【診察室】結核克服に向けて

【2011. 10月 20日】

結核克服に向けて

            NHO西群馬病院 渡邉 覚 

 ある地域における結核の自然史をみると、当初は若者の病気として広がり、社会の成熟とともに高齢者の病気になる傾向がある。
 我が国でも戦前は若者の病気として猛威をふるい、1950年頃の人口10万人に対する結核罹患率は500人を上回り、当時は国民病とまで言われていた。その後、罹患率は1970年代までは急速に減少したが、1980年代に入って下げ止まり傾向となり、1997年度の統計では、前年度の33.7に比較して33.9とわずかに増加を示した。1999年7月、厚生省より結核緊急事態宣言が発表されて以降は減少傾向にあり、2008年には20を下回って19.4となり、2010年には18.2となった。国の2005~2010年の基本指針には、2010年までに罹患率を18以下にするとあり、計画当初よりは減少速度は鈍化している。その理由のひとつとして、わが国の結核罹患の構造の大きな変化があげられる。高齢者に患者が偏在化してきており、患者全体に占める割合は65歳以上が約6割、70歳以上が半数、80歳以上が4分の1に達している。これは戦前からの名残として、高齢者で結核既感染者の割合が高く、人口の高齢化によって、これらの既感染者での発病が増えてきているからである。
 一方、若い成人の結核も相対的に拡大しており、この背景には高まん延国から入国する外国人の問題や医療機関など感染リスクの高い職業に従事する者からの発病、住所不安定者などからの発病など社会的問題に起因する結核発病があり、医療関係のみによる対策では、問題の解決に至らないことが多くなっている。特に大都会でこの傾向が顕著にみられ、もともとある地域間格差は、今後さらに大きくなっていくと考えられる。

 ■高齢者結核
 高齢の結核患者は、必ずしも明らかな症状が現れるわけではなく、診断が何カ月も遅れる場合がある。特に、他疾患で医療機関に長期間入院している場合や施設等で集団生活を送っている場合等では、診断が遅れると施設内集団感染をひき起こす危険性が高く、注意が必要である。医療従事者は、高齢者は結核既感染率が高いことを十分認識し、呼吸器症状等の有症状時には結核発病を念頭に、速やかに胸部X線検査や喀痰検査などの精査を行うとともに、必要に応じて定期健康診断を行う等、きめ細やかな個別的対応を行うことが必要であろう。

 ■地域間格差
 結核は、結核菌の感染によっておこる感染症であり、人から人へと感染するので、人口の密集するところで感染が起こりやすい。空気感染であるため、ビルなど密閉された建物の中では、さらに感染が広がり易くなる。感染者のうち発病する者は10%程度と言われているが、合併症や栄養状態、ストレスなどさまざまな社会・経済・身体的要因が発病にかかわってくる。また、感染してできた小さな病巣の中に結核菌が長期間生き残り、数十年後に発病することもある。そのため、数十年前に感染した人が多い地域、すわなち、以前結核が多かった地域では、高齢者の発病が多くなって結核は減り難い。
 また、地域間格差の要因の一つに貧困があり、結核患者の生活保護割合が高い自治体では罹患率も高い傾向がある。生活困窮者は、医療機関をなかなか受診しないことから診断が遅れることが多く、治療が行われても、治療失敗・脱落率および再発率も高い。地域住民を守るためには、これら生活困窮者の生活基盤を支えるための社会的支援策の柔軟な適応が、今後ますます重要になってくると思われる。
 もしある地域での結核対策に問題があれば、その地域のその時点での結核まん延状況に影響するばかりではなく、その影響は後々まで続くことになる。罹患率などの統計値が前年度との比較で増加した場合は、どのような要因で増加したのか、高齢者か、若年者か、医療従事者か、外国人か、社会的要因かなど詳細に分析する必要がある。また、罹患率の低い地域では、近年人口10万人対10前後と、低まん延時代を迎えている地域もあり、人口によっては、年間新規発生患者数が100人足らずの自治体も出てきている。患者実数が少ないと変動幅が大きくなる場合があり、そのような場合には中~長期的な推移で判断するべきであろう。
 群馬県における結核罹患率は以前より低い傾向が続いていたが、2009年は10.2と全国で最低を記録し、新規患者は204人だった。2010年の罹患率は11.0、新規患者は220人とやや増加がみられたが、一時的な変動の範囲内であるのかどうか、今後の推移を注意深く見守る必要がある。
            *
 今年5月に「結核に関する特定感染症予防指針」が改正され、具体的成果目標として、平成27年までに①人口10万対罹患率を15以下とする。②肺結核中再治療患者の割合が平成21年は7.8%であるのを7%以下とする。事業目標として、①直接服薬確認治療率を喀痰塗抹陽性患者の95%以上としてきたが、対象を全結核患者に拡大した。②治療失敗・脱落率を平成21年は6.2%であったが、治療完遂率を維持するために5%以下とする。③潜在性結核感染症患者を確実に治療する目的で、治療開始者のうち治療完了の割合を85%以上とすることとなった。
 結核は、年間約2万4,000人の新規患者が発生し、約2,000人が亡くなっており、依然として我が国における最大の慢性感染症であることに変わりはない。結核克服のためには、我々医療従事者はもちろんのこと、関係団体、地方公共団体および関係省庁との十分な協力の下で、対策を推進することが重要である。

■群馬保険医新聞2011年10月号