【論壇】2011年を振り返る

【2011. 12月 15日】

2011年を振り返る


 今年ほど暗い気持ちで一年を顧みることはなかったように思う。我が国がハードとソフトの両面から大きく揺さぶられ、重大な試練を与えられている思いだ。自然災害、そして政治や社会の動向にも真摯に向き合い、一つひとつ丁寧にクリアしていかなければならない問題が山積している。
 
 ●東日本大震災
 何と言ってもこのことを抜きに一年を語ることはできない。3月11日、三陸沖にマグニチュード9.0の大地震が発生し、想定外と言わざるを得ない程の大津波が東北太平洋岸を直撃した。最大10メートルの津波は、多くの人と街を根こそぎ壊滅し、筆舌に尽くしがたい被害をもたらした。わが協会からも事務局が現地支援に急行、呼びかけに応えた会員からの支援金は、短期間のうちに630万円にも達した。しかしながら未だ復興への道は遠く、雇用も進まずの状況が続いているのが実情である。11月に至っても避難生活を続ける人は八万人、死者行方不明者あわせて2万人を数えるという。
 
 ●原発事故
 東日本大震災による津波は、福島原発を直撃し、放射能被害は、またたく間に関東一円に拡散した。11月の報道によれば、わずかながら西日本や北海道にも及んでいるという。政府や東電の意図的な情報隠しではないかと早くから指摘されていたが、被曝に関する正確な知識と情報の不足は、風評被害も含め、不安やダメージの拡大をより深刻にした。 
 想定外の自然災害なのだから、人間の力ではどうしようもなかったという議論が当初から強調されていた。果たしてそうであろうか。今回のような原発事故の危険性を具体的に警告していた論文や国会での討論があったことは、案外知られていないのかもしれない。津波の歴史に鑑みて、15メートルを超す防潮堤を整備した岩手県の普代村では、村内の死者と家屋倒壊はゼロだったという。政治の怠慢だったのかとしみじみ思ってしまうのだ。
 
 ●計画停電 
 福島原発の停止は、電力供給不足に直結し、東電は計画的に地域単位で電力を止める「輪番停電」に踏み切ることになる。私たち保険医にとっても、かつて経験したことのない種類の被害であり、その対策に多大な困難を強いられた。

 ●なでしこジャパン 
 7月17日、第6回女子ワールドカップドイツ大会。世界ランキング一位の米国を日本チームがPK戦で破り、初優勝を遂げた。暗く、沈んだ空気の漂う日本に、久しぶりに届いた明るいニュースであり、たくさんの人に勇気や希望、微笑みをもたらしたようだ。

 ●地デジへ完全移行 
 疑問を残しながら、たくさんのテレビ廃棄物を産み、家電販売店に多くの行列を作った。先を展望した確かな方針なのか、あるいは愚挙なのか、7月24日以降、今や何事も無かったかのように沈静化してしまっている。

 ●3年目の民主党政権 
 多くの国民の期待を浴びて誕生した民主党政権も既に3年目に入っている。四年間は消費税アップ無し、後期高齢者医療制度の廃止、地域医療確保を目的とした診療報酬引き上げ等々、マニフェストに示された内容に寄せられた期待は、日を追って色褪せていった感がある。管首相の退陣を受け、9月2日、野田内閣が発足した。「社会保障と税の一体改革」として外来受診時定額負担の導入、消費税増税、70〜74歳の患者負担を1割から2割に倍増などを目論んでいるようだ。社会保障の財源として、消費税を充てることは、より負担率の高くなる低所得者の税金を、その財源として充てるということになるのであろうか、多くの疑問を残している。野田政権は「震災復興と原発対策を最優先に」と掲げているが経過を見守るなどと、のんびりしていられる時間は、もう我々には残されていない。

 ●環太平洋連携協定(TPP) APEC出席を翌日に控えた11月11日、野田首相はTPP協議への参加を表明した。全ての関税を取り払い、農産物の輸入を自由化することはもちろん、医療、保険、金融、公共事業の発注、雇用など、経済活動の国境を無くし、徹底的に規制緩和を行うもので、影響は国民生活のあらゆる分野に及ぶことが考えられる。混合診療の解禁は世界に誇る日本の医療保険制度の崩壊を招くことは明らかであろうし、営利企業の医療への参入により市場原理が導入され、弱者切り捨ての方向へ進むであろう。政府の舵取りの、その危うさたるや、素人集団でもあるまいし、と思ってしまう。私たちも声を大きくあげて、他との連携をとりながら行動していくべきだろう。

 ●国際的な政治・経済不安 チュニジアに始まった中東・北アフリカの反政府デモは、エジプトやバーレーン、リビアなど各国に拡大し、強権体制の崩壊が相次いだのも今年の特徴的な動きだった。10月20日、カダフィ大佐の死亡が報道されたが、かつての英雄たち(?)の末路を何度見てきたことだろう。何ともやりきれない気持ちになる。
 ニューヨークで始まった「格差反対デモ」は、米国の人口1%の富裕層に対する抗議として、世界各地に連鎖的に波及した。もうけ本位の暴走に歯止めをかけるのが今日の流れなのかもしれない。
 オリンパスの1,000億円を超す不正経理問題や大王製紙会長による100億円超の巨額借り入れ問題もその典型例としてみることができるであろう。
 一方、米格付け会社(S&P)は、米長期国債の格下げ『AAA→AA+』を発表した。円高が進み、米、欧とも例外なく世界株安が再燃し、欧州経済への不安はギリシャに次いでイタリア、さらにはスペイン、フランスへと広がる気配を見せ、市場は混乱に陥っているという。我が国の受ける打撃は、国民にはなかなかわかりにくいが、相当深刻であることは間違いなさそうだ。
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 台風12号、15号のもたらした甚大な被害、B型肝炎訴訟和解、子ども手当見直し、タイの大洪水、中国の高速鉄道事故など、他にも記憶に残る出来事は少なくないのだが、別の機会に譲ることにする。
   (副会長・木村 康)

■群馬保険医新聞2011年12月号