インクレチン関連薬と糖尿病の保険請求
高崎市・清水内科 安部純
◎インクレチン関連薬の登場
今年は糖尿病の新薬として、インクレチン関連薬が保険適用になった。インクレチンとはインスリンの分泌を促進するホルモン。新薬は、このホルモンを分解してしまうDPP-4(Dipeptidyl Peptidase-4)という酵素を阻害することでインスリン量を増やし、血糖値を下げる。インクレチンは食事のあとなど高血糖時に働くため低血糖になりにくく、体重増加につながる空腹感も少ないとされている。
2010年10月現在、保険適用となったDPP-4阻害薬は次の4種の経口薬である。
グラクティブ(小野薬品工業)
ジャヌビア(万有製薬)
エクア(ノバルティスファーマ)
ネシーナ(武田薬品工業)
またインクレチンの構造を変化させ、酵素に分解されにくくするのがGLP-1(Glucagon-line Peptide-1)アナログとよばれる自己注射薬だ。商品名はビクトーザ(ノボノルディスクファーマ)、今年6月に国内で発売された。
今のところ当院に聞こえてくるインクレチン関連薬に対する評判(科学的な裏付けはまだないが、実際に処方した臨床医たちの評判)は次のようである。
1.血糖(HbA1c)が高いほど効果的である。
2.HbA1cが6%前後で落ち着いている場合、新規投与であまり下がらない。
3.半量投与でも効果(HbA1cの低下)がみられる場合もある。
4.SU薬=インスリン分泌促進薬などとの併用の方が効果が高い。
5.3か月以上長期投与しているとHbA1cが上昇してくる 例もある。理由として、新薬投与緊張感のうすれ、食事・運動療法の油断・中断、併用薬剤の減量などが考 えられる。
6.ビクトーザは食欲を抑える。便秘に気をつけた方がよい。
7.ビクトーザは0.3mg、0.6mgの少量(正規には0.9mg投与だが)でも効果がある場合がある。
しかし、今までに使用安全性情報として、厚労省の指示でインクレチン関連薬に大きく二つの注意点が喚起されている。
1.DPP-4阻害剤はSU剤の大用量と併用すると、重症低血糖を起こすことがある。SU剤の投与量を減量するなど、慎重に投与すること。
2.ビクトーザをインスリンから変更して投与したところ、ケトアシドーシスを起こした死亡例が複数例報告された。ビクトーザはインスリンの代替薬ではない。インスリン分泌能のない1型糖尿病患者への投与は禁忌であり、2型糖尿病でもインスリン依存状態の糖尿病患者に ビクトーザを投与する場合は注意が必要となる。
などである。
◎ 新薬投与と開業医
我々開業医は、糖尿病や高血圧など長期につきあわざるを得ない慢性疾患に対して投与薬剤を選択する責任がある。それゆえ、特に専門分野である場合を除いて、MRからの調子の良い説明や利点のみを強調した宣伝などに惑わされず、専門医からの実地臨床での使用経験や副作用報告、長期投与例等に不都合な問題が起きていないか、などの情報を注意深く確かめてから、おずおずと慎重に自分の患者に投与する。そのような態度が必要だと個人的には思っているが、いかがであろう。
インクレチン関連薬は確かに今までの治療薬の作用とは違い、糖尿病治療の概念を変えるかもしれない新薬であろう。しかし、臨床糖尿病医の立場から個人的私見のつぶやきを述べさせていただけば、今の時点でHbA1cが7%以下の症例に、インクレチン製剤を積極的につかう気になれない。理由は、
1.α-GI、ビグアナイド、チアゾリジン系薬剤など低血糖のおそれが少ない薬剤がすでに存在する。
2.グリニドなど短時間インスリン分泌製剤なども効果が期待できる。当院ではファスティック12年以上、グルフ ァスト6年以上の長期間投与で、HbA1cや合併症がコントロールされ、体重も増加していない症例が存在する。
3.以上のような初期投与の選択肢が多すぎて、どれから使うべきかのしっかりした指針がない。
4.インクレチン製剤は予期せぬ副作用の可能性、長期的安全性が確立されていないなど、臨床的にはいまだ未知なる薬剤である。
5.膵機能が復活するともいわれているが、何を指標にして膵機能を評価するのか基準がなく、どの時点で投与をやめてよいのかの指針がない。
すなわち、インクレチン製剤は、現在HbA1cがなかなか改善しない難治症例、他剤(多剤)併用でもHbA1cがよくならない症例にこそ、慎重に投与を考慮すべき薬剤ではないか。
◎ レセプトの問題
保険請求上、糖尿病関連でいろいろな疑問点が出ている。今回のインクレチン関連薬でも疑問点が数々出てきている。多くを占めるのが併用の問題である。
1)DPP-4阻害薬と承認効能以外の薬剤との組み合わせは可能か?
2)インスリンとの併用は可能か?
3)DM治療薬の併用薬の制限はあるか?
4)ビクトーザは経口薬との併用は可能か?
など。
文献上はまだまだ効能効果がはっきりしていない組み合わせもある。しかし禁忌となる症例報告や学会発表も今のところない。
結論は「主治医の判断にまかせる」とならざるを得ない。主治医の責任で患者さんに説明しての処方ならば、保険審査上、画一的投与だったり、あまりに高額の併用である等の場合を除き問題になることはないと推察する。もちろん新薬ゆえの14日処方のしばりがある。
群馬県では審査委員のレベルと認識をできるだけ一致させようと、社保・国保の情報交換がもたれている。最近解決された(改善された?)取り扱いとしては、
1.メトホルミンなどビグアナイドの高齢者投与は、「高齢者の定義がはっきりできない」ため、むやみに査定されることはなくなった。
2.心不全でアクトスは投与禁忌であるが、心不全の疑いでアクトス投与中のBNP測定は当然認められる。
気をつけたいのは、
3.メトホルミンなど、糖尿病腎症や肝硬変などの病名があると禁忌扱いにすることで、今のところ審査委員も意見が分かれている。(原則禁忌とする意見が優勢)
4.糖尿病の病名のみで「精密眼底」や「誘発筋電図(MCV測定)」などの検査は認められない。糖尿病網膜症の疑いや糖尿病神経障害(の疑い)などの病名が必要という意見が優勢。
◎まとめ
糖尿病の保険請求上で問題になっている最近の話題と開業医が新薬処方時に注意すべき点、今年2010年保険適用をとって発売されたさまざまなインクレチン関連薬に対する臨床糖尿病医としての個人的つぶやきなどを書き連ねてみた。皆さんの何かの参考になれば幸甚です。
■群馬保険医新聞2010年12月号