【論考】予防接種制度の見直し 1

【2010. 4月 16日】

 【論考】予防接種制度の見直し ―感染症部会の提言を読む
     インフルエンザ対策の科学的検証を

   
                     前橋市 中田益允

 

 ◎行政主導から政治主導へ
 政権が変わり、予防接種行政も変わったが、はじめにその一端を紹介する。
 昨年12月、厚労省は今後の予防接種行政のあり方を議論するために、厚生科学審議会感染症分科会に「予防接種部会」を設置した。新たに17人の委員が選ばれ、部会長には国立成育医療センター総長の加藤達夫氏、部会長代理に国立感染症研究所の岡部信彦氏が選ばれた。委員はさまざまな領域から選ばれているが、日本医師会からは飯沼雅朗理事、公衆衛生学からは広田良夫氏が入っている。ただし被接種者の代表とおぼしき人は見当たらない。そして会議は公開されることになった。
 今まではどうだったのか。厚労省の結核感染症課のもとに「予防接種に関する検討会」が設けられていて同じような役割を果たしていた。厚労省が専門家に相談して決めたというときは、この会のことを言っていたと思われる。しかし会議は非公開で、専門家とは誰のことなのか、どんな議論がどんな雰囲気で行われていたのかよくわからない。こんどの新部会は、従来の課長の諮問機関から大臣直属の審議会内の専門部会に格上げされたものである。政治主導のための変革と見られる。
 では従来、厚労省はどのような考え方で予防接種行政をすすめようとしていたのか。小泉内閣時代の官僚がまとめた解説書(注1)をもとに要約すると、自己責任が前提となる時代の予防接種は、行政関与のみで行ってゆくことは適当ではなく、法定接種(公権力による接種と呼んだ)の枠組みにとらわれない予防接種を追究するとうたっていた。
 究極的にどのような予防接種体制像を描いていたのかよくわからないが、おそらく社会防衛的な観点の強いものであったと思われる。
 新部会は従来の予防接種制度の見直しを目的として生まれた。昨年12月に発足して約2か月間に5回の会議を開いて議論している。公開会議の傍聴者リポート(注2)を見ると、馴れ合いのない活発な議論のやりとりが記録されていて、予想以上に期待が持てると感じた。

 

 ◎ワクチンの有効性
 しかし、2月19日に公開された部会による「予防接種制度の見直しについて(第一次提言)」は、安易な期待だけではだめだということを教えられたような気がした。
 提言の要点は、きわめて迂遠煩雑な表現をとっているが、わかりやすくいえば、今回の新型インフルエンザワクチンのために、予防接種法の中に新たな臨時接種の類型を設けて、法律上の努力義務は課さないが行政的勧奨を行い、子どもを含む65歳以下の人たちに広範な接種を行おうとするものである。さらに、目下の新型インフルエンザもやがては季節型インフルエンザに変わる可能性があるから、その時は定期接種化を図る(本文では検討するとなっているが)と述べている。
 理由は「高齢者以外の者についても重症化防止の効果が期待され、高齢者以外の者に接種を行う必要性について一定の蓋然性がある」といっている。
 しかし部会発足以前の段階で、かつて予防接種行政における有数の専門家の一人であった神谷斉氏(注3)は、新聞紙上で新型インフルエンザワクチンの有効性は不明だ、血中抗体濃度の基準は越えているがそれで有効かどうかわからないと述べている。その後やっと3か月を過ぎた段階で、一定の蓋然性ありとは何のことをいうのであろうか。
 つい最近の医学雑誌で、部会委員でもある広田良夫氏(注4)は、前橋スタディも引用しながら、科学的根拠を吟味する必要性がないような環境の中で公衆衛生政策が決定されていく危険性を指摘している。私はまったく同感である。
 部会提言案は、察するに部会発足以前にできていたものかもしれない。
 部会の議論の中で、ジャーナリストである黒岩祐治氏一人が、まず厚労省は今回新型インフルエンザへの対応について総括してからでなければ、国民はその言うことを納得しないだろう。当座の対応というなら特別措置法で充分だと主張していたのが印象的であった。
   * 
 これらの発言は、提言の中ではすべて今後の検討課題であるというようなことになっているが、提言の骨子となっている部分をもとに法改正が行われれば、むしろ新たな混乱のもとになるにちがいない。部会の見直しの課題は、過去や未来もさることながら、すぐ足元にあったのではなかろうか。
 提言を読んでの感想である。(3月30日記・中田クリニック)
        

〈注〉
1、感染症法研究会編「予防接種法詳解」中央法規出版 平成19年
2、ロハス・メディカル http://lohasmedical.jp 川口恭、2009・12・25
3、毎日新聞「論点」2009・11・27
4、広田良夫「感染症制御のための公衆衛生学の役割」綜合臨床 59(3)337―339、2010

 
■群馬保険医新聞 2010年4月号