【診察室/小児科】待たれるHibワクチン(インフルエンザ菌b型ワクチン)の定期予防接種への導入 

【2008. 4月 22日】

 【診察室/小児科】

 待たれるHibワクチン(インフルエンザ菌b型ワクチン)の定期予防接種への導入             

     前橋市/富所こども・アレルギークリニック 富所 隆三
 ●細菌性髄膜炎の脅威
 感染症医療の目覚しい進歩にもかかわらず、細菌性髄膜炎は依然として小児科領域で最も恐ろしい疾患の一つです。診断の遅れは、即重症後遺症・生命の危険につながります。したがって子どもの診療に際して、医療者は常にそれを念頭におき、早期診断・治療に努めることが求められます。しかし小児科専門医にとっても早期診断をすべての症例で実現することは至難の業です。ところが疾患の主要起炎菌であるインフルエンザ菌髄膜炎を99%減少させて子どもたちを守り、医療者の悩みも解消させる夢のワクチンが登場します。                       
 それは10数年前に開発され、現在欧米はもとより全世界120カ国以上で導入されている標記ワクチンです。それが日本でもこの夏から漸く使用可能になります。本稿ではその概要と今後の課題についてお話します。

 ●細菌性髄膜炎の診断
 初期症状としては頭痛、発熱、嘔吐、痙攣、不機嫌等が見られ、通常重症感を伴います。髄膜刺激症状としては比較的早期に項部硬直及びケルニヒ症状が出現します。早期診断の決め手は上記症状のいずれかがある場合まず疑って掛かることであり、髄液検査等の積極的な実施が求められます。
 患者の予後は発症から診断・治療開始までの経過時間に左右されます。従って見落としは是非避けたいところです。しかし病初期では普通の上気道炎との鑑別が不可能な症例もすくなくありません。

 ●年齢別頻度と起炎菌の種類
 感染症発生動向調査によると、年齢別では、5歳未満(0歳及び1~4歳)の報告が多く全体の約半数を占め、それ以降の年齢では減少していますが、70歳以上ではまた多くなっています。
 起炎菌ですが、新生児・3カ月までの乳児では大腸菌、B群レンサ球菌などです。3カ月以上の乳幼児では日本の場合、インフルエンザ菌b型が最も多く見られ、次いで肺炎球菌です。日本では髄膜炎菌は極まれにしか見られません。ここで残念ながら日本の場合と但し書きをつけたのは、前述のように日本以外の外国の多くでは、これら2種類の細菌に対しては有効なワクチンが使用されているため、患者がほとんど発生しません。学童期~壮年期では肺炎球菌、髄膜炎菌です。老年期では肺炎球菌、リステリアです。

 ●インフルエンザ菌b型ワクチン(以下Hibワクチン)
 昨年1月Hibワクチン(商品名:アクトヒブ)が製造承認されました。インフルエンザ菌は、ヒト上気道に常在するグラム陰性桿菌であり、莢膜の有無と抗原性により分類されますが、中でもインフルエンザb型(Hib)が最も病原性が高く、乳幼児の細菌性髄膜炎の原因菌として問題となります。
 Hib感染による乳幼児の細菌性髄膜炎は、初期診断が難しいため古くからワクチンの必要性が議論され、1980年代後半には欧米を中心に予防効果が高いHibワクチンが開発された。米国では、このワクチンによる定期予防接種の導入により、Hib罹患率が100分の1にまで減少した実績を持ちます。さらに1998年、世界保健機関(WHO)がHibワクチンの乳児への定期接種を推奨する声明を出したことから、現在では世界120カ国以上で使用されるようになり、世界的に見ればHib感染症は過去の病気となりつつあります。
 ところが残念なことに、これまで日本では承認されておらず、2003年に承認申請が行われたものの3年以上も承認されないままでした。
 日本では欧米に比較し、低頻度であるとされてきました。しかし毎年、5歳未満の人口10万人当たり少なくとも8.6~8.9人がHib感染による細菌性髄膜炎に罹患していると推定されています。Hibによる細菌性髄膜炎は予後が悪く、罹患児の5%が死亡し、25%に聴覚障害やてんかんなどの後遺症が生じる。さらに最近は、Hibの薬剤耐性化が急速に進み、Hib感染症がさらに難治化する傾向にあります。 
 前述のように、同ワクチンは本年7月頃から使用可能の予定ですが、当面は「任意接種」となることから、患者の費用負担の解決(通常は4回接種で3万円程度)が課題になると考えられます。Hibワクチンは、海外での使用実績から、小児に大きな利益があることは確実であり、早急に定期予防接種へ組み入れ、費用負担解消が求められています。
      *
 最後に日米の定期予防接種の差異を提示します。近年の成人麻疹の大流行を受けて、長年の懸案であった麻疹排除計画が軌道に乗りましたが、日本の定期予防接種体制の遅れは目を覆うばかりです。このままでは日本の子どもは幼少時から、感染症罹患でも大きなハンディーを負い続けることになります。髄膜炎予防のHib及び肺炎球菌ワクチンは申すまでもなく、ムンプス、水痘及びB型肝炎ワクチンについても定期予防接種に導入され、すべての子どもに接種されれば、その効果は計り知れません。親たちはそのために心配することも、仕事を休む必要もなくなります。ことに病後の子どもを保育園等へ1日も早く送り出し、自らの職場復帰を急ぎたい共働きのお母さんには、この上ない子育て支援となるでしょう。そして診察時お母さんが子どもの出席停止日数の短縮を懇願する、身につまされる状況も解消するでしょう。また学校も欠席児が減少し、学力向上にも貢献します。しかも小児医療費助成が進んだ現在では費用対効果の優れたワクチンにより病気がなくなり、その費用以上の治療費が浮くことになります。財源の心配が全くありません。可及的早期の実現が強く求められています。
 日米定期予防接種の差異・アメリカのスケジュール 
     -( )が日本の定期接種にないもの-

新生児  (B型肝炎)
1カ月  (B型肝炎)
2カ月  3種混合、(インフルエンザ菌)、ポリオ、(肺炎球菌)
4カ月  3種混合、(インフルエンザ菌)、ポリオ、(肺炎球菌)
6カ月  3種混合、(インフルエンザ菌)、ポリオ、(肺炎球菌)
9カ月  (B型肝炎)、ツベルクリン反応
12カ月  (水痘)、(肺炎球菌)
15カ月  (インフルエンザ菌)、M(M)R
18カ月  3種混合、ポリオ
4-6歳 3種混合、ポリオ、M(M)R*
11-13歳 ツベルクリン反応、破傷風

 *M(M)Rは麻疹、ムンプス、風疹。このうちムンプス(M)も定期接種。
 *ポリオはすべて不活化ワクチン。
 *BCGはなく、ツベルクリンのみ。
■群馬保険医新聞2008年4月号