現実的な対応を
—「保助看法」違反容疑に思う—
理事 今井昭満
※医療現場に衝撃
今年8月24日、神奈川県において年間3000例の分娩を扱う堀病院が保健師助産師看護師法(以下、保助看法と略)違反容疑で家宅捜索を受け、現在お産を取り扱っている全国の産科医師や看護師らスタッフに大きな衝撃を与えた。医師と助産師しか出来ない産婦の内診を看護師にさせていたというもので、「何年も法律違反を繰り返していた」と新聞は書きたてた。
ここ数年お産を扱う病院、医師が急激に減少し、このままでは近い将来、出産場所がなくなる「お産難民」が出ると言われている。今回の出来事はさらに産科医の減少を招き、日本の産科医療の崩壊に拍車をかけることになるのは明らかである。
産婦人科医師はコトの重大さを深刻に受け止め早急な改善を望んでいるが、他科や歯科の先生方にもこの件の重大さをご理解いただき、ともに考えていただけるようアウトラインだけでも紹介したい。
※法解釈を検討中
そもそも1948年に制定された保助看法においては、医師または助産師以外は助産行為をおこなってはならないと明記されている。ここで問題なのは、助産行為とは分娩の進行、出産のなかで、どの行為をさすのかということである。
分娩はその進行にあわせ、陣痛開始から子宮口全開までの第一期、全開から胎児娩出終了までの第二期、胎児娩出から胎盤娩出までの第三期に分けられる。現在問題になっているのは、分娩第一期の子宮口開大をみる内診(膣内に手指を挿入して調べる)が分娩介助にあたるかどうかということである。
この件に関し、97年3月日本産婦人科医会はその医報の中で、分娩第二期、第三期が分娩介助であり、分娩第一期の経過観察は分娩介助にはあたらないとの見解を出している。
ところが2002年11月、鹿児島県保健福祉部長の問い合わせに対し、厚労省医政局看護課長は、分娩第一期の内診行為も含めて助産行為であると回答。その2年後、04年に、分娩第一期の内診行為は助産に該当するとの通達を出した。産科医会は直ちに産科学上理解出来ないと反論、法の考え方を変えるよう要望してきた。このような状況の中で、厚労省に「保助看法等のあり方に関する検討会」が設置され、05年11月24日に出された検討会のまとめでも、
①分娩第一期の内診は助産師でなくても可とする
②助産師、医師以外は不可
③さらに慎重に検討する
…の意見が併記され、厚生労働省の見解もまだ結論に至っていないのが現状である。
※診療所がお産をやめたら
さて、日本の産科医療の現実に目を向けてみると、2005年12月、日本産婦人科医会が行った全国調査では、助産師充足率30%未満の施設数の割合は、病院で6.8%、診療所で44.9%であり、圧倒的に診療所で不足している。
一方で全分娩数の48%は診療所が担っており、もし、この法律が厳密に施行されれば、日本の産科医療は間違いなく崩壊し、収拾のつかない混乱に陥ることは火を見るより明らかである。
以下、私見を述べてみたい。
※センター化促進が狙い?
なぜ1947年に制定された法律が、今になって蒸し返されてきたのか。
おそらく厚労省は昨今頻発する産科医療事故との関連を考えたと思われるが、これはまったくの勘違いである。なぜなら、法律が制定された60年近く前から、分娩にたずさわる医師・助産師・看護師の分娩における業務が急に変わったわけではない。うがった見方をすれば、今回の捜査と派手な報道は厚労省の考える「周産期センター化」を推進するため、意図的におこなったのではないかとも考えられる。
※助産師養成が先決
助産師は現在2万6000人、看護師・準看護師は122万人である。厚労省はなにを根拠に助産師は充足しているというのか。
助産師はほとんど女性であり、結婚、妊娠、育児で職場を離れる人も多く、また職場復帰しても、昼間だけの勤務だったり、パートの人も多い。また免許をもっていても、高齢でもう仕事ができない助産師も多い。免許はあっても働いていない人の割合が極めて高いはずである。
現状を打破し、分娩のすべてを助産師に任せられるようになるには、まず正確な実労働助産師を調査し、不足数を補うための助産師養成施設を早急に充実させることが必要である。
※法の一部凍結を
助産師が充足するまでは法の一部を凍結し、分娩第一期の看護師の内診を認めるべきである。このことを政府見解として発表していただかないと、産科医療の現場における混乱を収められないと思う。
現に現場では、助産師以外の内診行為に対し、看護師の拒否や内部告発も起こっており、また一方では産婦が助産師以外の内診を拒否したり、看護師に対して質問が出たりして混乱が起こり始めている。
*
法施行から60年近くも黙認放置し、適切な助産師養成や医師に対する指導を怠り、すでに確立している産科医院の分娩様式を急激に変更しようとする厚労省の責任は重い。
医療現場の混乱を回避し、少子化のなかで出産を迎える産婦や、日夜不眠不休でがんばっている現場の医師や職員の不安を一日も早く取り除き、安心して産科医療がおこなえる環境が整うことを望まずにはいられない。 (産婦人科医師)
■群馬保険医新聞10月号 声