歯周病が糖尿病を悪化させる!?
前橋市・青葉歯科医院 清水信雄
●感染症に注意が必要な5つの理由
現在、日本の糖尿病人口は、約1,000万人といわれています。糖尿病は様々な合併症の原因となりますが、特に細菌やウィルスによる感染症を併発しやすくなることは周知の通りです。
これにはいくつか、理由が考えられます。
1)高血糖の状態になると、その領域において、細菌等が繁殖するための富栄養状態となる。
2)血液中の糖が増加する反面、組織や細胞が低栄養状態になり、同部位における細胞性免疫能、並びに好中球の遊走能が低下する。
3)高血糖になると血液の粘性が上がるため、血液の循環障害が起こる。これにより、特に微細血管が分布する指先や歯肉といった末梢への酸素や栄養分の供給が不十分となり、同部位における細胞の活動が低下し、加えて必要な免疫系細胞が送り込まれないため、感染に対し無防備になる。
4)3)の結果、痛覚等を知覚する感覚神経も障害されるため、皮膚や粘膜の損傷に気づくのが遅れ、これも感染を悪化させる原因となる。
5)一度細菌等の侵入が起こると、免疫システムに関わるサイトカインが多く作られる。サイトカインは、特定の細胞間の情報伝達を担っており、正常な免疫システムに不可欠な因子である一方で、インスリンの機能を抑制する作用があり、これが糖尿病のさらなる悪化につながるという悪循環を生む。
以上により、「糖尿病が歯周病を悪化させる」ということはご理解いただけたと思います。
●歯周病によるサイトカインの影響
歯周病(歯周炎)も歯周病の原因菌(可能性も含め10種類近くあります:以下、歯周病菌)による炎症で、進行すれば歯を失う結果となります。最近では、前述5)の部分、「歯周病が原因で免疫システムが働くことにより、糖尿病がさらに悪化する」という事実が特に注目されるようになってきました。つまり先ほどとは逆のプロセス、「歯周病が糖尿病を悪化させる」ということも解明されてきたのです。この点をもう少し詳しく説明します。
歯周病に罹患すると、歯周病菌と戦うため、同部位に免疫細胞の一種である好中球やマクロファージが現れます。好中球やマクロファージが歯周病菌に接触するとサイトカインを作ります。このサイトカインこそが糖尿病悪化のプロセスにおける重要なファクターなのです。
サイトカインは、免疫系細胞から分泌されるタンパク質で、細胞間情報伝達分子ともいわれ、特定の細胞間の情報伝達に関与しています。したがって、免疫や炎症に関係するものが多くありますが、細胞の増殖や分化、細胞死、あるいは創傷治癒に関係するものもあります。
サイトカインには、標的細胞の状態によって異なる効果(促進と抑制)をもたらすものがあります。さらに、他のサイトカインの発現を調節する作用をもっているものも多く、連鎖的反応(サイトカインカスケード)を示すことが知られています。
サイトカインは現在、数百種類が発見されており、インターロイキン(IL)やインターフェロン(IFN)等もこれに含まれますが、今回のプロセスで特に注目されているのは、細胞傷害因子に属するTNF-α=Tumor Necrosis Factor-α:腫瘍壊死因子です。TNF-αは、アポトーシス(個体を良好な状態に保つためにプログラムされた細胞死=腫瘍細胞を壊死させる作用)を誘発するサイトカインです。このサイトカインは、細菌が侵入したという情報を他の免疫細胞に知らせたり、免疫細胞の活性を高めたりする一方で、インスリン受容体のチロシンキナーゼの活性を低下させ、かつ糖輸送能を低下させることにより、インスリン抵抗性を招くという困った作用をもっています。これにより、糖尿病の症状がさらに悪化する、そして歯周病がさらに悪化、という悪循環が生まれます。
●肥満との密接な関係
TNF-αは脂肪細胞からも盛んに分泌されるため、肥満の方はこの意味からも糖尿病になりやすくなる可能性が高くなります。またこの物質は、動脈硬化や関節リウマチをも悪化させますから、いわば合併症を作る因子ともいえます。
近年、糖尿病、高血圧、高脂血症が合併するメタボリックシンドロームは、内臓脂肪肥満が引き金となり、インスリン抵抗性が増大することがその本態であると考えられるようになってきました。インスリン抵抗性の原因の一つに、脂肪組織での炎症が示唆されています。サイトカインの一種であるIL-8の脂肪細胞からの分泌と、脂肪細胞でのインスリン作用に及ぼすIL-8の影響が、TNF-αの糖尿病への影響同様に注目されています。
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相互に関係し合っている糖尿病と歯周病を併発している場合には、この悪循環を断ち切るために、血糖値を正常範囲内にコントロールすることはもちろんですが、併せて歯周病を治療することがとても重要と考えられています。
■群馬保険医新聞2011年12月号