小児の虫垂炎
―診断、Interval Appendectomy、腹腔鏡下虫垂切除に関して、自験例での検討―
群馬県立小児医療センター・外科 鈴木則夫
※はじめに
一般に、小児期に発症する急性虫垂炎は学童期以後での発症が大半を占めるとされていますが、6歳以下、幼児例での発症も決して稀ではありません。小児では成人とは異なって訴えが不確実で、病状の進行が早く、容易に穿孔性腹膜炎に移行し、他疾患との鑑別に難渋するなどの特徴がありますので、常に急性腹症の原因として虫垂炎を念頭におく必要があります。最近では小児でも腹腔鏡手術や、穿孔・膿瘍形成例に対する待期手術も行われ、本稿では我々の経験例をもとに虫垂炎症例での診断、治療について述べます。
※虫垂炎症例
他院での虫垂切除後に腸管麻痺、腸閉塞などで紹介された症例や、腸回転異常症などで虫垂の合併切除が行われた症例は除き、1982年7月の開院以来、昨年(2006年)12月末までに303例の虫垂炎症例を経験しました。男児192例、女児111例、年齢は生後1カ月から17歳10カ月です。1歳以下の症例は2例だけで、生後1カ月、男児例では哺乳不良、不機嫌で保存的治療で様子観察、約1カ月後に手術が施行されています。生後7カ月、やはり男児例は穿孔性虫垂炎による陰嚢部の発赤、腫脹から嵌頓ヘルニアが疑われて手術、腹腔内にも炎症所見を認めて開腹に移行、虫垂穿孔が診断されました。全体的には6歳以上、学童例での症例が多く、2歳以下の乳児は1歳11カ月の2例を加え4例のみと少ないのですが、6歳以下、乳幼児全体では75例(24.8%)と約4分の1を占めます。12歳以上の多くは他病院でも手術されていると考えられ、小児病院としての特殊性があるとはいえ、虫垂炎は学童前の幼児でも決して稀な疾患ではないことは銘記すべきと思われます。
切除虫垂の病理組織結果から虫垂炎の程度をカタル性、蜂巣炎性、壊疽性、慢性虫垂炎に分け年齢別に表1にまとめましたが、待期的手術例は初回入院時の状態が虫垂穿孔による膿瘍形成合併例と考え、壊疽性の症例に分類しました。カタル性や慢性炎性例は別にして、6歳以下乳幼児例ではやはり壊疽性が蜂巣炎性症例の約3倍、6歳以上、12歳未満で壊疽性、蜂巣炎性例がほぼ同数、12歳以上では蜂巣炎性が壊疽性例の約2倍で、やはり低年齢での進行が早く診断の困難さを示しています。
表1. 急性虫垂炎例 -GCMC1982.7-2006.12-
カタル性 蜂巣炎症 壊疽性 慢性虫垂炎 計
6歳未満 8 16 51 0 75
6歳以上12歳未満 9 86 89 1 185
12歳以上 2 27 13 1 43
合計 19 129 153 2 303
※小児虫垂炎の診断
虫垂炎の診断は基本的には病歴、身体所見からなされ、検査所見は補助的な意味合いとされてきましたが、最近では成人でも診断に超音波検査やCTの有用性が証明されており、特に幼児例では病歴や身体所見が十分に得られないことや、同じ様な症状を呈する内科的疾患が極めて多いなどの理由から、腹部単純レントゲン撮影や腹部超音波検査、CT検査などの画像診断の意義が成人の場合よりもより重要となります。小児虫垂炎診断における腹部超音波検査の意義や所見に関しては、すでに何度か報告しているのでここでは省略しますが、超音波検査は虫垂炎の診断に極めて有用で、穿孔して腹膜炎を起こしていない限り虫垂炎の圧痛点は限局し、その直下に腫大した虫垂が描出されれば虫垂炎と診断されます。自験例でも1983年以降の症例には虫垂炎の疑いで超音波検査が行われ、95%以上の症例に蜂巣炎以上の虫垂炎を診断し、また、超音波検査によって他疾患が判明した例も数多くありました。ただ、小児の超音波検査は熟練した検者によって行われる必要があり、我々の症例の大部分は放射線科医(S.H.)によって行われています。腹膜炎や麻痺性腸閉塞の合併で腸管ガス像が増加、超音波検査で判定が困難な症例にはCT検査を追加します。
