準夜救急外来支援事業と当院から見た小児救急
公立藤岡総合病院・小児科 五十嵐恒雄
ある夜の救急現場
次の日はハッピーマンデーと称する月曜の休み、土曜とあわせると三連休の中日にあたる日曜日の夜である。5時を少しすぎたころ、地域の開業の先生より紹介の電話。発熱と咳の長い児、炎症が強いとのこと。来院すると、かなり辛そうで40℃近い発熱。白血球数増多、炎症反応ともに強く、血液培養・レントゲン・細菌検査を実施、右中葉の肺炎と判明。
これを皮切りに救急患者が続々来院しはじめた。1時間前後をかけ、10人ほどを診察。喘息発作が多く診察・吸入・診察・検査・点滴の繰り返しで、目の前の患者さんが目まぐるしく交代する。気がつくと数人が点滴中。その中で痙攣発作の児を救急車が連れてくるとのこと。さらに2~3人診察すると救急車のサイレン。
痙攣は止まっているが、熱は高く、不機嫌に泣いている。意識はあり、項部硬直はなく一見したところ髄膜炎ではなさそうだ。血管を確保し、血液検査のオーダーを出し、母親との話もそこそこに診察を続行。
そうこうしているうちに、1時間ほど待たされた咳が主訴の児を診察。喘鳴が強く陥没呼吸もあり、呼気も延長、顔色も悪い。喘息発作だ。聴診もそこそこに吸入をしてもらうことにするが、すでに2人の順番待ち。順番を割り込ませて吸入をするが、改善ははかばかしくない。点滴をしてステロイド剤(サクシゾン)を点滴静注。このあともう一度吸入をする予定にした。
そのうちに内科にも救急車が来て、もともと4~5人しかいない救急のスタッフが成人の救急処置に取られる。診察の呼び込みは自分でして診察済みの診療録が処理できないまま机の上に重なってゆく。中にはこれから点滴・吸入・浣腸などの処置をするものも含まれている。次第に点滴のスペースが少なくなり、誰の処置がどこまで済んだのか、看護師も医師も頭の中ではわからなくなってゆく。
結局、切れ目が来たのは23時。18時前が比較的すいており、この間に10分間を使って食事をしておけたことがせめてもの救いであった。入院はこの時点で3人、肺炎と先ほどの児を含めた喘息が2名だ。深夜に入りさらに喘息発作の児が2名入院、救急ベッドが足りず、通常は夜間には使わない一般病棟のベッドを入院に使った。どの児も一様に酸素マスクを使用中。喘息発作は多く、喘鳴が多少残っても、呼吸困難が軽い児はその旨話をして「具合が悪ければもう一度来てください」と帰宅していただいた。
夜間の来院は40名以上、1時間弱のまどろみ2回の仮眠を取るうちに夜が明けた。幸い病棟のトラブルはなかったし、新生児の入院依頼もなく、何とか無事に当直を終えることができた。
当直勤務の重圧
当院の救急ではこんな風景がめずらしくありません。こういった状況で、二次輪番の日には後背人口約60万の西毛地域唯一の小児の二次救急を行っていることになります。
当院は地域周産期センターでもあり、めったにあることではありませんが他院よりの新生児の入院にも必要なら対応しなければなりません。病棟、産科新生児、小児科未熟児、そして新生児救急のすべてに関して院内の全責任をおいながら、上記の救急をこなさなければならないのです。
なるべく先のことは考えず、出たとこ勝負でやっていくようにしていますが、若い医師にとっては当直の重圧は相当なものです。看護スタッフの消耗も激しく、安全という点からも実は綱渡りの毎日です。
もしも病棟の患者の変化を知らずにいたら…、新生児・未熟児は変わりなくしているだろうか…、異常児のお産はないか…、新生児搬送は来ないのだろうか…そんな事が頭をかすめながらも、目の前の救急患者をまずは診なくてはなりません。それが、当院の小児科当直です。入院の患者さんをもっとじっくり診たい…それが最大の願いですが、状況によってなかなか思うようにはなりません。
診療支援と今後の課題
こんななか、地域の開業の先生方に、平日の一部において病院の救急外来で小児科初期診療を19時30分から22時30分の間お願いできることになりました。
これは小児科医にとっては助けになりました。支援に来院して頂けた夜の日付が変わるところの疲労感は以前とは雲泥の差です。病棟その他のセクションの状況の確認もすることができます。ただ、小児科にかかろうという患者さんには多少の違和感を持たせてしまっているかもしれないし、来ていただく先生方にも慣れない病院での診療であるうえに、上記のごときスタッフ不足で、負担をおかけしていることと申し訳なく思っています。しかし、今のところ、関係各位のご理解とご協力もあって、大きなトラブルは起こっていません。ありがたいことと感謝しています。
とはいえ、残る問題も小さくありません。ひとつには一次を含めた診療が、全て病院内でおこなわれることからくる問題があります。
現在、当院の小児救急の入院率は5~6%程度です。これが、前橋など一次診療機関のある地域では10%前後になっています。1人の入院となる患者に対し、ほぼ倍の数にあたる一次診療を行っている計算になります。この〈数に対する対応〉が、特に休日・夜間においてはコメディカルスタッフの負担になっています。病院の救急医療の安全性をも脅かす問題と感じられます。
さらに、支援を受けられない休日ともなると、昼夜分かたず前記のような状況となって医師も看護師もパンク寸前です。患者さんも2時間待ちが珍しくありません。
一般に西毛地区では、夜間・休日の一次診療施設の整備が立ち遅れており、このしわ寄せが病院に来ることによる救急の負担のために、この地区の病院勤務を嫌う医師が小児科に限らず増える傾向にあります。
医師不足の中、この点は病院の存立にかかわる問題です。やはり、病院の目と鼻の先に一次診療施設があって、まず、患者をそちらへ誘導できるような態勢を一刻も早く実現することが、地域医療を守るための急務であると考えます。
絶対数不足と集中化
ここ1年くらいの間に小児救急の集中化という問題が持ち上がってきました。小児の高次救急の確保と医師の過労の防止を主目的としていますが、群馬県では小児科勤務医の絶対数が足りず、小児科医のマンパワーのみでは、集中化による医療レベル・安全性の確保をとるか、受診機会・受診距離の確保といった利便性を優先させるかの二者択一を迫られる可能性があります。
小児科に関し、地域にある程度の病院機能を残しながら、集中化による救急医療を確保する―こうした集中化本来の目的を群馬県全体で達成することは困難です。そんな情勢の中で、時間外の医療サービスを確保するためには、開業の先生方のお力を初期診療について拝借するほかなさそうです。
小児科に限らず、群馬県の救急医療は崩壊の危機に瀕しています。いま機能している地域の中核病院が、2年、3年後にそのままで存在できる保証はどこにもないと考えるべきです。病院は次々縮小・閉鎖、勤務医をやめた開業医の乱立…。このままでは、こういった事態が現実となる可能性があります。
群馬県で勤務してくれる医師を増やす努力はもとより重要ですが、どれも速効性は期待できません。若い医師の増加に期待するとすれば戦力となるまでに数年から10年の時間が必要です。だとすれば、いま群馬県で医療に携わる人々が、それぞれ何ができるかを考え、できる範囲で救急に関わっていくしか地域医療を守る方法はないと思います。10年後に〈医療が不毛の群馬県〉にしないためにも。
■群馬保険医新聞 2007年11月号