そんなに急いでどこへ行く
南魚沼市立ゆきぐに大和病院院長
宮 永 和 夫
健診のいろいろ
■特定健診について
特定健康診査(特定健診)とは、今までの老人保健法を改正し、平成20年4月より実施予定の40~74歳の住民を対象とする健診の名称です。今まで健診の実施責任者は市町村でしたが、本人が加入している医療保険者(健保組合や国保組合)に変更されます。農家や自営業者は国民健康保険のため、今まで通り市町村が責任者ですが、会社などで働いている場合は、共済組合や健保組合などが責任者になります。
〈項目=費用を減らす〉
保険組合自体が疾病予防をすれば、組合自体の保険料の増加が防げるという一見理屈のある話ですが、問題は幾つかあり、その内容は前回の本欄で松沢先生が論じられている通りです。
私が問題と思うのは、メタボリックに偏った検査項目になることと、今まで実施されていた健診項目数が減少することです。ただ、新潟県の場合は、県全体の申し合わせで、尿潜血、クレアチニン、総コレステロールの3項目が追加されることになりました。
特定健診項目に腹囲とともにLDLが追加されたので総コレステロールは意味がないと思いますが、なぜか入っています。さらに、詳細健診と称し、メタボリックの条件を満たせば、心電図と眼底検査を行うことになる訳ですが、対象者全体を考えれば、やはり大幅に健診の費用を減らすことになり、これが老人保健法を改定し高齢者医療確保法・特定健診として制度変更した本当の目的ではないでしょうか。
〈スタッフの増員〉
南魚沼市の場合、特定健診については対象者全員から個別健診か集団健診かの希望をとり、それに基づいて実施することにしています。個別健診については、群馬県の都市部が実施しているように、近くの開業医を受診して健診を受けるものですが、集団健診の場合は、われわれのゆきぐに大和病院付属の健診センター(健友館)を受診するか、群馬県の健康づくり財団と同じような組織が健診車などで地域を回り、地区ごとに健診する形となっています。
ゆきぐに大和病院の健診センターを利用する場合は、住民は市バスなどを使い、健診センターに集合して検査を受けることになります。この際、地区ごとに受診日の人数を決めて検査をする訳ですが、以前と同じスタイルなので健診を受ける人は戸惑うこともなく、人数もやや多くなるだろうと思っています。
ただし、今回の改正(悪)によって健診センターの職員を変更する必要が出ています。松沢先生が指摘されるように、特定保健指導が義務化されたからです。
健診で問題点を指摘された場合、医師・保健師・管理栄養士のみに限定し、情報提供、動機付け支援や積極的支援という形態で、健診結果を改善させる取り組みを実施せよというものです。われわれの健診センターでは、保健指導を充実するために、今まで1人だった保健師を3人にし、管理栄養士1人を加えた計4人の体制で今回の保健指導の条件を乗り越えることになりました。
確かに、開業医の先生方にこれを実施する時間はないと思われますし、確かにこのままではかかりつけ医の意味が失われるように思います。
〈高齢者の切り捨て〉
また、特定健診と重複しますが、65歳以上を対象者として介護保険法による生活機能評価があり、特定高齢者に該当すると、市町村の介護予防事業に移り、医療でなく福祉の対応に移ります。これは介護保険法ですから市町村が責任者ですが、特定健診より優先されるため、市町村にとって余分な二階部分です。
さらに、75歳以上の高齢者は特定健診には含まず、努力義務という、「やっても、やらなくてもよい」形になります(これも無茶な話です)。
しかし、今まで実施していたものをやめるわけにもいかず、新潟県も他県同様に全市町村加入の広域連合を作り健診を実施する予定です(なお本人の支払いは無料の予定!)。
ただし、この年齢層については、健診そのものをやめて、後期高齢者医療制度の医療保険の中でかかりつけ医にスクリーニング検査をさせようとする動きもあるようで、そのようになると高齢者の疾患予防は出来なくなります。
〈ガン検診、人間ドック〉
ほかに、健康増進法によるガン検診は内容が変わらずに残ります。子宮ガンは20歳以上、他のガン(肺、胃、大腸、乳房)は40歳以上の健診の実施が義務づけられています。これは今まで通り市町村の責任で実施されますが、市町村が責任者となる国保部分の特定検診の費用が増大すると、残りの経費が少なくなるため、ガン検診に対する対象範囲が減少するかもしれません。
同様に、社会保険や共済保険でも特定検診の費用が増大すると、組合員に行っていた人間ドックへの補助金が減少する可能性があり、われわれの検診センターでは、特定健診対象数が増加するのと反比例して人間ドックの件数が減少するのではと杞憂しています。
〈若い人の一般健診〉
なお、特定健診の対象年齢以前の健診を見ると、労働安全衛生法には就労時より事業主による健診の義務がありますので、15~39歳の労働者の場合、今まで通りの一般健診は残ります。また、南魚沼市では若年健診という名称で19~39歳の未就労の住民(学生や主婦など)健診を実施しています。これらの年齢範囲については本来義務のない健診ですから、特定健診の費用の増大如何では、これらの健診が中止に向かう可能性も出てきています。
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結局、来年度から始まる特定健診という試みは、病院にも住民にも利益になるところは少なそうです。厚労省はいったいこんなに急いで、どこに行こうとしているのでしょうか。制度を作るなら、準備期間や一部地域での試行を数年かけてやるべきで、有効性を科学的に検証して後に、全体に広げるべきです。
なぜか、制度がややこしくなり、医師が疲れるだけで、住民にどのようなメリットが今後生まれてくるのでしょうか。
■群馬保険医新聞 2008年1月号 老いの周辺 №204