産科医療体制の確立を -いまこそ改革のチャンス-
理事・今井昭満
県立がんセンターも!
東毛地区を中心とした癌治療の拠点病院、太田市にある県立がんセンターの婦人科が9月末をもって閉鎖されたことは産婦人科医のみならず、医療関係者や県民に大きな衝撃を与えました。いままでは主に産科閉鎖が問題になってきましたが、医師不足はついに婦人科にまで及んでしまったのです。
とどまらない産科閉鎖
群馬県の医師数は決して多くはありません。人口10万人に対する医師数は192.2人で、全国平均の201人にも達していません(平成16年12月末)。また、地域によるばらつきも大きく、全国トップクラスの前橋がある一方で、その35%の医師に住民の健康がゆだねられている地域もあります。
これまで渋川総合病院(04年)、原町赤十字病院(05年)、館林厚生病院(同)といった地域の中核病院で産科が閉鎖し、近々閉鎖することを予告している病院もあります。
お産は約半数を開業産婦人科医が担っていますが、これは母または胎児が危険に陥ったとき、地域の中核病院の応援と支援があって初めて可能になります。それが適わなくなれば、地域の開業医も大きく影響してきます。県内でもここ数年の間に10以上の開業医がお産の取扱いを中止するに至っています。
産科・小児科は不可分
産科医療は、いうまでもなく妊産婦と胎児・新生児の二つの命を同時に診ていかなければなりません。そのためには、とりわけ低体重児、新生児仮死、呼吸障害、その他種々の新生児の異常に緊急に対応できる新生児治療の専門医と、充分な施設が整えられていることが不可欠です。ともすれば産科医と新生児小児科医不足の問題が別々に論じられますが、これは大変な誤りです。
開業産科医の役割
中核病院に勤務する医師らを一か所に集約し、ここを「拠点病院」として充実させ、すべてのお産をここで行い、個人開業医はお産を扱わないようにしようという方針を政府はもっているようです。
病院勤務の産科医と地域の開業産科医があたかも相容れない、対立する関係であるかのように見えますが、すでに述べたとおり、分娩の半数は開業医が担っており、開業医が安心してお産に取り組める体制を作ることも大切です。開業医はお産を扱わなくてもよいということになれば日本の産科医療は崩壊してしまうでしょう。
二次・三次病院が必要
開業産婦人科医として30年出産にたちあってきました。妊産婦も胎児も新生児も、病状は比較的軽症なものから重症なものまでさまざまです。私のつたない経験では、これらすべての症例を集約化した「拠点病院」にゆだねるのではなく、第一次として地域開業医もお産を扱い、患者の病状によって選べる第二次、第三次の比較的高度な医療が可能な病院を配置する制度が望ましいと考えます。
同時に開業産科医同士の有機的な連携を強め、緊急時に助け合うネットワークをつくりあげていくことも、高度医療機関との連携とともに重要だと思います。
産科をとりまく問題は多岐にわたっています。問題点が次々に明らかになってきたいまこそ産科医療を総合的に検証し、抜本的な改革をする絶好のチャンスでしょう。
お産の主役
話は変わりますが、どうしても産婦人科医として述べておきたいのは、医師と患者は対立するものではなく、行政ともども、よりよい妊娠、分娩管理のため力をあわせて信頼関係を築く必要があるということです。
現在、世界では年間200万人をこす妊産婦が死亡しているという事実をみてください。お産にのぞむ女性には、出産は命をかけてやりとげるものだという認識と覚悟をもってほしいのです。
お産は無事にすんであたりまえ、なにか異常がおきれば病院や医師に責任があると思われがちです。先日の奈良の妊婦たらいまわしも、病院がみつからず、たらいまわしになったことが大きくとりあげられましたが、この妊婦さんが一度も妊婦検診を受けていなかったことは、ほとんど触れられていませんでした。
妊娠した女性は自分と赤ちゃんの命を守るのは自分であり、医師や医療スタッフは無事出産を終了するためにお手伝いをするのが役割です。主役はあくまで妊婦さんです。この機会に、この点を強調しておきたいと思います。
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産科をとりまく状況は群馬においてもきびしく、さまざまない問題をかかえこみながら、解決を先のばしにしてきた結果、ついにここまできてしまったか、というのが実感です。しかし次代を担う新しい生命の誕生をとりまく環境がこのままで良いはずはありません。一日も早く安心して出産を迎えることのできる産科医療体制を確立するため、行政、医療関係者、県民が英知を出しあっていきましょう。
■群馬保険医新聞 2007年12月号