【診察室/内科】 社会人の体重は… 

【2007. 9月 04日】

 社会人の体重は…

                くすの木病院 内科 田ヶ原 弦

あれは平成15年の年末だった。価格も手頃になった体脂肪計付き体重計を買い、帰宅して乗ってみて驚いた!
体脂肪率が33%と表示されたのだ。私は身長175cm。体重が80kgを超えて太り気味だとは認識していたが、まさか体の1/3が脂肪だとは思わなかった。体重は82kgだった。

■1時間のウォーキングでアンパン1個分
年明けからフィットネスクラブ通いが始まった。運動のメニューとしては、最初に10種類の上半身の筋トレと、腹筋・背筋の筋トレを全て10回ずつ。その後に1時間ウォーキングマシンの上を歩く。クラブにはプールもあるしエアロビ教室も無料で開催されている。しかし私の主たる運動はウォーキングである。何故なら運動したカロリーがきちんと表示されるからだ。
歩いてみて痛感したのは、人間は何と少ないカロリーで動けるように出来ているのか! いうこと。体重75kgの人が平地を時速5kmで1時間歩いて消費できるカロリーは、僅かに300kcalであった。これはコンビニで売っているアンパン1つのカロリーである。食べるのは2分もあれば充分だが、そのカロリーを消費するには1時間かかるのである。現在は7%の傾きを付けて時速5kmで1時間。これでちょうど500kcalが消費される。私にとって無酸素運動にならず、時間節約にもなるギリギリの運動負荷量である。フィットネス通いと同時に食事にも随分と気を使った。お陰で半年後には体重74kg、体脂肪率も25%程度まで下がったのだった。
それから3年。運動は週に3回のペースで続けて、毎回推定600kcalを消費しているが、体重は78kgまで増えてしまった。上半身の筋トレが効いて、腕や肩周辺の筋肉は我ながらまずまずと思うが、腹回りの脂肪が眺めを台無しにする。やはり食べ過ぎる事が多々あるのが原因である。体重が減っていった頃は、慢性的に空腹感を覚えたが、最近はともすると忘れ気味だ。
そう、社会人の体重は、運動ではなく食べる量が決定するのです。

■糖尿病とエネルギー貯蔵庫
私は幸い糖尿病の家系ではないし、尿糖が出た事は一度もない。以前に糖負荷テストをしてみたら、インスリンが急峻に立ち上がって血糖上昇を見事に抑えていた。私のエネルギー貯蔵庫は、まだあと5kg程度は少なくとも空きスペースがありそうだ。
最近糖尿病の患者さんに説明をする時に、エネルギー貯蔵庫の話をする。
人間は使い切れなかったエネルギーは、勿体無いから保存しておく。インスリン分泌が旺盛な人はその貯蔵庫がかなり大きい。逆に分泌の少ない人は、軽い肥満で貯蔵庫は満杯となる。収容しきれなくなったエネルギーは、高血糖として溢れ、尿糖として捨てる事になる。捨てて初めてエネルギー収支のバランスが取れるのだ。それが糖尿病なのですと。
そして内服治療もインスリン注射も、実は満杯になった貯蔵庫を少し拡張するだけなのだ。今までのように食べすぎ・運動不足状態のままだと、せっかく拡張した部分も程なく埋め尽くし、また溢れるようになって血糖は上がります。だから食事・運動療法もして、少しでも貯蔵庫の空きスペースを作らないと、本質的な解決になりませんと。この考え方は患者さんに理解して貰いやすい。
さらに応用編で話は続きます。人間は加齢と共に膵臓も老化してインスリン分泌は減る。つまり貯蔵庫が自然に小さくなるから、今は軽い糖尿病でも、数年後には徐々に悪化する。一方基礎代謝は10歳の加齢で70kcal減る。つまり10年前に太らなかったのと同じ量を食べれば、毎日70kcalのカロリーオーバーで、脂肪にして約10gずつ太ろうとする。貯蔵庫はインスリン分泌の低下と、基礎代謝の低下の両面から、加齢と共に急速に満杯になりやすくなる。
その上に高血糖による糖毒性の話が加わる。血糖が高い状態それ自体が毒として作用し、インスリンの分泌を低下させ、さらに血糖を上げる方向に悪循環として作用していく。初期には食後の高血糖だけだったのも、その悪循環が回り始めると、一日中血糖が高い状態へと悪化していくのですと。
実際に毎年人間ドックを受けている方を見ていると、体重はほぼ同じなのに、数年の経過で空腹時血糖もHbA1cも徐々に悪化して、遂に完全に糖尿病ですと言われる方は珍しくありません。貯蔵庫の容量は悪循環の歯車が回転し始めると、簡単に小さくなっていってしまいます。

■診察室に体重計を
さて外来で糖尿病を診療する際、糖尿病手帳をお使いの先生は多いと思います。しかし体重を記載されていない先生が意外に多いのはとても残念です。
患者さんにアクトスやオイグルコン等の良く効く薬を処方して、血糖が改善するのは当然です。しかしもし体重が毎月少しずつ増えていたらどうでしょう。そのままではやがて血糖が再上昇して来るのは簡単に予想されます。そこで2次無効だと判断してインスリンを導入しても、体重をもう少し増やすだけで、結果は堂々巡りでしょう。 
そんなに食べてないです、と言う患者さんは少なくありません。でもここ1年肥満気味の体重が同じに維持されていてコントロール不良だったら、それは確実に食べすぎです。何故なら、尿に捨てたエネルギー相当分は、摂取する必要が無かったのですから。
逆に体重が減ったのに、血糖が悪化した場合は要注意です。単純に糖尿病歴が長くなり2次無効の場合もありますが、悪性腫瘍の合併や甲状腺機能亢進症なども考えなければなりません。
毎月診察していて、患者さんが実は5年前より体重が5kg太っていても、記録を見ないと私には分かりません。体重の経過をみない糖尿病診療は、ナビも地図も無しで、不案内の道を走る危うさに似ているのではないでしょうか。
診察室に是非体重計をご用意下さい。
  ■群馬保険医新聞7月号