【診察室】もう一度、“問診”を見直す

【2012. 8月 15日】

もう一度、“問診” を見直す

        前橋市・大野歯科医院 大野純一

 問診のスキルというのは、現場の臨床医にとっては基本中の基本です。ところが現在、教育カリキュラムにおける問診のトレーニングに関して、後輩たちに訊く限りは私の学生時代の頃と大差はなく、その占める割合はあまり多くないようです。問診の本来の最終目的は、診断をつけるための診察行為の一部と考えられています。大まかな推察をして、その後検査で確定していくという方法が一般的ではないでしょうか。でもこの“問診”という行為が未来の医療にとても大きな可能性をもたらすのではないか、と最近思っています。

●なぜ14枚法で撮影するの?

 私たちの歯科の臨床でもテクノロジーの発達に伴い、いろいろな検査法が発達してきました。それを上手にこなせば患者さんの幸福にとても大きく寄与するところですが、限られた診療時間や「検査」に対する過信でしょうか、忙しい日常臨床では、ついつい患者さんへの“問診”が片隅に追いやられているような気がしてなりません。でもこの傾向は、実はわが国だけの問題ではないようです。
 筆者がスウェーデンにおいて歯周病専門医のトレーニングを受けていた際にも、ベテラン指導医たちは若手レジデントに常にその点を指摘していました。
 あるとき、現地の開業医から歯周病の再発のため紹介されてきた患者を私が担当したときのことです。初診時にすべての歯が写るレントゲン(14枚法)を撮影することは、日本の大学病院から来たばかりの私にとっては当たり前のことで、何の疑問も持ちませんでした。簡単な診察のあと、さっそく撮影の準備を始めましたところ、クリニックの指導教官がこう聞いてきました。「なぜ14枚法で撮影するの?」と。教官曰く、「まずカルテで経過をみて、しっかり問診し、それからプロービング(歯周病の基本的な検査法)をして撮影部位を決めなさい。あなたが何を疑って、どの部位(歯)に対して、どの角度で撮影したらいいか、“検査のプラン”をまず立てなさい。そうすれば患者の負担は最小限で済むから」と。その時に、指導医とディスカッションしながら気づいたことですが、当初14枚のレントゲンを撮影するはずが、わずか4枚で済むことがわかりました。しかも最初私が撮ろうとしていた撮影法ではなく、もっと単純な別の撮影方法が有効であることは新鮮な驚きでした。この時も、紹介状の内容と問診で経過を聞いたことが、とても大切な役割を果たしました。この経験はいまでも私の臨床に大きな影響を与えています。

●ミルトン・エリクソン博士に学ぶ

 問診といえば、診断のための情報を得るだけでなく、そのほかにもいろいろなメリットを持つことを、ある教育カウンセラーの方との出会いがきっかけで実感しました。医療においては目の前の患者が主な対象ですが、彼らは目の前の子供ばかりでなく、その両親や家族をも対象にしなくてはいけないケースが多いそうです。そういう観点でみると、我々よりも複雑な人間関係の中で仕事をすることが多いようです。
 彼らもやはり「問診」をします。問診により必要な情報を集めるばかりでなく、問診をしながら相手とのラポールを築いたり、問診の時点ですでにクライアントの問題を解決に導き始めていくそうです。私も実際、セミナーに出席して体験したのですが、「質問をする」「訊く」ことがこんなにも人の心に影響をするのかと、驚きました。
 その基本的なコンセプトは、もともとアメリカの精神科医で現代心理療法の巨人・ミルトン・エリクソン博士(1901-1980)の方法に基づいています。日常会話をしながら、いつの間にか相手を変性意識状態に誘導する独特の方法は「エリクソン催眠」とも呼ばれ、ベトナム帰還兵のPTSDの治療に大きな役割を果たしました。彼の微妙な言葉の使い方でコミュニケーションとラポールを築く方法は、21世紀になっても臨床心理学、広告業界、各種コミュニケーション理論、そして最近ビジネスなどでよく聞く「コーチング」などにも大きな影響を与えています。

●患者を理解し信頼関係を築く

 我々の日常臨床では患者を催眠状態に誘導する必要は全くありません。ただ、エリクソンのスキルの中のほんの一部分をマスターして、診察時に問診しながら、心地のいいコミュニケーションや深いラポールを築けたらどんなに毎日の診療が楽しいでしょう。私自身、患者への応対が格段に楽になりました。
 社会や価値観の変化に伴い、医療者側と患者側の関係がこれからもますます変化していくことが予想されます。しかしどんなにそれらが変化しても、心地のいいコミュニケーションを提供し、深いラポールを築くことが大切であることは変わらないと思います。
 最後にちょっと宣伝を。昨年、教育カウンセラーの友人と現場の臨床医たる私が共同で、一年がかりで医療者向けの問診スキルのトレーニングコースを創りました。もし読者の皆さんの中に今回の内容に少しでも興味をお持ちになられましたら、我々のホームページをちょっと覗いてみてください。では!
http://dialogue-technology.com/

■群馬保険医新聞2012年8月号