【診察室/内科】糖尿病の薬物治療

【2007. 12月 26日】

 診察室/糖尿病の薬物治療
  
      藤岡市 くすの木病院・内科 田ヶ原 弦
 前回(本紙7月号)は、糖尿病とは『インスリン分泌力によって大きさの決まるエネルギー貯蔵庫が、満杯になって溢れ出した状態だ』という考え方を紹介しました。そして『血糖が上がり始めると、糖毒性によってインスリン分泌は徐々に低下し、さらに高血糖を悪化させる悪循環が始まる』と説明しました。そして体重とその変化を捉えることが、患者さんの病態を考える上で大切だと話しました。
 今回は薬物治療についてお話しします。

 糖尿病の内服治療は3系統に分けて考えます。
#1 インスリン分泌を促す薬剤
a)SU剤=強いインスリン分泌刺激力を持つ薬剤
 オイグルコンやアマリール、グリミクロンが該当。
強くて作用時間も長いので、糖尿病歴が長くインスリン分泌が低下してしまい、低血糖の心配が無いような、あまりコントロールの良くない患者さん向きです。注意すべきは、効果には限度があるということ。オイグルコンなら5mg、アマリールなら3㎎程度が限界だと考えます。疲れた馬に鞭打てば、それなりに頑張っては走るが、その2倍を鞭打っても、2倍頑張って走ってはくれないのと同じです。
b)グリニド系=素早い立ち上がりだが力は弱い薬剤
ユニークな薬剤ですが、分泌刺激が弱いので初期の患者さん向きです。
#2 糖分の吸収を遅らせる薬剤(α-GI)
時差通勤の発想だと説明すると、患者さんも納得してくれます。
#3 インスリン感受性を改善する薬剤  
a)アクトス=脂肪細胞を分割してくれます。大きくなり過ぎてこれ以上は脂肪を溜められなくなった脂肪細胞が、分割によって小さくなり、また脂肪が溜められるようになります。食べ過ぎだと太りやすい薬剤です。
b)ビグアナイド製剤=肝臓からの糖分放出を抑えて血糖の上昇を抑制します。古い薬剤で値段が安く、太りにくいというのが利点です。

  早期から薬剤治療を
 さて大胆に言うならば、全ての薬物治療は、糖分処理能力の向上をもたらし、結果としてエネルギー貯蔵庫の大きさを拡大する治療である、と言えます。
 テクニック的には『糖分の流入曲線とインスリンの分泌曲線のギャップをなるべく小さくする』ということが大切になります。

 ?は正常人のインスリン分泌と糖分流入曲線を示します。正常人では食事によって体内に流入する糖分と、それに応じて分泌されるインスリン曲線は、基本的に同じパターンを示します。
 糖分の流入が?なのに、インスリン分泌がもともと?のようにやや遅れて少ない人が日本人には多いことが知られています。それが加齢と共に?のようになれば食後高血糖が始まります。
 糖尿病の初期に、α-GIを使って糖分の流入曲線を?から?へ近づけ、グリニド製剤を使ってインスリン分泌を?から?に近づければ、2つの曲線のギャップはかなり小さくなり、血糖上昇はよく抑えられます。
 あるいは超速効型インスリン製剤を各食前に使えば、直ちに糖分流入曲線とのギャップは解消されます。これらの治療で高血糖の生ずる回数を減らし、現在残っているインスリン分泌能力をなるべく維持できれば(貯蔵庫の大きさを減らさずに済めば)、インスリン分泌から見た初期の糖尿病の状態で、長らく経過できることになります。
 昔は強いSU剤しか使えず、ある程度悪くなって低血糖の心配がなくなる頃にやっと薬剤治療が始まった訳ですが、これはインスリン分泌がかなり悪くなってから治療していたことになります。現在ではこれらの新しい薬剤を使って早期から治療開始することが、患者さんの予後を改善すると分って来ています。
 しかしこれらはある意味で小手先のテクニックです。本質的にはエネルギー貯蔵庫の空きスペースを維持できないと、血糖コントロールはうまくいきません。満杯のダムにはもはや水量の調節機能が無い、と考えると分りやすいと思います。

  正確な糖尿病歴を知る
 さて初診で糖尿病の患者さんが来院した時、現在の身長と体重を計測した後、次に問診するのは以下の事項です。
#いつから糖尿病を指摘されたか?
(それ以前は糖尿病の話は無かったか? ちゃんと健診は受けていたか?)
#過去最大の体重はどれだけだったか? ここ数年の体重の経過はどうか? 
#飲酒や喫煙習慣はどうか?
#糖尿病の家族歴はどうか?
 正確な糖尿病歴を知ることは、合併症に関する検査が早期に必要かどうかを判断するのに重要です。また経過が長い場合には、高血糖による悪循環でインスリン分泌はかなり低下して来ている可能性があります。その場合には、昔はかなり太っていたのに、今は標準体重に近いというケースが多くなります。しかし定期的に健診を受けていないと、いつから糖尿病があったのか分らない場合も珍しくありません。Ⅱ型糖尿病では口渇が出現して体重が急に減るのは、発症から数年以上が経過して、悪循環のサイクルを一気に走り始めた時です。
 前述の問診を行った上で、その患者さんの血糖コントロール不良の原因がどこにあるかを考えます。基本的には太っている人は食べすぎ・運動不足が主たる原因であり、まだインスリン分泌力はそこそこ残っている筈です。上記3系統の薬剤を使ってほんの少し倉庫を拡大し、食事・運動療法を励行してもらって、空きスペースを何としても拡大・維持してもらうようにします。治療開始後に体重が増え始めたら、せっかく作った倉庫の空きスペースが食べ過ぎで埋まりつつある、とハッキリ説明する必要があります。
 一方以前は太っていたが今は痩せてしまった、或いは昔から太っていなかったという人は、現時点では基本的にインスリン分泌不全が主たる原因です。やはり上記3系統の薬剤を使い、或いはインスリン製剤を使って、倉庫の拡大を積極的に図ります。昔太っていた人は要注意ですが、昔から痩せていた人は、食事療法をあまりうるさく言わなくても、治療後に太りすぎることは少ないようです。
 
  内服薬とインスリンの併用も
 3系統の内服治療を併用していても、やや肥満気味で良好な血糖コントロールが得られないというケースが、実際の臨床ではよく見られます。最近行われるのは、現在の内服薬を続行したまま(α-GIは外しても良いのですが)、超速効型インスリンを各食前に4単位前後併用する治療です。SU剤は立ち上がりが悪いので、食後高血糖の抑制はなかなか困難な場合も少なくありません。その場合に超速効型インスリンを併用すると、良好なコントロールが得られる場合があります。
 昔の教科書には内服薬とインスリンの併用はダメと書かれていましたが、今ではごく普通に行われます。内服から全面的にインスリンに変更すると、至適投与量や投与パターンを確定するまでにかなり時間がかかります。それに対して追加だけだと、少しずつ増やすだけだから簡単です。 
またインスリン導入により自己血糖測定が保険適応となり、患者さんの治療への大きな動機づけとなることもよく経験されます。
 それでも食べ過ぎの患者さんは徐々に体重が増えて、結局はコントロールが改善しなかったという結果になります。食べすぎ・運動不足で肥満の患者さんが、最も治療に難渋するのは、多くの臨床医が感じていることでしょう。

■群馬保険医新聞2007年9月号