題になるのは、将来の癌発生率が高まるかどうかでしょう。よく知られているのは、被ばく線量100mSv以上では線量に比例して癌の発生率が高まるという話です。しかし、これは100mSv以下については現在の統計学的方法では他の要因と区別できないということで、これ以下なら大丈夫というわけではありません。また、外部被ばくと内部被ばくでは体への影響が異なるということもあります。最近の論文では、原発労働者や医療被曝の調査から10mSvでも癌の発生率が上がるという報告もあります(「国際原子力ムラその形成の歴史と実態」日本科学者会議編・2014)。少ない線量でも可能性はあると考えるのが妥当だと思います。
■チェルノブイリ原発事故による健康障害
1986年のチェルノブイリ原発事故による住民の健康障害はベラルーシ、ウクライナ、ロシアなどの医師・学者を中心に多数の多彩な疾患の発生・増加の報告があります。(詳細は「チェルノブイリ被害の全貌」岩波書店・2013、「ウクライナ政府報告書」「バンダジェフスキーの論文」合同出版・2011など)。これらの報告を見ると、WHOの公式見解(急性放射線障害134人《2006》、甲状腺癌6000人《2011》)とまったく違うので驚きます。日本の政府などは当然ですが、WHOの見解を前提に動いています。
■甲状腺癌
チェルノブイリ原発事故による健康被害をなるべく認めないようにしてきた人たちも、子どもたちの甲状腺癌の増加は認めざるをえませんでした。図1は、ベラルーシの子どもの甲状腺癌発生率です。4年後から上がり、20年以上経っても発生が続いています。患者数はいろいろな報告が出ていますが、ベラルーシ保健省からは事故当時0~18歳で8161人という数字が出されています。ロシア、ウクライナからもそれぞれ2~3000人台の報告があります。図2は、チェルノブイリと福島の甲状腺への被ばく量の比較です。先日のNHKの番組では、福島での甲状腺への被ばくは最大で30mSv台という推測がされていました。だからといって大丈夫とはとうてい言えないので、やはり今後検査を続けることは必要です。
■福島県民健康調査
福島県では放射線被ばくの影響を調べていくため、県民健康調査を行っています。子どもの甲状腺エコー検診はその一つです。事故当時18歳以下(胎内にいた子も加えた)の全員にエコー検診を行うもので、2011年度~13年度で1回目の先行検査が終わったところです。14年度から本格検査が始まり20歳までは2年ごと、それ以降は5年ごとに行うとされています。今結果がまとまってきている先行検査は、放射線の影響が考えにくい時期に行う現状確認のための検査と位置づけられています。
甲状腺エコー検査の所見は、結節と嚢胞について大きさ、数を測って評価します。A判定は次回検査を受けるもので、A1:所見なし、A2:5.0mm以下の結節、20.0mm以下の嚢胞、B判定は二次検査を要するもので、5.1mm以上の結節、20.1mm以上の嚢胞、C判定は直ちに二次検査を受けるものと分類しています。
ほぼ県内ひととおり終わったところでの結果は、約26万9千人(対象者の80%)の中で、A1:13.5万人(53%)、A2:11.8万人(46.3%)、B:1795人(0.7%)、内訳は5.1mm以上の結節1778人、20.1mm以上の嚢胞11人でした。C:1(0.0%)です。私の病院でも福島から避難している子や地域の市民団体の検診希望者の子どもたち年間20~30件に甲状腺エコーを行っていますが、約半数に2~3mmの嚢胞が見られます。そのうちの半分くらいがコロイド嚢胞です=図3。福島の検診で話題になっているのは、二次検診のうち369人に細胞診が行われ75人が悪性の疑いとなり、手術の結果34人に甲状腺癌が見つかったことです。この数字をみると、もうそんなことになっているのかと驚く人もあると思います。
県のホームページに年齢や事故時の居住地(市町村)が出ています。それを見る限り、原発に近い町で癌が多いようには見えません。癌の子どもは町や村で0~2人、市で2~21人です。福島市は12人、郡山市が一番多く21人ですが、人口あたりでは0.03%で特に多くありません。このように一つの県の30万人もの子どもの甲状腺エコー検診を行うのは初めての試みであり、比較するデータがありません。やはり今後このデータを基に何十年も検診を続けることでいろいろなことがわかってくるのだと思われます。
■原発事故にどう向き合うか
原発事故が被災者の間や国民にさまざまな分断をもたらしています。放射線被ばくの医学的な健康被害は不明ですが、原発事故全体が国民に大変な被害をもたらしていることは間違いありません。情報公開・測定・検診・医療保障が大事だと思います。
これまで取り組まれてきた、それぞれの地域の放射線量の測定や食べ物の測定は、今後も続ける必要があります。住民の検診も福島だけでなく広範囲に希望者には行い、継続すべきだと思います。大事なことは実際に測って、検査して市民に確認してもらったうえで安心してもらうこと、それをずっと続けることです。福島県では18歳までの医療費が公費になっていますが、甲状腺検診はこのあと何十年も続くので、二次検診や治療について18歳を超えても公費でできないと片手落ちです。ぜひ群馬以上に福島の医療制度が充実されることを期待します。ホットスポットは群馬にもあります。福島の甲状腺検診を見守りながらも、場合によっては私たちも関われるように関心を持ち続けることが大事だと思います。
■群馬保険医新聞2014年5月号