【論壇】
救命救急センターの現場から
国立病院機構高崎病院副院長・救命救急センター長 柳川史忠
《救急搬送実態調査から》
平成20年3月11日、消防庁は「救急搬送における医療機関の受け入れ状況等実態調査の結果について」を公表しました。いろいろな数字が出ていますが、全体をひっくるめて数字を絞り出しているのでマスコミは意図にあった項目を拾い出しているようです。
●救命救急センター
救命救急センターといっても独立した完結型から、本院に付属した組織だが診療が完結している組織、初療とトリアジー後本院で診療が完結する組織、そしてその中間の体制といろいろあり、それぞれに問題点を持っています。
救命救急センターにブラックジャックが居るはずはなく、ACLSはだいぶ浸透してきましたが、外傷に関するATLS(Advanced Trauma Life Support)は、まだ知名度が高くありません。
●照会件数の比較
さてこの資料(平成19年1~12月)の中の「照会件数の多数事案の比較」をみますと、重症以上の症例で、受け入れまで照会4回以上の件数が多かった都府県は、東京、埼玉、神奈川、千葉、大阪の順でした。これを比率でみると奈良、東京、大阪、埼玉、千葉です。件数の少ない県は福井、島根、秋田で比率でも同じです。
これを実数でみると、東京都は重症者搬送人員4万2735名の内4769名、福井県1982名の内0名です。ちなみに群馬県は件数で11番目、比率で12番目です。実数は重症者搬送人数7464名で、4回以上の照会数は254名で3.40%でした。 母集団が違いすぎますから、見方によって恣意的な解釈が可能です。
重症とは収容先病院における医師の判断で傷病の程度が3週間以上の入院加療を必要とするものをいいます。この判断も難しいというか、曖昧というか、個人的あるいは病院の方針などにも左右されそうです。また重症以上とは初診時において死亡が確認されたものを言います。
●群馬県の搬送状況
群馬県について、医療機関に受け入れの照会を行った回数ごとの件数をみると、重症以上(全救急搬送7万1466名、うち重症以上7464名)では最初の受け入れ照会により83.0%の傷病者が収容され、3回までの照会で96.6%が収容されています。現場滞在時間をみると97.7%が30分以内です。
30分で分けた根拠は分りませんが、救急患者搬送の事後検証票を地域のメディカルコントロール委員会の検証医としてCPA(心肺停止患者)症例の検証票を診ると、多くは救急救命士の努力で実際の現場での救急活動はCPAでも10分から15分で完了していますので、30分近くかかる症例は搬送病院確定までの時間が長かったためと思われます。
産科・周産期については最初の受け入れ照会で90.4%(321名)、4回までに全員を収容しています。30分以内に98.9%です。
小児傷病は最初の受け入れ照会により84.3%が収容され、3回までに98.0%が収容されています。99.3%は30分以内です。この数字をどのようにお考えになりますか。
《救命センターの実情》
患者の受け入れに至らなかった理由についてはおおむね以下の三つがあげられています。報告書は数値のみで原因分析はされていませんので、救命センターの内側から解説します。
〈ベッド満床〉
病床はICU/CCUとそれに準ずるベッドと大部屋のベッドではスペース、モニター、マンパワーと当然機能に差があります。病院のベッドに空きがあっても、重症救急患者に対しては満床状態になることがあります。
重症ベッドが足りない原因の一つは、ICU/CCUに心不全、呼吸不全等で入室した高齢な患者は、症状が改善しても認知症のため受け入れ先がないことです。比較的認知症の中心症状(認知能力の低下)だけだった患者さんも、大病し環境が変われば不安から周辺症状(環境への不適合症状=徘徊、大声、大騒ぎ)を現して、ますます一般病棟への転床さえできなくなります。
また、心肺停止患者の蘇生後、特に低酸素状態による高次脳機能障害者の転院は困難です。施設で起こった高齢者の心肺停止患者は、蘇生して症状が安定しても元の施設では引き取ってくれません。
さらに、患者、家族、世間一般の急性期病院についての認識不足があげられます。急性期病院は制度として7対1看護基準、平均在院日数の短縮など、越えなければならない条件があります。
そこに転倒による腰痛など、安静が治療の基である患者の長期入院などが起こります。地域連携室、退院支援チームの設置など病院間の連絡はとっているのですが、
(1)季節による患者数の変動があり、忙しい時はどこの病院も忙しい。
(2)近い病院への転院希望が強い。
(3)家族が転院について非協力的態度に終始する。
これらのことが重なって新たな重症患者用の病床が足りなくなります。
〈手術中あるいは急患対応中〉
1、マンパワー不足は原因にも結果にもなっている悪循環です。
2、同時に四台の救急車が並ぶことがありますが、救急車全体を統率するシステムがありません。
3、一次から三次までの患者の来院は重症者の受診の妨げになります。一次診療施設の充実が望まれます。
4、現場でのトリアジー(患者の重症度選別による診察順番の変更)の採用はなかなか受け入れられません。元気な患者ほど権利意識も強い。特に飲酒者による暴力、暴言を経験しない当直医、看護師はいないでしょう。クレーマーはアドバイザーになるが、モンスターペイシェントに接触点はありません。
5、心肺停止患者のうち死後硬直が現われていても家族の意向、施設の方針で搬送された「患者」は異状死体として警察に連絡して検視を行います。死因の検索でCT等の撮影を警察が依頼してきます。検視には3時間から6時間かかることがあります。
〈専門外、処置困難〉
専門外の患者には一次処置を行い、他院に紹介するか、オンコール体制の専門医に連絡すればよいのですが、現在の訴訟社会ではなかなか難しい問題になります。
*
医療法改正で医療機能の分化連携がうたわれ、4疾患5事業として手始めに急性心筋梗塞と脳卒中を24時間365日受け入れる体制が検討されています。急性期、回復期、療養期、在宅医療の連携には医療的、経済的な合意が必要ですし、行政も医療施設の機能を住民に教育する必要があると思います。
■群馬保険医新聞 2008年5月