【診察室】-摂食・嚥下障害と口腔ケア-

【2011. 8月 15日】

-摂食・嚥下障害と口腔ケア-
お口から食べることって?
歯みがきが肺炎の予防になるってほんと?

前橋赤十字病院 摂食・嚥下・胃瘻外来 
NPO群馬摂食・嚥下研究会
山川 治

 口の働きは、大きく分けて、物を食べるという消化器官の役割と、息をする、話をする器官としての役割がある。さらに顔の表情を作るのにも大きな役割を果たす。口には鋭敏で多様な感覚が集まっている。
 物を食べる過程では、唇や前歯で感じた食べ物の感覚によって、食べ物を前から後ろへ送る。のどの部分ではふだん開いている気道をふさぎ、かわりに食道を開いて食べ物を押し込む(摂食・嚥下機能=せっしょく・えんげ)。これがうまくいかないことを誤嚥(ごえん)という。
 高齢になると、食べる動きの中心となる口腔の機能も当然、老いてくる。あごを動かす力も弱くなり、食べるのに時間がかかるようになる。食べる機能も年齢とともに減退していくということを考慮しなくてはならない。
 年をとって歯があちこち抜けてしまった口では、見るからにうまく噛めなくなることがわかる。また、上下の歯が噛み合っていないと、噛めないだけでなく、飲み込みにくくもなる。噛めない口は、実は上手に飲み込めない口で、誤嚥による肺炎などの呼吸器感染の原因にもなる。手入れの悪い、汚れた口では、食べ物の温かさや甘さなどおいしさの微妙な感覚もとらえきれない。施設、在宅で介護を受けている人の多くが、低栄養状態であるとの報告もある。つまり、咀嚼機能や嚥下機能など、口腔領域の機能の低下が、低栄養の原因にもなっているのだ。
            *
 介護の基本は、入浴と排泄と食事であるが、中でも食事の介護はなおざりにされている傾向がある。食事の介護とは、単に口から食べさせることだけではない。口を清潔に保ち、呼吸器感染を予防するとともに、口の鋭敏な感覚を保持し、食べ物のおいしさを感じられるようにすることだ。生きる糧である食べ物を体内に取り込もうという欲求を呼び起こし、味わいたいという気持ちが、もっと食べよう、元気でいたいという生きる意欲につながる。そのためには、要介護者一人ひとりに合わせた環境づくりが必要である。歯科領域ばかりではなく、医科、リハビリ、栄養など複数の領域の知識や技術が不可欠で、多くの職種が積極的にかかわり、問題を解決していく、チーム医療の必要性が尊重されなければならない。口から物を食べるという人間の最後までの欲望(希望)をかなえるために、私たちの果たす役割は大きいのである。
             *
 近年、口腔ケアの取り組みが、介護老人健康施設や病院などで始められている。摂食・嚥下機能療法が手掛けられ、口腔ケアがいっそう注目を浴びるようになった。誤嚥性肺炎の予防(気道感染予防)には、口腔ケアが重要である。このことは、平成18年度から介護保険制度の改正により介護予防サービスの中に口腔ケアが盛り込まれていることでも理解できる。
 口腔ケアの意義(Oral Health Care)とは、広義には、口腔の持つあらゆる働き(捕食、咀嚼、嚥下、味覚、発話、審美性・顔貌の回復、唾液分泌機能など)を健全に維持、あるいはケアすることであり、狭義には、口腔衛生管理に重きを置く一連の口腔清掃と義歯(入れ歯)の清掃を行うことである。また、口腔ケアを口腔衛生管理に重点を置く、器質的口腔ケア(Mouth care)と機能面に重点を置く、機能的口腔ケア(口腔リハビリ)とに分ける場合もある。いずれにしても口腔ケアは、総合的にアプローチしていくことが重要なのである。 
 口腔ケアの目的は、虫歯や歯周疾患(歯槽膿漏)の予防だけでなく、口腔機能増進、口腔内細菌による全身疾患の予防、味覚・感覚障害の予防(脱感作など)、嚥下反射遅延の予防、精神的安定を得ること(対人関係の円滑化)などがある。口腔内を清潔に保つことは、QOLの向上につながるだけでなく、歯肉や口腔内の粘膜に刺激を与える効果が大きい。なぜならば、大脳皮質の運動野と感覚野の約40%は口と言われているからである。
            *
 誤嚥性肺炎は、化学的肺炎と細菌性肺炎の2つに大別される。化学的肺炎は胃液を大量に誤嚥して生じる肺炎で、メンデルソン症候群とも言われ、頻度は少ない。細菌性肺炎は、嚥下反射と咳反射の低下により、無意識のうちに汚れた唾液を誤嚥する不顕性誤嚥(Silent aspiration)を起こし、誤嚥の量が多かったり、嚥下物内の口腔内細菌量が多いとき、あるいはそれらが普段と同じでも、全身や局所の免疫能が低下したときに生じる。誤嚥性肺炎は健常者でも全身麻酔下や意識がなくなった時、脳血管障害時においても生じる。
 高齢者人口の増加とともに、高齢者の肺炎の数も増加している。肺炎は、日本の死因の第4位であるが、そのうち95%以上が65歳以上の高齢者である。ここ10年で急上昇し、要介護高齢者の直接死因としては約30%、第1位である。
 誤嚥性肺炎は、口腔内の常在菌を不顕性誤嚥して生じるのであるから、せめて口腔内の常在菌を少なく保つことができれば、肺炎にかかる人は少なくなると考えられる。またそれらの現象は、嚥下機能低下や誤嚥に基づくことから、原疾患治療あるいは口腔ケアを中心に、予防に力を入れることが非常に有益で、必要なことである。
 ポイントとしては、
 ①脳血管障害の予防と治療
 ②口腔のリハビリを含めた口腔ケア
 ③寝たきり高齢者では、食事や就寝時に頭部を高く保つ  などの体位
 ④適切な栄養管理
 ⑤インフルエンザワクチンの投与
 ⑥誤嚥性肺炎の予防に効果があると報告されている降圧  剤(ACE阻害剤)の予防的療法     である。
 
 ④について、介護を受ける高齢者は、葉酸が不足していることがある。葉酸不足は、血中ホモシステインによる動脈硬化を促進する。この場合、野菜を多く摂取するように介護を行う必要がある。またビタミンB12もホモシステイン代謝を促進し、嚥下機能と咳反射を正常化して、肺炎の発症を軽減できる。反対にビタミンB12が不足すると、嚥下反射や咳反射という神経伝達を遅らせ、不顕性誤嚥を生じ易くする。
            *            
 口腔ケアという毎日の介護が、抗生剤より効果を発揮することもある。口から食べるという、人間の終末までの楽しみが滞っていることを認識し、さまざまな介護職、栄養士、看護師、セラピストたちが協力して、食介護にもっと目を向けるべきだと考えている。

■群馬保険医新聞2011年8月号