【診察室/眼科】多焦点眼内レンズ

【2008. 1月 10日】

 診察室/眼科 
   

   多焦点眼内レンズ

           前橋市・宮久保眼科  宮久保 寛

  白内障と単焦点眼内レンズ

 白内障は眼科における主な手術の一つです。経年変化などにより濁った水晶体を取り除き、人工的に作られた眼内レンズをその代わりに挿入します。これにより、白内障による視力の低下を改善します。
 白内障の手術後に使用される眼内レンズは通常は単焦点眼内レンズといって、遠くまたは近くという具合に、ある距離の部分がよく見えてそれ以外の距離にあるものは見づらくなります。
 例えば、眼内レンズの焦点を遠方に合わせれば、車を運転する場合は眼鏡なしでも遠方がよく見えるのですが、新聞、パソコンの画面などは見づらくなり近用の眼鏡、老眼鏡が必要となります。近くに合わせれば、その逆で遠方視のために眼鏡が必要となりますが、近くを見る際には老眼鏡は不要になります。
 70歳も過ぎると、眼の調節力の低下、すなわち老眼は大分進行していますので、手術前から単焦点の状態でものを見ていることになっています。従って、もともと正視や遠視の方は近くが見えないからといってあまり苦にはなりません。しかし、50歳位までは老眼が出始めたくらいで軽く、調節力がまだ残っている状態ですので、白内障術後に、遠くは良く見えるようになったが、近くが見えなくて困るというクレームが出てきます。また最近は70歳を過ぎても車の運転はするは趣味でパソコンをするはで多趣味で活動的なお年寄りが増えており、遠くも近くも眼鏡なしで見たいという希望は強くなってきています。しかし、単焦点レズではそれはかないません。

 改善されてきた多焦点眼内レンズ

 ところが世の中にはその不都合さを解消する便利な眼内レンズがあるのです。遠方と近方の両方に焦点を合わせることの出来るレンズがあるのです。これは多焦点眼内レンズと呼ばれるもので、眼内レンズを遠方に合わせても老眼鏡なしで近くの新聞が読めるようになりました。
 以前からこのタイプのレンズはあったのですが、夜間のぎらつきや通常使用される単焦点眼内レンズと比較し暗くなってしまうなどの欠点があり、あまり使用されませんでした。しかし、この2年位の間にかなり改善されたレンズが出てきました。欧米では老眼を改善させるためにこのレンズを挿入するようになっており、白内障以外の目的にも使用されています。
 60歳くらいの白内障年齢になっても、医師や弁護士はなお第一線で仕事をしなくてはならないことが多いものです。この方達は白内障の手術をした結果、遠くは見えるようになったが、近くが見えず老眼鏡が手放せない、手術の時に手元が見えず蟹眼(手術用拡大鏡)が離せないなどのクレームが今までで出ていました。しかし、多焦点眼内レンズを挿入すると、話は変わります。裸眼で遠方視力0.8以上、近方視力0.6以上となるのです。これ位視力がありますと、車の運転は可能で、新聞の本文も眼鏡なしで読めます。良くマッチした方の場合、車の運転はなんの支障もなく、しかも近くは辞書の様な細かな文字でさえも眼鏡なしで見え、満足度はかなり高くなります。
 現在多焦点レンズは大きく2種類にわけられます。屈折型と回折型でいずれにも特徴があります。
 屈折型は明るく見え、どちらかというと遠方重視、中間距離も見やすいレンズです。たとえばパソコンを多用する方などには便利です。近方はやや弱く、長時間の読書や執筆活動の多い方などは軽度の読書用眼鏡が必要となります。以前ほどではないにしても夜間、車の運転をした場合には、車のライトの周りにグレアやハローがやや目立ちます。
 回折型は近方重視と考えた方が良く、遠方も良く見えますが、辞書クラスの文字が眼鏡無しでも見ることが出来ます。ただし、中間距離、パソコンの作業する場合はやや見づらいことがあり、軽度の眼鏡が必要となることがあります。グレア、ハローは屈折型よりも少ないのですが、明るさがやや落ちます。このようにレンズに見え方の違いがあることから、どのような生活をするのか、白内障の術後にどのような見え方を期待するか、どう見えるなら満足できるかなどいろいろと検討した上でレンズを選択する必要があります。

 多焦点眼内レンズの問題点

 夢のようなレンズですが、いくつかの問題があります。第一に日本では屈折型は厚労省の認可を得ていますが、回折型はまだ得ていませんし、保険診療での使用は両者とも認可されておらず、使用する場合は自費診療となる点です。レンズ代は従来のレンズと違いかなり高額ですので、将来的に保険採用される可能性は皆無です。そのためレンズ代を含んだ手術費用は、35~50万位になります。
第二に多焦点レンズといっても、実際上は遠方と中間、近方の3か所、あるいは遠方と近方の2か所に焦点があり、遠方から近方までどの距離も連続的にシャープに見えるわけではないことです。これを知らずに挿入した場合、特に回折型を使用すると中間距離が眼鏡無しでは見づらいことが多くなりますので、多焦点レンズというので高い費用を出して入れたのにパソコンが出来ない、どうしてくれるということになってしまいます。さらに見え方に慣れるまでに2~3か月はかかります。
 これらの欠点があっても、もし私が白内障になり視力が低下した場合は、この多焦点眼内レンズは是非入れようと思っています。もともと正視で眼鏡無しでなんでもしてきたので、現在老眼になり眼鏡を使用するようになり苦労しています。なんと眼鏡は面倒なことか、食事をすれば湯気で曇るし、ちょっとしたことでレンズは汚れ、しょっちゅうレンズを拭かないときれいには見えません。読書やパソコンを長くする場合は眼鏡をかけても仕方がないと思いますが、普段の生活をしている時は、老眼鏡の世話にはなりたくありません。若い連中が見えている説明書などを眼から遠くに離して見たり、ちょっとした商品の説明文を読むのに老眼鏡を探すのは悔しいものです。

■群馬保険医新聞2007年12月号