【診察室】糖尿病の最近の話題

【2013. 2月 15日】

糖尿病の最近の話題

公立富岡総合病院 内科 永井 隆

■診断基準の変更……JDS値とNGSP値

 診断については、2010年の糖尿病診断基準の変更があげられる。この背景にあるのは、2009年に米国糖尿病学会がそれまで用いていなかったHbA1c ≧6.5%を診断基準に取り入れたことにある。ここで問題となったのがHbA1c の測定法である。米国のNGSP値より日本のJDS値は測定の精度が高いものの、世界で広く用いられているはNGSP値による表記である。そしてHbA1c(NGSP相当値)=1.02×HbA1c(JDS値)+0.25の関係にある。このため日本の診断基準のHbA1c(JDS値)≧6.5%は、NGSP相当値では≧6.9%になってしまう。日本糖尿病学会は世界基準に合わせるため、糖尿病の基準をHbA1c(JDS値)≧6.1%、NGSP相当値では≧6.5%に変更した。急にHbA1cの基準が厳しくなったように思われるが、①1997年以後の厚生労働省の調査による糖尿病の疫学には、糖負荷試験でFBG≧126mg/dlと2hrs-BG≧200mg/dlに相当するHbA1c(JDS)≧6.1%が用いられてきた。従って、疫学調査の結果は変わらないことになる。②従来、境界型として放置されることの多かったHbA1c(JDS値)6.2-6.4%の耐糖能異常の群が糖尿病として早期治療されることはよいことだと思われる。

 実際、1990年代に発表された後、延長された研究DCCT-EDICやUKPDS80より、早期から長期に及ぶ血糖管理を行った群はその後の予後も良好で、legacy effectを持つことも示された。従って、HbA1c(JDS値)6.2~6.4%の群の患者は積極的に治療すべきである。

 なお、現在日本で用いられているHbA1cは、JDS値とNGSP相当値が併記されていることが多いがこれは特定健診におけるHbA1cがJDS値を用いていることによる。しかし、今年4月以降、特定健診受信者に対する結果通知は、NGSP相当値でのみ行うことになっているため、一般診療における日本のHbA1cの表記もすべてNGSP相当値のみとなる。

■治療……低血糖をいかに回避するか

 治療については、2型糖尿病におけるインクレチン製剤の導入とメトホルミンの高用量使用が話題である。背景として2008年に相次いで報告された糖尿病大規模研究(ACCORD、ADVANCE、 VADT)があげられる。強化療法による厳格な血糖管理によりADVANCEでは、細小血管症は予防されたもののACCORD、VADTでは合併症の予防はできずACCORDではかえって死亡率が増加した。この解釈として、罹病期間が長く、介入時のHbA1cの高値群(≧8.0%)では、強化療法により血糖値の変動、とりわけ低血糖の頻度が高いことが、心血管イベントを誘発した可能性があると考えられている。従って、早期から長期間に及ぶ管理に加えて、血糖値の変動をなるべく小さくすることが重要である。血糖値の変動をみるためには、HbA1cや高血糖が持続する場合は低値となる1,5AGの併用がよいが、これらは高血糖のマーカーであり、低血糖のマーカーではない。そこで血糖自己測定を頻回に行うことが考えられるが、夜間の低血糖は完全には把握できない。このような場合、持続グルコースモニターリング(CGM)が役に立つ。腹部などの皮下組織に専用のセンサーを装着し、連続的に皮下の組織間質液中のグルコース濃度を記録する検査方法だ。しかし、これらはあくまでも生活習慣の改善を行った上で、評価すべきであることは言うまでもない。

 こうして考えると、2型糖尿病の薬物療法を厳格に行う上では低血糖をいかに回避できるかが重要となる。単独投与では低血糖はほとんどないインクレチン製剤(DPP-IV阻害剤とGLP-1受容体作動薬)と高用量メトホルミンの意義がここにある。2型糖尿病の初期治療を考えた場合、日本糖尿病学会では①インスリン分泌低下が主体ならスルホニル尿素剤やインクレチン製剤、②インスリン抵抗性の増大が主体ならチアゾリジンやビグワナイド、③食後高血糖ならグリニド製剤やαグルコシダーゼ阻害剤の使用を推奨している。しかし、この分類では③以外は実臨床ではわかりにくいと思われる。また、インクレチン製剤は血糖依存性にインスリン分泌を増加させる以外にグルカゴン分泌抑制による糖新生の低下を介するインスリン抵抗性改善作用もある。

 筆者は日常診療では、FBG、PBG、BMIの程度で2型糖尿病の初期治療を次のように分けている。但し、血糖値の数値にEBMはない。また、BMIは22 kg/m2を基準とし、≦22kg/m2と>22kg/m2で分けている。①FBG≧180mg/dlでBMI≦22kg/m2 患者には糖毒性改善を考慮し、インスリン療法を開始すべきと思われる。FBG≧180mg/dlでBMI>22kg/m2患者で、生活習慣の乱れが甚だしい場合は、食事療法より開始してしばらくみても軽快することが多く、次の②、③に進めることが多い。②食後高血糖(例えばFBG126-140mg/dlでPBG>240mg/dlのような場合)で、BMI≦22kg/m2患者にはグリニド製剤、BMI>22kg/m2患者にはαグルコシダーゼ阻害剤が使用されることが多かったが、この群にはDPP-IV阻害剤からはいってもよいと思われる。③中等度高血糖(FBG140-180mg/dl)で、BMI≦22kg/m2患者にはスルホニル尿素剤(主にグリメピリド)が、BMI>22kg/m2患者にはチアゾリジンやビグワナイドが用いられることが多かったと思われる。しかし、前者の場合はDPP-IV阻害剤が、後者の場合はDPP-IV阻害剤以外にメトホルミの高用量使用やBMI>25kg/m2患者ではGLP-1受容体作動薬もよいと思われる(こうなると直ちにインスリンを開始する場合を除き、すべてDPP-IV阻害剤より開始してもよいのではないかという議論が起こる)。

 なお、当院では、経口糖尿病薬の複数使用後もFBG≧200mg/dlで紹介されてくる患者が多く、糖毒性改善のため入院後、食事療法に加え直ちにインスリン頻回注射を開始している。その後、BMI≦22kg/m2患者ではこのまま退院とし、BMI>22kg/m2患者では(特に妊娠可能年齢の女性)、高用量メトホルミンの併用で、妊娠可能年齢の女性以外でBMI>25kg/m2患者は、GLP-1受容体作動薬の併用でインスリンは漸減・中止できる例がほとんどである。また、当院では持効型インスリンアナログ製剤を用いたbasal supported oral therapy (BOT=経口薬に併用して基礎インスリンを1日1回注射する治療) はほとんど行っていない。2型糖尿病ではインスリンの追加分泌が低下した後、基礎分泌が低下してくる。従って、BOTよりも超速効型インスリンの3回打ちが、糖質摂取割合の多い日本人には良い。従って、低血糖は起こりにくいものの、BOTという不完全な治療がうまくいくのは肥満2型糖尿病における糖毒性改善を図る場合であり、今後はBOTに代わりGLP-1受容体作動薬の併用が増加してくると思われる。しかし、肥満型でインスリン抵抗性の強い2型糖尿病にGLP-1受容体作動薬を併用してもインスリン療法から離脱できない例もあり、保険診療内での投与量の問題もあるが、個々の患者に合わせたテーラーメイド医療が必要になってくる(米国ではBOT+ GLP-1受容体作動薬の併用の治験が行われている。日本では保険適用外であるがこれなら肥満2型糖尿病でもよいかもしれない)。

■群馬保険医新聞2013年2月号