腰部脊柱管狭窄症
藤岡市・飯田整形外科医院 飯田 浩
高齢人口の増加に伴って、外来で遭遇する腰部脊柱管狭窄症の方の数は着実に増えてきています。この疾患の認知度は上がってきていますが、診断基準は発表されないままでいました。
◆診断基準(案)
2011年11月に、日本での「腰部脊柱管狭窄症診療ガイドライン」が発表され、診断基準(案)が示されました。この中で腰部脊柱管狭窄症は症候群として定義され、次の4項目全てをみたすものとされています。1)殿部から下肢の疼痛やしびれを有する。2)殿部から下肢への疼痛やしびれは立位や歩行の持続によって出現あるいは増悪し、前屈や座位保持で軽快する。3)歩行で増悪する腰痛は単独であれば除外する。4)MRIなどの画像で脊柱管や椎間孔の変性狭窄状態が確認され、臨床所見を説明できる。
「症候群」ということで、複数の症候の組み合わせによって診断するのが妥当とされています。そして、特有の症状の有無が診断の要になっています。MRIなどの画像だけを示して、「この方は脊柱管狭窄症でしょうか? 」という問いは、基本的には成り立ちません。MRIなどの画像診断は、症状を説明するに足る情報のある時に、最終診断で活用されます。実際、画像上の狭窄の程度と臨床症状の重症度とは必ずしも相関していません。この診断基準(案)は簡潔にまとまっていますが、脊柱管狭窄症になじみのない方にはピンとこない面があるかと思います。
◆診断サポートツール
2006年に日本脊椎脊髄病学会が作成した「腰部脊柱管狭窄症診断サポートツール」が今回のガイドラインにも取り上げられていて、疾患のスクリーニングや理解に役立っています。評価項目は病歴2項目、問診3項目、身体所見5項目になります。内容を確認してみますと、年齢の点では、高齢の方に狭窄症が増えることを考慮したスコアになっています。糖尿病の既往では、糖尿病性神経障害を除外する目的で、既往のない場合にスコア1点が入ります。問診の3項目は脊柱管狭窄症のメイン部分で、それぞれの症状に高いスコアが付いています。身体所見の前屈・後屈による症状出現も、特徴の一つになります。姿勢による狭窄部硬膜の圧変化をみた研究では、1)圧は臥位でもっとも低く、坐位ではその約2倍、立位では約4倍となる。2)もっとも高い圧は立位後屈で、臥位の約6倍上昇する、となっています。姿勢変化=圧変化による症状出現の有無をスコア化しています。ABI(足関節上腕血圧比)は、末梢動脈疾患などによる血管性跛行と鑑別するために重要な点で、高いスコアとなりました。狭窄症では、立ち止まった後、前屈することによって症状が軽減するのに対し、血管性跛行では、姿勢は関係せず立ち止まるだけで下肢痛が軽減するのが特徴になります。ATR(アキレス腱反射)の低下や消失は、頚椎や胸椎高位での脊髄障害による脊髄性間欠性跛行を否定するために取り入れられています。頚椎・胸椎の障害では、両下肢の痙性がみられますが、腰椎の障害では腱反射の低下・消失が現れます。SLRテスト(下肢伸展挙上テスト)は、腰椎椎間板ヘルニアで陽性となることが多く、陽性時にはマイナス2点のスコアになります。以上の合計点数が7点以上の場合、腰部脊柱管狭窄症の可能性が高いと判断されます。
高齢者によく見られる姿勢イメージとして、腰の曲がった姿勢が思い浮かぶかと思います。腰曲がりの原因の一つは、骨粗鬆症に起因する脊椎の圧迫骨折によって、円背・亀背となる場合があります。もう一つは、腰を曲げて歩くと下肢への痛みやしびれが出にくいといった脊柱管狭窄症の状態によることが考えられます。「手押し車を押していれば、かなりの距離も歩きやすい」というのは、患者自身が歩行制約の軽減を図っていると考えられます。また自転車での移動は苦労なくできるというのも、脊柱管狭窄症に特徴的なサインになります。
◆治療 保存療法と手術的治療
腰部脊柱管狭窄症の自然経過は、比較的良好と考えられています。軽度から中等度の脊柱管狭窄症では、保存療法は最大70%程度の患者さんに有効とされていて、治療の第一選択になります。
保存療法では、薬物療法と神経ブロック療法が主に行われます。薬物療法では、神経への循環障害を改善させるプロスタグランジンE1製剤の内服が有名ですが、やや効果に限定的な面があります。内服で効果がなくても、リポプロスタグランジンE1製剤の注射剤で効果の見られる場合がありますが、今のところ保険適応はありません。非ステロイド性抗炎症薬の効果も限定的ですが、最近使われるようになった末梢性神経障害性疼痛の治療薬で症状の軽減がみられることがあります。神経ブロック療法は、短期的には有効性があります。他には、生活指導(腰反りの注意)や前屈位コルセットが処方されることがあります。
手術的治療の適応は、1)保存的な治療が無効。2)強い痛みのために歩行や日常生活が極端に制限される。3)膀胱直腸障害がある。4)社会的な要求が満たせない。5)QOLの改善を求めて(ゴルフや旅行の希望)、などがあります。手術法には、従来からの後方除圧術(開窓術)が多く行われており、ここに後方脊椎固定術を追加する場合としない場合があります。施設によっては、内視鏡下手術で後方除圧を行い、社会復帰を早める工夫をとっている所もあります。手術治療の長期成績では、4~5年の経過で、70~80%の患者さんが良好となっています。その後はやや低下し、65%前後で良好となります。術後、ほとんどの方で歩行時の疼痛は軽減しますが、下肢のしびれ、特に足底のしびれの残存は多い印象があります。
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高齢者の生活の自立と健康長寿の維持は、切実な社会問題の一つとなっています。腰部脊柱管狭窄症はまだ不明な点が多く、高齢化が進む中で、今後の病態解明と診断・治療法の進歩が期待されています。
■群馬保険医新聞2012年5月号