【診察室】小児科/低出生体重児の母乳栄養 

【2010. 4月 16日】

【診察室】小児科
    低出生体重児の母乳栄養   
   
            群馬県立小児医療センター 新生児科 丸山 憲一

 

 
 ◎低出生体重児医療の現状
 我が国の出生数は年々減少し、平成9年の出生数は1,191,665でしたが、平成19年には1,089,818と、10年間で9割ほどになってしまっています。しかし、出生体重2,500g未満の低出生体重児の全国の出生数は平成9年では94,837でしたが、平成19年では105,164と増加し、出生体重1,500g未満の極低出生体重児の出生数も同時期に7,109から8,525と1.2倍になっていました。
 また、低出生体重児の治療成績の向上も著しく、全国調査によると、出生体重1,000g未満の超低出生体重児の新生児死亡率は平成7年の24.4%から平成17年には17.0%にまで低下しています。我が国の新生児死亡率は1,000出生当り1.3と世界で最も低いのですが、低出生体重児の治療成績も世界の最高水準に達しています。

 ◎低出生体重児の栄養
 このように多くの低出生体重児が救命できるようになったのは、人工換気をはじめとする呼吸循環管理の進歩によるものが大きいと考えられていますが、低出生体重児を後遺症なく育てていくためには呼吸循環管理だけでは不十分なことがわかってきました。今では低出生体重児の長期予後を改善するために出生後早期から質、量ともに十分な栄養を与えることの重要性が認識されています。
 低出生体重児では成熟児に比べて経腸栄養が確立するのに時間がかかるため、輸液が必要となります。特に極低出生体重児の多くは、輸液が必要なくなるまでに1~2週間かかります。そのため、極低出生体重児では、輸液にアミノ酸製剤などを添加し、できるだけ早期から経静脈栄養を行う、early aggressive nutrition(早期積極的栄養法)がなされるようになってきています。しかし、長期間の完全経静脈栄養は成人と同様に弊害が多く、経腸栄養をできるだけ早く確立させることが必要です。

 ◎低出生体重児における母乳栄養の利点
 低出生体重児の経腸栄養を行うにあたって、最も優れた栄養法は母乳栄養です。一般に母乳栄養の利点として、
1.消化器系感染症、中耳炎、気道感染症、尿路感染症に対する予防効果がある
2.ワクチン抗原に対する免疫反応を高める
3.小児がんの発症率を低下させる
4.生活習慣病のリスクを低下させる
といったことなどがあります。
 
 低出生体重児での母乳栄養にはさらに、
1.低出生体重児を出産した母親の母乳中には低出生体重児に必要な栄養素が多く含まれている
2.抗酸化作用、抗炎症作用がある
3.消化がよい
4.敗血症、壊死性腸炎、慢性肺疾患、未熟児網膜症といった疾患に対する予防効果がある
5.神経発達を促進する
といった利点があります。

 ◎低出生体重児の栄養法に対する誤解
 低出生体重児は成熟児に比べ、出生時に十分な栄養の蓄えがありません。例えば、鉄に関していえば、母乳中の鉄は吸収されやすいといわれていますが、母乳の鉄含有量は少ないため、出生後、赤ちゃんたちは造血などのために出生前に蓄えた鉄を使わざるをえません。低出生体重児ではこの出生前の貯蔵鉄が成熟児に比べて少ないため、低出生体重児を母乳で育てる場合は、成長に伴って鉄不足の状態となりやすく、鉄剤の投与が必要です。しかし、人工栄養では鉄が添加されているため、あえて鉄剤を投与しなくても済んでしまうこともあります。
 また、未熟児くる病は低出生体重児でしばしばみられる骨減少症で、いわゆる「くる病」とは異なり、主な原因の一つがリンの不足です。人工乳に比べて母乳中のリンは少ないため母乳栄養では未熟児くる病のリスクが高くなります。また、極低出生体重児では新生児医療施設入院中に低蛋白血症がおこることがありますが、低出生体重児用の人工乳では蛋白質が強化されていて、低蛋白血症がおこりにくくなっています。
 これらの点から、未だに新生児を診ている医師の中には、低出生体重児の栄養法に関して、母乳にこだわる必要はなく、人工乳でも十分と考えている人が少なくありません。
 残念ながら鉄分を薬以外で補うことはできませんが、現在では蛋白質、カルシウム、リンなどから成る母乳添加パウダーが製品化され、このパウダーを母乳に添加することによってリンや蛋白質の不足を解消することができるようになっています。このパウダーを添加した母乳を強化母乳と呼びますが、先にあげた母乳の利点なども考えると、強化母乳を用いた場合、低出生体重児において人工栄養が母乳栄養に勝る点はほとんどありません。

 ◎低出生体重児を母乳で育てるには
 低出生体重児で母乳栄養を行うには、まず、その重要性を医療スタッフが認識し、母親にも十分理解してもらうことが大切です。また、低出生体重児では長期間、母子分離の状態が続き、直接母親のおっぱいを吸ってもらうこともできないため、自宅で搾乳し凍結した母乳を届けてもらわなくてはなりません。そのため、母乳栄養を維持するには様々な支援が必要です。
 当院では低出生体重児が出生した場合、産科病棟ではできるだけ出生後早期から搾乳し、母親が産科に入院している間はリンパ球などの成分が豊富な生の母乳を搾って持ってきてもらっています。また、助産師による乳房のケアや搾乳器の貸し出しなども積極的にしています。新生児未熟児病棟では保育器内にいる児を保育器から出して、数十分から1時間ほど母親の胸元で直接母親の皮膚に触れて抱っこしてもらうカンガルーケアを行っています。当院での超低出生体重児に関する調査では、生後1ヶ月頃では80%以上、退院時でも60%以上の児が混合栄養も含め、母乳が与えられていました。今後、ますます母乳栄養率が上昇し、退院後も母乳栄養が続けられるようにしていきたいと考えています。

 

■群馬保険医新聞2010年4月号