診察室/歯科
バイオフィルム感染症としての歯周病による全身疾患の誘発
松本歯科大学歯科薬理学講座・大学院口腔内科学 教授 王 宝禮
1、バイオフィルム感染症としての齲蝕・歯周病
1999年にCosterton博士は、齲蝕・歯周病をバイオフィルム感染症のひとつとして報告した(1)。1.pdf バイオフィルム感染症としての齲蝕・歯周病の病態は、歯表面や歯周ポケット内で齲蝕原因菌や歯周病関連細菌がエナメル質、歯根面やセメント質を足場に、付着や凝集によりフィルム状の集落を形成した状態である。口腔内には数百種類もの細菌が存在し、その数は数億以上と考えられる。歯周ポケット内は細菌培養しているフラスコの中のようである。バイオフィルム内は、多数の細菌が三次元的に階層化し、細菌の代謝産物、酸素分圧、pH、栄養素が偏って分布している。つまり、細菌にとってはきわめて住みにくい生活環境である。それでも細菌は、バイオフィルムを形成して外界から受ける免疫細胞や抗菌物質の攻撃から身を守る。バイオフィルムは細菌にとってバリアのようなものなのである(2)。2.pdf また、バイオフィルムから産生された齲蝕や歯周病関連細菌が歯根尖や歯肉溝あるいは歯周ポケット内の内縁上皮を貫通して血流中に侵入し続けた場合、遠隔の臓器に重篤な二次疾患や全身疾患を誘発する可能性が高い。
2、バイオフィルムの全身疾患への病原性
歯牙や歯周ポケット内で形成されたバイオフィルムから産生した病原菌の持続感染が血中の炎症性サイトカイン濃度を上昇させる。また、生体に侵入した病原菌は、血流に乗って全身に拡散し、血管の内側に張り付いて炎症を引き起こす。歯周病が関連していると考えられている疾患は、循環器系疾患、呼吸器系疾患、糖尿病、低体重児早産、肥満などが挙げられる(3)。3.pdf
一方、喫煙によって体内に入ったニコチンなどは、歯肉の血管や免疫細胞に傷害を与え歯周病関連細菌への生体の抵抗性を減じさせる。
① 心筋梗塞
心筋梗塞を引き起こす歯周病関連細菌の一種、Porphyromonas gingivalis は、血栓を作り、動脈硬化を進行させる。
② 心内膜炎
心内膜炎患者から高頻度に分離されたのが口腔由来のレンサ球菌群や歯周病関連細菌群であることが示されている。
③ 誤嚥性肺炎
誤嚥性肺炎の背景には脳梗塞などの原因があるが、意識低下、神経性疾患などをもつ虚弱な高齢者は脳梗塞がなくても不顕性誤嚥を起こしている。高齢者からの肺炎から高頻度分離されるのは歯周病関連細菌のPorphyromonas gingivalis である。その内毒素(LPS)は発熱の原因となる。
④ 糖尿病
糖尿病や肥満で重症化した歯周病がインスリン抵抗性惹起要因となり、血糖コントロールを悪化させると考えられている。
⑤ 低体重児早産
歯周病関連細菌が宿主細胞のプロスタグランジンを産生し、生じたプロスタグランジンは妊娠中の女性の子宮を異常収縮させ、早産を引き起こすという報告がある。
⑥ 肥満
歯周病関連細菌が、脂肪細胞を産生するアディポサイトカインに影響を与え、メタボリックシンドロームを増悪させるという報告がある。
3、口腔バイオフィルム感染症の治療法
口腔衛生が不良であれば、歯周病原菌、真菌(カンジタ菌など)を含む口腔微生物のバイオフィルム断片が血流に入ったり、誤嚥で肺に入る確率が高くなる。予防のためには、歯牙を足場に形成されたバイオフィルムを除去するために機械的な除去法(PMTC:Professional Mechanical Tooth Cleaning)を基本として咽頭および口腔細菌のコントロールが重要である。近年、私達の細胞培養実験系研究でクラリスロマイシン、アジスロマイシンが歯周病関連細菌によるバイオフィルムへの溶解能、形成抑制能の報告がある。さらに、早期発症型(侵襲性)歯周炎および中等度・重度慢性成人性歯周炎に対して、非外科的治療法の補助的療法としてアジスロマイシン(ジスロマック)の効果を検討した報告には、治療期間の改善に高い効果が認められていた。バイオフィルム感染症として歯周病に対して全身投与された抗菌薬は、薬物動態の基本的理論より歯周組織内の毛細血管から浸潤して組織内に移行し、組織内の歯周病原因菌に作用する可能性と歯周ポケット内に滲出した薬剤の効果によってバイオフィルムを破壊している可能性がある。一方、バイオフィルム感染症としての齲蝕治療は、歯の表面に形成されたバイオフィルムに薬理作用を示す0.2%クロルヘキシジン(Plack out)、フッ化ナトリウム、フッ化第1スズ(フロア-ゲル)、ポピドンヨード(イソジンゲル)を用いた3DS(Dental Drag Delivery System)が有効である。
今後、齲蝕・歯周病をバイオフィルム感染症としての捉えることによって、さらに新しい治療法が開発されていくであろう。
■群馬保険医新聞2008年3月号