【診察室】骨盤臓器脱

【2013. 5月 15日】

                              前橋協立病院 産婦人科 北原賢二 

 ■骨盤臓器脱とは 
 女性の骨盤は、恥骨と尾骨の間にある骨盤底筋群という筋肉がハンモック状に張られ、骨盤内の臓器(膀胱、子宮、直腸)が落ちないように支えています。骨盤臓器脱とは、骨盤底筋群が傷ついたり緩んで骨盤内臓器が膣口から脱出する疾患です。以前は子宮脱と呼ばれたもので、海外の論文ではpelvic organ prolapse ; POPと記載され、その日本語訳として骨盤臓器脱と呼ばれます。お産をした女性の約半数に骨盤臓器脱を生じます。  

 ■インテグラル理論
 

 骨盤底筋は、四つ足歩行していた頃に尻尾を振ったりするのに使われていた筋肉群です。人間が二足歩行を始めてから腹部臓器の重みを支える役目を果たすことになりました。インテグラル理論によると、膣はその中心にあり、前後を恥骨尿道靱帯と仙骨子宮靱帯によってつられたハンモックとして支えられています。
 この膣ハンモックを、①前上方に引っ張る筋肉群(恥骨尾骨筋の筋肉部分)、②下方に引っ張る筋肉群(肛門縦走筋)③後方に引っ張る筋肉群(肛挙筋プレート)の三つの筋肉群でバランスをとっています。    
 尿もれや骨盤臓器脱など、女性の疾患はこのハンモックの障害(骨盤底の緩み)によって起きます。

 ■骨盤底の障害部位と疾患や症状
 インテグラル理論により、以下の3方向のハンモック障害で違う疾患が現れます。
 1)前方領域(恥骨尿道靱帯や尿道を吊っている膣前壁)に障害➡尿失禁・便失禁が現れ、過活動膀胱の症状が起こる➡障害が進むと、尿道瘤(尿道が脱出)。
 2)中央領域(膣の前壁)に障害➡膀胱の支持が傷害され、排尿困難、頻尿、過活動膀胱の症状が現れ➡障害が進むと膀胱瘤(膀胱が膣から脱出)。
 3)後方領域(仙骨子宮靱帯や膣後壁)に障害➡排尿障害、過活動膀胱、下腹部痛などの症状が現れ➡子宮脱、直腸瘤、小腸瘤などの骨盤臓器脱。

 ■POPのリスク因子
 1)妊娠、出産(最も大きな原因)
 2)肥満による体重の負荷、慢性便秘によるいきみ
 3)更年期におこるエストロゲンの減少
 4)加齢による筋肉の脆弱化 
 5)遺伝的素因(母親または姉妹がPOPの手術を受けた女性では発症リスクが3.1倍) 
 
 分娩方法とPOP有病率の研究においては、自然経腟分娩を経験した女性は29%、帝王切開のみの場合は6%(有意に低い)、自然経膣分娩と帝王切開の両方では21%、鉗子分娩や吸引分娩での有意な関連は認められていません。
 

 ■診断・評価 



いつからどのような症状があったのか、妊娠・出産歴、服用薬、既往歴を問診します。次に検尿と内診を行います。診察に適した時間帯は臓器の脱出しやすい午後の遅い時間帯で、砕石位で脱出を認めない場合には、立位で足を開いた状態で腹圧をかけると脱出しやすくなります。
 評価は、国際禁制学会が提唱しているPOPQ分類法(膣壁の最下端と処女膜輪との位置関係でstage0からstage4まで分類)が使われます。一般に膣入口よりも外側に脱出した段階で自覚症状が出現します(POPQ分類ではstage2以上)。
 最近の話題では、cine MRIがあります。MRIの撮像スピードが短縮され、腹圧負荷時で脱出する臓器の様子を動画として捉えられることができる撮像法です。


 
 ■治療法
 1)経過観察
 2)骨盤底筋体操
 3)フェミクッション
 4)リングペッサリー
 5)手術:従来法、TVM手術 

 【骨盤臓器脱が軽症の場合】
 下垂はあるが自覚症状がない➡1)一定期間の経過観察後に再診、または2)骨盤底筋体操(かかとを上げながら肛門を10回ほど反復して締めるなどの体操を毎日一定回数2、3ヵ月続けます)。
 【骨盤臓器脱が中等症あるいは重症の場合】 
 脱出があり自覚症状がある場合➡根本的な治療として5)手術療法を考えます。手術を実施できない状況(内科的な合併症、家庭の事情、手術を嫌がる)の場合➡一時的な治療として、3)フェミクッション(クッション・ホルダー・サポーターの3つで構成される治療器具)を活用。一時的な治療に利用します。体格・脱にあわせたクッションをホルダーで固定し、サポーターを用いて装着します。4)リングペッサリー…リングの穴の部分に子宮膣部が入るよう膣内に挿入します。患者の状態に合わせて直径5~8.5cm程度のドーナツリング状器具を選んでいきます。違和感と膣の炎症により出血やオリモノの増加が起こるので、3~4ヵ月毎の定期的な交換が必要です。手術までの待機期間に使用は限られます。
 5)手術療法(従来の骨盤臓器脱の手術療法)
 膣式子宮全摘術+膣壁形成術…膣から子宮を摘出し、膣と膀胱を支えている筋膜を縫縮、最後に直腸と膣を支えている筋肉(肛門挙筋)を補強する手術です。子宮を摘出するために子宮を支えている靱帯、筋膜を補強しやすい利点があります。膣壁以外には傷が残らないため、美容上も優れています。閉経前で子宮筋腫がある、子宮癌の心配がある場合がいい適応です。膣壁を切除しますので、膣が狭くかつ膣の深さも浅くなり性交痛の原因になります。術後の排尿機能回復が遅れて術後に導尿が必要になります。
 膣閉鎖術…子宮摘出後の膣脱に行われます。性交困難となります。高齢者や合併症のある方でも可能です。従来手術の再発率は10〜30%とされており、自験例では10%未満でした。
 メッシュを用いた手術療法…TVM(=Tensionfree Vaginal Mesh)手術は、2000年にフランスの婦人科のグループが開発した手術法で、骨盤臓器をメッシュで力のかからない自然な位置に矯正し、その状態で支える手術です。国内には2005年に導入され、痛みや身体への負担が少なく、再発率も5%程度とされ広まっています。前膣壁では、膣と膀胱の間 (TVM-A手術)、後膣壁では膣と直腸との間(TVM-P手術)にすきまを作りメッシュをおき、一部を骨盤内の強固な部位に通してずれないようにします。術後に尿失禁が出現(5%程度)して、追加手術を要することがあります。一時的に尿閉が生じることもあります。長期的には、メッシュが異物として膣壁からでてくるメッシュびらんが約6~7%に起こります。TVM法の再手術はできません。様々な合併症の報告や長期成績がないなどの理由から、いまだに国際女性泌尿器科学会(IUGA)などにおいて、賛否両論が飛び交っています。
 骨盤臓器脱で悩んでいる中・高年女性は、まわりの人に相談できず生活の質(QOL)を下げてしまっています。快適な生活が送れるように支援していきたいものです。

■群馬保険医新聞2013年5月号