老いても安心して暮らせる社会に
——-医療制度改革関連法について——–
前橋市 松澤一夫
■半世紀ぶりの大改革
平成18年6月に医療制度改革関連法が国会で成立しました。これらの法律は昭和36年の国民皆保険以来の医療制度の大幅な変更といわれています。しかし、十分な議論が尽くされているとは思えません。
厚労省は現在の制度では増え続ける医療費に対応できないと考えています。そのため医療の効率化をはかり、将来にわたり持続可能なものとするための改革と位置づけています。
しかし、利用する側から見ますと、この制度改革(改悪)により受けられる医療が制限されるうえに高負担を強いられることになります。今回は広範囲にわたる制度変更の中で高齢者に関連した代表的なものをとりあげます。
■尽くされない議論
すでに改革は始まっています。平成18年10月から現役並み所得の70歳以上の高齢者の一部負担金が2割から3割に引き上げられました。また、療養病床に入院している70歳以上の高齢者にホテルコスト(食住費)が上乗せされました。経済的理由で退院せざるをえない人も出ています。
平成20年4月になりますと改革は本格化します。その準備が静かに進められています。マスコミの報道も少なく、厚労省のホームページを見ても詳しくわからない部分もあります。大きな制度変更ですので国民的議論が必要と思います。
■高齢者医療制度
最も大きな変更の一つに高齢者医療制度の創設があります。75歳以上の後期高齢者を対象とした独立した制度です。運営主体は都道府県で、各市町村強制加入の広域連合となります。保険給付の財源は後期高齢者からの保険料一割、公費(税金)五割、各医療保険(国保・健保等)からの支援金四割です。窓口の負担は一割です。診療報酬体系も包括制をとりいれた独自のものとなる予定です。この制度が施行されますと、後期高齢者は高額な保険料(保団連では年6~7万円と推定)を納めたうえに窓口で一割を負担しなくてはなりません。保険料を滞納しますと資格証明書が発行され医療費全額負担となります。年金のみで生活している多くの高齢者がこれらの高負担に耐えられるか危惧されます。
■療養病床の大幅削減
第二は医療費適正化計画の一つとして療養病床の削減があります。社会的入院が多いとして38万床を15万床に減らすという極端なものです。療養病床や老健をはじめとする介護施設に転換することで、医療費の削減をめざしています。
療養病床に入院している人は病状が安定しているとはいえ何らかの医療的処置を必要としています。現状では在宅や介護施設では難しい方が多いと思われます。受け皿もなく放り出されて、多くの医療難民が出ると予測されます。
■在宅医療の推進
第三は在宅医療の推進があります。終末期を含めた入院による多額の医療費を減らすねらいがあります。急性期を過ぎたらできるだけ早く在宅に戻します。往診可能な主治医を中心として訪問看護、介護等と連携して看取りまで出来る体制の構築が目標です。理念としては良いのですが、すぐには無理と思います。
なぜならば、現在高齢者のみの世帯や独居も多く在宅での介護力は低下しています。それは特養入所の長い順番待ちをみても明らかです。さらに、在宅死(介護施設等を含む)は非日常的です。今後、時間をかけて在宅医療の基盤整備をして、多様な高齢者の状況に対応できる実績を積む必要があります。そうすることで、看取りをふくめた在宅医療が身近なものとなり、入院よりも堂々と在宅を選べるようになると思います。
■本末転倒の改革論
今回の改革は現行の制度を抜本的に変更(改悪)するものです。医療費の伸びをいかにしたら抑制できるかという視点のみからの発想と言えます。高負担、低サービスのため高齢者にとって必要な医療が受けられなくなる可能性があります。
これまで、わが国は先進国と比較しても安い医療費で長寿を達成してきました。国際的にみても現在の医療制度は高く評価されています。これから高齢化が進むとはいえ、これほど大きな変更をしなくても国民皆保険制度は持続できると思います。
最初に医療費の削減ありきという厚労省の発想は本末転倒です。いかにしたら高齢になっても安心して暮らせるかを第一に考えなくてはなりません。医療介護が各個人の身体状況や環境に応じて必要にして十分提供されるように制度を改良すべきです。そのための税金の投入は国民の合意を得られるものと確信します。
(松沢医院)
群馬保険医新聞5月号
老いの周辺197