【老いの周辺】座談会/特定健診・特定保健指導をめぐって

【2008. 3月 28日】

 座談会/特定健診・特定保健指導をめぐって

  またも上意下達の制度変更

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 医療費削減2兆円をうたった新しい健診制度「特定健診・特定保健指導」が4月から実施される。市町村による住民健診に代わって、保険者が主体、健診項目もメタボ症候群に絞られた。そのめざすところは疾病の早期発見・早期治療ではなく、生活習慣病を予防するために指導が必要な人を拾い出すことにあるという。
 医師は特定健診に関わるものの、指導が必要かどうかの判断は保険者が行う。また保健指導にはアウトソーシング(外注、外部委託)の比重が高い。
 「老いの周辺」では3回にわたって特定健診・特定保健指導に的をしぼって論じてきたが、2月に本欄執筆者による座談会を開いた。出席は中田益允先生、松澤一夫先生(本欄座長)、小板橋毅会長、湯浅高行理事。

◎前橋市の新さわやか健診

松澤 先日前橋市の説明会に行ってきましたが、前橋市は健診内容をメタボ症候群に特化しないで、従来の「さわやか健診」をそのまま踏襲した「新さわやか健診」として実施することになりました。
 特定健診では腹囲やBMIでスクリーニングして、血糖・脂質・血圧・喫煙歴でリスクを判定しますが、「新さわやか」では腎機能、検尿、貧血、心電図、眼底検査なども行われます。従来の、病気の早期発見・早期治療もメタボ健診と合わせて行われ、各種がん検診もこれまでどおりです。前橋は、まあよかった。しかしほかの郡市ではどうなのでしょう。

湯浅 私のところにも歯科医師国保から「4月から実施するので受けるように」と通知が来ました。特定健診に歯科はありませんが、糖尿病と歯周病の関連は強いのです。
 新しい健診制度がどういう形でどうなるのか、まだシステムが見えてきませんが、前橋市の「新さわやか」では、これまで四十歳以上が対象だった歯周病検診に30歳が加わり、ありがたいことだと思っています。

◎メタボだけでいいのか

中田 小児科の私が特定健診になぜ関心をもったか。2月号にも書きましたが、学校医を務める小学校がメタボ健診を加味した生活習慣病健診の指定校になったことがきっかけです。期間は2年間です。メタボ健診ともなれば費用もかかりますが、県が負担しています。
 学校でのメタボ健診はなかなか関心が高いんですよ。子どものうちから生活習慣病の要因を発見して予防する。これは肥満児対策時代より反応がいい。ただ、子どもにメタボ症候群があるのかどうか、まだ仮説段階だと思います。
 対象となる小学校4年生というのは前思春期にあたり、心身ともに非常に変化の大きな時期です。体格の成熟度にも大きな差が出る年齢ですから健診結果の捉え方は微妙です。

松澤 肥満はリスクファクター、肥満をスクリーニングして生活習慣病を防ごうという考えですが、肥満は生活習慣病の一要素でしかありません。肥満さえ解決すればいいのか、肥満度の高くない人にはどう対処すべきなのか。これは大人も子どもも共通の問題ですね。
 
◎保健指導は外注で?

松澤 保健指導では、リスクの多さで対象者を二つのグループに分け、複数のリスクをもつ人は3か月にわたって指導し、6か月後にその効果を評価する。健診の結果一つの項目が引っかかった人には、動機づけ支援といって、原則1回ですが個別に20分以上、またはグループによる80分以上の指導が必要とされています。

中田 紙に書かれた結果を見て、80分も何ができるか。しかも何回もやるんでしょう? マニュアル化して、形どおりにやるしかない。

小板橋 指導できるのは医師、看護師、保健師、管理栄養士で、準看には資格がありません。ふつう、開業医の場合は医師がやらざるをえない。これまではフェース対フェースで、診療の合間にも指導ができました。ところが今度は20分とか80分という時間的しばりがある。これだけハードルが高ければ医師はやらないだろうという厚労省の目論見が見えてきます。人件費の安いところでやらせたいと。
 アウトソーシングが今回の改定では重要な比重を占めていますね。中田先生が「保健指導は商品である」という言葉を紹介していましたが、そのとおりだと思います。保健指導を健診会社、つまり営利会社に誘導していますが、指導体制が整っていない段階でスタートすると、どうなるのでしょう。利益が上がらなければ、コムスンと同じようなことがおこるかもしれない。混乱は目に見えているけれど、あえてやる。

◎患者との信頼関係は…

中田 M先生が、医師会は医師と患者の間をひき裂く健診制度に反対すべきだと強く訴えておられた。同感する人は多いが、実際にはどうにも動けなかったということでしょうね。

松澤 反論するチャンスも与えず決めてしまった、やられたという感じではないでしょうか。私は、保健指導については馬鹿にされたというふうに受け止めました。これまで一生懸命患者を診てきたのに、いままで医者は何をやってきたんだと言われたような気がします。

中田 この項目をやれば〇〇円、こっちをやれば〇〇円と、健診のコンビニ化と言われています。健康も企業にとっては商品です。その中で医師の役割はどうなるのか。医師は健診した患者がその後どう指導されたのかわかりませんし、患者との信頼関係にひびが入る。医師と患者を分断しないように働きかけることが大切ですね。保険医協会がまた何か言っているなと言われても、これは誰かが言い続けないと…。

小板橋 健診をした医師が保健指導もできるように制度を変えていく運動が必要ですね。
 厚労省はこれまでも制度を変えるから来月からやれというやり方を取ってきた。それに唯々諾々と従ってきた。せめて法令交付から実施まで一年おくとか、体制を整える時間が必要です。保険医協会ではずっとそう主張してきたのですが…。

湯浅 健診を受ける側にとって何がいちばんいいかといえば、血の通った指導を主治医から受けたいということ。医師の顔が見えない指導では信頼関係が保てないと思います。協会としても厳しく注文をつけていく立場でいたいですね。

松澤 とにかく、もう出来上がって、4月からスタートせざるを得ない現実があります。前橋方式に光を見出せるとは思いますが、医師と患者との関係を本来の姿に戻すにはどうすればよいでしょう。

小板橋 こんなことをやっていてはダメだという逆理由としてのエビデンスを出すことでしょうか。それぞれが自分の診療所で患者に理解を求める。この制度のおかしなことを地道に説明して、実績を積むことだと思います。

08年2月23日/協会会議室にて(文中敬称略)

■群馬保険医新聞2008年3月号