勝村久司氏の2月3日の講演を聞いて 

【2007. 9月 04日】

勝村久司氏の講演を聞いて
                        理事 今井昭満  

講演の感想を述べるにさきだって、勝村氏の亡くなられたお子様に哀悼のまことを捧げます。このような事故がおきないよう、医療関係者、とくに産科医はひとしく思ってお産に取り組んでいます。講演をお聞きし、勝村氏の奥様のお産に立ち合った産科スタッフに対し憤りを感じるとともに唖然といたしました。

※なぜ平日の午後か
 勝村氏の講演は、お産の曜日と時間帯が集中しているという指摘から始まりました。なぜ平日にお産が集中するのか、この点について少し誤解があるようにおもいます。
 一般に病院は昼間の時間帯がいちばん機能的に充実しています。夜間や休日は極端に救急対応が低下しますから、この時間帯を避けることが産婦さんにとってより安全だということです。
あらかじめ帝王切開が決まっている人(前回帝王切開や子宮奇型、子宮筋腫合併、母体の合併症、胎児の発育不全、前期破水、双胎、骨盤位など)を平日出産させるのは当然ですし、たとえそうではなくても、分娩進行中の危険発生や緊急帝王切開等を避けるため、救急対応の手薄になる夜間は避けたいという要素もあることを付け加えておきます。
 夜間や休日にお産が少ないのは必ずしも患者を無視した、病院、医師の都合だけを考えた結果ではありません。

※分娩誘発剤のこと
さて、分娩誘発剤(陣痛促進剤)による事故は最近減少し、医師も助産スタッフも分娩誘発剤の有効性と、あわせもつ危険性についても周知徹底されてきました。この点については、他の薬剤を使用する他科の医療現場でも同様です。
誘発剤については、使用法さえ厳格におこなえば大変有効な薬であり、母子ともに元気に出産できる補助薬品として、妊婦にとっても、産科医にとっても不可欠な薬の一つです。
分娩誘発剤は、陣痛が弱いため分娩が進行しなかったり、予定日超過になっても陣痛が発来しない、妊婦または胎児に異常があり分娩を早期に終了させたいときなどに使用されます。しかし、母体側に狭骨盤、骨盤の変形、既往に帝王切開分娩があったり、胎児側に巨大児、胎児の位置の異常、極小未熟児等、経膣分娩不可と判断された場合は使用してはなりません。
誘発剤によって陣痛がおきても分娩が進行しなかったり、子宮破裂や胎児切迫仮死の徴候が認められたときは、ただちに誘発を中止しなければなりません。誘発剤使用中の異常発見を見落とさないために、産科スタッフは分娩経過を充分注意して監視し、母体、胎児に危険が迫っていると判断したら誘発剤を打ち切り、帝王切開等、適切な処置をおこなう必要があります。
そのためには常に緊急事態に備えておくこと、陣痛、胎児の状態を正しく把握するため点滴は必ず自動点滴セットを使用し、分娩監視装置を装着しておくこと、産科スタッフがつきそうことが重要です。
過強陣痛に陥ったとき、ただちに誘発剤を止められるよう経口誘発剤・筋肉注射の使用は禁止し、誘発には点滴のみが望ましいと私は思っています。
また誘発にさきだち、薬剤の有効性と危険性について、妊婦(できれば家族にも)に充分説明し、同意を得ることが必要です。すでに昨年十月から説明と同意が義務づけられました。
誘発剤は使用法を間違えなければ非常に有効な薬です。もし誘発剤がなかったなら、母体死亡、胎児死亡、脳性マヒの発生が増加するであろうことも間違いありません。

※まず相互理解から
勝村氏が奥様の事件を追及していくなかで、氏の活動が情報の公開、カルテの開示、領収証発行などに波及していったことは、時代の流れとともに必然の帰着であったとおもいます。しかし恨みからは、真の改革と和解はないのではないでしょうか。
本来、医療は国民の健康と生命を守るためにあり、そのためには、国民、医療関係者、政府とりわけ厚生労働省が三位一体となって進めるべきものであり、その中心には、常に医療を受ける患者さんがいなければならないのは言うまでもありません。
しかし現実には、この三者の関係が、むしろ離間する方向に向かっていると感じている人も少なくないとおもいます。マスコミは医療現場に問題が生じたとき、一時的に集中報道しますが、問題解決のために連続して粘り強く取りくむ姿勢に欠けていると思えてなりません。
政府は国民の健康よりも医療費の削減に力点をおき、医師は訴訟等のリスクを避けたいと思っている。その結果、本来、自院で対処していた症例も大病院へ転送し、大病院の医師は過重労働のため病院から離脱するという悪循環がすでに始まっています。
産科でいえば、昭和四十年代の帝王切開率は四%前後でしたが、最近は二五%に迫っています。四人に一人が帝王切開しなければいけないという現実は、はっきりいって異常だと私はおもいます。
それは、若い女性の身体的変化だけでなく、結果がよくなかったときの訴訟のリスクを回避したいという力が働いている部分も否めません。
勝村氏の医療を少しでもよくしていこうという運動は、カルテやレセプトの開示、領収証の発行等の運動に発展し、患者一人ひとりの理解を得たうえで医療をおこなっていくという面で成果をあげてこられたとおもいます。
これからは、国民、政府、医療関係者の相互理解を真剣に考え、よりよい医療を患者さん一人ひとりが享受できるよう、具体的な実践と行動が求められているときだと思いました。(産婦人科医)

■群馬保険医新聞3月号