【論壇】医療とTPP―何が問題なのか

【2012. 4月 15日】

 医療とTPP―何が問題なのか

 日本政府は、昨年から環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉参加についての協議を進めている。
 TPPとは、特定地域を経済圏として囲い込み、貿易と貿易関連のすべての領域を網羅する「一括協定」のことで、現在、21分野が協議されている。「生きた協定」と言われ、結ばれた協定内容や対象分野の拡大など、定期的に再検討される。
 政府は、2011年10月に公表した「TPP協定交渉の分野別状況」説明資料で、「米豪・米韓FTA(自由貿易協定)のように、医薬品分野に関する規定が置かれる可能性はある」として、医薬品・薬価制度がTPPの対象になることを事実上認めた。
 さらに11月の外務省追加説明資料では「混合診療の全面解禁がTPPで議論される可能性は排除されない」として、国民皆保険自体がTPPの対象となることを認めたのである。アメリカの民間医療保険の普及や製薬企業の価格決定などが、日本の決定(国民皆保険・診療報酬制度)より優先されることになる。
 TPP交渉参加九カ国(アメリカ、オーストラリア、ニュージーランド、チリ、ペルー、シンガポール、ブルネイ、ベトナム、マレーシア)には、日本のような公的医療制度はなく、民間の医療保険が中心で、株式会社による病院経営が行われている。日本がTPP交渉に参加すれば、日本の国民皆保険よりも他国の民間医療保険が優先される仕組みだ。
 日本医師会の中川氏は、日本がTPPに参加した場合の懸念事項として、以下の4項目を挙げている。
 1.日本での混合診療の全面解禁(事後チェックの問題を含む)により、公的医療保険の給付が縮小する。
 2.医療の事後チェック等による公的医療保険の安全性が低下する。
 3.株式会社の医療機関経営への参入を通じた、患者の不利益が拡大する。
 4.医師、看護師、患者の国際的な移動が、医師不足、医師偏在に拍車をかけ、さらなる地域医療の崩壊を招く。
 また、医療関係団体である日本医師会、日本歯科医師会、日本薬剤師会の三医師会は以下の点を指摘し、公的医療制度がTPPの適用対象になる恐れを示した。
 1.「新成長戦略」の閣議決定により、医療・介護・健康関連産業が日本の成長牽引産業として明確に位置づけられ、医療の営利産業化に向けた動きが急展開している。
 2.米国はかねてより日本の医療に市場原理の導入を求め、混合診療の全面解禁や医療への株式会社参入を要求。さらに、薬価算定ルールに干渉し、医療サービス分野で営利目的の参入を求めている。
 3.米韓FTAでは、医薬品、医療機器の償還価格にまで踏み込んだ内容になっていること。FTAの枠組みを超える経済連携を目指しているTPP下で、混合診療が全面解禁されれば、公的医療保険の存在が自由価格の医療市場の拡大を阻害しているとして、提訴される恐れがある。
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 日本の国民皆保険制度は、日進月歩の医療技術に対して、有効性・安全性・普及性の三つの条件が揃うものについては、基本的に公的医療保険の対象に組み入れてきた。混合診療の全面解禁とは、医療保険制度への収載を前提とするものではなく、公的医療保険の対象を抑えながら、医療需要の増大に対しては全額自己負担の医療を広げていくことがその本質である。
 TPPは、特定地域を経済圏として囲い込み、非関税障壁を原則撤廃するのが目的で、そのため国内法より上位とされている。外国の企業・個人が規制緩和・市場開放によって「権利」を獲得した場合、その「権利」を元に戻すことはできない。
 これらの事項が解決されないまま、TPP参加となれば、アメリカの基準に従って市場開放するよう迫られ、日本の社会の枠組みに広範な影響を与え、日本の国民皆保険医療制度は崩壊を免れないだろう。政府は国民皆保険を守ることを表明し、国民の医療の安全と安心を守るために十分な審議を重ねてもらいたい。TPP参加前に日本の基本方針論議を交わす必要があると考える。
  
  (副会長・太田美つ子)

 

■群馬保険医新聞2012年4月号