小児医療の集約化を考える

【2007. 11月 21日】

  小児医療の集約化を考える
              理事・深沢尚伊
                                  
  ある小児科医の自殺
 1999年8月16日、小児科医・中原利郎さんが病院の屋上から身を投げ命を絶った。まだ44歳だった。周辺病院が小児科を閉鎖したため患者が集中、過酷な勤務状況と病院の経営方針の板挟み(小児科は不採算部門)が彼を自殺にまで追い込んだ。
 この事件が小児医療の危機的状況に警鐘をならすきっかけとなった。以後、小児科医の勤務実態がさまざまな調査で明らかにされる。調査報告を読んで、私は「当直」は超勤に見なされないということを初めて知った。当直は「留守番業務」だという。しかし病院で当直をする場合、留守番どころか、仮眠さえなかなかとれないことが多い。
 当直や日直を現状に即して超勤とみなした場合、私は月平均4回の当直と2回の日直、それに毎週2回の夜間診療を合計すると、それだけで優に92時間の超過勤務になる。先月は120時間を超えた。

  まず三次医療の充実を
 私自身小児科医として30年が経とうとしている。毎日の診療の中で最もありがたく、そのご苦労をねぎらいたいのは、三次救急を担ってくれる小児科医たちだ。県立小児医療センターは新生児にとっても救世主的存在だが、ここさえも、いつでも重症新生児を受け入れられるわけではない。NICUが満床で、患者を県外の病院に搬送することもある。ベッド増と医師の増員は緊急課題だ。

  中小病院は潤滑油
 地域に点在する中小規模病院小児科の役割も欠かせない。日常的には、これらの病院が三次救急医療も含めて小児医療の潤滑油の役割を果たしている。
 地域に根ざした中小病院は、長い年月をかけて住民との信頼関係を築いてきた。それを基本に子どもたちと向き合っている。地域の保育園や公民館での健康講話や座談会、母親教室、ときには不登校やADHDについて教師や保護者の相談窓口にもなってきた。小児医療は救急だけではない。不採算なこうした部門も大切である。いらない病院小児科はないのだ。

  新臨床研修制度
 新臨床研修制度になり、卒業後地域の病院で研修する医師が増えて、大学病院での研修医が激減した。そのため大学では地域の派遣先病院から医師を引き上げることになり、医療崩壊を顕在化させた。制度の目的が、プライマリー・ケアのできる医師を育成するという国民的要求に基づいているのだから、予測されたことではあった。
 思惑通りプライマリー・ケアを身に着けたいと考える研修医がたくさん生まれれば、小児科専攻ではなくても、将来小児医療の一翼を担ってもらうことになる。地域の病院はそれを学ぶにふさわしいということだ。
 新臨床研修制度を積極的に受け入れることも必要だろう。私の勤務する病院は4人定員のところに今年7人の医学生が1位に指名してくれた。

  県内でも地域差
 群馬県に限ってみても、前橋圏のように開業医が医師会の夜間診療所で準夜の一次診療を行い、さらに小児科を持つ四病院が輪番で365日二次医療に対応しているところもあれば、県北部のように開業医も少なく、病院で広大な地域をカバーし、冬には雪で移動もままならない地域までさまざまである。
 まして、全国規模になれば、東京から北海道まで地域事情は千差万別。こうした事情を無視して集約化を強行すれば、厳しい中で奮闘している小児科を潰すことになるだろう。

  医師を増やして
 厚労省や小児科学会の提案する「集約化」は、センター病院を充実させ、医療スタッフの労働条件を改善させるという。しかしそれを、中小病院つぶしと連動させないで欲しい。
 確かに、どちらも充実させるには医師が居ない。ならば医学部の学生と話してみたらどうだろう。小児科希望の学生はたくさんいる。まして、「不採算」な「障害児医療」希望者が多いことには驚かされる。彼らが初心を貫けるような、魅力のある構想を作ってほしい。
 医師が少ないのは(国は少ないのでなく偏在というが)医師が増えれば医療費が膨張するという考えが政府にあるためだ。しかし医師の数はOECD平均が人口10万人に対して310人で日本は206人、しかも全ての自治体がOECD平均を遥かに下回っている。これは偏在ではなく、絶対的不足というのではないか。せめて国際的水準に届くための努力くらいしても良いと思う。耳にタコの話だと思うが、公共事業はG7中第2位のアメリカより約20兆円も多く使っている。
 きちんと医療に税金を投入して、医師確保に本気で取り組んで欲しい。
 ■群馬保険医新聞 2007年11月号