出産育児一時金

医療法人愛弘会 横田マタニティーホスピタル 院長 横田 英巳

出産育児一時金とは、健康保険組合や国民健康保険など医療保険の保険者から、被保険者またはその被扶養者に対し、出産に要する経済的負担を軽減する目的で給付される制度です。その支給額は現在50万円(※1)となっており、多胎出産の場合は出産児の人数分が支給されます。実際にかかった出産費用が50万円を上回れば被保険者の費用負担が発生し、下回れば差額を受け取ることができます。

 出産にかかる費用に出産育児一時金を充てることができるよう、保険者から出産育児一時金を医療機関等に直接支払う仕組み(直接支払制度)があり、そちらを利用することで出産費用としてまとまった額を事前に用意する必要がないことも特徴です。

 前述したとおり現在の出産育児一時金の支給額は50万円ですが、この制度が始まった平成6年当初の支給額は30万円で、その後複数回の引き上げがなされ、令和5年4月に現在の額になりました。出産やその後の育児は生活の中でも大きな経済的負担となるため、出産にかかる費用は出産育児一時金の範囲で収まることが一つの理想と言えます。

 しかし、その理想とは裏腹に、出産育児一時金では出産費用が賄えず、妊婦の方に費用負担が発生してしまっているという現実があります。出産費用は地域や公的病院・民間施設といった出産する施設によって大きな差があるのです(図1)。

 そのようなばらつきが生まれる背景には、保険診療と異なる仕組みがあります。病気やケガをした際の保険診療では費用は全国一律で、地域や受診する施設によってのばらつきはありません。一方、出産は保険が適用されない自由診療であるため、費用をいくらにするかは各施設が自由に決めることができます。

 一般的に出産費用は様々な理由から、公的病院より民間施設の方が、地方より都市部の方が割高になる傾向にあります。厚生労働省は、全国の公的病院における平均的な出産費用の状況等を踏まえて改定してきたと謳っていますが、その平均的な出産費用をもとに決められた出産育児一時金よりも高い地域や施設で出産をする場合には出産費用が賄えず、妊婦の方に費用負担が発生してしまっています。

 妊婦の方の経済的負担軽減のために出産育児一時金の見直しがなされ、金額が引き上げられてきた歴史は前述した通りですが、産科施設が出産費用を上げればその効果も薄らいでしまうため、そのやり取りを「いたちごっこ」と揶揄されることがあります。現に、ここ10年近くの推移を見てみると、公的病院、民間病院を問わず、出産費用は明らかに年々上昇傾向にあります(図2)。

 それもそのはず、その裏には産科施設の厳しい経営背景があることを知っていただく必要があります。ご存じのとおり、出生数は年々減少しています(図3)。これに伴い、産科施設の収入は当然減ってしまいます。一方、高齢出産の増加などで今まで以上に安全な出産が求められるようになり、以前よりも人手が必要なため、人件費は増加傾向にあります。また、当然ながら最新の医療を提供するために必要な医療機器は定期的に入れ替えをする必要もあります。収入が減少する中で追い打ちをかけるように費用の増加が起きているのです。コスト削減を徹底していても、安全な医療の提供に必要不可欠な人員や設備は削減することができません。医療の質を確保し、地域医療を守るための施設として存続し続けるには、出産費用をはじめ価格の改定をせざるを得ない状況があるのです。さらに、近年では水道光熱費や消耗品等の物価高騰を理由に価格改定を行った施設は多いことも図から伺えます(図4)。

 出産育児一時金と出産費用、いつの時代もこのバランスをめぐって議論がありました。政府はこれについて新しい取り組みに乗り出そうとしています。それは「出産費用の見える化」です。厚生労働省は令和6年4月をめどに公的病院、私的病院を含めた産科施設の費用やサービスを専用ウェブサイトで公開するとしています。それにより産科施設の費用などについて比較検討がしやすくなり、妊婦の方が適切に施設を選択できる環境を整えていくことを目指しています。

 さらに、どのサービスにいくらかかっているかが分かることで、必要なものだけに絞って出産育児一時金の予算を調整するなど、産科施設側と相談しやすくなるといったことも想定されます。

 持続的な出産のあり方を考える上で欠かせない、出産育児一時金についての議論。妊婦の方にとっても、産科施設にとっても、双方に良い形の金額や制度設計になっていくことを切に願います。

※1 妊娠週数が22週に達していないなど、産科医療補償制度(※2)の対象とならない出産の場合の支給額が48.8万円

※2 医療機関等が加入する制度で、加入医療機関で制度対象となる出産をされ、万一、分娩時の何らかの理由により重度の脳性まひとなった場合、子どもとご家族の経済的負担を補償するもの

図1 出産費用の状況(都道府県別)

図2 出産費用(正常分娩)の推移

図3 出生数及び合計特殊出生率の年次推移

図4 価格改定(増額)の理由

図1、2、4 厚生労働省「出産費用の見える化等について」

図3 厚生労働省「令和4年(2022)人口動態統計月報年数(概数)の概況」