ソフロロジー式分娩法
沼田市・久保産婦人科医院 久保郁弥
はじめに
現代の科学・医学がここまで発達して、母体および新生児の死亡率が極めて減少したとしても、いまだに各個人の妊娠・分娩経過を十分に予測できるとはいえません。
それというのも分娩は、1,000人妊婦がいれば1,000通りの経過をたどり、一個人にせよ毎回違う分娩経過をたどる極めて個人的なものだからです。子宮を含め、骨盤の中では刻々と何が展開してるのか、未知なところが多いのです。他の診療科から比べるともっとも古典的であり、非科学的な学問ではないでしょうか。
子宮の中は、ブラックボックスと言えるところもあります。分娩経過は予測出来ないエピソードが次々と起こり、いつ何時急変するかわかりません。世の中の風潮では、正常に生まれてきて当然と考えられていますが、産科医としては偶然にも正常に生まれてきたという意識を持たざるを得ません。分娩までの経過・処置の内容に関わらず、結果がすべてという診療科に、医学生からの人気がないのは当然といえば当然かもしれません。私自身もお産をすればするほど、その怖さを思い知らされます。第三者がこんなことを感じているのですから、妊婦自身はどうでしょうか。
近代以前、女性の死亡原因のトップは出産であり、お産は命をかけてするものでした。麻酔もなく、帝王切開も出来ない時代では自然分娩しかできなかったのですから、お産に対する恐怖心や先入観を克服するのはざぞかし大変だったでしょう。現代の分娩方法は、帝王切開を除くと麻酔を使った無痛分娩(和痛分娩)と自然分娩とに大別されますが、今回は、自然分娩の中のソフロロジー式分娩法を紹介します。
自然分娩法の流れ
昔の人にとってもお産は恐怖であり、科学が発達する以前は、いかに無事に出産するかは神頼みだったようです。祈祷師が活躍したり、悪魔祓いをしたり、偽薬を飲ませたり、中世のヨーロッパでは魔女狩りが行われたこともあるそうです。
19世紀になると麻酔が登場し、お産に応用され、無痛分娩が普及し始めました。これに伴い、自宅での分娩から施設での管理分娩に移行することになり、死亡率は歴然と減少しました。一方、女性の中には薬物投与や徹底管理された医療行為に対する恐怖心や不満、出生児の安全性に不安を抱き、1960年代後半から社会的風潮として台頭してきたウーマンリブ運動や自然回帰運動が追い風となって、「産ませてもらうお産」から「自分でお産をする自然分娩」への憧れが強くなり、世界各地でいくつかの手法が考案されました。その一つで有名なのが、ラマーズ法です(その他、リーブ法、マタニティヨーガ、アクティブバース、ソフロロジー法等があります)。
自然分娩
麻酔を使わず、陣痛をコントロールし、医療介入を最小限に留め、妊婦自身が主体的に積極的にお産に取り組むことを目指しています。いずれの手法も基本的には心身のリラクセーション、エクササイズ、呼吸法、イメジェリー(瞑想)を独自に組み合わせ、出産準備教育として訓練を行っています。分娩時に心身の緊張をとり、痛みの閾値を下げることによって分娩を成し遂げます。
ソフロロジー法
スペインの精神科医アルフォンソ・カイセド(Alfonso Caycedo)博士によって創案された、心身の諸条件から生じる意識変化を研究し、精神の平和と安定、調和を得るための学問です。ソフロロジーは、Sos(調和、平和、安定)、Phren(心気、精神、意識)、Logos(研究、論議、学術)の3つの言葉からなる造語です。具体的には、ドイツの精神分析家ジェイコブソン(Jacobson)の漸進的リラックス法、およびドイツの精神科医シュルツ(Scshlz)による自律訓練法に、インドのヨガや日本の禅からきた訓練手法が組み合わされたダイナミック・リラックス法です。
ソフロロジー式分娩法
ソフロロジー法は、1976年、パリのサンミシェル病院のジャンヌ・クレフ(Jeanne Creff)博士によって、初めて産科に応用されました。主にイメージトレーニング、ヨガ、禅の訓練様式によって分娩時の筋肉の緊張を意識的に弛緩させるものでした。
日本でのソフロロジーの実際
日本では1980年代に、熊本県の松永昭先生が紹介し、導入しました。ヨガ、禅という要素が日本人になじみやすく、普及しました。取り入れている施設のほとんどは、母親学級等を通じてソフロロジー法独自のイメージトレーニング、体操、呼吸訓練を行っています。母親学級は妊娠期間を通じて2~3回が平均的です。
当院での実際
妊娠初期、出産予定日決定後に、イメージトレーニング用のCDを配布します。初期母親学級ではソフロロジー法の解説とイメージトレーニングを実践し、後期母親学級では、出産本番へ向けての総括を行っています。
期待される効果
ソフロロジー式分娩法では、次のような効果が期待できます。
1.母性の確立…母親としての新たな自分の出現。
2.精神の安定…分娩という未知の体験に対して抱いてる不安・恐怖心を払拭。
3. 超痛…分娩時のリラックス効果によって、陣痛を有効に利用し、無理ないきみを回避し、安産へ導く。
■群馬保険医新聞2014年3月号