【論壇】患者にも不利益、低い診療報酬  

【2010. 10月 14日】

【論壇】
  

   患者にも不利益、低い診療報酬   ―歯科の立場から―

 

 
 長びく不況の中、多くの家庭では、家計の支出を減らすため少しでも安い物を買ったり、買う量を減らしたり、あるいは買う回数を減らしたりと、さまざまな工夫を強いられている。
 生活の中でも、切り詰められるものと切り詰めにくいものがあり、それぞれ所得弾力性が高い、低いと表現する。医療費は所得弾力性が低いとされているが、同じ医療でも、生活が苦しくなると歯科治療は後回しになる傾向がある。「口をみればその国の国民の生活水準がわかる」とは的を射た表現である。
 最近では多くの自治体で、義務教育の間は保険診療の窓口負担は公費で賄われるようになった。しかし一方で、家庭が子どもの口の健康への関心や注意が疎かだったり、両親の仕事の都合によっては、治療に連れていく時間が工面できなかったりで、大きなむし歯になってから痛みのあまりに来院する児童も一時期より多いようにも感じられる。
 閑話休題。
 保険診療に対する患者の支払い金額を減らすには、診療報酬自体を低くするか、自己負担率を下げる必要がある。

  低い医療費

 わが国の診療報酬はいわゆる先進国の中ではかなり低く抑えられている。国際的にみて、わが国の医療費は決して高くないのに、患者が医療費を高いと感じるのは自己負担率が高いためである(歯科医療が公的保険の対象になっていない国も多く、単純な比較はできないが…)。いずれにしても診療報酬が低く、患者負担が高い原因は、国からの持ち出し=国庫負担が少ないからに他ならない。
 
  混合診療の弊害

 患者負担を減らすため診療報酬を低く抑えると、国民にどんな不利益が生じるだろう。
 商業では、商品あたりの利益率が低ければ「薄利多売」で経営を守ろうとするのが一般的で、デフレ状況下の小売業界ではよくとられる手法である。医療においても、医療行為に対する評価が不当に低ければ同様のことが起こりうる。特に医療機関数が急増する一方で医療費総枠が抑制されている歯科医療では、保険診療中心の医療機関の多くは、すでにこれに近い状況になっていると言えるだろう。
 処置が中心の歯科医療でこのようなやり方がとられると、次のような好ましくない傾向が生じてくる。
 第一に、単位時間あたりに能力以上の患者を診療する、いわゆる乱診乱療につながる恐れがある。これにより当然医療の質の低下が危惧される。
 次に、不要な処置が行われる素地を生む。たとえば本来経過をみるべき歯に対し、過剰診療、つまり必ずしも必要でない処置や保存可能な歯の抜歯が行われる危険性が生じる。医科での例としては、薬剤の過剰投与や過剰検査、あるいは不要な手術の実施等があげられる。これらは過剰介入であり、結果として無駄な医療費となる。
 さらに、医療機関あたりの患者数が落ち込むなかでは、無理、無謀な自費診療への誘導が行われる可能性も否定できない。経験の不十分な歯科医が、保存可能な歯に対し手間と時間のかかる歯周治療を十分行わず、早期に抜歯して歯槽骨のない部分へ強引なインプラント治療を施すといった例も聞かれる。保険で採算がとれなければ、料金を自由設定できる上、面倒な制約のない自費へ移行しようとするのも無理からぬことである。
 歯科では、これまで多くの処置の評価があまりにも低く抑えられてきたせいもあり、医科に比べて最新技術を保険に導入しようという積極的な姿勢が不足していた。その結果、「保険診療の不採算部分を自費で賄う」という構図がいつの間にか定着してしまった。
 
  保険診療の改善を

 混合診療をはじめ、自費で保険診療の不採算分を補填しようという考え方は多くの問題点があり、その推進には慎重を要する。 
予測される問題点を以下に挙げる。
○自費の治療費が本来の価格より高額になる傾向がある
○自費への患者誘導が起こりやすい
○保険診療の質が低下しやす い
○保険診療の評価の改善が起こりにくい(自費で採算が合うからいいではないかという厚労省の考え)
○経済状態により医療内容の差異が大きくなる
 その他、混合診療により健康保険の医療費を削減できるという主張があるが、はなはだ疑問である。これまで全額自費だった医療行為の一部が保険の適用になることにより、結局医療費を圧迫する可能性が大だからである。
 私は決して自費の医療を否定しているわけではない。しかしひとたび自費に重心を置くと、保険診療の改善に消極的になることを恐れている。

  患者負担率を下げる

 日本は国民皆保険制度のもと、原則としてすべての国民が保険料を支払っている。その保険を使い、高くない負担できちんとした医療を受けることは、国民の当然の権利である。
 そのためには医療保険の充実、診療報酬の適正な評価が望まれるが、一方で患者負担率の引き下げが是非とも必要である。
 国の財源は? という意見もある。長期的にみれば、通院しやすい環境を整え、定期的なチェックをしっかり行い、たとえ処置が必要な場合でも軽度のうちに行えば治療費は少なくてすみ、結果的に国の医療費を節約することができるはずである。時代のニーズや疾病構造に応じて、予防や検診に対するインセンティヴも充実させる必要があろう。

 以上の論点から、診療報酬が不当に低く押さえられると、患者にとっては必ずしもプラスの結果にはならないことを、日常の診療活動を通じ説得力をもって患者にアピールすることが必要である。 
 我々保険医個人の資質や姿勢が試されそうである。保険医協会も医療充実のための世論形成に努力していきたい。(副会長・清水信雄)
 

 
■群馬保険医新聞2010年10月号