【特集】 患者負担、私はこう思う
全国に誇れる群馬の子どもの医療費政策
小児科 柳川洋子
群馬県では子どもの窓口負担がゼロですが、一部には、自己責任を持ってもらうため、1割程度は負担した方が良いという意見が根強くあります。
私は原則的には子どもの自己負担ゼロに賛成です。子育て時代は子どもが病気になる回数も非常に多く、教育費や保育料にもお金がかかる反面、親の年収は多くない、母親も非課税の範囲で働く人が多く低収入であるということがあります。また、子どもには選挙権がないし、発言力も非常に弱く、選挙の時に子ども手当とか、少子化対策だと持ち上げられる割には、子どもへの予算は不十分であると思っています。
自己負担がゼロとなると、医療費に無関心、無責任の方がいるのは残念ながら私も感じます。しかし保険料を払うという義務はあり、これは自己責任ですから、自己負担ゼロでも自己責任が無いわけではありません。
また、自己負担がないと患者さんの責任感や関心が薄くなる原因として、保険診療の仕組みが分かりにくいことと、分かりにくい仕組みを知らせようという努力をしなかったことにも一因があります。
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次に、自己責任が行き過ぎた時に、起こってしまった悲惨な医療崩壊の実例をあげてみたいと思います。一つは自己責任を突き進んでいったアメリカの医療崩壊です。もう一つ、ドイツ・ナチスは、保険診療は「些細な病気でも自分で努力して治すのでなく、社会保険を利用して医療に頼るという姿勢を国民に植え付けた。そして社会保険に寄生して過剰診療をする医者を横行させる」などと国民の漠然とした医師不信とユダヤ人排除をたくみに結びつけ、国民の支持を取り付けていったということです。こうして強力な医療費抑制政策が図られ、300億マルクという巨額の軍資金を医療保険から調達したとのことです。
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自己負担が3割はどう考えても高い。全体としては1割負担を目標にするのが良いと思います。ただ、群馬県で中学生まで自己負担ゼロになったものを1割に戻すのは反対です。「子育てするなら群馬県」に恥じない、全国に誇るべき政策だと思います。(前橋市・柳川小児科医院)
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高齢者の医療費負担について
内科 長沼誠一
厚生労働省は10月25日、70~74歳の自己負担割合を現在の1割から2割に引き上げる高齢者医療制度改革案を公表した。きびしい財政事情から、政府の支出1700億円を減らすため、自己負担を増やす意向のようだ。
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医療保険のない時代は、医療費は全額10割負担だった。1928年に健康保険制度、38年に国民健康保険制度ができたが、55年頃は国民の3分の1は無保険だった。当時、貧しさ故に、病気になっても医者にかかれない状況があり、それは61年の国民皆保険制度まで続いた。
老人の自己負担割合の推移を調べると、1961年に5割負担でかかれるようになり、73年の老人医療費無料化制度で0割となった。
しかし、老人人口の増加などもあり、医療費亡国論の出た1983年より、無料から外来定額制に変更された。月額は400円から徐々に、800円、900円、1010円、1020円、500円4回までと増額された。 2002年には定率の1割負担となり、受診率が減少した。
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医療費抑制に対して、外来負担増の効果を検討した報告がある。抑制効果が持続するのは本人負担の引き上げで、その効果は引き上げ幅によるとし、 さらに定額負担よりも定率負担の方が受診率減少に有効としている。それを根拠に、厚生労働省は自己負担増をはかっているようだ。
健康保険本人も、1984年から2003年にかけて、0割から、1割、2割、3割と自己負担率が引き上げられているのはその流れだ。
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しかし、自己負担増は医療費抑制に有効かというと、必ずしもそうではない。アメリカの65歳以上の公的医療保険メディケアで、外来負担率を増やすと外来受診は減るが、入院医療費は増えるという報告がある。