※保存療法と待期手術(Interval Appendectomy)
虫垂穿孔による腫瘤(膿瘍)形成例では手術に難渋し、過大な手術になったり、術後にも麻痺性腸閉塞の遷延や、癒着性腸閉塞症、創感染などの合併症を発生します。腫瘤を形成した虫垂炎に対して保存療法を行い、炎症を鎮静させた後に虫垂を切除する方法が小児でも広く行われるようになりましたが、保存療法の適応や待期手術の適応に関してはまだ議論があります。我々は1986年より虫垂炎治療に保存療法を導入し、原則として待期的虫垂切除を行う方針としてきました。我々の保存療法適応基準を表2に示しますが、保存療法は原則的に経口禁止、輸液、抗生剤投与(cephem系とaminoglycoside系剤)で、直腸膀胱窩あるいはDouglas窩膿瘍には積極的にドレナージが行われました。現在まで34例の腫瘤形成例に保存療法がなされ、33例で虫垂切除が施行されましたが、4例(11.8%)が合併症(虫垂炎再発、腸閉塞)のため待期手術予定前での緊急手術となっています。初期の9例では待期期間が1カ月と短く合併症が多発したので、後期24例は待期期間を3~4カ月とし、最近の11例では腹腔鏡下に虫垂切除を施行しています。家族の希望で早期に腹腔鏡下虫垂切除を行った1例では炎症性腫瘤(膿瘍)が残存して開腹に移行しましたが、この症例を除けば待期手術時での癒着は軽度であり、全例腹腔鏡下虫垂切除が可能でした。手術時間は70~133分(平均102分)で、合併症は臍部創が化膿した1例のみに認めています。
表2.虫垂膿瘍に対する保存療法の適応
・腹膜炎が限局していること
・腸閉塞などの緊急手術を要する合併症がないこと
・16~24時間の保存的治療(安静、抗生剤投与、絶食)
に反応し、局所所見や全身所見が好転していること
・発病から4~5日経過していること*
*必ずしも決定因子ではない
※腹腔鏡下虫垂切除
小児でも腹腔鏡手術例が増加し、1999年以来、虫垂切除にも腹腔鏡手術が行われています。乳児例や腸閉塞合併例は適応外とし、膿瘍形成例は保存療法の後に待期手術で腹腔鏡下虫垂摘出を行っています。保存療法後の待期手術例は除き、年齢4歳4カ月から15歳8カ月までの43例で、初回入院時に腹腔鏡下虫垂切除が行われています。初期には手術時間から夜間帯での緊急手術では開腹を原則としましたが、最近では腹腔鏡手術でもほぼ1時間以内に終了し、時間外でも必ずしも適応外とはしていません。手術法の詳細は省略しますが、同期間中に経験した虫垂切除症例73例中、43例(58.9%)で腹腔鏡下虫垂切除術が施行されています。
〈文献〉
1. 溝手博義:12小腸・大腸、8.虫垂炎.標準小児外科 第4版,
128-131,医学書院,東京,2000
2. 松山四郎他:小児虫垂炎の診断と治療-特に超音波診断について-.群馬医学 第60号:233-237, 1993
3. 畠山信逸他:画像診断;今月の症例.小児科臨床 55:917-920,2002
4. Ein SH et al : Is interval appendectomy necessary after rupture of an appendiceal mass? J Pediatr Surg 31:849-850 1996
5. 黒岩 実:小児急性虫垂炎に対する保存療法の適応とinterval手術.臨外 61:1057-1062, 2006
■群馬保険医新聞2月号