【論壇】子細に拘泥する指導は誰のためか

【2012. 3月 15日】

 このところ群馬県保険医協会では、個別指導実施の通知を受けた会員からの相談を受けることが多くなった。保団連が発行する手引書「保険医のための審査、指導、監査対策」には、具体的な対応について詳細に記載されているが、それでも相談が多く寄せられるのは、この実施が被指導者にとって相当の精神的負担になっているからであろう。
 やましい所を指導の場で指摘されるのは当然であり、改善に努めるのは保険医としての義務である。しかし、密室で厚生局職員に取り囲まれ、先方が「持ち駒」として既に把握している「問題カルテ」や、診療に関わる書類等を指導医療官、事務官といったその道の専門職によって「懇切丁寧に」細かくチェックされれば、思い当たる点がなくても、不安がないという保険医はまずいないだろう。
 一方、集団的個別指導(この言葉は実態を正確に表現していない)において、「決して萎縮診療を強いるものではない」と言われているが、その後も高点数(これまでと同程度の平均点数)であれば指導の対象となるのだから、これは詭弁と言わざるをえない。指導の強化が医療費抑制策の一環として位置づけられている何よりの証拠である。

 ●指導は行政手続き法に基づいて行われるもの
 指導とは何なのか。「保険医療機関等及び保険医等の指導及び監査は、保険診療の質的向上及び適正化を図ることを目的とし、『指導大綱』『監査要綱』により実施される」とされ、不正、不当の疑いを持って行われる監査とは明確に区別されているはずである。かつ保険医に対する個別指導は行政指導であり、行政手続法に基づいて行われなければならない。行政手続法の第32条には、「行政指導に携わる者は、その相手方が行政指導に従わなかったことを理由として、不利益な取扱いをしてはならない」と明記されている。しかし、実際の指導の場ではこの条文は全く無視されており、これは明らかに違法行為である。
 2007年秋、都内で歯科の開業医が自殺した。社会保険事務局が行った威圧的な個別指導(個別面談方式の保険指導)と監査によって、精神的に追い込まれたことが原因だとみられている。厚労省はこの事件を機に、指導・監査のあり方を見直した。ところが昨年も指導を苦に、東京の開業医が自殺をしている。保団連の調査によれば、現在も指導時に大声を出して机を叩いたり、人格を否定するような発言をする指導医療官がいるという。15年前の教訓が全く生かされていない。可視化が必要なのは警察の取り調べだけではないようだ。ましてや、指導を受ける保険医は被疑者ではない。
 
 ●歯科の個別指導での実例と問題点
 【カルテ記載の不備による 指導料の査定、自主返還】
 指導に際しては、型にはまった形式での文書の提供が条件となっている。記載すべきものが全く記載されていなければ問題だが、記載内容は医療側の裁量に任せていいのではないだろうか。さらに歯科では、「カルテ記載に際し、行を空けるな」という指導をされる。医療側は、SOAP(主訴、所見、結果、計画)に従って、カルテに記載することを常に心がけなければならない。しかし患者を目の前にした診療では、処置を優先し、必要事項の記載は後回しにするという行為は日常茶飯事である。そもそも医科で一般的に使用されているカルテ用紙には行すらない。厚生局側の指導を文字通り実践すれば、「モニターを見て患者を診ない」医師が揶揄されるが、まさに「カルテに向かって患者を診ない」医師が増えるばかりだ。
 【保険と医学は違うとい う常套句】
 この主張こそ、医学的に正しい医療の実践を指導していないことを認めたものだ。一方で、子細に拘泥し、わずかな不備があると鬼の首をとったように自主返還を迫る(この意味では強制返還である)。いわゆるレセプト病名の横行を黙認しているのは、厚労省の怠慢であるが、この弊害は、医療の過剰介入の温床を作ると同時に、医学と保険医療との乖離を助長する原因にもなっている。

 ●厚労省にとって指導しやすい状況が生まれる要因
 根本に、低医療費政策と療担規則のあり方が挙げられる。診療報酬改定後に、通知だけで猫の目のように変わる療担規則には、変更の根拠について保険医を納得させる説明が必要だ。指導の場では、細かすぎる療担規則に診療が合致しているかを問われる場面が多々あるようだが、本規則が医学的根拠に乏しい場合も少なくない。基本的な規則を決めて、個々の運用に関しては現場の医師の裁量権に任せるべきではないだろうか。それをしようとしないのは、患者のためというより、経済制裁の意味合いが強いことを疑わせる。
 低医療費政策下では、医療行為についてあまりに制約が厳しくなれば、経営を度外視できず、拡大解釈をする医療機関が出てくる。すると療担規則でそれらが適用から外される。指導の場では、この部分に「ねずみ取り」をはり、結果的に萎縮診療を強いる。こんなことを繰り返していては、医療がよりよい方向に向かうとは、到底思えない。
      *
 さて、2012年改定では額面上、医科1.55%、歯科1.70%のプラス改定となった。微々たる数字ではあるが、厳しい状況下でのプラス改定を評価する声もある。しかし、指導等による萎縮診療の強要や療担規則による解釈によって、実質的には容易にマイナスに転落するであろう。
 最後に、インターネットサイト「指導・監査・処分取消訴訟支援ネット」を紹介したい。その中に、埼玉県保険医協会が、2008年12月、歯科の個別指導において、被指導者の望む歯科医師の同席を実現したこと、昨年6月、歯科の個別指導が中断され、カルテのコピーが強要された事件に対して抗議し、厚労省から「根拠はない、断っても不利益なし」という回答を引き出した報告が載っている。
 何とも心強い運動と成果ではないだろうか。私たちも埼玉協会の取り組みを参考に、こうした越権行為ともいうべき厚労省、厚生局の姿勢に対し、保険医の人権と医師、歯科医師の裁量権を守ることを基本とした運動を推進していきたい。
(副会長 清水信雄)

■群馬保険医新聞2012年3月号