【論壇】
外科医も深刻な医師不足
日本の医師不足は産科、小児科を中心に、ここ数年マスコミでも取り上げられ、「医療崩壊」という言葉が国民の間に浸透してきた。しかし医師不足は産科、小児科にとどまらない。外科も例外ではなく、すでに救急医療は当直外科医の絶対的不足で崖っぷちに立たされている。メスを執る外科医がこのまま減り続ければ、「手術待ち○か月」という状況が早晩やってくるかもしれない。
●外科医の減少
2007年4月4日、日本外科学会会長の門田守人大阪大学教授が記者会見し、学会会員調査の結果を発表、日本外科学会雑誌に詳細が報告されたほか、翌日の朝日新聞でも概略が掲載された。
外科医志望者は1989年に比べ、15年後の2004年では三割減少している。外科学会の新規入会数は年間1000人を下回った。学会員総数は1995年の約4万人をピークに年々減少しつづけ、現在、約3万8000人である。
●外科医の勤務実態
外科医の7割が当直明けにも手術をしている。特に20~40歳代の若手医師は9割が当直明けに手術をする過酷な勤務体制にある。
勤務時間は平均週68.8時間。医療訴訟経験者は10%で、外科勤務医の53%がいまの職場をやめたいと思っている。
2006年秋の全国アンケートでは、35歳以下の外科医の約半数が月5回以上の当直をこなし、94%が当直以外でも病院内宿泊を余儀なくされ、3人に1人が月5回以上の緊急呼び出しを受けている。「後輩に外科を勧められるか」との質問に、「勧める」と回答した者は4人に1人しかいなかった。
一方、新臨床研修医2500人を対象にした厚生労働省のアンケートでは、「一番大切に思うこと」との質問に対して、「家族と家庭」と答えたものが50%。「仕事と生活のバランス」については、75%が「仕事も生活も同等に大切」、または「生活の方が大切」と答えているが、若手外科医で「仕事と家庭を両立している」と答えたのは25%に過ぎない。
●関東地方事情
某大学入局者数を新臨床研修制度スタート前後で比べてみよう。
一般外科では2002年、03年ともに11人だった入局数が、06年6人、07年4人と減り続け、今年は3人になった。ちなみに産婦人科は、ここしばらく数人の入局を続けていたが、06年、07年ともに2人という危機的状況を経て、今年は12人が入局し全国でも注目されている。
外科医の減少は、即、救急医療に影響を及ぼす。同大外科では今年はじめて関連病院への医師派遣人数を減らした。
●患者意識の変化
患者との信頼関係も変わってきた。昔から患者と医師は互いに信頼し、協力しあって病気や怪我と闘ってきた。しかし現在の日本では、患者は「100%」の安全を求める風潮が強い。医療行為の不確実性に対する国民の理解が不足している。結果が悪ければ被害者意識が生じ、「医療ミス」として医師と敵対する。
医師不足の原因の一つに医療訴訟の増加が指摘されているが、医療行為の中でも特に分娩や外科手術や麻酔は危険を伴い、不確実性が高い。いかに医療スタッフが努力しても悪い結果となる確率が高い分野である。
信頼関係を回復するために、これからは「ここまでが治療の限界」「こういう危険性がある」という説明がより大切になるだろう。
●低医療費政策
医師不足の一番の原因は、国の低医療費政策にある。これが医師の働く環境改善や、安全安心の医療を阻んでいる。過酷な勤務に疲れ果て、燃え尽きるように病院を退職していく外科医がふえている。
1983年、厚生省高官が過剰な推計値を基に医療費亡国論を声だかに唱え、多くのマスコミが裏付け取材もせずに報道した。
いわく、「近未来の高齢社会の到来は膨大な医療費増をきたして国家経済を滅ぼす」「医師一人増やすと年間3億円の医療費増をきたす。よって医学部定員を削減して医療費亡国を阻止する」。
この理論をもとに医療費削減のひとつの手段として、OECD各国がそろって医師を増員している中で、日本政府だけが、英国の失敗を知りながら、医師増員に否定的な政策を20年間とり続けた。その結果が今の医療崩壊を引き起こした。
医療、介護、年金など社会福祉政策は弱者に対するセイフティーネットであり、米国的弱肉強食の市場経済のルールからは切り離して施策するのが欧州的発想である。現在の財政諮問会議主導の日本政府の方針は、米国の主張するグローバルスタンダードを基にした市場経済主義で設計されている。この政府の方針は、弱者救済や格差の少ない社会をめざす医師の仁術とは基本的に相容れない。
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いままで私たちは「医は仁術と心得て身を粉にして患者につくすこと。自分や家族の暮らしを主張してはいけない」と教えられてきた。いわんやお金の話をするのは「恥ずかしい」行為とされてきた。しかし、こと此処に至り、医療者の劣悪な職場環境と医療費削減政策のもたらす危険性を国民に訴えることは、医療人の務めであると考える。
(群馬県保険医協会会長・小板橋毅)
■群馬保険医新聞2008年4月号