アメリカの医療は、公的支出は私的支出より少なく、自己負担は多いが、全体の医療費は増大の一途であり、GDP比率で日本の2倍だが、平均寿命は5年短い。つまり、医療費が増えるかどうかは自己負担率だけでは決まらず、どんな医療システムかによる面が大きい。
また、医療費抑制の根拠として、厚生労働省から過大な日本の医療費増大予測が出るが、日本の医療費増は高齢化や医療の高度化のためで、欧米先進国よりも安い。国民総生産GDPとの比率ではイギリスとほぼ同じだが、イギリスは登録制でアクセス制限があり、入院待ちも長い。海外の公的医療で自己負担無料の場合、登録制などの受診制限があり、急ぐ場合などは高い私的医療を使うしかないのが一般的である。
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現在の日本の医療費自己負担は、6歳まで2割、69歳まで3割、70歳以上は1割となっているが、群馬県は独自の補助により中学生まで無料の0割となっている。
2~3割負担は、高額になりやすい糖尿病などの慢性疾患患者では支払いが大変だ。逆に0割負担は、過去の老人医療費無料化制度や現在の小児無料化を見る限り、良い面ばかりとは言えない。
0割負担ではコスト意識が働きにくく、薬を少なく安くするというような工夫をしようという動機づけが患者・医療者双方に起こりにくい。
患者の負担感が少なく、コスト意識も持てるという点では、全員1割負担とするのが望ましいと思う。
そういう方向性に逆行する70~74歳の自己負担を1割から2割に増やす厚生労働省の方針には賛成できない。(伊勢崎市・長沼内科クリニック)
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患者負担金は支払側への振込制に
歯科 小山 敦
〈訪問歯科診療を続けて〉
約20年前、勤務先の歯科医院で歯科訪問診療を経験しました。これを期に、開業してからも依頼があれば歯科訪問診療を続けてきました。
当初は、在宅でも診療所と同じ治療が出来ることを前提に考えていました。しかし、通院出来ない全身状態、環境であり、通常の歯科診療と同じというわけにはいかないことに気が付きました。
特に、パーキンソンや筋無力症、認知症等における訪問診療の難しさを感じ、患者の協力が得られないと何もできないことを痛感しました。救われたのは、老人施設の看護師長の、「できることから、少しずつ始めましょう」という言葉でした。その言葉を心にとめ、歯科訪問診療を続けています。
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基本的に歯科訪問診療は休日に行っています。2010年4月から9月までをまとめてみると、この6か月間に、歯科訪問診療の延べ日数は33日、延べ件数は130件(うち診療日の夜が6件)でした。月平均5.5日、20.8件、夜間が0.8件そして、日平均では3.9件でした。夜間以外はすべて休診日利用であり、6か月間の56.9%の休診日利用率となりました。
一日に七件の時もあり、朝から出動して昼食ぬきで回り、帰宅が20時過ぎになることもありました。訪問診療は移動時間を考慮すると一日数件が限度だと感じています。
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訪問診療の患者負担金については、その場での清算が理想かもしれませんが、現実的にこれは不可能です。2年に一度の改定で請求点数を把握しにくいこと、最近はカルテをコンピュータで作成しているため入力しないと領収証が発行できず、即日会計は困難です。ただし、歯科の訪問診療は全身的基礎疾患を持つ患者が主になります。6か月間で51.7%がゼロ割負担でした。
負担金は、治療が終了すると家族が医院に足を運んでくれることもありますが、それが出来ないときは銀行に振込んでもらうか、医院スタッフが患家に集金にいくことになり、窓口業務もより煩雑になります。
そこで提案したいのは、患者負担金の支払いを銀行振り込みにすること。訪問歯科診療だけではなく、すべての診療において患者は負担金を支払側の口座に振り込み、支払基金からは10割が医療側に振り込まれる形にできないでしょうか。診療所窓口での金銭のやりとりをなくしてほしいのです。
現在の医療保険制度は診療側に課される仕事が多すぎます。保険証を発行する側にも、この制度を円滑に行うための努力が必要でしょう。
診療報酬改定では、窓口業務が余裕をもってスムーズに移行できるようにしてほしいし、保険者や行政側からの、国民に対する説明責務も広げてほしいものです。(前橋市・小山歯科医院)
■群馬保険医新聞2010年11月号