命の限界が近づいた患者が、人工呼吸器をつけるか、栄養補給はどうするか。そのようなむずかしい患者や家族の決断を、専門チームが手助けするケアが少しずつ広まっている。「エンド・オブ・ライフケア」というそうだ。これは、がん以外も対象で、意識がはっきりしない高齢者たちの思いや望みもおしはかって、家族とともに満足のいく最期を導こうとしている。
最期の選択は、人間らしく 生き終える
エンド・オブ・ライフケアは、九九年にアメリカの医師が「本人が望むとおりに過ごせるように支援する」と緩和ケア関連の学会で発言したことに始まる。その後欧米では少しずつ広まっているようだ。
国立長寿医療研究センター(愛知県大府市)は、2011年10月、呼吸器が専門の医師や看護師、薬剤師らによるエンド・オブ・ライフケアチームを立ち上げた。国内ではまだ珍しい取り組みだ。
このケアは、主治医から依頼を受けて、専門チームが行う。患者の心身の痛みを和らげ、どこでどのような治療を受けたいか、家族や患者本人が決めるのを手助けするという。
チームは、家族から元気だった頃の患者の性格や言動などを聞き取る。病棟スタッフをまじえて、週に一度、話し合う。誤嚥性肺炎をくり返す認知症患者に胃ろうをつけるか。重い肺炎の患者に人工呼吸器をつけるかといった方針を決める。本人が自宅で過ごしたいと希望しても、家族が介護に自信がないとしぶることもある。家族に負担がかからない方法を示し、実現できそうな退院の時期を探る。
チーム専属の緩和ケア認定看護師、横江由理子さんは、「患者も家族も、医師が言うことの半分も理解せず、決めざるをえない場合も多かった。できる限り納得のいく決断へ導くお手伝いをしている」と話す。
チームは半年間でがんのほか、呼吸器の病気や認知症などの患者109人の支援をしてきたとのこと。
がん以外にも導入の方向へ
エンド・オブ・ライフケアは、がん患者以外の患者も対象にしている。がんの末期の場合、栄養や水分の過剰な補給は、患者の苦痛の一因になることがわかってきた。
一方、がん以外の高齢者などについて、どこまで治療やケアをすべきか、議論されるようになったのは、最近のことだ。望めば延命できたり、家で過ごせたりして、過ごし方は多様化してきている。
結論を出すには、時間と経験のある支援者が必要不可欠だ。今の診療報酬の仕組みでは、がんとエイズ以外の患者に緩和ケアをしても医療機関は請求できない。収入にならないと、どうしても、技術や時間が必要なケアは広まらない。また、日本人には、面と向かって、死について語り合うことを避ける傾向があることも、このようなケアが広がらない背景にあると思われる。
しかし、そんな中、ケアを担う人材育成の動きも出てきた。千葉大学大学院看護学研究科は2年前、エンド・オブ・ライフケア看護学の講座を開いた。昨年度から終末医療や哲学の授業もしている。ケアを実践できる看護師を育てるプログラムづくりも計画中という。
日本の場合、患者個人だけでなく、「家族の意向」も医療の中でどう位地づけるか問題となる。患者本人が延命措置を望んでいなくても、意識がなくなったあと、家族が治療の継続を望めば医師も「延命」を中止できない空気がある。
かくして今後、治療方針決定に患者本人の判断が求められることが多くなるだろう。
「専門分野なので先生にお任せします」では、すまなくなりそうだ。
ケアの中心は、説明を受けた患者自身が自分なりの方針を選べるようにしていくこと。高齢者の場合、意見交換するのは難しいが、患者にとって最善の選択ができるような医療と医療環境が早期に整備されることを切望する。
(広報部・湯浅高行)
■群馬保険医新聞2012年6月号