歯科医師は過剰か
歯科医師過剰問題が深刻さの度合を深めている。歯科医師の総数規制が論議され、歯科大学の定員削減や、国家試験の合格基準引き上げが行われているが、さらに進んで大学の統廃合等により歯科学生の絶対数を減らそうとの動きもある。国民には職業選択の自由があり、そもそも歯科医の数を国が規制するのは筋違いだ。
日本の歯科医療でいま何が問題なのか、歯科医師数を減らせば解決の道が広がるのか、もう一度考えてみたい。
◎皆保険制度
わが国の医療制度の根幹は、医科も歯科も保険証1枚で自由に医療機関に受診できる皆保険制度である。
大半の歯科医師は保険医登録し、健康保険制度という枠組みの中で歯科医療を行っている。歯科医師過剰問題とは、歯科保険医の過剰問題だということを、はじめに確認しておきたい。
留学や駐在先で治療費の高さに驚いた経験がある人もいると思うが、先進諸国の多くは、歯科医療は基本的に自由診療である。
一定の質を保ち、経済的負担が少ない歯科医療サービスを、誰でも自由に受けられる皆保険制度は、世界でもまれな制度である。
しかし、それを意識している国民がどれくらいいるだろう。国民が皆保険制度を今後も維持したいと考えているのか、それとも自由診療を選ぶのか。
◎コンビニと歯科医院
歯科医師は大学を卒業すると大半が保険医に登録、その数年後には地域で開業する。このため、コンビニエンスストアより歯科医院のほうが多いと言われている。
コンビニも歯科医院も、ともに存続をかけた過酷なレースを繰り広げている。しかしその違いは、一方は資本主義経済の中で自由に行われているのに比べ、歯科医院は保険制度という枠の中、つまり統制経済の中で競い合っているという点である。健康保険制度における歯科医療に、市場原理は成立しない。
総枠が決められた中で、保険医療機関同士が市場原理に身を委ねて競合するのは、あたかも古代ローマの剣闘士が生き残りをかけて、コロシアムという檻の中で戦う状況に等しい。
この制度を管理運営している為政者たちは、コロシアムの最上段で高みの見物を決め込み、観衆に迎合するためより強固な足枷を用意し、それによって歯科医院が疲弊し、倒れようと一顧だにしない。
このような過酷な環境からは、低負担で最良の歯科医療を提供するという保険医としての自覚は消失する。歯科医院が生き残りをかけて自由診療に誘導する面従腹背が横行し、それが保険制度を空洞化させ、崩壊の道をたどることになるだろう。
◎財政危機というが
歯科の保険点数はここ20年変わっていない。歯科医療の基本的技術の大半を含む73項目が1986年4月改定のままである。この間の消費者物価は1.5倍から2倍にはねあがった。また保団連によると、医療費全体の12%あった歯科医療費が06年度は7.7%に下落している。
制度の瓦解は財源の枯渇にあるとする財界や政府与党の論理には、OECD加盟国中、医療費のGDP比率が先進国で最低であるとの反論が用意される。
しかしGDP比率など持ち出さなくても、昨今の防衛省の不透明な税金の使われ方や、金融危機での公的資金導入、議員宿舎の無駄遣い、特別会計や野放し状態の独立行政法人の会計を思えば、財政とは何かをもう一度問いたくなる。
◎保険制度の存続を
保険診療は粗雑だと言われるが、保険も自費も同じ歯科医が行うので、施行技術に差は無く、1人にかける時間と、材料、保険適用外の最新治療法が異なるだけだ。
つまりは、保険と自費の相違は、経済的な問題が大半であり、制度の運用次第では、世界最高水準の診療が、誰でもどこでも享受できる。
数をこなさなければ経営破たんし、治療に財政的抑制が多い現状の制度では、自由診療を選択する歯科医師が増え、皆保険制度は大きく揺らぐことになるだろう。
歯科医療保険制度の存続には、歯科医療費の大幅な引き上げが必要である。歯科医師を減らし、歯科医療費を抑制する政策は、歯科医師からやる気を奪い、歯科医療の質を落とすばかりで、患者のためにはならず、総医療費の減少にさえつながらない。
むしろ、医学的な根拠に基づいた最新の材料、治療法を迅速に保険に導入し、丁寧な説明と手抜きの無い治療が行えるとされる1日20人の患者数で歯科医院経営が成り立つ制度改革が必要であろう。
更には、予防や口腔機能のリハビリ、食育指導等に保険を適用し、生活の質を高めることができれば、疾患が減少し、将来的には総医療費も削減に向かい、次世代への負担も軽減されるだろう。
目先の財源に惑わされてはならない。
問題を先送りにする今の制度運用は、原発の放射線廃棄物と同様に、子孫に負の遺産を負わせることになる。国民の貴重な財源を、何のために、どう使うか、為政者に猛省を促したい。
歯科医師数の削減は、歯科医療費抑制を正当化するための流言飛語であり、我々歯科医はもとより、国民も決して同調してはならない。(理事・武井謙司)
■群馬保険医新聞 2008年2月号