【論考】予防接種制度の見直し 2

【2010. 5月 19日】

   
 【論考】予防接種制度の見直し 2

 

   良質のデータが不足している…
   
                           前橋市 中田益允
 

 

 ◎改正案、参議院で可決

 
 前号において、昨年12月の厚生科学審議会予防接種部会の発足と2月中旬に行われた提言について紹介した。そしてインフルエンザワクチン行政の見直しをするならば、その前に昨年の新型ブタインフルエンザ流行への対応についての総括が必要だと述べた。しかし実は、私の投稿翌日には、この提言をもとにしたという予防接種法一部改正案が参議院にすでに上程されていたことを知った。そしてこれは4月13日には可決され、衆議院に送られたとのことであった。要点は、インフルエンザ予防接種について2類臨時接種という新類型が設定されたことだが、詳細は衆議院通過後の通知に待ちたい。この案について、各党とも強い党議拘束が行われ、参議院において特別な審議が行われたということはないと伝えられている。

 
 ◎総括会議と抜本見直し

 

 そして一方、新型インフルエンザ流行の顛末に関する総括については、3月31日厚労省新型インフルエンザ対策推進本部に、「新型インフルエンザ対策総括会議」が設定された。総勢11人、1人のジャーナリストを含めて錚々たる感染症の専門家集団である。感染症研究所から3人の委員が出ているのが目を引く。すでに課題として水際対策、医療提供体制、ワクチン、サーベイランス、広報などを定めて、関係者に対する月2、3回のヒアリングを開始したとのことである。
 さらに最近、4月21日には、予防接種部会は予防接種法の「抜本的見直し」に向けた議論を開始したと伝えられる。もちろんインフルエンザもこれに含まれる。今のところこれに関連するさまざまな調査は、国立感染症研究所と予防接種推進専門協議会が協力することになっている。後者の協議会には、いずれも日本を冠したウイルス学会、ワクチン学会、感染症学会、細菌学会、産婦人科学会、小児科医会、小児科学会、小児保健協会、保育園保健協議会が参加している。
 4月23日に行われた小児保健協会総会における報告によれば、厚労省はこの件に関する要望は、関連団体が各個に持ってきても受け取らない、関連団体がまとめて持ってくれば受け取るといわれたとのことで、急遽結成されたと説明があった。委員長には神谷齊氏が選ばれている。
 
 ◎ワクチンの評価は?

 
  状況は抜本的改正に向けて一気呵成に進行しているように感じられる。調査検討結果なり、提言なりについては、一開業医にとっては今のところ結果が出るのを待つほかはない。
 しかし老婆心からあえて期待を述べるとすれば、インフルエンザワクチンの特異性に関する評価や議論―たとえば前号に引いた新型インフルエンザに対するワクチンの有効性などの問題が、予防接種全般にわたる大勢の議論の中でうやむやに埋没してしまうことを恐れる。
 開業医はワクチン接種医として地域行政に協力している。しかし予防接種は一面、かかりつけ医としての予防医学的な診療行為の一つとして、有益性と安全性の確認のもとにインフォームド・コンセントを前提として携わっていることでもあると考える。(注1)
 そしてここではとくに、インフルエンザに限らず全てのワクチンについて、「正しい治療と薬の情報」(注2)のように、副作用の関連事象については逐一定期的に情報が提供されるような制度の確立が欲しい。
 4月23日から25日まで、盛岡市で小児科学会学術集会が開催されたが、それに参加した折、持ち帰り自由の印刷物展示机の上で、ふと見つけたのは「ノイラミニダーゼ阻害剤にインフルエンザの合併症を防ぐ根拠はない=大多数への投与と備蓄は不要」(医療問題研究会)というパンフレットであった。
 内容要旨は、医学研究評価グループとして有名なコクラン共同計画が、英国NHS(National Health Service)とオーストラリア政府の委託により、健康成人におけるノイラミニダーゼ阻害剤の効果に関する系統的レビューの改訂版を作成したが、その結論は、ノイラミニダーゼ阻害薬は、インフルエンザの症状に多少の効果があるが、とくにオセルタミビルには良質のデータが不足しているため、インフルエンザの合併症を防ぐとする以前の見解は無効となったとし、この問題解決にはさらに独立したランダム化比較試験が必要であるというものであった。これはコクランが英国の医学雑誌BMJ(British Medical Journal)に発表したレビューの要約(パンフレットに翻訳掲載されている。パンフレット収載のその他の翻訳を含めて、翻訳責任者は医療研究会代表の林敬次氏)からまとめた。
 
 ◎データの吟味が重要


 良質のデータが不足しているとは何を意味するのか。パンフレットによれば、それは従来、ノイラミニダーゼ阻害剤の下気道合併症予防効果と備蓄の根拠とされてきた論文のもととなっている十論文のうち八論文が、著者たちは製薬会社の社員であるか、会社から報酬を得ている人たちであり、資料は公刊されておらず、製薬会社も求めに応じて公表しなかったと、これまで調査したコクランはいっているというのである。そこで残りのまともな論文による評価が要約に示したとおりとなった。日本ではほとんど関心を持たれていないが、欧米では大きな反響を呼んだ出来事であったとのことである。
 あえてこれを紹介したのは、くすりにはワクチンも含めてこの種の問題がからみやすいと思われるからである。データの公正性、信頼性は厳しく守られなければならないと思う。現在、学会等学術団体においても利益相反(Conflict of interest:COI)に関する規定が各個に作られるなど、意識的管理が進められているようである。抜本的見直しのためのデータには、このような視点にもとづく吟味が行われることを期待したい。4月30日記(中田クリニック)

(注)
1、中田益允「インフルエンザワクチンとインフォームド・コンセント」東京小児科医会報」第16巻第3号、 1998
2、「正しい治療と薬の情報」The Informed Prescriber 医薬品・治療研究会代表・別府宏国

 

■群馬保険医新聞 2010年5月号