【診察室】過活動膀胱

【2012. 2月 15日】

過活動膀胱

前橋市・中沢クリニック 中沢康夫

 過活動膀胱(overactive bladder:OAB)という言葉は、某製薬会社が著名な女優を使って啓蒙したおかげで、ここ数年、多くの人に知れわたってきました。比較的新しい概念で、2002年に国際禁制学会が症状をもとに定義した症候群です。要は「我慢できない強い尿意が急に起こる」ことであり、「年をとっておしっこが我慢できなくなった」という人のほとんどがこの疾患と考えられますので、潜在的な数を含めると、きわめて多くの患者が存在すると推測されます。過活動膀胱診療ガイドラインによると、2002年の疫学調査で過活動膀胱の有病率は、全体の12.4%以上にみられます。また加齢により多くなり、80歳以上では40%弱の人がこの疾患にかかっていることがわかります。
 過活動膀胱は、より厳密な言葉で言うと「尿意切迫感を有し、通常は頻尿および夜間頻尿を伴い、切迫性尿失禁を伴うこともあれば伴わないこともある状態」となります。もちろん感染症などによりこの症状が起こっている場合は除外されるので、診断にあたっては、検尿と残尿測定は欠かせません。若い人は、膀胱炎を起こせば尿意切迫感だけでなく排尿時痛、残尿感など随伴症状が出ますから、尿の検査ができなくても問診だけで膀胱炎と診断できます。一方、高齢者では、細菌性膀胱炎を起こしているのに排尿時痛をまったく感じない人も時々みられます。もちろんその場合は有効な抗生剤の投与で症状が改善します。また、高齢者の場合は、排尿筋の活動低下により、過活動膀胱であって、残尿を伴う症例も少なからず見られます。この場合の治療には、少し工夫が必要で、単に抗コリン剤を投与しただけでは残尿量が増え、頻尿の改善が得られないこともあります。
 
 ■抗コリン剤投与の目安
 診療のアルゴリズムに従っていくと、残尿測定は欠かせない検査になっています。私の場合は少々面倒でも残尿測定は欠かさず行っておりますが、一般の先生方では忙しい日常診療の中でそこまでできないと感じる人も多いと思います。過活動膀胱診療ガイドラインでも、それを考慮して、年齢、性別による目安を示し、女性の場合は症状から抗コリン剤を投与できるとしています。ただし尿の勢いが弱い、尿線の途絶などの排尿症状がある場合は慎重に投与、また80歳以上の高齢女性で排尿症状が強い場合は、排尿筋収縮障害が共存していることが多いので、泌尿器科専門医に紹介したほうがよいとしています。
 
 ■男性のOAB
 男性も女性と同様に、加齢とともに過活動膀胱の症状を呈する患者が増加します。しかし皆さん知っての通り、男性は加齢とともに前立腺肥大症の頻度も高くなってきますので、治療に際しては注意が必要です。一般的に、前立腺肥大症に伴う過活動膀胱に対しては、まず最初にα1ブロッカーを投与します。α1ブロッカーで排尿状態を改善させれば、多くの場合、過活動の症状も改善します。しかしそれだけでは改善しない患者ももちろんいますので、その場合は、抗コリン剤を合わせて投与することが推奨されています。ただし排尿困難、尿閉などのリスクが高いため、少量から投与したり、頻回に観察するなど慎重に投与することが求められています。
 なお、今でこそ抗コリン剤の併用は推奨されていますが、以前は保険請求上の問題で併用が難しい時期がありました。ベシケア、デトルシトールが過活動膀胱の治療薬として初めて市場に出てきたのは2006年で、それまでは同効の治療薬として、バップフォーとポラキスしかありませんでした。これらの適応病名は「神経因性膀胱、不安定膀胱」でした(今ではバップフォーも過活動膀胱の適応症をとっています)。これらは前立腺肥大症の患者に投与することは禁忌ではなかったのですが、なかなか保険で認めてもらえず、一方では、これらを一緒に内服することで、悩ましい尿意切迫から解放される患者もいますし、当然、患者からの希望もあるので、数年間は、査定されながら処方を続けたものでした。 

 ■新しい薬
 抗コリン薬は切れ味がよく、ほとんどの人で症状が劇的に改善します。しかしその抗コリン作用により少なからず口内乾燥、便秘などの副作用がみられます。特に高齢者は薬の投与前からすでに口腔内の乾燥症状を感じている人もいますから、乾燥症状が悪化して内服を継続することができない場合も多くあります。最近、抗コリン作用ではなく、まったく別の機序の薬(β3刺激薬)が発売になりました。効果は、抗コリン剤に近いと考えられていますが、発売後の臨床効果の推移を見守りたいと思います。
 
 ■間質性膀胱炎
 頻尿の原因となる疾患の一つとして、間質性膀胱炎についても少し触れておきたいと思います。間質性膀胱炎は過活動膀胱と違って歴史は古く、およそ100年前に提唱されています。典型的な症状は、尿貯留時の膀胱部痛、頻尿で、膀胱内を見ますとハンナー潰瘍もしくは点状出血が見られます。以前はこの疾患は稀なものと考えられていましたが、最近になって結構多くの患者がいることがわかってきました。未だ原因は不明で、治療も確実なものはありませんが、少しずつ解明され、いろいろな治療法も報告されてきています(小さくなった膀胱を強制的に拡張する膀胱水圧拡張術は、その効果が認められています)。頻尿を訴える患者の中で、尿がたまったときに下腹部に不快感を感じる人は、軽症の間質性膀胱炎の可能性が高いと思われますので、この疾患のことも念頭に置いて、頻尿の治療にあたっていただきたいと思います。

■群馬保険医新聞2012年2月号