子宮頸がんとヒトパピローマウイルス
群馬大学医学部附属病院
腫瘍センター長(准教授) 鹿沼達哉
■はじめに
子宮がんには子宮頸がんと子宮体がんとがあり、好発年齢、原因、治療法などが異なり、全く別のがん種ですが、がん登録の遅れている本邦では、死亡票による分類では区別が不確実なことが多いため、死亡統計では子宮がんとして一括して取り扱われています。
今年5月1日から腫瘍センター長を拝命し、院内がん登録や地域がん診療拠点病院としての仕事を仰せ付かりました。今後は医師ばかりでなく行政や一般の方の理解も進み、子宮頸がんと子宮体がんは別のがんとして扱われるようになることが期待され、正しい予防法の普及や早期発見が促進されることを願っています。
最近、アメリカで、ヒトパピローマウイルスに対するワクチンが開発され、治療から予防へと変わりつつある子宮頸がんついて、概説したいと思います。
■子宮頸がんとヒトパピローマウイルス(human papilloma virus; HPV)
子宮頸がんの発生には、HPV(ヒトパピローマウイルス)が関与していることは、現在では常識となり、HPV感染なくして子宮頸がんなし、と言われるまでになりました。
50歳までに約80%の女性がHPVに感染すると言われ、HPV感染により子宮頸がんに至る率は低いものの、誰でも子宮頸がんになる可能性があるとも言えます。男性でのHPV研究はあまり進んでおらず、HPVの生活環はよくわかっていません。子宮頸がんに対して陰茎がんの発生が60分の1と低いからです。他にHPVが関与するがんには、肛門がんや外陰がん、喉頭がんや咽頭がんなどがあり、良性疾患では尖圭コンジローマが代表的
です。
HPVの型は100種類以上あり、子宮頸がんから検出されるHPVは14種類くらいです。
これらは高危険群のHPVと言われ、感染すると子宮頸がんになるリスクが高くなります。最近では、ハイブリッドキャプチャー法とよばれる検査方法で、子宮頸部のぬぐい液中のHPV−DNAを検出するキットが開発され、悪性タイプのHPVに感染しているかどうかが判定できるようになりました。群馬県健康づくり財団では、公的機関としては全国で初めて、郵送によるHPV自己テスト業務を昨年から開始し、群馬県産婦人科医会員と協力して、テストの精度、意義を高め、責任あるフォローアップ体制を作りました。
■HPVテストで何がわかるか
HPV−DNA検査の意味するものはHPVテストで何がわかるのでしょうか? 陽性である場合には高危険群HPV感染があるということになります。しかし、子宮頸がんかどうかは、細胞診(子宮頸がん検診)や組織診(精密検査)などを行ってみなければわかりません。感染初期の段階では細胞の形態学的変化がなく細胞診では正常と判断されるでしょう。2、3年経過していれば異形成細胞が認められるかもしれません。さらに感染が長期なら、上皮内がんや浸潤がんが発見される可能性があります。
HPV感染の多くは2年以内に消失します。他のウイルス感染と同様、抗体が作られ排除されるからです。しかし、排除できない場合や複数のウイルス感染が繰り返される場合には、HPVにより子宮頸部の細胞の遺伝子が変異し、やがてはがん細胞が生じるということになります。
陰性なら子宮頸がん検診は受けなくてもよいのでしょうか? できれば細胞診を受けていただきたい。共に陰性なら2、3年間は子宮がん検診を受けなくてもよいでしょう。理由は、自己採取の不確実性と、進行子宮頸がんの数%ではHPVが検出されないことがあるからです。
子宮がん検診ばかりでなくすべてのがん検診率が低いこと、受ける人は毎年受けるが受けない人は全く受けないことが問題です。HPV自己テストを受ける若年女性が増え、羞恥心や多忙から子宮頸がん検診を受けなかった対象者の検診率が高まり、潜在的進行子宮頸がんの減少に結びつき、増加傾向にある若年女性の進行子宮頸がんが減少することが期待されます。厚労省がん対策協議会で打ち出した、がんによる死亡率20%減少という目標は、日本のがん検診受診率がアメリカ並の80%になれば容易に達成されるでしょう。現状は、がん検診法で受診している率が20%、診療所などで自費検査を受けている人を含め、せいぜい40%と推定されています。
■HPVワクチンの話題
アメリカでは、2006年6月にGARDASIL(メルク)にFDAの認可がおり、一般向け接種が可能となりました。次いでCervarix(グラクソ)も認可されました。GRADASILは、本邦でも産婦人科医会員による臨床試験が実施されており、3、4年後には、使用が可能となりそうです。
HPVワクチンとはどのようなものなのでしょうか。どちらもHPVウイルスの外郭蛋白であるL1という蛋白から構成される殻(空)ウイルス粒子で、GARDASILは子宮頸がんの原因ウイルスとして頻度の高いHPV16と18型に対する2価ワクチン、Cervarixはこれに尖圭コンジローマの原因となるHPV6と11型に対する4価ワクチンという違いがあります。日本人の子宮頸がんの60%は予防可能となり、20歳代30歳代に限れば80%、扁平上皮がんに比べ予後不良の頚部腺がんだけに限れば90%が予防できると推測されます。
しかし、これらのワクチンは中和抗体を誘導するものですから、すでに感染しているHPVを排除できるわけではありません。あくまで感染を防止できるというものです。従って、有効な接種対象者は、欧米では11〜12歳の少女とされています。性交開始年齢が次第に若年化しているとはいえ、日本では13〜15歳の中学性ないしは高校生が対象となる可能性が高いと考えられ、ワクチンの安全性は保証済みですが、普及するかどうかは、今後の活動にかかっています。
■まとめ
子宮頸がんの前がん病変とされる子宮頸の異形成や上皮内がんは、20代、30代で増加します。初期なら子宮を温存することも可能であり、進行すれば女性としても機能を失い、治療による合併症も高くなり、生命をも危うくする子宮がんですが、検診の有意性や安全性は最も高いことを、もっと広く知っていだきたいというのが本音です。
参考文献は、論文ではなく、すぐに役立つ関連Webサイトのご紹介にいたします。
1.群馬県健康づくり財団 HPV検査事業
;http://www.gunmanet.or.jp/gunma-hf/hpv-top.htm
2.米国CDC HPVワクチンQ&A
;http://www.cdc.gov/nip/vaccine/hpv/hpv-faqs.htm
3.国立がんセンター がん情報サービス 子宮頸がん
;http://ganjoho.ncc.go.jp/pub/med_info/cancer/010210.html
4.米国FDA GARDASIL認可情報
;http://www.fda.gov/cber/products/hpvmer060806.htm
5.お庭のこっこ 細胞診検査士のホームページ HPVの応用編;
http://www2.plala.or.jp/oniwa-kokko/saibousin/HPV-ouyou.html#HPV-ouyou-
6.オレンジクローバーキャンペーン(NPO 子宮頸がんを考える市民の会)
http://www.orangeclover.org/
群馬保険医新聞8月号/「診察室」から