昨年末の衆院選挙の結果、3年余り続いた民主党政権が終わり、自公による連立政権が復活した。得票率と獲得議席に大きな乖離が生じた選挙結果によるものであり、民意が反映されたものか否かも大いに議論の必要があろう。
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政権交代が予想され始めた昨年末から円安や株価の上昇が進んでいるが、この傾向は一時的なものなのか、あるいは今後の日本と世界経済の動向を見据えた持続的なものなのかは慎重な見極めが必要だ。流行語のようになっている「アベノミクス」に対する金融市場の反応は、少なくとも現時点では、実績によるものではなく、あくまでも期待のみによるものであることは認識しておくべきである。
■アベノミクス
「アベノミクス」は、「金融緩和」「財政出動」「成長戦略」の3つを基本方針として、デフレ脱却を目指す安倍政権の経済政策だ。その中心に位置づけられているのが、日銀による「金融政策」である。日銀は、既に2%のインフレ目標を設定し、大胆な金融緩和に踏み切る方針だ。
1月11日に閣議決定された「緊急財政対策」は、かつての大型公共事業を介した癒着とバラマキの完全なる復活の相を呈している。民主党政権時代の事業仕分けで、廃止や先送り、縮小と判断された事業の多くが、ほとんど無審査のまま復活していることにはあきれるばかりだ。
この財政投資については、財源不足や日本国債の評価の急落等が懸念されている。公的債務残高が膨らむ中での大型の財政出動により、長期金利が上昇する可能性があるとの指摘もある。仮に景気が回復しても、金利が上昇すれば、税収増加よりも金利支払い増加の方が大きくなり、日本の財政はもたないとの見解からだ。
経団連を始めとする輸出産業界は円安を歓迎しているが、大多数の国民生活や中小企業には、当面ほとんどメリットがないと思われる。円安によりガソリン価格や電気・ガス料金、小麦等、海外からの原材料費の値上げはすでに始まっており、金利上昇等は、まっ先に国民生活や中小の下請け企業等を直撃するであろう。
2%の物価上昇と賃金の上昇には少なからずタイムラグがあろうし、企業の側からすれば、まずは内部留保を確保し、基礎体力を上げようという口実を使うであろう。その一方で先の公務員給与の引き下げにより、民間企業が賃上げを行う根拠も弱まっている。このことは、今年の春闘で、連合側の「(勤労者の)収入増が不可欠」との要求に対し、経団連側は「まず企業の元気」を主張していることに端的に表れている。
また成長戦略についても、単に古いものの規模を変えるだけか、新しい仕組みを作るのか、現時点では極めて具体性に乏しい。
■社会保障は置き去りに
国民が新政権に期待することとして、社会保障の充実より景気対策、雇用の促進を挙げている、とのアンケート結果がある。これを理由に、安倍政権は、社会保障への取り組みを先延ばしするどころか、社会保障費の削減を画策しているようだが、これこそ我田引水である。
一家の収入を安定確保する――長引く不況の中、安定した生活の基盤を築くことは、国民の第一の関心事であり、当然の要求である。しかし、健康面、経済面で「有事」が起こったとき、その苦痛を緩和する社会保障の充実は誰もが必要とするところであり、決して後退させてはならない。
昨年、自公民3党が内閣に設置した「社会保障制度改革国民会議」は、医療、介護、年金制度の見直し、少子化対策などを議論し、八月までに何らかの結論を出すとされている。すでに三党は、医療・介護についての保険範囲の縮小を議題とすることで合意している。
自民党の政権公約である「自民党政策集」では、給食給付(医療上必要なものを除く)の原則自己負担化、現行の保険外併用療養費の積極的活用などを打ちだした。さらに、予防医療総合プログラムや検診を定期的に受診した場合に、医療費の自己負担を軽減するなどの誘導策を導入し、憲法第25条で保障されている生存権まで後退させようとしている。根底には、「社会保障は自助が基本」という安倍政権の社会保障政策があることを忘れてはならない。
例えば、自助の名による生活保護費の引き下げは、国が国民に保障する最低生活ライン(ナショナル・ミニマム)の切り下げを意味する。これは、最低賃金や課税最低限、国民健康保険料(税)の減免、保育料等にまで影響してくる。
民主党政権下で、「消費増税は福祉目的」として国民の理解を取りつけようとしていたのは、ついこの間のことである。消費税を増税しながら社会保障を切り捨てるという政策は、はたして国民の支持を得ているといえるのだろうか。
その一方で安倍首相は、世論を恐れてか、国民負担増の実施の多くを七月の参院選後に先送りする姿勢である。70~74歳の医療費窓口負担の1割から2割への引き上げ、高校授業料無償化への所得制限導入の決定は、2014年に先延ばしするようであり、昨年秋に通した年金の2.5%削減の実施は10月からとした。政権として正しい政策であるとするなら、参院選前に実施し、その政策に対して国民に信を問うべきではなかろうか。
他にも、憲法を改正して自衛隊を「国防軍」とし、軍備増強を容易にするための法整備を目指し、2013年度予算の防衛関係費について11年ぶりに対前年度比で増額する方針を決めた。その額は1000億円とも1200億円とも報じられている。自衛隊員の定員増も行うという。公務員の人員や給与削減が当然とされているこのご時世にである。いま国民が求めているのは、「強い日本」をつくることであろうか。東アジア情勢から見ても、日本の軍備増強は決して得策とはいえまい。
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社会保障の後退、終身雇用制の崩壊、改定のたびに行われる患者の負担増とさらに複雑化する健康保険制度――国も会社も医者も信用できないとなれば、まさに亡国の様である。はびこる不信感と性悪説という負のスパイラルをどこかで断ち切らなくてはこの国の発展は望めない。
難問は山積しているが、まずはできることから実践しよう。目の前の患者の苦痛を共有し、少しでも安らぎと希望をもってもらうことから。
(副会長 清水信雄)
■群馬保険医新聞2013年3月号