【診察室】院内感染対策

【2011. 1月 18日】

院内感染対策――広げない、もらわない、かからない準備

前橋市・群馬中央総合病院 感染対策室長 安野 朝子

 

 新年のご挨拶を申し上げます。県内各地でだるまの初市が行われているころ、例年インフルエンザが猛威を振るいはじめ、感染症の脅威を改めて実感する年の初めではないでしょうか。
 平成19年の医療法改正で、全ての医療機関は感染対策についての組織とマニュアルを整備し、教育の機会を設けることが規定されました。このような社会の要求から、私は病院内で感染対策のみを仕事にしている看護師です。
 病院は一年中感染症の患者であふれています。特に冬になると感染性胃腸炎、インフルエンザと休む暇なく感染症の患者が押しかけてきます。このような時、患者同士が感染を広げないように、職員がもらわないように、自分自身がかからないようにどんな準備をしておけば良いのか、普段行っている仕事から整理したことをお知らせしたいと思います。

 ●標準予防策
 標準予防策というと、すぐに手洗いと直結して他の予防策が言われませんが、その中味は全ての人に適応する内容として10個ほどあります。
 1番はやはり手洗いです。手洗いは目に見える汚れがあれば流水と石鹸でよく洗う、目に見える汚れがなければ手指消毒剤でよく洗うことが必要です。2番は個人防御具をきちんと使うことです。血液、体液は全て感染性と考え、マスク、手袋、ガウン、ゴーグルなど、粘膜を覆う器材でプロテクトします。あまり高価な品物でなくてもマスクならサージカルマスクの基準を満たしたもの、手袋なら未滅菌で清潔なものを接触の頻度に照らし使い捨てにすることです。自分を守るほかに横の伝播を避けることにつながります。3番目は咳エチケットです。これは咳をしている人にマスクやハンカチで口鼻を覆って咳をしてもらう。その後に足踏み式ゴミ箱にティシュなどを捨て、手は石鹸でよく洗ってもらうことが一連のエチケットです。
 4番目は感染性患者の収容場所の問題です。個室や隔離室をどのように使うか計画しておきます。5番目は血液・体液の付着した器材を安全に滅菌・消毒することです。6番目は環境整備です。日常清掃のほかによく触れるドアノブや診察回りの環境表面とトイレは定期的な清掃をします。病原体によっては次亜塩素酸の消毒を行い二度拭きして物品が傷まないようにします。特に電子カルテやマウス、キーボードなど高頻度に触れる環境は毎日清掃します。
 7番目はリネンの扱いです。使用後のタオルやシーツは振り回さず定期的に交換を行い、病原性の微生物に接したものは速やかに交換します。8番目は安全な注射です。無菌操作、単回使用などが徹底するよう手順を準備しておくことが求められます。9番目は腰椎穿刺時のマスク着用です。10番目は職員の安全で、リキャップの禁止や針捨てボックスの設置による血液暴露を減らすための対策です。

 ●経路別対策
 経路別対策には、接触予防策、飛沫予防策、空気予防策があります。経路別対策は病原体が予測される時、あるいは診断された時標準予防策に追加して実施する予防策です。接触感染する病原体(耐性菌や寄生虫、RSウイルスなど)は接触予防策で、手洗い、防護具の強化、ケア物品の個別化などが含まれます。飛沫感染の病原体はインフルエンザ、マイコプラズマ、百日咳、風疹、流行性耳下腺炎などです。飛沫感染の病原体は基本的に空中を浮遊し続けることはないので、サージカルマスクを用いて医療者や家族は感染を予防します。待合室もなるべく別室にするか、1m以上はなれた席でお待ちいただきます。空気感染の病原体は結核菌、麻疹ウイルス、水痘ウイルスです。これらは空中に病原体が長時間浮遊しているため強制換気が必要になります。N95マスクを装着して隔離室に入室します。強制換気が出来ない場合は、職員がいる部屋に空気が入らないようドアを閉め、診察室や待合室の窓を開けて換気します。            

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 標準予防策、経路別対策を徹底することは非常に重要です。施設に適応して実施できる手順書が整備されることが望まれます。これらが完璧に出来れば院内感染はかなり無くなると思います。適切な実施のためには施設の設備整備、物品の準備、人の動線の配慮が求められます。

 ●適切な情報の入手と伝達
 その他、感染対策として重要なことは、正しい適切な情報をいかに早く入手するか、また組織の中で伝達するかです。感染の係が誰かを決め、その人の重要な役割として任命しておくとスムースに情報伝達が出来るようになります。当院では私が担当していますので、常に県内で発生している感染症情報や、厚労省の感染症情報、国立感染研の情報などをチェックし、医師会の地域情報も加味して院内に配布しています。また、行政からの通知なども必要な部署に届くよう注意しています。
 抗菌薬の使用量も耐性菌を生まないために、適正使用を促す仕組みが必要です。患者さんの延べ数当たり使用した抗菌薬量などの把握が出来ると施設としての情報として活用できると思います。
 さらに、経年的な細菌検査の調査があると感染対策上の仕事評価が出来ます。どのような菌が多く出ているのか、代表的な菌における薬剤感受性はどのように変化しているかなどです。細菌検査室がなくても、検査センターに問い合わせれば、施設ごとの情報を教えてくれるシステムもあります。
 マニュアル整備については、おびただしい数の感染対策テキストが出ていますので、これらを参考に、施設に適応した理解しやすい、実践しやすいマニュアルを整備されることをお勧めします。絵に描いた餅では役に立ちませんので。
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 最後に、組織の意思表明が、その施設の感染対策を支えています。対策のチェックリストには職員教育が必ず載ります。それはこの意思表明と、感染対策が重要だと考える文化を知識以上に伝達する機会になるからだと考えています。整理・整頓、きれいな診察室、感染対策をきちんと行おうという姿勢が、そこで働く人や患者に安心感を提供できるのだと思います。

■群馬保険医新聞2011年1月号