【論壇】原発再稼働―肯定する理由が見つからない   

【2012. 9月 15日】

  昨年3月の東日本大震災に端を発する福島第一原発事故の収束を見ないうちに、野田政権は、大飯原発の再稼働を実行し、原発で利益を得る「原発村」の復活へ舵を切った。
 首相官邸前では、毎週金曜日に原発反対のデモが行われ、数万人単位で集まった人たちが声を上げている。
 8月22日、野田首相は、前出の毎週金曜日を中心に、原発再稼働反対を訴える市民団体のメンバーらと面会をした。団体側は再稼働の中止を求めたが、首相は応じず、議論は平行線で、進展は見られなかった。着々と進められている原発再稼動の外堀がいつの間にか埋められてしまうことが危惧される。
 その第一手である大飯原発再稼働の決め手となる理由は、電力不足によるインフラの停止、経済の停滞などだ。
 東日本大震災後、国内では、原発反対運動が盛んになり、単に原発だけでなく、放射線、放射能に拒絶反応を示す動きもみられる。私自身、原子力発電には反対の立場だが、放射線拒絶反応ではなく、あくまでも科学的、社会的に必要かどうかの見極めが必要だと感じている。
 社会的な要素から考えると、現状では原発に依存しないと電力が足りない、という政府、電力会社のデータが正しいかどうかの検証が必要だ。大規模な停電が起きると日常生活や産業に大きな影響があることは、東日本大震災後に計画停電を八回も経験した私は、身にしみて感じている。電力の不足は、実際に大問題なのだ。
 今夏、大飯原発のみの稼働でも電力不足は起こらなかった。原発稼働ゼロでも、節電次第で電力は足りるのではと考えられる。火力発電や自然エネルギー等の割合増加による電気料金の値上げに耐えれば、問題ないのではないか。
 原発のコストは、発電時のみではなく、発電後の放射性物質の処理や廃炉のコストまで含めて考える必要がある。さらに事故が起きたときの損害の大きさを考えると、決して安い発電方法ではない。
 太陽光発電や地熱発電、その他自然エネルギーによる発電は、出力の安定性や調整力に問題があるため、発電コストは、当然高くなる。しかし、火力発電も化石燃料に依存するため、価格の高騰や諸外国との貿易上の問題で輸入が困難になる可能性も否定できない。原発の燃料然りだ。自然エネルギーが普及し、コストが下がれば、火力発電で何割かは化石燃料に依存しても、電力の安定供給は可能であるように思う。
 原子力発電所は、稼働開始から既に40年以上が経過しているものもある。身の回りで、40年以上使用している精密機械はあるだろうか。自動車でさえ、40年以上経過しているものは、一部のマニアが修理を繰り返し、部品交換をしたり、時にはボディーごと再生、復元したり、多大なコストを費やして維持している。自動車なら、故障してもせいぜい出かけた先で立ち往生する程度で済むが、原発の場合、そうはいかない。一度事故が起これば、広大な生活地域、動植物が汚染される。この先、古くなった原発を使い続ければ、100年後の日本に、人が住める地域はなくなってしまうかもしれない。
 放射線の問題に触れると、アメリカや旧ソ連を中心に地上核実験が頻繁に行われていた1950年代と比較し、現在ほとんどの地域で放射線量は少なくなっている、という説が出てくる。当然、この中に、福島原発の避難地域は含まれていない。「だから大丈夫」と思う人もいるだろうが、本当にそうなのか。その頃に受けた影響により、現在の日本人に悪性腫瘍が増加している可能性も否定できない。
 問題は、福島原発の事故で飛散した放射性物質により、今後、さまざまな経路で被曝する可能性が長期にわたって続くことだ。
 自然界に放出された放射性物質は、土や水、大気を汚染し、植物、動物に摂りこまれる。私たちは、食物連鎖により放射性物質の集積された食物を摂取することで、内部被爆をする。内部被曝は、外部からの被曝よりも測定が困難で、メカニズムも複雑なため、検証がさらに困難になる。
 今現在、福島原発の事故による明確な生体への影響は出ていないという報告もある。ただしこれはあくまでも「現在は」である。
 放射性物質による確率的影響は、その量の大小に関わらず、被爆すれば確実に上昇する。微量ならば少ない確率の上昇、多量ならば確率の大きな上昇、もしくは急性の放射線障害となってあらわれる。悪性腫瘍の発生や奇形などの遺伝的障害などの出現は、必ずしも起こるわけではない。自然界には、太陽光からの放射性物質など、多種多様の放射性物質があり、一定量の被曝は避けられないが、いずれにしても可能な限り被曝しないに越したことはないのである。
 福島原発周辺の土地や海域は、これから長期にわたり放射線量を見つめていく必要がある。疫学的調査が進み、結果が出る数十年後に、その影響がないという保証はどこにもない。影響があるというデータが出てから行動したのでは遅いのだ。
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 原発事故で故郷を追われ、今も帰ることのできない人が万といる。事故原因の究明・検証が進まない現状で、原子力発電所の存在を肯定する理由は、どうしても見つからない。「原発村」の方々は、原発を使い続けるというならば、問題がないという国民が納得できる科学的根拠を示すべきだろう。
 唯一の被爆国として、大規模原発事故を起こした当事者国として、原子力行政の方向性を見誤らないよう、国を動かす人たちには、これらの現実を心に刻み込んでもらいたい。

  (理事・亀山 正) 

■群馬保険医新聞2012年9月号