医療崩壊シリーズ/大阪厚生年金病院の改革
「働く家族(妻と娘)に洗脳されて…」
5年前、大阪厚生年金病院院長になった清野佳紀先生(岡山大学名誉教授)は、女性医師が働きやすい環境づくりに取り組んだきっかけをこんなふうに話し始めた。医師不足解消に最も有効なのは、今いる人をいかに失わないようにするか、特に結婚前の世代が喜んで働ける環境を作ることが大切だと語った。
女性医師も男性医師も働きやすい病院改革を実践
―大阪厚生年金病院の試み
研究部 柳川洋子
近年、医師不足に対し政府の有効な対策がなされないまま放置され、その当然の結果として医療崩壊がたびたびニュースに上るようになりました。一つの医療現場が崩れはじめると、これが波紋のように広がり、いまや産科、小児科に限らず、また特殊な地域に限らず、全国全科にわたって医師不足の問題が噴出しています。
医療崩壊を引き起こした原因は多々ありますが、その一つに女性医師が働く環境の不備があります。仕事も子育てもと願う女性医師は長い間個人的努力だけで子育て時期を乗り切ってきました。それでも両立は無理だと職場を離れていく女性医師はあとを絶ちません。今、20代の医師たちが30代になる頃、医師不足はさらに深刻になるでしょう。
そこに希望の光を投げかけてくれたのが「働きやすい病院評価」第1号に認定された大阪厚生年金病院です。そのノウハウと成果が全国から注目を浴び、昨年だけでも全国で20回も講演を依頼されたということです。
2月2日、県と群馬県病院協会共催の清野先生の講演会「働きやすい病院を目指して―女性医師問題も含めて―」が前橋市内で開かれ、私も期待に胸踊らせて拝聴してきました。県内の病院長らが多数出席し、関心の高さがうかがえました。
◎清野先生の取り組み
清野佳紀先生は、元岡山大学小児科教授で、2003年に大阪厚生年金病院の院長に就任されました。専門分野は骨、内分泌、腎臓、未熟児などです。また医学会以外に、大阪府医師会男女共同参画委員会委員長、日本医師会男女共同参画委員会委員としてもご活躍です。
先生は、「女性が働きやすい環境」をつくることは医療の質を高める―という信念に基づき、育児と仕事の両立を支援するための柔軟な勤務態勢を導入、医師やスタッフ等にやさしい環境づくりを行ってきました。
近隣の保育所を利用した保育環境の整備、小児科病棟における病児保育の実施、子育て中の医師・看護師に対する勤務時間の短縮、女性医師が産休や育休を利用でき、出産、育児中の負担の軽減策として外部当直医師を活用するなど、積極的に取り組んできました。
こうした活動が評価され、大阪厚生年金病院はNPO法人「女性医師のキャリア形成、維持、向上を目指す会」から2006年「働きやすい病院評価」第1号に認定されました。また、大阪府の「男女いきいき・元気宣言」事業者顕彰制度でも初の登録事業者となり、さらに「2006年度にっけい子育て支援大賞」にも選ばれています。
◎厚生年金病院の改革
大阪厚生年金病院の職員はパートや派遣も含め957人で、その72%を女性が占めています。女性の管理職は32%、医師は183人で、その男女比は4対1ということです。
小学校では教師の65%が女性だそうですが、病院もまた昔から女性の職場の代表でした。しかし小学校には代用教員がいて、誰に遠慮することなく育児休暇を取ることができますが、女性医師は育児休暇がなかなか取れません。
育休を取ったと答えた大阪の女性医師は12%だったそうです。日本小児科学会で女性医師にアンケートを取ったところ、仕事をやめる理由は、①育児、②妊娠および出産でした。
女性医師はあまりにもひどい環境に置かれていると感じた清野先生は、女性医師の置かれたさまざまなケースに対応できる環境を整えようと行動を始めたのでした。
◎週30時間勤務でも常勤
次に、実際に実行されている非常にきめ細かい、働く人に優しい方策を少し紹介したいと思います。
◆育児休業は3年間あり、うち1年6か月は雇用保険から給与の4割を保証しています。またその間に働きたい場合は週1日以上であれば希望日数の就業が可能です。また子どもが小学校を卒業するまでは育児支援としてフレックスタイムや勤務時間の短縮等を認めています。
◆育児休暇、育児支援は研修医、レジデント、臨時職員にも適用されます。こういう人たちこそ病院の運営を支えているという考え方。
◆妊娠、子育て中の職員は、1人としてカウントせず、0.6人と考えて雇用することもできます。9時から5時の勤務医プラス外部当直医で1人分とカウント。
◆1日六時間、または週30時間勤務も常勤と認め、給与は少し減るものの、残業や当直なしでも昇進、賞与は正規職員と同じにしました。ちなみに昨年8月、1日4時間・週20時間勤務でも正規職員とすると国家公務員法が改正されました。
◎男性医師も環境改善
女性医師を支援することで周りにしわ寄せが出てはいけません。同僚に迷惑をかけるといううしろめたさを外部当直の雇用で解決しました。
また女性医師の働く環境を整えたことで、男性医師の超過勤務時間も減少しました。産科で230時間から93時間に、小児科では410時間から310時間に減り、男性医師にも働きやすい環境に変わっていることがわかります。
また、環境改善の必要性はわかっていても、それで厳しい病院経営がなりたつのかという心配がありますが、分娩数が1.5倍に増えたことで解消し、病院は増収になっています。
ほかに、
〇院内に病児保育室(定員3人、当日の電話でも対応、1日2000円でお昼、おやつ2回付)と院内保育所を設置
〇院内に24時間コンビニ、ATMを設置
〇駐車場は子育て中の職員、夜勤の看護師を優先
〇産科はオープンシステムを導入。助産院、クリニック60施設が登録
等々、細かいことですが、働く女性医師にはありがたい現実的な施策が次々と実行されました。
◎若い年代が注目
職場改革のポイントは、今いる正規職員を辞めさせないこと、患者も含め、みんなにチーム医療を理解してもらうこと(例えば妊婦には、最初に出産に主治医が立ち会えないことを理解してもらう)、各科にモデルになる女性医師がいるとやりやすい、等々。
こうした改革の結果、医師、看護師の離職率が減少しました。特に子育て前や、結婚前の年代に喜ばれ、医師、看護師が自然に集まってくるようになったそうです。
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講演を聴いて、厚い雲の切れ間から、一筋の光明を見た思いがしました。
医師不足の前途多難さが思いやられますが、ともあれ、こうした病院管理者の職場改革、意識改革は避けて通れない問題です。それなら今すぐにでも取りかかるべきではないかと考えます。(副会長)
■群馬保険医新聞2008年3月号