【老いの周辺】後期高齢者診療料

【2008. 6月 20日】

【老いの周辺】209

  後期高齢者診療料

     前橋市 渡辺泰雄

先日、母親の年金の届け出のために社会保険事務所に出かけてきた。平日の昼にもかかわらず駐車場にどんどん車が入り込み、待合いには高齢者やその付き添いの人があふれていた。年金特別便の影響であった。目に見える形でかかわってくることには関心が高いのであろうと感じた。

医療に関してはどうであろうか。負担割合の一時的凍結、つまり制度上の負担はそのままにしておき、窓口でやりとりするお金を減らし、不足分を税金で補填するといった手法が採られている。これにより実際の負担額が見えにくくされてしまっている。
 
 ◎高齢者の心を診る…
厚生労働省によると、後期高齢者医療制度は、高齢者の「心身の特性」を考慮して診療にあたるという前提である(という一方で「高齢者の主病はひとつに決定しうる」という無茶も押しつけてくる。「心と体の全体を診て」、「外来から入院先の紹介、在宅医療まで」というように、かなり幅広い分野をカバーしなければならず、広い診療スキルが要求されている。

高齢者の「心」を診るとは、どのようなことを指すのであろうか。「主病」を診療していてなじみの関係にある医師が、「心」の問題も診ていくというのは良いことのように思える。とはいえ、高齢者の「心」に関係する疾病としては認知症以外に、うつや不安、意識障害(薬剤などによる譫妄も含む)などがあげられる。

それらを見分けていくことが必要になるが、これは時間がかかる作業になるであろう。日常生活のあれやこれやをご本人・ご家族にうかがうとすると、体験的には初診で30~40分、再診でも12~15分はかかるであろう。さらに身体疾患の診察や検査なども行わなければならないため、さらに時間が必要になる。現在のような診療報酬体系では「とりあえず」抗うつ薬や抗不安薬を処方する、あるいは心療内科や精神科に紹介するだけになってしまうのではないか。

 ◎多剤併用の弊害…
また、高齢者では複数の身体疾患を抱えていることが多く、薬剤も複数の専門医療機関から処方されていたりする。その薬剤による影響や薬剤の相互作用も考慮しなければならない。

たとえば、夜間の排尿の問題があるから三環系抗うつ薬や睡眠薬を服用しているが、実際は認知症があり薬剤性譫妄が起きているといったケースがある。このようなケースでは譫妄を単なる不眠と判断されてさらに鎮静系の薬剤を投薬されたり、譫妄が薬剤性ではなく「ボケ」のせいとされてそのまま同じ薬剤が継続されることも多い。どこかで多剤併用による弊害を減らすようにしなければならないのだが、院外調剤などでは解決できない。

「主病」を診ている医師がここまで踏み込んでいけるのだろうか。今の診療報酬体系では、そのような診療を行えるだけの時間と報酬を保障していない。
 
 ◎制度が見直されると…
このような批判を厚生労働省は予想していなかったのだろうか。批判が大きくなってきたら、与党などからも後期高齢者医療制度の見直しが唱えられるようになってきた。見直しが行われそうな雰囲気である。見直しされて、制度が良い方向に変わるようであればめでたしめでたしなのであろうか。

 制度を改定するたびにどこが得をするのかを考えることも必要であろう。近年、このような改定は準備期間をほとんど考慮せずに行われている。そのたびに現場(とりわけレセプト関連)では対応を急がされ、あちこちで時間外の仕事が大幅に増え、制度の運用後も混乱が起きている。産業メンタルヘルスもなにもあったものではない。このようなことをくり返すうちに、医療に関連する企業でも体力のないところは脱落していき、結果的に寡占につながるであろう。その先は推して知るべし。

 
目に見えるものばかりに目を奪われるようにしむけられ、目に触れないようにされている他のところではもっと良くないことが推し進められているのではないか。それに対しどのようにしたら歯止めがかけられるか。七勝七敗でむかえた千秋楽のような状況であろう。(あんずクリニック) 

■群馬保険医新聞 2008年6月