【論壇】医療と農業が抱える問題

【2011. 2月 18日】

 世界に誇る日本の国民皆保険制度は20年来の低医療費政策でずたずたに引き裂かれ、医療崩壊に陥っています。歴代政府は「国民の福祉と医療を守る」と言いながら、国民の高齢化による医療費の自然増を容認せず、実質削減予算を組んできました。国民の福祉医療を守るための厚労省が、財務省厚生局に成り下がっています。
 一方、日本の農業も長時間重労働と低収入で後継者不足が恒常化し、農業人口の減少と高齢化が農業崩壊をもたらしました。政府は「日本の農業を守り食糧自給率を高めることは日本の安全保障に不可欠」とリップサービスを繰り返してきましたが、根本的な農業政策には手を付けず、選挙対策(?)の補助金や助成金でその場をしのいでいます。
 医療と農業の問題点は似ています。

 <高齢化のなかで>

 日本全体が少子高齢化の荒波の中にありますが、医療と農業はひときわその影響を受けています。
 財務省は「高齢者医療費が国家財政を圧迫している」と言い続けています。しかし敗戦後、焦土のなかから先進国日本を築いたのは、槍玉にあげられた高齢者です。この高齢者が心血をそそいで今の若者たちを育ててきました。その若者たちの負担が重すぎるとマスコミが騒ぎ立てています。高齢者は多くの疾病を抱え医療費はどうしてもかさみますが、それは今までの苦労に対する見返りとして当然の権利です。
 しかし財源には限りがあるので、医療者は節度ある医療のあり方を議論し、国民への啓蒙に努めることが必要でしょう。
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 日本の農業を支える農家の高齢化は、統計数字を見るまでもありません。農作業をしている人たちを見れば一目瞭然です。近所のお百姓さんに話を聞いても、異口同音に「後継者はいない」と言います。
 さらに農業崩壊を実感するのは休耕農地が年々増加していることです。荒れ果てて、人の背丈が隠れるほどに雑草が生い茂っている田畑も珍しくありません。こうなると、近接農地に雑草の種を飛ばすだけではなく、数年で耕作地として再生不能になるそうです。

 <抜本的な政策転換を>

 政府は1980年代、厚生省高官の「医療費亡国論」をきっかけに医師養成の削減を始めました。
 日本の医師数は決して多くありません。2008年、人口1000人当たり2.2人で、OECD加盟国中24位でした。ちなみにオーストリアが4.6人、ドイツは3.6人です(OECDヘルスデータ2010参照)。
 医師不足は病院勤務医の大量辞職によって初めて世に知られることとなりました。医師は昔から「聖職」の美名のもとで長時間過重労働を担ってきました。近年、医療の高度化、患者への説明責任、医療訴訟の急増などが過重労働に拍車をかけました。
 国民医療を守るには、政府や役所の意識改革とともに、低医療費には眼をつぶって要求ばかりエスカレートさせてきた患者意識も変えていかなければなりません。
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 農業政策で最も大切なことは、後継者育成可能な魅力ある業種にすることです。それにはまず農地転用や農業用水利用についての制度を簡素化し、規制をゆるめることです。現在は農地の売買に制約が多すぎて、若者の考える農業ベンチャー企業が参入しがたい状況にあります。特に休耕農地は買い取りやすく(借りやすく)する制度にしていく必要があります。
 さらに、TPP(環太平洋経済協定)に加盟しても耐えうる農業を構築することでしょう。中国やシンガポールの富裕層が、10倍も高いお金を出して日本の低農薬で美味しいコシヒカリやアマオウを食べている現象を見れば、日本農業の生き残りの道が見えてきます。
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 医療も農業も全国民の議論を尽くしたうえで、抜本的な政策改革に取りかからねば、日本の将来は見えてきません。まず私たちから議論を始めましょう。
   (前会長・小板橋毅)

■群馬保険医新聞2011年2月号